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第381話 消鑠縮慄 其の三

  (……自分の不甲斐ない想いの所為で、桜香(おうか)と神桜の竜核が出来上がっていないこと)    何故こんなことになったのかその理由も含めて。  どんな反応が返ってくるのか恐ろしかった。  ただ香彩(かさい)にとって救いだったのは、彼が真竜の罰として人形(ひとがた)を取り上げられていることだ。不謹慎だとは思う。本来ならばこの罰が、自分にとっての『救い』などと決して思ってはいけないはずだ。  だが罰を受けている最中は、蒼竜はたとえ発情期が終わったとしても、人形に戻ることはない。蒼竜の姿だと多少の表情の変化を読み取ることは出来るが、人形ほど雄弁ではないことが、今の香彩にとっては何よりの『救い』だった。  もしも人形であれば話をしている最中で、あの綺麗な伽羅色の目がどんな感情を浮かべるのか、想像することすら香彩は怖かった。  事情を知って冴えた月のような冷たい目で、自分を見るのではないか。大好きな人形のあの顔が、自分の仕出かした事に大いに呆れて、侮蔑を含んだ表情となって自分を見るのではないか。思わずそんなことを考えてしまって、つきりと胸が痛む。  本来の大きさであるこの竜形ならば、目や顔の表情に動揺することがない分、彼と冷静に話が出来るだろう。    ──そう、思っていたというのに。   「──っ!」    蒼竜の身体が淡く光っているのを見てしまって、香彩は慌てて鼻筋を撫でていた手を引っ込めた。  まさか。  まさかそんな。  見覚えのある光だというのに、信じたくなかった。自分の中にある確信が、堪らなく嫌だった。  光はゆっくりと収束していく。  存るべき形に。   香彩は無意識の内に、一枚だけ放置されていた上掛けを手に取って、裸体を隠すように羽織った。自分の着ていた衣着がどこにあるかなんて、考える余裕もなかった。  そう、あの光は。  竜形が人形へと転変を成す時に現れる光だ。  蒼竜が竜紅人(りゅこうと)へと変化していく。  久々に見た生身の竜紅人に、香彩は親しくも恋しい気持ちになった。だがそれ以上に凌駕するのは、恐ろしさだった。   (どうしよう。怖い……)    途端に夢床(ゆめどの)で会った出来事が全て、本当は自分の都合の良い夢だったのではないかと思えてくる。幸せな夢だった。ただただ幸せだった。あの幸福が夢だったのだと、心の奥では思いたくないというのに。発情期の経て正気に戻った生身の竜紅人が、同じく生身の自分を見て何を思うのか、考えるだけで怖かった。  幾度も幾度もそんなことはないと奮い立たせていた心は、人形の竜紅人を見て脆くも崩壊する。  狂おしいほどに彼のことが好きだという気持ちが湧いてくるというのに、怖くて堪らない。  彼が久方ぶりに人形を成した。  繊細で巧緻な顔が香彩の方へ向く。  美麗の冷たい伽羅色の視線が、まるで獲物を見定めるかのように香彩を見る。    どんなに怖くてもこれまでのことを、そしてこれからのことを、竜紅人と話をしなければならない。分かっていたはずだというのに、あの目を見たらもう耐えられそうになかった。  自分を否定する竜紅人を見たくない。そんな言葉なんて聞きたくない。それが執着に満ちた、自己満足なのだとしても。    香彩は上掛けを羽織ったまま、部屋を飛び出した。  後ろから何か声が聞こえたが、振り返る余裕も、聞く余裕もなかった。             

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