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第17話 絡まって、ほどけて、結ぶ ※

「ルカ、名を喚べ。 君がつけた、俺の名前を喚んでくれ」  真っすぐな眼差しに射貫かれて、ルシオは震える声でその名を喚ぶ。 「アル。アルバ」  ルシオの項に回された大きな手が親指で頬を撫でながら引き寄せる。深く、舌まで飲み込まれそうなキスをされながら、腰を落とすよう促された。 「!っ、あ、いっ、」  十分に慣らされたとはいえ、初めての衝撃にルシオは顔を歪める。すると、急に視界が反転して、気が付くとクッションに沈められていた。 「力を抜いていろ」  力を抜こうにもどうすればいいのかわからない。目を閉じて、期待と恐怖と共に、アルに全てを委ねる。 「! んんぅ、っ、は、ある……っ」  骨盤を割り裂いているんじゃないかと思うほどの圧迫感で、アルのものが胎内に挿入ってくるのがわかった。けれど、そこでアルの動きが止まる。 「大丈夫か?」  ルシオのおでこにキスをして、そのまま唇でまなじりに滲んだ雫をすくうように舐めとり、頬、こめかみと、キスを降らせる。顔を覆うように手を目元に持ってくると、自分の手がわずかに震えているのがわかった。 「怖いか?」  アルの声が優しい。正直、怖くない、痛くないと言えば嘘になるけれど、そんなことよりも、もっとずっと胸を大きく占めていたのは、アルに求められているという歓びだった。  アルが好き。アルが自分を抱いている。それだけで、痛みすら嬉しい。 「アル、アルバ。もっと、もっとして。キスしたい」  嬉しいのに泣きたくなって、痛いのにもっと欲しいと思ってしまう。アルは先の一番張り出たところを収めたところで耐えているらしく、すでにこめかみを汗が伝っている。そうして耐えてくれている姿が、たまらなく愛おしく感じる。全部あげたいと思ってしまう。力ずくで貪り喰うみたいに、本能のまま奪ってくれてもいいのに、と思ってしまう。 「アルバ、もう大丈夫だから、もっと、」  もっと、全部、挿入れて欲しい。奥まで、あの気持ちのいいところまで。 「は、そう煽るな。自分の宝を守って愛したいと思うのがドラゴンの本能なんだ。ルカはただ感じていろ」  ぺろりと赤い舌で口の端を舐める。 「あっ、あんぅっ!」  圧迫感が強くなり、ゆっくりとアルの充溢で満たされていく。息ができなくて酸素が足りず、目の前がちかちかと明滅する。たっぷりと時間をかけて、少しずつ進めては馴染むまで待って、ゆるく揺すったり、出し入れを繰り返しながら、ぴたりと奥まで嵌めて止まった。 「……はぁ、」  ため息とも吐息ともつかない満足気な声が、ルシオの口から漏れる。まだ挿入しただけだというのに、この熱さが、密度が、たまらない。  奥まで嵌めたままルシオの身体ごと軽く揺すられると、押し上げられるように声が上がる。  ぐち、ぐち、と湿り気を帯びた音が響いて、なにかを確かめるようにじっくりとアルが動く。捕食者の瞳を細めながら、味わうように味わわせるようにルシオの胎内の感触を堪能する。アルのものがその場所を探り当てたとき、ルシオの腰が勝手に跳ねた。 「っあ、ひ、……んんっ!」  脳髄まで駆け上って来るしびれにも似た快楽。アルは薄く口の端を上げて、そこを集中的に擦り始めた。往復して何度も擦られ突かれる度にルシオの嬌声が甘くとろけてくる。そのうち、最奥を押し開かれても感じるようになってくる。 「ぅあ、あっ、ん、ん、はっ、あ、きもち」  これ、好き。奥までみっちり挿入っていて、奥をこつこつと刺激されると、アルの動きに合わせて腰が揺れる。もう痛みも軋みも圧迫感もどこにもない。胎内を穿つ熱が自分の中にも移って、身体の境界が蕩けてなくなる。  いつの間にか闇夜に沈んだ部屋に、反った喉が白く浮かび上がる。細い首筋の小さな喉ぼとけがこくりとわずかに動くのを見て、アルがそこに喰らいつき軽く歯くを立てた。 「んぁ、っは、んん!」  びくびくとルシオの身体が勝手に跳ねる。急所に歯を立てられる痛みと緊張。けれど、それを快楽だと脳が変換する。 「……は、締めすぎだ。喰いちぎりそうな勢いだな」 「ん……、僕が、食べるのか」  それもいいな。  足をさらに開いて大柄の男の体躯を深く受け入れると、ルシオの陰茎もアルの硬い腹に押し潰されるように擦れる。  歯が当たっていた首筋から耳までを大きな舌がぞわりと舐め上げ、頭を抱き寄せると意図を察してくれたアルが唇を寄せてくれる。指先で軽く口を開けられ、舌を吸い上げられ、上顎や舌の裏側まで感じるところを丁寧に舐め上げられていく。  アルが腰を押し付け、回し、引いたかと思うと一定のリズムで打ち付けられる。 「んっ、あ、あっ、んん、はぁっ」  ルシオの身体はその度に揺れ、内側から淡い光を放つ真珠のような白い肌がうねる。この浮遊感、恍惚感を知っている。舞っているときのように身体は熱く、勝手に動き、気持ちいいということ以外なにも考えられなくなる。扇情的な舞だった。  アルの手が胸元へ降りて行く。肌の質感を味わうように軽く撫でまわし、胸全体を揉み込まれると大きな手の平にすっぽりと片胸が収まってしまう。さらりとした指先が先端を柔らかく刺激していく。アルに触れられるだけでルシオの身体はいつも簡単に反応してしまうので、すでに痛いほど赤く芯を持っている。片方を口に含まれ、乳首を弄んでいた手は下に降りていく。  腹を撫で、薄い下生えを掠め、溢れた蜜で蕩けている中心を握り込む。滑りも良く、上下に擦るのも先端に爪を立てるのも、ルシオがいちいち敏感に声を上げるのでアルは離そうとしない。 「ふぁっ、ん、そこ……、やぁ、ぁんっ」 「君は甘いな、ルカ」  肌に唇が触れたまま囁かれると胸の奥が震えて、自分が本当に蜜か熟れた果実にでもなったような気になる。名前を低く呼ばれるのもいい。この男が抱いているのは紛れもなくルシオだと自分にもアルにも刻みつけたい。  乱れた黒髪が汗でおでこや首筋に張り付き、白い脚が高く跳ね上げられる。抽挿は徐々に速くなっていてアルの息遣いからも余裕がなくなっているのがわかる。ルシオの下肢の間からもとろりとした蜜が糸を引いている。  揺さぶられながら顔を横に向けると、首から紐づてに赤い石が転がっているのが目に入った。揺れる視界の中でシーツの上に投げ出された石は赤い果実のように熟れて、今にも溶けだすように滑らかに蠱惑的に輝いている。美味しそうで、愛おしい。食べてしまいたいくらい美しい。後ろを穿たれながら快感に蕩ける意識の中でその石を口に含んだ。その瞬間。 「ぅくっ……!」 「あ……っんんンン!」  ルシオの胎内で熱いものが爆ぜた。白い肌がさっと朱に染まる。 「ああ、……ん、まだ出てる……」  恍惚と呟くルシオの胎の中で、余韻を楽しむように、馴染ませるようにゆっくりと奥をこねて、ようやくアルは息をついた。 「……っはぁ、……そういう不意打ちは止めてもらえるか」  アルがぐったりとしながら手で顔を覆う。 「あのな、その石を口に含むんじゃない。飲み込んだらどうする。最中になんってことするんだ、君は」  アルがなにをそんなに当惑しているのかわからない。アルのものが抜けないように喰い締めたまま、ルシオはアルの首に腕を巻き付けた。  アルもまた、自身をルシオの胎内に埋めたまま正面からルシオの身体を抱き寄せて座位の姿勢になって支える。 「出しなさい。危ないだろう」  こんなにも焦っているアルを見るのは初めてで、ルシオの中にはムクムクと好奇心と悪戯心が湧いてきた。  ルシオは口を開いて舌を突き出すように石を見せた。はぁ、とアルが項垂れる。口の中から取ろうとアルが手を伸ばして指をルシオの口の中に差し込んでくる。けれど、それをそのまま石ごと舐めしゃぶる。そのまま、舌の上でころりと石を舐め転がしてみた。 「……っっ!」  また胎内でアルのものが大きさと硬度を戻してきて、びくりと震えたのがわかった。 「……っこの、」  アルが睨む。 「ああ、降参だ、参った。……言っただろう、それは俺の魔力の源、俺の分身。そんなものを愛しい人間に咥えられてみろ、魂を直接愛撫されているようなものだ」  まじまじとアルを見る。どうやら、感覚どころか感情や魂とも密接に結びついているらしい。それなら、とルシオは赤い頭を引き寄せる。 「……んぅ、ん、ふ」  石を含ませたまま、アルの舌も受け入れる。そうすると、アルがたまらなくなったように律動を開始した。  口の中で二人の舌で転がされて、石は熱を発しているように熱い。とろけそうなほど甘い味がする。アルは舌で器用にルシオの口の中から石を取り出そうとするけれど、ルシオも放さない。  アルの息遣いはあっという間に昇りつめ、ルシオの腰を鷲掴んで激しく腰を打ち付けてきた。 「あっん! う、んん! ふ、アル、アルバ、……あ、またイく」 「っ、聞かない、ルカが、悪い」  再びベッドに沈められて、アルに閉じ込めるように抱きすくめられて腰を密着させられる。ほとんど身動きがとれなくなるので、快感を逃す術がない。湿った肌と肌が合わさり、相手の匂いでいっぱいになる。動きをコントロールされて、アルの体温や匂いしか感じられなくなり細胞の一つ一つがアルに向かって開く。 「んっ、あっ! あン、っあ、もう、もうイく、また……っ!」 「ああ。いいぞ、イって」  言うと同時にルシオの最奥に向かって腰を数度打ち付ける。 「あっ!……ん、ん、ああぁっ!」  甘い嬌声を耳に心地良く響かせながら、アルは低い声で囁く。 「宝珠も、俺も君のものだし、君は俺のものだ。俺の小さなルカ」 *** 「あんっ、ん、ああ、きもちいい、はぁ、大司教さまぁ」  ぱん、ぱん、と肉のぶつかる音が豪奢な部屋に響く。 「二人のときは“お父様”と呼べと言っているだろう?」  二回りほども年の離れた年配の男が、瑞々しい身体を貪っている。飛び出た腹を打ち付けながら、見下ろす美しい肢体の腰や背中に波打つ金糸の髪を撫でた。 「あああっ!」 「うっ……!」  何度目になるかわからない身勝手な精を吐き出し、大司教はサイドテーブルのワインに手を伸ばす。ベッドに沈むアークの象牙のような肌を撫で、形の良い尻を揉みしだく。その合わいからは先ほどの白濁が溢れた。 「お前も随分と素直になったものだ。初めてのときは泣き喚いて大変だった。 覚えているか? 幾日かベッドに縛り付けてやったことがあるだろう。あのときの数度目だったかな。突然、素直に感じて嬌声を上げるようになった。元々美しかったが、さらに美しく変容を遂げた。私の自慢の息子だよ」  喋りながらも、大司教はアークの淡い桃の乳首を口に含み、後孔に指を入れている。  大司教はもともと、ルシオやアークの生まれ育った施設の司祭だった。その頃からアークのことを大変気に入っていて、随分と“可愛がって”いた。  アークが王都の大聖堂付きの神子になると、その後見人だった司祭も地位が上がり、今の大司教という座に就いている。 「私がご奉仕致します。こちらへ」  アークが上半身を起こすと、絹の髪がさらりと肩から零れ落ちた。たった今果てたばかりだというのに、大司教のものはアークの少しの手淫や口淫で容易に再び頭をもたげる。  アークのバランスのとれた肢体が大司教をまたがり、自分の胎内に沈めていく。アークの身体は数えきれないほど使い込まれ、教え込まれたお陰で、入口は誘い込むようにふわりと柔らかく、奥に行けば精を絞り取るようにうねって締め付ける。名器だった。 「うぅ……はぁ、美しい息子よ」  アークの太腿に手を這わせたときだった。 「!? ぐっ、が、ああ、な、にを……」  自分の胸を掻きむしり、目を見開き、口は酸素を求めぱくぱくと開閉した後、大司教は事切れた。  アークは天使のような微笑みを浮かべ、大司教の死に顔に顔を寄せた。 「さようなら、お父様」  ベッドの天蓋の影から、人影が現れる。 「終わりましたか」 「ああ」  アークが応えると、カーテンが開けられ、肩にローブをかけられた。 「これからだ。お前は下がっていろ、キリル」  キリルはわずかに頭を下げた後、部屋の扉ではなくバルコニーの方から出て行った。それを確認してから、アークは静かに息を吸って、扉を開けた。 「誰か! 誰か来て! 大司教様が!」  大司教が病死と処理され、その養子であったアークに財産と地位に見合った人脈、そして一部の権力が相続されたのは、そこから一月のうちのことだった。 「ルシオはどうなった?」  静かな部屋でビロード張りの深紅の椅子に腰かけながら、雪に閉じ込められたような王都を窓から眺める。  窓に映った自分の顔はいささか疲れているようにも見える。こんなことはまだ計画の初期段階に過ぎない。自分にはもっともっとやるべきことがある。アークは窓から顔を向けることもなく話しかけた。  その椅子の数歩後ろで、キリルが応える。 「まだ捕らえられないようです」 「そんな報告はいらない。ほかになにか言うべきことはないのか」 「東の村で司祭や一部の貴族たちが身勝手に女性たちを蹂躙していた件ですが。ルシオの側に居る大柄の男は魔術を使うとの報告を受けています。 ……これは私の意見なのですが」 「聞こう」 「大柄で腕が立つ男を、ルシオから引き離すことが先決なのでは、と」 「ルシオ独りならなんなく捕らえられるということか?」 「それもありますが」  アークは初めてキリルの方を向いた。 「ルシオにしても男にしても、お互いに相手を傷つけられるということを嫌っているのであれば、それを利用しない手はないかと」 「なぜわかる?」  アークには、そういった考えが持てなかった。頭では、そういうこともあるのだろうとは思う。けれど、どうしても、自分以外の誰かが泣き所となるなど信じられない。 「……自分よりも大切だと思う相手が居るという経験は、覚えがありますから」 「……そうか」  アークは再び窓の外を向いた。 「お前に任せる、キリル」 「はい」  雪に埋もれる王都のなかで、一際高くそびえる大聖堂の塔を眺める。壊してしまいたい。あの大聖堂も、ルシオも、この世界の全てを。雲ったガラスに手の平を押し付けて、ぐちゃぐちゃにかき回した。 ***  アルの背中の怪我は驚異の回復力を見せて、一週間ほどで傷口もふさがっていた。ルシオの方も、暴行された打ち身も凍死しかけた体力も、数日で元に戻った。  もしかすると、ここの店主にもらう傷薬や食事などになにか特別なものがあるのかもしれないと思ったりもしたけれど、秘密や不思議は無理に暴いてはならないのだろう。店主の「アンティークショップは顧客からの信頼が大事」という言葉の元に全てはぐらかされた。  それでも、アルを救ってくれたということだけで全幅の信頼を寄せるには十分で、それ以上になにかを知りたいとも暴きたいとも思わなかった。  アルは、「身体がなまる」と言って聞かず、傷口が塞がった途端に森を歩き回るから、ルシオは心配でアルの散策に付き合って森を回った。  ここ数日はずっと吹雪だったけれど、今朝はわずかに太陽が覗いている。この森周辺は、全くと言っていいほど人が足を踏み入れて来ないようで、新雪にはアルとルシオの二人以外には、そこらを駈けている野ウサギの足跡が続くくらいだ。 「壊れるんじゃなかったのか」  アルの回復を喜びながらも、半ば呆れてそうからかう。深い雪を踏みしめて歩くルシオの前には、口笛でも吹き始めるんじゃないかというほど、悠々と歩いているアルの背中がある。 「まあ、いつかは壊れるだろう。人間の器は脆弱だからな。俺だけじゃない、どんな生き物もいつかは壊れる」 「壊れるって、死ぬってことだろう」 「死ぬわけじゃない。器が壊れるだけだ」 「わからない。アルが居なくなるってことじゃないのか」  振り向いたアルの顔は悪戯っぽく笑みを含んでいて、けれど、その中に隠し切れない喜びが滲んでいるように見えた。 「俺のことを心配してくれているのか、ん?」 「……悪いか。アルのことを心配するのは当然だろう」  ルシオが頬をわずかに染めながら、辺りを見渡すふりをして目を逸らす。心配するのは当然だ。だって、もうアルを失うことなど考えられないのだから。 「……俺も、同じようにルカを失いたくないってことをわかっていてくれよ。君はいつも一人で突っ走る」  足を止めて、ルシオの方へと真正面から向き直り、ルシオの逸らしていた顔も顎を持って真っすぐに向かされる。 「独りだとこんなこともできないからな」  そう言って、顔が近付いてきた。キスをすると、途端にあたたかく感じる。触れている部分からお互いの体温が溶けだして、交換されて、身体中を巡る。ほんの数日だったけれど、穏やかで、優しい日々だった。 「明日あたり、出発するか?」 「背中は?」 「毎日傷を見てるだろう? もう大丈夫だ」 「……ああ、そうだな。明日、起とう」  なんとなく名残惜しいけれど、別にアルと離れるわけではない。二人の旅を再開するだけだ。アルに引っ張ってもらって雪から足を抜くと、悠々と歩くアルの背中を追いかけた。  ミスティカに帰り着くと、店主はまるでタイミングを計ったようにあたたかいアップルティーを運んでくる。 「なぜ好き好んでこの寒い中を外出するんです?」 「アルに聞いてくれ」  ティーカップを両手で持って、かじかんだ手をあたためる。甘く爽やかな香りを吸い込み、火傷しないようにゆっくりと口をつける。ほう、とあたためられた息が漏れた。 「ああ、ルカと二人きりになりたくてな」  ぐっ、と紅茶が妙なところに入りかけてむせ込んだ。 「なるほど、わたくしの店に長期滞在して怪我の手当までさせておいて、邪魔者扱いというわけですか」  二人のやり取りは相変らず旧知の仲特有の気軽さがある。 「今回のことは高くつきますよ。対価としてはなにを頂けるんです?」  店主のこの台詞も、何度聞いたかわからない。生憎、ルシオには店主の眼鏡にかなう物を持ってはいなかった。わずかばかり残っていた紙幣や、宝石では首を縦に振らなかったのだ。 「よし、これでどうだ?」  ここに滞在してからずっとはぐらかしていたアルが、ローブの下のジャケットを脱ぎ始めた。金ボタンや飾りベルトの施されたかっちりとした仕立ての良さそうなジャケットだけれど、ずっと着ていたから埃や湿気で古着は古着だ。そんな服でいいのだろうかと、ルシオの方が遠慮してしまう。けれど、店主は目を見開く。 「よろしいんですか? それがないとあなた方ドラゴンは寒さに弱いでしょう?」  ルシオは思わず自分の着ている上着を見た。この上着もアルに借りているものだけれど、確かにアルも同じようなことを言っていた。特別にあつらえている、とも。この上着はミスティカの店主が欲しがるような物だったのだろうか。 「なに、ドラゴンにとってはただの防寒に過ぎん。人間用の服でも代用できるだろう。これで今回の世話をかけた分くらいは出るな」 「ええ、十分に。それでは、頂戴いたします」 「その上着は、なにか特別なものなのか」  我慢できずルシオが口を挟むと、店主がうっとりとジャケットの生地を撫でながら答えてくれた。 「これはウェールズに伝わる“ブリテンの十三の秘宝”の一つ、レドコウトの外套です。魔力がこもっていて、外界の影響をあまり受けないとされています」  まさかこれも。ルシオはそっと自分が着ている上着の中を覗いて確かめるけれど、一見するだけでは特段普通の洋服と見分けがつかない。ルシオは秘宝だとか魔力だとかは全くわからないけれど、貴重なものだということくらいはわかった。 「……返そうか、これ」  隣のアルに小声でそう言うと、にやりと笑って「あたたかくなったら、という約束だろう。利子でもつけようか。なにをしてくれる?」と耳元で返された。その声に含まれる艶だけで、ルシオは頭の中でいらぬことを考えてしまった。  翌朝、二人は予定通りにミスティカを発った。店主に十分に礼を言ったつもりだけれど、店主の方はあくまで「大事な顧客を世話しただけ」と相変らず飄々として掴みどころのない返事だった。  不思議なことに、店という体の屋敷を出た途端に、獣だの道行く人間だのに頻繁に遭遇するようになり、あの屋敷はやはりここではないどこか別の世界に存在していたのだろうと思った。  森を抜けて、馬車道を二人で歩き、日が暮れる頃には、道の先にたくさんの街の灯りが見えてきた。 「大きな街だな」 「あの街は海沿いだろう。貿易で栄えてるんだろうな」  しばらくあたたかい部屋と清潔なベッドで寝起きしていたものだから、急に野宿はきついところだった。大きな街はよそ者も目立たないし、宿も多くあるだろう。  街のゲートをくぐると、石畳の整備された大通りの先に海に沈む夕陽が見えた。たくさんの船の帆先が立ち並び、湾をぐるりと囲む海沿いには三角屋根のカラフルな家々がおもちゃ箱のように並んでいる。あたたかそうな窓からの灯りに加え、街路樹や家の壁にも色とりどりのランプや電球が飾り付けられていた。 「美しい街だな」 「観光資源でもあるんだろう」 「アル、上着を新しく買わなくてもいいのか? 寒いだろう」 「そうだな、気に入ったものがあればな」 「とりあえず、宿を見つけるか」  手近な宿を見つけて、夕食にありつく。  港町だけあって、魚介類が名産のようだったけれど、アルは渋い顔をしてステーキを注文していた。山奥にほとんど閉じ込められて育ってきたルシオにとっても魚介類は珍しいもので、こんな寒い冬にも魚が獲れるのかと驚いたものだった。けれど、魚を焼いたものも、米と一緒に焚かれたものも、肉のステーキに劣らず美味しかった。 「これも美味いぞ。一口食べてみればいいのに」  ルシオが魚にナイフを入れながらそう言うと、向かいからフォークの手を取られて、魚の切り身はアルの口に運ばれた。 「うん、まあ、そうだな。美味いが、俺は肉が好きだ」  ぽかんとしたルシオのことは気にも留めず、アルはまた自分のステーキを美味そうに食べていた。こんなことで高揚する自分の心臓が恨めしい。  夕食を終えると、一部屋だけとった部屋に、二人で入る。 「たまには一緒に飲むか」  アルがコニャックの瓶を持ち上げる。初めてアルにもらってコニャックを飲んだあとは、特にそういう気分にならなかったし、アルも勧めてはこなかったのであれ以来飲んではいない。 「珍しいな」  首を傾げると、アルの目が一瞬泳ぐ。 「……酒が入った君を目の前にして我慢できる気がしなかったからな」 「え、……あ」  頬に熱が集まった。つまり、ここで酒を一緒に飲むことを承諾するということは、その後のことも承諾するということなのだろうか。  ルシオはなにも言わず、申し訳程度の小さなテーブルについた。アルも座ると、小さなテーブルの下は渋滞気味だ。 「なあ、ミスティカの店主が言っていただろう。昔は来るもの拒まずだったって」 「……覚えていたのか。あいつ、なにが顧客の信用第一だ……覚えてろ」 「アルは、昔は、その……、こんな風にしてた相手がたくさん居たのか」  二杯目、三杯目、と進むうちに、普段なら言葉にしないようなことが飛び出て自分でも驚く。全く気にしてはいなかったし、記憶にすら残っていないと思っていたのに、なぜ、今こんなことを話しだしてしまうのだろう。  五杯、六杯……と知らず知らず杯を重ねていた。テーブルの下では、ルシオの足がアルの足に絡められたり、アルの爪先がルシオの足をくすぐったりしている。 「おい、ルカ。もうそこらへんで止めといた方がいいんじゃないか」 「なぁんで、自分、ひっ、く、ばかり飲んで……なぁ、どうなんだ? どうせ、たくさん恋人が居たんだろう? 僕にはなんでも話すって言った……っ」 「言った、言ったが、そんな昔のこと聞いてどうする」 「昔、むかしって言うけどっ、お前もっ、あの店主もっ、僕はアルのことなんにもしらないんだっ……!」  どん、とグラスをテーブルに叩きつける。目も表情もとろんとしていて、首元や襟ぐりからのぞく鎖骨の辺りまで赤い。頬杖をついて拗ねたような物言いから、そのまま上目遣いに潤んだ瞳でアルを睨む。 「べつにっ、アルがむかしどれだけ恋人がいようと当然だと思うっ! アルは優しいし、かっこいいし、強いし……。でもっ! アルはもう僕のだからっ! 僕のっ……!」  黙って話を聞いていたアルがそっとルシオの手からグラスを取り上げる。 「心配しなくても俺は君のものだと言っている」  顔を近付けて、酒の香りが漂う濡れた唇を舐めた。  ルシオははっと息をのんで、そこで初めて自分が口走ったことが恥ずかしくなってきて、元々赤くなっていた顔をさらに耳まで赤くして腕で顔を隠した。 「っ悪い、なんか、言い過ぎた……、忘れて」  その腕をそっと外されて、腕を掴まれたまま、再び口づけられる。 「君の方こそ、忘れてもらっちゃ困る。俺がルカのものだってことを、あれだけ身体に染み込ませたのにまだ足りないみたいだな」 「ん、っふぁ、んん」  何度も角度を変えながら深くなっていくキスに、ルシオは抗う力も理性も残ってはいない。髪を鼻でかきわけて、こめかみや、耳にもキスをされて、そのまま抱き上げられてベッドに運ばれた。  アルの手配書を持って役人が押しかけて来たのは、まだルシオがアルの腕の中で眠っていた早朝のことだった。

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