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寒空_3

彼が再び訪ねてきたのは夜九時過ぎ。 ドアを開けて出迎えた彼は寒さに鼻を赤くして、両手には大きな袋を抱えていた。 「いやーぁ、今朝は悪かった。お詫びっちゃなんだが酒買ってきた。アンタが何好きか分かんなかったからさ、ビールに焼酎中、日本酒からワインまで買ってみたぞ」 「はぁ…………とりあえず中へどうぞ」 「お邪魔しまーす」 待っていたと言わんばかりに靴を脱いだ彼は、キョロキョロと周囲を見回し始める。 「何か?」 「いや今朝も思ったけど、こう改めて見るとすげー立派な家ってか最早屋敷レベルだなって。もしかしてアンタめちゃくちゃ金持ち?」 「…………いえ、この屋敷は譲り受けたものですので。私自身は大した身分ではありません」 「譲り受けたってご両親から?」 「いいえ…………私の、ご主人様から」 客間までの廊下を歩み始めた私の後ろを慌ててついてくる気配。 「ああ、でもこの場合は父と言った方が話は早いんでしょうかね?」 「いや俺に訊かれても……事情とか知らねーし」 「ふふ、それもそうですね。どうぞ」 通した客間は今朝共に食事をした部屋で、彼はつい数時間前と同じように椅子へと腰掛けた。 「ご主人様って、アンタは執事か何か?」 「どうでしょう?一通り身の回りの事はやらせていただいておりましたが、明確な名称を考えた事はありませんね」 「ふーん……じゃあそのご主人様はどっか別の所に住んでんのか?」 「いいえ、一緒に暮らしておりましたよ。一ヶ月前までは」 「…………今は?」 恐らくは次に来る私の言葉を予測してるであろう彼。 それでも尋ねてくるのは曖昧な事が嫌いで真っ直ぐな性格の持ち主だからだろうかと、内心考察する。 何しろ悪い気がしたわけではなく、私は至極当然のように答えた。 「亡くなられました。ご病気で。…………何を飲まれます?」 「アンタは?ワインとか似合いそうだけど」 「折角ですが今日の所はアルコールを控えようかと。昨晩飲みすぎました」 正直頭にはまだ鈍い痛みが残っている。 これが世に言う二日酔いと言うやつで、胸に渦巻いた気持ち悪さにご主人様が「味噌汁を飲みたい」と溢していた気持ちがようやく分かった気がした。 「自棄酒でもしてたのか?」 「……ふふ、違いますよ。そう言った目的で飲んだわけじゃありません。今までで殆どアルコールを飲んだ事がなかったので経験してみたかったのですよ。ワインにしますか?」 「いんや、俺はビールが好きなんだ」 彼は缶ビールを手に取ると良い音を立ててプルタブを開けた。 それからグラスを差し出す間もなくグイッとそれを仰ぐ。 「くぅ〜っ、うめぇ!仕事終わりのビールは最高だな!」 本当に美味しそうに飲む……。 手持ち無沙汰になったグラスには自分用に緑茶を注いで、彼と向き合う形で椅子へ腰掛けた。 「つまみもあんだぜ。ほら、これ旨いよな」

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