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第372話 深い縁 其の二

 以前のような禍々しい気配はない。寧ろ竜紅人(りゅこうと)香彩(かさい)の気配が入り混じった中に、壌竜特有の神気が存在している。三体あった竜核の内の一体に間違いなかった。  壌竜(じょうりゅう)は香彩と視線を合わせると、どこか気取ったような態度で一礼してみせる。   「お初に御目文字仕ります。母上、壌竜にございます」  「壌……竜……?」    辿々しくも香彩は、彼の竜の名前を呼んだ。  言葉にならなかったのだ。竜核がこの身に存在していることも知っていた。そして発情期の蒼竜の熱を受ければ、新たな真竜が宿ることも知っていたというのに。改めて想い人と自分の気配を持つ竜を目の前にして、香彩は実感する。  この綺麗な苔色の小竜は、自分達の子供なのだと。   『驚かせてしまってごめんなさい。ぼくは貴方に宿った壌竜の思念体のようなものだと思って頂けたら。本当の僕はまだ卵殻繭の中にいます。貴方にどうしても伝えなければいけないことがあって、銀狐に頼んで貴方を喚んで貰ったのです』    きゅうきゅう、と壌竜は鳴いた。  竜形になると彼らの話し声は、思念のようなものになって直接頭の中に響くように聞こえる。だが耳から聞こえるのは竜の鳴き声だ。その鳴き方が竜形の竜紅人のものによく似ていて、香彩は愛しさのあまり思わず壌竜の頭を撫でた。自分の手の平に収まるほどに小さな頭が可愛くて仕方ない。  どこか戸惑いを見せていた壌竜だったが、次第に自ら頭を香彩の手の平に擦り付けてくれるようになる。自分に甘えてくれているのだと思うと、心の中が温かくなるのと同時に、世の中のあらゆる物から守りたい気持ちと、色んなものをたくさん教えてあげたい気持ちが溢れてきて堪らなかった。  香彩は慈愛に満ちた瞳で壌竜を見つめる。  思念体を出せるということは、発情期の蒼竜の熱と香彩の胎内にある竜核が上手く結び付いたということだ。そして本来なら竜卵の中にある繭で、揺蕩いながらも眠って知識を蓄え始める頃なのだ。  そんな『知識の眠り』と呼ばれるこの刻に目覚めて、銀狐を通じて自分を夢床(ここ)へ喚んだ理由に香彩は全く見当が付かなかった。  だが綺麗な苔色の小竜を見ていて、不意に『理由』がすとんと胸に落ちた気がした。  何故、()()()()()()()()()()()()()()。  もしも夢床(ここ)で何かあったのなら、他の二体の竜の思念体も現れるはずなのだ。   蒼竜と紅竜が。   「──もしかして後の二人に何か、あった?」    香彩の言葉に壌竜が、小さな頭でこくりと頷く。

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