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第16話 Mystica ※
「あー……ルカ。
『ミスティカ』という名のアンティークショップを探してくれ」
「……は?」
なにを言っているんだ、この男は。
こんなケガをしていて、意識も朦朧としているっていうのにアンティークショップ?
もしかして意識が朦朧としているから自分がなにを言っているかよくわかっていないのだろうか。だとすれば危ない状態なんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、ルシオはアルに肩を貸したまま一歩一歩、深い雪を踏みしめる。吹雪いてきた風が横殴りに二人を雪だるまにし、数歩進んではアルの頭や肩に積もって赤い髪を見えなくする雪を払いながら、ルシオは懸命に進んだ。
どれくらいそうして歩いただろうか。
「はぁっ、はぁ……、……?」
見渡す限り雪と小高い木ばかりの森の中に、突如としてそれは現れた。
門もない豪奢な造りの屋敷が、木立の中の道もなにもない場所にぽっかりと建っていた。かろうじて雪かきをしてあるのか、くり抜かれたように屋敷の周りだけ雪が取り払われていたので、玄関ポーチのステップが見てとれる。
こんな森の中に門や塀どころか小道も作らず、どのように暮らしているのか怪しさしか感じないけれど、窓からはあたたかそうな灯りがもれている。どんなに怪しくても、仮に住んでいるのが人をとって食うような狂人だったとしても、今はアルを休ませたい。激しくなっていくばかりの吹雪からアルを守らねばならない。
意を決して、ルシオは玄関のベルを鳴らした。
いくらも待たないうちに重厚なウォールナットの扉が開いて、あたたかな空気と共に顔を出したのは、柔らかな仕草で微笑む目を見張るばかりの美形だった。銀色の長い髪を緩く編んで肩から前に垂らし、身体のラインを程よく強調するような黒い総レースのドレスが、さらに年齢不詳のミステリアスな印象を与えている。
「おやおや、これはこれは……」
高くもなく低くもない声で、なんとなく女性だと思っていたルシオには逆に性別が判断できなくなってしまった。歓迎の微笑みを絶やしはしないけれど、いささか困惑した声が滲んでいる。
今にも雪に埋もれそうな男二人、しかもそのうちの一人はぐったりとしているのだ、驚くのも無理はない。
「すまないが、怪我人が居るんだ。医者を手配して欲しい。
厚かましいお願いで申し訳ないが、一晩だけでもいいから休ませてもらえると助かる」
家主はルシオと、ルシオの肩で意識を失って項垂れている赤い髪の頭頂部を交互に見る。
「わたくしどもを必要とあらば。どうぞ、お入りください」
半身をずらして、ルシオたちを中へ導くように腕で示してくれる仕草はあまりにも滑らかで洗練されていたので老舗の高級店のような態度だったのだけれど、そんな場所に縁のないルシオにはよくわからない緊張感として伝わった。
わたくしども……? ほかにも住人が居るのだろうか。
そんなことをちらりと思ったけれど、とにもかくにもアルを休ませることができると安堵して、屋敷の中へと進んだ。パタン、と重たい扉とは思えないほど静かに閉じた音と、微かに雪が落ちた音を背中で聞いた。
ルシオたちが入った後、閉まった扉の軽い衝撃で玄関ポーチの屋根からと、そして玄関扉のすぐ横に掛けてあった小さな黒いプレートから、雪がぱさりと落ちた。そのプレートには金字で『Mystica(ミスティカ)』と書かれてあった。
住人は出迎えてくれた人物独りのようで、屋敷の中は広々としていたけれど、閑散とした感じも荒れた感じもしなかった。
だからといって、住み心地が良さそうかと問われればそのような感じもあまりない。重厚だけれど肌に馴染むこともなく、手入れは行き届いているけれどくつろげそうな雰囲気もない。高級なホテルを訪れたときのような特別感とわずかな緊張感。
特殊な収集癖でもあるのだろうか。玄関ホールの飾り棚や、サロンのキャビネット、暖炉の上、テーブルの上にも、至るところに奇妙な物が目についた。石や、大きな羽根、なにかの角、ガラスケースに仕舞われたうろこ。一つ一つをじっくり見ると、美しかったり正体のわからない物珍しさがあったりするけれど、どれも用途はよくわからない。
調度品は高価そうだけれど、使い込まれた跡もない。
どこか、不可思議な印象の家だった。
家ーーそう、つまり、家というより博物館、もしくは『アンティークショップ』と言った方が近かった。
家主は二人をいくつも並ぶ部屋の一室に案内してくれた。広いベッドは大柄のアルを寝かせても余裕があり、小さな暖炉に火を入れ、続き部屋のバスルームにはルシオのために湯を張ってくれた。
服を脱がしたアルの背中は左右の両肩から肩甲骨にかけてざっくりと二筋に裂けていて、中の肉が見えるほどだった。明らかにあの爬虫類のような羽根のせいだと思われるけれど、森の中に落ちたときにはすでに羽根は跡形もなく消えてしまっていた。
止血のおかげか今のところ血は止まっていて、少しだけほっとする。家主になんと説明したものか困っていると家主の方はなぜか驚きもせず、「わたくしが手当を致しますからあなたはどうぞお風呂に浸かってきてください」と追いやられた。
どうやら変わり者そうだけれど親切ではあるようだし、なによりアルがもうろうとした意識の中でも黙って身を任せていたので信用することにした。
これから医者を呼びに行くにしても、アルの看病をするにしても、まずは自分が疲れをとらなければならない。
拷問の傷だらけで、さらに凍傷にまでなりかかっていた身体を湯に浸しほっと息をつく。あたたかい湯に生きた心地がする。早くアルも風呂に浸からせてやりたい。
湯に浸かったのはあの温泉以来で、どうしても思い出してしまう。アルの手や温度、どんな風に触れられて、どんな風に気持ち良くなったか。
バスタブの中で思わず膝を抱えて身体を縮こませた。湯が熱いからか、顔も身体も火照ってくる。アルは痛みに苦しんでいるというのに、なんて自分勝手な欲だろう。ぱしゃと頭から湯に潜ると、バスタブから出て用意された清潔なシャツに袖を通した。サイズが大きく、余った袖の部分を何度か折ってまくっていたときだった。
「あれほど無茶をしないようにとご注意申し上げたはずですが」
「ああ、わかっている。何度も言うな、耳にたこができる」
「わかっていないからこうして再三申し上げているんですよ」
「仕方ないだろう、ルカを傷つけられたんだ。傲慢な人間どもに少しくらい痛い目を見せてやらねばならん」
「少しくらい、ですか。どうせ我を忘れて、人間の身体で力を使ったんでしょう」
隣室から聞こえてくる会話で、アルが目覚めたことと、二人が知り合いだったことが伺い知れた。
「強度のない人間の身体に、あなたの強大な筋力や魔力を無理やり収めているんですよ。
その力を発揮すれば器である身体の方が壊れるのは目に見えているでしょう」
壊れる……? アルが……。思わず、扉をあけてベッドに駆け寄っていた。
「アル! 壊れるって、死ぬってことか!?」
アルと家主の二人が軽く目を見張る。
「ルカ! 下くらい穿いてこい!」
シャツはサイズが大きいから見えはしないと思うけれど、そんなことよりも二人の言葉を聞いて落ち着いて服を身に着ける余裕がなかったのだ。
家主が苦笑しそっと目を逸らして、バスルームからタオルを持ってきてくれた。それを受け取ったアルがルシオの頭からタオルを被せ拭き始める。
「髪からもまだ雫が垂れてる」
「おや、あなたともあろう方が……甲斐甲斐しいですね」
ルシオの頭を拭くアルを、にこにこと家主が見つめる。
「うるさい」
どうやら、アルの状態を深刻なものだとして受け止めたのはルシオだけのようだった。怪我をしているアルの方が労わるようにルシオの頭から垂れる雫を拭っている。ルシオは、じっとアルを見つめた。
「僕にはなにも言ってくれないのか」
怪我の具合も、アルのことも。
「まだお話されていなかったんですか」
非難の色を滲ませた声で、家主が沈黙するアルに声をかけた。逡巡し、ためらいがちに呟かれた言葉は今までになく歯切れの悪いものだった。
「ルカが、……怖がるかもしれないだろう」
目を見張るのはルシオの番だった。
そして、横ではルシオ以上に驚愕した家主が、見知らぬ人間でも見るように口に手を当てアルの顔をしげしげと見つめていた。
「あなた、そんな殊勝なことを考えることもあるんですね……。昔は来るもの拒まず、」
「ああ! うるさい、うるさい!
お前は話をややこしくするんじゃない!」
ルシオは家主を見た。
「あなたは、昔からアルのことを知っているんだな。あなたは、いったい……?」
「ああ、ご心配なく。あなたのアル様とはただの旧知の店主と客。
申し遅れました。わたくしは、アンティークショップ『ミスティカ』の店主です」
ミスティカ。それはアルが探せと言ってた店の名前だったのではなかったか。
「アルは、この店を信頼しているんだな」
「おい、ルカが気にするようなことは本当になにもないぞ。こいつには世話になったが、あくまで店主と客だ」
「わたくしどもの店は一風変わっていまして、お客さまも、お求めになられる物も変わっていることが多いのですよ。
顧客からの信用は第一です」
ルシオは何度か瞬いて、二人を交互に見る。
「つまり、アルはこの店になにかを買い求めたんだな」
「ええ。昔からのお得意様ではあったのですが、数年前にお求めになられたのはさらに厄介な品でしたので」
店主はアルをじとりと見遣る。アルはぐ、と喉に物の詰まったような声を出したけれど、息を一つ吐いて、意を決したように重大な告白をし始めた。
「俺は、……人間じゃない」
ルシオはゆっくりと数度瞬きをして、わずかに目を伏せて、また視線を上げる。
「……知っているが?」
「なに!?」
「逆に、なんで僕が気が付いていないと思えたんだ?」
「知っていて、怖がりもせず一緒に居たのか?」
「以前にも言っただろう? アルのことは怖くない」
「そ……、それはそんなことを言ってはいたが」
アルは珍しく面食らったような、困惑した顔をしている。
「人間じゃなければなんなんだ?」
「……ドラゴンだ」
いつの間にか席を外していた店主が、ベッドの側にワゴンでお茶を運んできた。柔らかで華やかなリンゴの香りが漂う。椅子を勧められ、サイドテーブルに優雅な所作で三人分の紅茶が淹れられる。
「どうぞ、アップルティーです。身体があたたまりますよ」
この家主は、アルがドラゴンである、という言葉を聞いて驚かないのだろうか。自分だって、あの翼を見ていなければ信じられなかっただろう。
いくら屋根の上や森の木の上を走ろうと、手で岩を砕こうと、少しばかり筋力が常人離れしている程度かと思っていた。けれど、アルはつい数時間前まで空を飛んでいたのだ。
そんなことを受け入れることができるのは、きっと自分だけだと思っていた。
「あなたは、アルのことを……?」
知っているのだろうか。アルの本当の姿、昔のアルを。
店主はちらりとアルの方を見て、二人で目くばせをする。そのことに、またルシオの胸はちりちりと焼ける。
「この店には、ドラゴンから人間に姿を変える方法を求めに来たんだ」
「人間に? なぜ?」
アルが一瞬押し黙った瞬間に、店主の方が面白そうに言ってしまった。
「一人の人間に恋をしたんだそうですよ」
「え、」
「おい、またそういう言い方を」
「あなたがさっさと言ってしまわないからですよ」
「……昔、よその国の人間とちょっとしたいざこざがあってな。ドラゴンは角だかうろこだか宝だかを狙われることが多々あるんだが、その時も突然武装した人間たちが大挙して押し寄せて来て、住んでいた山を追われた。
皆殺しにしても良かったが、以前知り合いのドラゴンが返り討ちにしたときに、その後何百年も人間たちに目の敵にされたと聞いたことがあってな。
人間を相手にするのは面倒でほとほと嫌気がさしていた。そのときも、剣や毒矢で傷付けられながらも飛んで山を越えたんだが、一息ついた瞬間に力尽きて森に不時着してしまった。
そこで、小さな人間に助けられた」
なんとなく。本当になんとなく、そうではないかと思っていた。そうだったらいい、と思っていた。
アルの見慣れた瞳が、幼い頃の思い出を蘇らせる。嬉しくて、シャツの中から紐を引っ張り出し、その先の石を目の前にぶら下げた。
「これは、アルの……?」
どちらともなく口を開こうとした瞬間。
「これはこれは、……これはもしや逆鱗の裏に隠されていると言われる竜の宝玉では……」
横から食い入るように石を見つめる店主の熱視線に負けて、思わず石を隠すように胸元に握り込んだ。
「おい、ルカが怯えているだろうが。ルカ以外が触ろうとすると怪我をするやもしれんぞ」
アルが店主を引き剥がすと、店主もなんとか自制したのか咳払いでごまかした。
「これは、申し訳ありません。つい、貴重な品に目が……こほん、ん、いえ、なんでもありません。
けれど、ああ、それで合点がいきました。それであのときのあなたは魔力が半分ほどになっていたんですね」
店主は深く頷く。
「どういうことだ?」
「その宝玉は俺の魔力の半分だ。それを、小さかったルカに預けた。契約の証として」
「契約?」
「君は俺を助け、俺に命をくれると言った。その代わり、自分を自由にしろと。俺は承諾した。だから、契約の証としてそれを渡した。
ルカの願いを叶えるために、君の側で君を守ると誓う証だ」
目の前に掲げた石は、ぐるぐるに巻き付けた紐の隙間から、赤く、ルビーのように美しく発光している。
「その直後だったのでしょう。この方はわたくしの店を訪れて、ドラゴンの身体を人間の身体に変える薬をお求めになられたのです」
けれど、そんな薬は存在しなかったのだと言った。
「ないのか」
「当たり前です。おとぎ話じゃあるまいし、そんなに都合の良い魔法の薬なんてありません」
「……おとぎ話じゃないのか」
ルシオはなんとなく腑に落ちなかったけれど、店主がそう言うのならそうだったのだろう。ベッドの上のアルも、ばつの悪そうな顔をして顔を背けている。
「しかし、無理難題をなんとかするのが、わたくしどもの仕事です。
方々の文献を調べて、大昔、海の魔女が人魚の下半身を人間の足にした秘薬の文献を手に入れたんです」
「……おとぎ話じゃないんだな」
「ええ、おとぎ話じゃありませんよ。だから、秘薬の話なのです。
対価として貴重な宝なども頂きましたし、実験のためにそのお身体まで提供して頂きましたから、なんとか薬を完成させることができました。
ドラゴンの魔力は強大で、そのまま人間の身体に変えるには、器の強度が足りませんでしたが、その頃のアル様は魔力が半分になっていたので、なんとか人間の身体に収めることができたのです。
まあ、数年はかかってしまいましたが」
アルを見る。困っているような、照れているような、そんな表情だ。可愛い。愛おしい。そんな気持ちになる。
ずっとアルはルシオの側に居てくれた。ルシオの側に居る、という誓いの為に自分の姿まで変えてくれたのだ。
あのとき、初めてできた友達が姿を消してしまって、一緒に遠くへ行こうという約束が果たされなくて、とても悲しかったけれど、アルはずっとルシオとの約束を守ろうとしてくれていたのだ。
あの後のルシオには、怖くて嫌な思い出もたくさんあったけれど、そんなときもずっとアルは守ってくれていた。
アルの魔力の半分も込められているという石を、改めて胸元で握る。
店主は、それではゆっくりお休みください、と飲み干されたカップを受け取り、ワゴンを押して退室していった。辺りには爽やかなアップルティーの香りだけが漂う、二人きりの空間になった。
「……怪我は?」
ルシオがそっと尋ねる。アルの裸の胸には包帯だけが巻かれている。
「大丈夫だ。店主が言っていただろう。人間の器は魔力を使うには脆すぎるんだが、まあ、仕方なかったんだ」
こういった怪我は魔力とやらでは治らないのか。ルシオはそっとアルの肩に触れると、そのままクッションに押し付けて、アルの上にまたがった。
「っ、は……!?
なにをしてるんだ、ルカ」
アルの慌てた顔も珍しく、顔色もさっきよりずっと良くなっていてホッとする。
「……ルカ?」
怪訝なアルにはなにも答えず、ルシオは小さな小瓶を取り出す。
「さっき風呂場で見つけた」
コルクの蓋を外すと、何種類もの甘く芳醇な花の香りが官能的な雰囲気を醸し出す。それを手の平に出し、ルシオは自分の下肢の間に手を入れた。
「……一応聞くが……、なにをする気だ?」
くちくちと小さな水分を含んだ音がして、ルシオの顔も首も、ほとんど閉めていないシャツの開きからのぞく白い胸元も、朱色に染まり始める。
「……っ、ずっと、アルと、こうしたくてたまらなかった。
僕がするから、アルは、動かなくていい、から」
アルの肩に置いたまま支えにしていた片手は、わずかに震えている。反対の手は休むことなくシャツの中で動いているけれど、ルシオのものはなかなか勃ちあがってはくれない。
アルがそっと剥き出しの太腿に手の平を滑らせた。びくり、とルシオの身体が一瞬硬直するけれど、シャツの中の手は止めようとはしない。
ふう、と鼻だけでため息をつくと、アルは人差し指でルシオの首から下がっている紐を軽く引っ張った。惹き込まれるように、アルの瞳が近付いて唇が重なった。
「……っん、……っぁ」
ちゅく、と舌を絡められ、すぐにとろりと頭も身体も溶けていく心地になる。
紐を引っ張っていた手は後頭部に回り、太腿に置かれた手は上へ上へとシャツの下を這いあがっていく。
もう、それだけでルシオの中心は勃ちあがり始めた。胎内で動かしていた指も、全く感触が違ってくる。
アルに少し触れられただけで、キスをしただけで、自分の身体がこんなにも素直に開くことに驚く。
すると、アルがルシオの手を掴んで、胎内から抜いてしまった。
「んっ、は、アル、なんで……」
たしなめられたのかもしれない。そんな気分になれなかったのかもしれない。そう思うと急に悲しくなってくる。さっきまでの高揚感が空中で手を離されたように、独りで寄る辺なく漂う。
「怪我、痛かった……?」
「そうじゃない」
アルは、ベッドに転がる小瓶を手に取って、中身を自分の手に垂らす。
「俺がやろう」
「! ……いいっ、僕がやる、アルは寝てろ」
「なぜだ。俺の舞姫がこんなにいじらしく踊ってくれているというのに独りで躍らせとけというのか? 俺にも参加させてくれ」
ん? とアルが口の端を上げて笑う。
けれど、その瞳は金色に変わり、きらきらと熱を湛えている。見つめられると、熱が移るように身体が火照り、昂る。
「……痛くなったら、ちゃんと言って」
「目の前で美味そうな舞を見せられたら痛みなんて忘れる」
アルの指が、後ろから下肢の間の窄まりを撫でる。思わず、また身体が硬直する。
今まで、何度も無理やり触れられたことがあった。自分で準備する方法も教え込まれた。不快感や嫌悪感に混じって、身体が勝手に反応する部分があることも知っていた。
だから、アルに触れられるときも、その場所に触れてもらえれば受け入れることができると思っていた。
けれど、全然違った。
熱い指が緊張をほぐすように優しく撫でて、丁寧に周囲を刺激されると、勝手に窄まりが開いていく。ぬるぬるとした感触に、ちょっとした力の入れ具合で簡単に指の侵入を許してしまいそうだ。
「ふ、っん、……ひ、ぁ」
アルの肩に置いていた手は捕まれ、膝立ちの恰好でアルにまたがったままわずかに腰を揺らす。シャツの裾の辺りで勃ちあがった部分が染みを作っている。
アルがぺろりと舌を出して舌なめずりするのを見ると、たまらずその舌に噛みついた。
「んんっ、ふ、ん」
甘い唾液を飲み込んで、熱い舌を吸いあげる。僕のアル。欲しい。どうしても、これが欲しい。
知らず知らずのうちに、自分の屹立をアルの腹に擦りつけていた。シャツの布越しにアルの固い腹を感じて止まらない。
アルの手はルシオの小ぶりな尻を左右から鷲掴んで、ルシオが腰を揺すったときに容易く指が潜り込んできた。
「んんっ! ぁ、ん」
浅いところで前後していたかと思うと、少しずつ奥に挿入ってくる。異物感はあるものの、痛みは全くないし、擦られる内側からびりびりと電流が走るように腰骨や下腹が痺れる。
けれど、その感覚も、耳を舐め上げられる熱さで霧散する。
「ひ、ゃぁ」
いつの間にかシャツのボタンは全て外され、胸を優しく撫でまわされている。そうかと思えば親指の腹で、まだ柔らかい薄桃の先端を押し潰されて、それがなぜかまた下腹を重たくさせる。
耳に這わされていた舌は、軽く食みながら首筋に降りてきて、鎖骨から首筋、顎までを丁寧に舐め上げていた。
「あ……っ、んんっぅ」
頸動脈に軽く歯を当てられると、生き物としての本能なのか、身体が痺れたように動かなくなる。下肢の間からはつう、と蜜が垂れた。
肉食の獣は獲物を仕留めるときに、まずは首筋を噛み千切るらしい。そのとき、獲物は痛みもなく恍惚となるような物質が分泌されるのだとか。
喰われる。とうとう喰ってもらえる。
あの神々しい生き物を一目見たときから、こうなることを望んでいた。
目の前がちかちかと眩しくて、思わず目を閉じると身体中の感覚がさらに鋭敏になる。首筋の舌、乳首を弄る爪、後孔で動く指、どこかに意識を集中しようと思っても集中していない場所からの刺激で翻弄される。
「ふぁっ、ぁんんっ」
舌が次第に降りてきて、弄られていない方の乳首を口に含まれた。思わず胸元にある大好きな赤い髪を掻き抱く。
先端は固い蕾のように赤くなり、それを口の中でころころと遊ばれると後孔もきゅうきゅうとアルの指を喰い締める。さらに指の動きを感じるようになると、いつの間にか増えていた指が一番敏感なところを押し潰す。
「あっん! ん、や、そこ! あ、きもち、」
指や手に押し付けるように腰が強く揺れる。
自分の指でも触れたことがある場所なのに、こんな風になったことはない。身体は勝手に反応していたけれど、どこか冷めた嫌悪感があった。周りの連中にも、自分にも。どうせ欲望の捌け口にすぎないと、心は硬いままだった。
それなのに、触れているのがアルの指だというだけで、こんなにも気持ちがいい。腹の内側を軽く叩かれると高い声が上がるし、指を抜き差しされると吐息が漏れる。
もっと、と腰が揺れる。早く欲しい、と胎内が蠢く。
膝立ちをしていた足が耐えられなくなり、ぺたんとアルの上に腰が落ちると、尻に熱くて固いものが触れた。
なんて熱いんだろう。そう思うと、つい尻の合わいを擦りつけていた。指でこんなに気持ちがいいのだ。これが挿入ったらどんなに気持ちいいんだろう。もうそれしか考えられなかった。
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