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第14話 誰かを傷つけても

 ふわりと広がるスカートの裾に、細い腰をさらに締め上げるコルセット、そして、本来ふくよかな胸を包むはずの大きく開いた胸元の中には肉付きの薄いふくらみの全くない胸がある。少し屈みこむだけで中が覗けてしまい、白い素肌と申し訳程度の先端が見えるだけだ。  自分で鏡を見ていても、不格好極まりない。思わず大きくため息をつく。 「なにもここまですることはないんじゃないか」 「なにを言うのです。いくらルシオさんがきれいなお顔と華奢な体格とは言え、あの恰好では女性だとは思われませんよ。 犯人に襲われなくてはいけないんですよ」  ほかの服も合わせてみようと取り出すノーラを鏡越しに制止して、ルシオはまたため息をついた。  ルシオの予定ではここまでするつもりはなかったのだ。 鏡を覗きながらスカートの裾をつまんでみる。ローブを着ているから、その下が女性の恰好だろうと自分のシンプルなシャツとズボンだろうと関係ないと思っていた。  それなのに、「その見た目では女性に見えない」とマレーナが言い出し、便乗したアルが「それなら女性の恰好をすればいい」と言い出したのだ。  女性のふりをして殺人犯に狙わせるというのは、ルシオの体格ならば可能だと思うし、実際に襲われたとしても女性よりは太刀打ちできる。すぐにアルも呼んで殺人犯を捕まえる、という手筈だ。  昨夜、アルと一緒に入ったベッドでこの計画を話したとき、アルはいつも通り反対したけれど、呼べばすぐにアルが来てくれるから成り立つ作戦なのだと説得した。  ルシオの作戦を聞いたマレーナたちも、最初は反対をしていた。 「今さらルシオさんを女性と間違って襲うでしょうか」  マレーナの心配も尤もだった。 「“間違わせる”んじゃない。“気付かなかった”と思わせるんだ。 僕は、この村に入ってから、マレーナとノーラ以外の人間とほとんど話をしていない。誰も僕の声を聞いていないし、僕はずっとローブを着込んでいた。僕のことを男だと思っていたとしても、“実は女だった”と思わせることは可能だと思っている」  村の人々はルシオたちに対して排他的だったから、会話をしたことはない。村の巡査と話をしたときでさえ、アルが一言二言訪ねているのを横で聞いていただけだった。だから、今、ルシオが女性だと触れ回っても誰も否定はできないだろう。  ルシオとアルは二人でまた村を歩き、さりげなくルシオを女だと村の住人に思わせる。そして、夜にはルシオが独りになり隙を作る。ほかの女性は出歩かないから、ルシオに集中させるのにちょうど良いだろう。  ルシオの後ろから同じように鏡を覗き込み、マレーナがフードのついた深紅のケープを取り出した。 「髪が短いけれど、私のケープをお貸ししますね。フードを被ればわからないはずです。寒いから不自然ではないですし。 お化粧もしましょう。今のままでは幼く見えてしまいますもの」  ルシオは眉間に深い深い皺を刻んだけれど、拒否するという選択肢は与えられなかった。  神秘的な黒い瞳を活かすように、黒いラインで強調する。白く滑らかな素肌にはうっすらと頬に朱を入れて、唇をベリーに似た可憐な薄紅に塗る。  マレーナに化粧を施してもらいながら、昨夜のことを思い出す。アルのことを好きだと、この村から連れ出して欲しいと言っていた。アルは断ったと言っていたから、きっとマレーナは今、傷付いて悲しんでいるはずだ。  もしもルシオが同じ立場だったら、アルの隣に居ることが許されなかったら、きっとルシオはこんな風に優しくすることはできない。  だからといって、アルがマレーナの手をとることも我慢できない。自分はこんなにも我がままで欲深な人間だったのかと驚く。  絶対に犯人を捕まえよう。ルシオにできるのはそんなことくらいだ。 「……よくお似合いです、ルシオさん。……アル様も褒めて下さいますよ、きっと」  マレーナの表情が歪んで見えた。 「アルが? まさか。こんな姿、褒めるはずない。不格好だし、からかわれて終わりだ」  はあ、とまた一つため息が漏れる。なによりも一番アルに見せたくないのだ。いくら女性のふりをしなければならないと言っても、ルシオは男だし、こんな恰好似合わなくてみっともないに決まっている。  深紅のケープを手に持って、リビングで待っているアルのところへ足取り重く向かう。  ルシオの足音に振り向いた瞬間、アルが目を丸くした。 「ほう……? 変わるものだなあ、ちゃんと女に見えるぞ、ルカ」  不思議なものを見るようにわずかに首を傾げている。  眉間の皺をそのままに、アルを無言で睨みつける。 「ははっ、そう睨むな。可愛いじゃないか。さて、それじゃあ村の市場辺りに行くか」  ケープを被り、マレーナに借りた女性もののコートも羽織ったルシオを、アルは背中に手を添えてエスコートするふりをした。  村では、ゆっくりと店先を眺めて歩き、アルがわざとらしくルシオに話しかけながらパンや菓子などを買い求めた。 「この菓子はどうだ、美味そうだぞ。ん? なに? もっと甘いクリームが挟んであるものがいい? おお、そうか、じゃあこっちだな」  ルシオはアルの袖をつまんで引っ張りながら、ぶんぶんと首を横に振る。ルシオが甘いものが苦手なことをわかっていて、アルはからかって遊んでいるのだ。  喋るとさすがに男だと気付かれてしまうため、声が出ないということにしてある。反論ができないことをいいことに、アルは先ほどから好き勝手にルシオとの会話を進めている。  その様子を遠巻きに見ていたパン屋の店主が、ためらいがちに話しかけてきた。 「……仲睦まじいですね。ご夫婦ですかな」 「ご……っ!?」 「ああ! 俺はそのつもりだがな、実はまだなんだ。婚前旅行ってやつさ。旅の途中なんだが、雪で足止めを食らっていてね」  思わず声を上げそうになったところを、アルに遮られる。驚いてアルの袖をぐいぐいと引っ張るけれど、逆にその手をとられ握られる。 「ん? どうした、照れているのか。はっはっは、可愛いやつだなあ」  真っ赤になって抗議の視線を向けるけれど、アルは全く意に介さない。  夫婦だの婚前旅行だのという設定は、ルシオは聞いていない。人前で手を握られ、近い距離に引き寄せられ、褒められる。混乱して恥ずかしくて、けれど、心の奥では少し嬉しいと思ってしまった。  その後も、雑貨を見てはアクセサリーを合わせようとしたり、花を見ればプレゼントだと購入しようとするアルを必死で止めた。 「おやおや、きれいな奥さんだね」 「いや、きれいな恋人だ」 「あんた女の子だったのか。美男美女のカップルだね」 「ありがとう。自慢の恋人だ」 「……この村は今穏やかじゃないからしっかり守っておやりよ」 「ああ、そのつもりだ」  二人がただの旅人だとわかったからか、話しかけられることも多くなり、行く先々でアルはルシオのことを「恋人」だと紹介した。  いつしか訂正することも諦めて、黙って手を引かれていた。そうか、こんな未来もあったのかもしれない。ぼんやりとそんなことを思う。  ルシオは今まで自分の未来など思い描いたことがなかった。自分を守って生き抜くことに精一杯で、その先になにが待っているのかなんて考えたこともなかった。  いや、考えないようにしていた。自由で幸せな自分の姿なんて遠すぎて、考えれば歩けなくなってしまった。  アルには幸せになって欲しいとは思っていたけれど、ぼんやりと思い描くアルの幸せな未来には自分の姿はどこにもない。アルの隣にはいつもルシオの知らない誰かが居た。  けれど、本心では自分がアルの隣に居たいのだと気付いてしまった。アルの未来に自分の姿を探すことはまだ上手くいかないけれど、ルシオの心はそれを望んでいる。  どんなに遠く長い道のりに思えても、アルが隣に居れば辿り着けそうな気がする。今まで未来を望んだことがないからどうすればいいのかわからないけれど、とにかくこの手を離さないようにしようと、そう固く心に誓った。  村をある程度周ってようやく家に帰り着くと、自室でコートもケープすぐに脱いだ。 「ふう……、疲れる! 歩きにくい! 顔がなんだかべたべたして気持ち悪い!」 「はっは、もう音を上げるのか。いいぞ、もう止めてとっとと村を出よう」  ぐ、と言葉に詰まってアルを軽く睨む。 「……そんなことは言っていない。犯人は絶対捕まえる」  先ほどまでの胡散臭いくらいの朗らかな笑顔とは打って変わって、人を喰ったような笑みを見せる。アルもあれで演技をしていたのかもしれない。 「お前はなんだか楽しそうだったじゃないか」  こちらは喋ることもできないのに、とわざと皮肉めいた言い方をする。  本当はアルの恋人のふりが少し嬉しかった、などとてもじゃないけれど言えない。  こんな恰好じゃなければ、もっと素直に言えたのかもしれないけれど。自分の恰好を見下ろして、改めてこんな姿でアルの隣に居たのかと少しがっかりしてしまう。 「悪くないぞ」 「慰めてくれなくていい。どうせ僕はアルみたいに背も高くないし、筋肉もついてないし、顔つきも男っぽくないからな」 「なんだ、褒めてくれてるのか?」 「違う」  コルセットが苦しいけれど、これ以上はまだ脱げない。夜になってみんなが寝静まるころ、またこの恰好で出歩く予定だ。  ちらりと鏡に映った自分たちの姿を見ると、テーブルの淵に軽く腰を預けて長い脚を投げ出している恰好が様になっているアルと、女性の服を着た滑稽な自分の姿が並んでいる。  せめて、もう少し大人びていたら、などと考えてしまう。こんなに鏡を見たことも、生まれて初めてだ。 「……俺はな、実は人間の男女の区別にも容姿にもさして興味がない」 「え、……どういう意味だ?」 「興味があるのは、ルカという人間だけだからだ」  ルシオは目を丸くして、わずかに首を傾げる。理屈としては、そうなのか、と思うけれど感覚としてはアルと全く同じ感覚がわかるかと言えば不明だ。 「自由を求めて自分の足で立ち向かおうとしているルカを美しいと思う。 着飾って恥ずかしそうにしているルカを可愛らしいと思う。 恋人だと言うと嬉しそうにしているルカを愛しいと思う。 それ以外に興味がない。そういうことだ」  鏡越しに見つめられて、頭に頬に熱が集まる。顔が熱い。大きく開いた白い胸元までが朱を刷いたように染まっている。 「っ、なに、急に……!」  顔を逸らすので精一杯だった。ルシオのコンプレックスも葛藤も、全てを受け入れられたような気がした。  アルの気配が近くに来て、顔が寄せられる。寸前でうかがうように止められるから、目を閉じた。軽く唇で食まれて、押し開くように重ねられた。  細く開いた扉の向こうで、マレーナはそれを見ていた。手をきつく握り締め、下唇は噛みすぎて破れて血が滲んだ。  その日は、明け方まで村中を歩き回ったけれどなにも起きなかった。翌日も、同じように服を借りて、化粧を施してもらい、村で買い物をした。その日の深夜。  人っ子一人見当たらない廃村のような真夜中の通りを、ルシオは独り歩いていた。  吐く息は白く、吐いたそばから凍って結晶のようになる。唯一露出している顔も凍り付きそうに痛い。決して遠くない森からは獣の声や鳥の鳴き声が聞こえて、それが余計に人の気配のなさを助長している。  いつかも、こんな夜の森を走ったことがあった。悪夢の中のように、なにかに追われて逃げ惑って、死の感覚を常に肌で感じていた。  ふと空を見上げると、大きく揺らめく光のカーテンが見えた。緑から青、紫、と色を変えながら光り輝いて波打っている。  あのときと状況はたいして違わないのに、ルシオの心は落ち着いていた。呼べばすぐにアルが来てくれる。そう思うだけで恐怖を忘れる。コートの下で胸元の石を握り、どうせなら隣でこの美しいオーロラを見たかったと密かに思った。  そのとき。突然、後ろから口を塞がれ羽交い絞めにされた。 「! んーっ! んんっ!」  強い力でそのまま後ろに引き摺られ、体勢が崩れて振りほどこうにも思うように力が入らない。そのまま半ば引き倒されるような形で路地に連れ込まれた。投げ出されるように雪の上に倒されて、その上に黒い影が馬乗りになる。  喉が強い力で締められ、急激に気道を圧迫される。必死に抗っても足を数度ばたつかせた程度で、意識は暗闇に覆われた。 「お前がいけないんだ。邪魔しやがって。お前が邪魔なんだよ。邪魔だ邪魔だ邪魔、お前さえいなくなれば……!」  ぐったりとした身体からコートの前を引き千切り、ぶかぶかの胸元から胸を露出させる。スカートをたくし上げて手を足に這わせ、中心をまさぐった。  瞬間、馬乗りになった影が宙を舞った。首ねっこを捕まれ、軽々と後ろに放り投げられたのだ。 「ったく、喚ぶ前に意識を失わせるんじゃない。俺は一応、これに喚ばれないと助けられないという制約があってだな……」  ぶつぶつと文句を言いながら、ルシオを抱き起す。その頬をぺちぺちと軽くはたき、数段優し気な声で名前を呼んだ。 「ルカ、おい、ルカ、大丈夫か」 「……ぅ、ん、……あ、ル?」 「どけぇぇぇ! 邪魔だ邪魔だ、お前たちみんな邪魔だぁぁぁ!」  アルの後ろから獣のような咆哮を上げ、棒のようなものを振り上げた影が襲う。それを難なく片手で掴んで、もう片方のルシオを抱きかかえていた腕はゆっくりと離す。 「少し待っていろ」  掴んだ棒ごと振り回して影が飛んでいくと、棒はそこら辺に転がした。どうやら近くに立てかけてあった藁を寄せ集める農具のピッチフォークだったようだった。  意識のはっきりしだしたルシオが状況を把握したときには、自分を襲った黒い影はぐったりとして地面に取り押さえられていた。  自分の恰好を見下ろすとみっともない上に風邪をひきそうだったので、手早く直した。 「アル? 捕まえたのか?」  そっと近付いてアルが地面に押し付けている顔を覗き込む。 「ダニエル……。やっぱり、あんただったのか」 「! 邪魔をするなぁ!」  騒ぎを聞きつけて、所々に明かりが灯り始める。皆、怖くてなかなか外には出てこないけれど、扉越しになにが起こったかを確認したいらしい。 「今までの殺人もあんたか?」  もし違うのなら、真犯人を取り逃がしてしまいかねない。 「……そうだ」  それを確認したアルが、近くの窓明かりに向かって声を張り上げた。 「おい! すまんが誰か巡査を呼んできてくれ! 殺人犯を捕まえた」  途端に、がやがやと扉の向こう側が騒がしくなる。 「なんだって?」「……殺人犯を捕まえた……?」 「……なに? なにが捕まったって?」「どうしたの……?」「誰か巡査呼んで来いってよ……」  手に手に武器になるようなものを持って、恐る恐る家の中から出て来た住人たちによって巡査が呼ばれた。 「ダニエル……? まさか、領主の息子だぞ……」 「離せっ! 私は魔女を退治しているだけだっ! こいつらは魔女なんだ、わからんのかっ!」 「……魔女……?」「魔女だって……?」「あの旅の娘が……?」 「そうだっ! この娘が魔女なんだっ! 諸悪の根源だ!」  巡査に両手を拘束されても尚騒ぐダニエルに、周囲の人々も恐怖を滲ませる。殺人犯が無事に捕まったというのに、村の不穏な空気は晴れるどころか余計に張り詰めて高まって来る。 「……ダニエル……っ、あなただったの……?」  次第に増えてきた人垣をかき分けて、マレーナもやってきた。 「マレーナ……っ!」  ダニエルはマレーナの元へ走り寄ろうとして巡査に押さえつけられた。マレーナは青ざめた顔で口元を覆って、はた目にも今にも倒れそうなほどショックを受けているようだった。 「マレーナ……。アル、彼女を家まで送り届けてあげた方がいいんじゃないか」 「それなら一緒に帰ればいいだろう」  捕まったダニエルは巡査に任せてもいいのだろうかと振り向けば、家々に明かりが着いたおかげでダニエルの表情がよく見えるようになっていた。  その顔は憔悴していて、ルシオが魔女だなんて叫んでいる様子もどこか常軌を逸して見えた。とてもじゃないけれど、欲望のままに女性を次々襲うような男には見えない。  いや、レイプという手口はダニエルのものだろうけれど……。それに、ダニエルは魔女について否定的だったはずだ。それも自分の犯罪をごまかす為だろうか。 「マレーナっ! マレーナ、助けてくれっ! 私は君のために……っ!」  なおも暴れるダニエルを見て、マレーナはきびすを返そうとした。その時。 「私の息子を離したまえ! ダニエルはそこの魔女に唆されただけだ! 捕らえるならそこの魔女だろう!」  表の通りからここの領主であろう男が数人の部下や役人を付き従えて物々しくやってきた。 「父さん……」  すると、なぜか役人たちは無言でルシオの方へとやって来て両脇から腕を掴んできた。 「おい、ルカに触るな」  アルが役人の腕を掴み捻り上げる。 「なにをするっ! お前も魔女の隠匿罪で捕らえるぞ!」 「待て! 僕は男だ! ただの旅の者だ、魔女じゃない。殺人が起きていて、マレーナが困っていたから助けただけだ」  ルシオも釈明をしようと声をあげた。さすがに喋れば男だとわかるはずだ。 「残念だが、魔女の中にはまれに男も居るという情報だしな。それにその恰好じゃあ、男を惑わしたと言われても信用してしまうなぁ」  役人たちがルシオのケープが取れて露わになっている胸元をにやにやと見下ろす。 「それにな、お前を魔女だと密告したのは、マレーナだ」  ……え? マレーナを見る。顔を背けたまま、こちらを見ようともしないけれど、なんとなくピースがはまったような気がした。 「マレーナっ! 私と結婚してくれると言っただろう!? 全部君のためにやったんだ! 君が彼女たちに迫害を受けていたから、彼女たちは酷い魔女だと! マレーナっ、私は君のことが……っ!」  ダニエルが叫びながら巡査の手から役人たちの手に渡り、領主と共に屋敷の方へ向かって行く。マレーナはダニエルに全く関心がなくなったように、もう見ようともしない。 「お前も行くぞ」  役人がルシオの腕を後ろに回そうとする。それを止めさせようとアルが一人の役人の腕を捻り上げたまま、もう一人に向かって放り投げる。 「待て、アル」 「なぜだ。だからとっととこんな村出ようと言ったんだ」  心底嫌そうな表情でアルが吐き捨てるように言う。 「お前たち、審問官に逆らうのか。魔女だと自ら認めるんだな」  役人が威圧感を醸し出す。今までもこうして女性たちを強制的に連行して裁判にかけたのだろうか。ルシオはアルの袖を掴んで、マレーナにも聞こえるように声を張り上げた。 「僕は無実だ。こんな意味のない、ただの残虐な迫害行為は止めさせる」  そうして、アルの目をじっと見て言う。 「アル、“あとで”」  それを聞いたアルが片眉をぴくりと上げて、ルシオを見返す。しっかりと頷いて見せて、安心するように手を一度握った。アルなら意図を汲んでくれただろう。  ルシオは役人に後ろ手に拘束され、連行されていった。  アルは黙ってその後ろ姿を眺めながら、こぶしを強く握りこんで、手のひらには爪の痕が血を滲ませていた。 「あの……」 そのこぶしをそっと包むように柔らかな手が触れた。アルは振り返りもしないけれど、マレーナはそっと喋り続ける。 「私が密告したなんて嘘ですわ。信じてください。私はそんなことしません。 ダニエルともなんの関りもありません。彼が無理やり言い寄って来ていて、女性たちを襲ったのも勝手にやったことですわ。あ、もしかすると私を孤立させようとしたのかもしれません。 ……アル様、一度家に帰りましょう? ルシオさんのことは審問会にお任せするしかありませんもの」  うっとりとした眼差しで、アルを見上げる。アルは一瞬眉を寄せて眉間に皺を作ったけれど、すぐに無表情に戻した。 「そうだな」  絡められたマレーナの腕をするりと外して、きびすを返す。  空ではルシオが見上げて見惚れていたオーロラはとっくに消え、また大きな雪が降り始めていた。

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