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1-対面式ドリンキングバード(12)
「しーろやーん、大丈夫? やっぱりあれ? 恋の病? ため息なんかついちゃってさ」
飲み屋の喧騒の中でも、俺のため息は対面に座った灰谷まで聞こえたらしい。
「恋の病っていうかさ、寂しくてさ」
「なんでー? 同じ部でしょ? きのぴー毎日近くにいるでしょ?」
灰谷はそう言うけれど、実際はそんなに甘くない。
「いないんだよ城崎さん……。打ち合わせばっかりで席にいないの。もういっそのこと、俺の相談、っていうか再告白のスケジュール入れちゃおうと思ったんだけど、そんな隙間時間もないの」
既にフラれてるのに、さすがしろやん。めげないなぁ。そう言って灰谷は笑った。
今回俺は城崎さんに一目惚れしたわけだけれど、そんなの俺と灰谷にとってはいつものことだ。
俺は惚れっぽい。そして、片思いへの耐性がない。
そんな性質の人間が現代日本に生まれ育って、さして勉学への興味がない自堕落な大学生になったらどうなるか。
大変だった。
もちろん俺にも好みというものがあるから、誰彼かまわず片っ端から懸想していたわけじゃない。
それでも、学生時代は常に意中の人がいた。
きっかけは何であれ、常に誰かしらに惚れていて、そして告白するタイミングを狙っていた。
どこで告白しようか。どんな言葉でこの想いを伝えようか。なんてことを四六時中考えていた。
仲が良かった灰谷には、幾度となく恋愛相談にのってもらっていた。
――灰谷ー、好きな人ができちゃった。
――そうなの? 誰?
――えっとねー……。
そして、数日後。早い時は数時間後。
――は、灰谷ー! 聞いてぇー! フラれたー!
泣きながら灰谷の部屋に押しかけるところまでがワンセットで、何回繰り返しただろう。
実は、あの頃の俺の告白が実ったことは、一度もない。そう。俺はカワイソウなヤツなのだ。
俺のプライドのために言っておくと、誰からも相手にされてなかったわけじゃない。俺が誘われることももちろんあった。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
そんな時は喜んで受けた。だから、フラれ続けてはいたけれど、寂しいばかりではなかった。
灰谷が『可愛い癒し系』と評してくれたとおり、小柄な俺は、顔立ちや仕草が好感を呼びやすいらしい。
フラれ続ける一方で、男女問わず可愛がられてもいた。
不可解だよね。だったらもうちょっと、俺発信の恋も実ってもいいんじゃないかと思うんだけど。
そうそう上手くはいかない学生生活を送ったわけだ。
さて、そんな浮ついた話にうつつを抜かしていた俺だけど、大学を卒業して無事に社会人として世に出た時には、色恋沙汰にもケジメをつけた。
もちろん惚れっぽい性格は自分でどうしようもないけれど、仕事に打ち込むことで、よほどのことがない限り胸に秘めておけるようになった。
城崎さんの場合は、そんな事忘れるくらいに惚れちゃったわけなんだけど。
だってさ、あんなに可憐なひと。そりゃ惚れるよ。
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