377 / 409
第377話 片翼の睦言 其の三
そう、まずは話だ。
思念体や夢床 では会って話もしたが、実体では壌竜の事件以降、会えていないのだ。たくさん話がしたい。
腹に当たる愛し子の寝息に擽ったさを感じながらも、蒼竜は愛らしい額にそっと口吻を近付けて接吻 を贈る。
(──っ!)
蒼竜は目を見張った。
まるでこの接吻 が何かのきっかけだったかのように、眠る香彩 の目蓋に閉ざされた瞳から、つつと涙が零れて頬を伝ったのだから。
(何が……あった?)
(何がお前を泣かせている? かさい)
くぉんと高く鳴いた蒼竜が、次から次へと溢れてくる涙を、痛ましく思いながら舐め取る。
啜り泣きながら香彩が、まるで縋るように竜尾を身体全体で抱き締めた。尾毛に身体をくるませ、尾の先端に顔を寄せる。
そうしている内にやがて落ち着いたのか、香彩は泣き止んだ。
口吻を使って頭を撫でてやると、安心したような表情を浮かべる。しばらくして安定した寝息を立て始めた香彩に、蒼竜は安堵の息をついた。
(夢床でまた何か、あったのか?)
眠りながら泣いてしまうようなことが。
いま香彩に干渉して夢床に降りれば、何があったのか分かるかもしれない。だが今の自分には最低限の神気しか残されていなかった。そのほとんどを香彩と、香彩の胎内に存る竜核に注いだ後だ。思念体を出すことも出来なければ、夢床へ降りる為の『力』の行使も出来ない。
香彩が目覚めてから、何があったのか聞くしかないのだ。だが夢床ではなく『現実』で話をする方が、香彩にとってはきっといいことなのだと蒼竜は思う。夢なのだと、夢床なのだという言い訳が聞かない分、お互いの言葉に真摯に向き合うしかないのだから。
(──あいつの性格上、夢床であった『自分にとって都合の良い事』は全部、あれは夢だったって片付けてそうだもんなぁ)
ともだちにシェアしよう!