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1-対面式ドリンキングバード(13)
はい、飲み屋に戻るよ。
「しろやん、ほらしろやん、そんな下向いてないで顔上げてよ。ね? さ、口開けて。あーん、だよしろやん」
灰谷がそんなことを言って促すから、何か食べさせてくれるのだろうなと気軽にぱかりと口を開けたら、すかさず、取り分ける用途の大きな匙で結婚披露宴のファーストバイトかと思う量の豆腐を流し込まれた。
「む、むむ !? んんむむ ー!」
幸い厚揚げなどではなく、とろとろとやたらに柔いものだったから、咀嚼を省略して少しずつ飲み込む。
あまりの量に灰谷を睨みながらも、そのまま飲んでしまえと試しに喉を開けっ放しにしてみたら、とろ、とろ、と崩れた豆腐が喉を伝い落ちていった。脳裏に映ったその様が、あのひとの太ももを白いものが汚していく様子に重なって、顔がかっと熱くなった。
そんなシーンなど見てもいないのに鮮明に思い描いてしまったことを恥じ、赤くなった顔を隠そうと慌ててうつむく。
不埒な妄想と、それと豆腐と戦っている俺を前に、灰谷はのんきに喋り始めた。
「どうしたのさ白やん、そんな凹んじゃって。せっかくのアホ毛がぺちゃんこだよ?」
わざとぺちゃんこにしてるんだっつの!
「むむむ、むー!」
灰谷が何を言うつもりか、また口を開いた。
「大丈夫だってしろやん、ぺちゃんこでも可愛いから。きっときのぴーも可愛いって思ってくれるよ」
「んぐッ」
灰谷が城崎さんの名前なんか出すから、不意を突かれて豆腐が変なところに迷い込みそうになった。
アホ毛、ねぇ。
学生の頃にはちやほやされて、俺自身もセールスポイント?にしてたけど。
「……けほっ。もうアホ毛なんてないだろ! ちゃんと自分で整えられるようになったんだからな!」
しかし実は、お風呂上がりとか寝る前とか、スタイリングしていない時は相変わらずアホ毛が存在を主張する。……灰谷には秘密だ。
「いや、さあ。何て言うんだろ、精神的アホ毛? いやいやしろやんがアホっていうわけじゃないのよ? なんかうっすら見えてきたんだよね、頭の上でほよほよするものが」
「やめてよ、幽霊みたいな言い方」
「でも、きのぴーに可愛いって思われたら嬉しいでしょ?」
「そりゃもちろん」
『可愛い』でも『カッコいい』でも、城崎さんにはプラスの評価をされたい。
ま、ね。俺に『カッコいい』は似合わないけどさ。
「話戻るけどさぁ、きのぴーがいくら忙しいって言っても、朝一とか定時とかには席にいるでしょ?」
灰谷が焼き鳥を串から外しながら言った。
「んむ」
「何その不満顔。どしたのしろやん」
それだけで満足する俺じゃないんだよ!
そりゃ遠くから密かに愛でるという恋の形もあるけれども、俺はそんなの我慢がならないの!
隣にいたいの! 城崎さんをこの腕で抱きしめたいの!
「眺めてるだけで満足する俺じゃないって、知ってるだろ」
「そりゃ、よく知ってるけどさぁ」
俺が城崎さんに一目惚れしてから、もうすぐ二週間が経とうとしてる。
二週間。経ちすぎじゃない?
昔の俺だったらどうしてたっけ。
……あれ? 思い出せない。
一目惚れして、短いけど片思い期間を過ごして、告白。そしてフラれる。
その後ってどうしてたっけ?
灰谷に訊いてみたらすぐ答えが返ってきた。当人よりも他人の灰谷の方がよく知ってるってどういうことだろ。灰谷に頼り過ぎじゃない? 過去の俺。
「しろやんは、フラれたらウチに来て、えぐえぐ泣きながら飲んで忘れてたよ。翌日にはけろっとしてた」
過去の俺、根性ないな! 一回フラれたら諦めるのかよ!
「ああ、そうだね。今回みたいにフラれてもまだ諦めないのは、学生の頃はなかったねぇ。しろやんも大人になって、辛抱強くなったのかな?」
いや、ちょっと灰谷、にこにこしながら俺の頭撫でないでよ。アホ毛が復活しちゃうから。
わしゃわしゃすんな!
「しろやん、ハードワックスはいただけないよぉ。これじゃぺちゃんこになるわけだよぉ」
「いや、ハードじゃないとアホ毛に勝てないんだってば。ねぇ灰谷、同期会しよ」
「へ」
虚をつかれて灰谷が動作を停止した。
「同期会。必要最小限の人でさ、灰谷んちで飲みたい」
俺の言う必要最小限とはもちろん、城崎さん、灰谷、俺。
「同期っていう言葉を拡大解釈しすぎじゃない?」
「いいんだってば! 城崎さんと灰谷は紛れもなく同期でしょ? 灰谷と俺だって大学の同期じゃん! 完璧。完璧な理論」
「そう? うーん、そうかなぁ」
灰谷が揺らいでる。
押せ!
「俺は城崎さんともっとお近づきになりたいの! 城崎さんなんて存在からして有料コンテンツみたいな人じゃん! 俺課金するから! ご飯・酒代全部出すから! 誘ってきてくれよぉ」
「じゃあしろやんが誘えばいいじゃん。二人きりになれるよ」
「だ、だってさぁ……まがりなりにも俺、一回フラれた身だよ? その上で平然と家飲みに誘うとか……チキンだからできないよ」
「うん。チキンはあんなタイミングで求愛できないけどね」
その後もむりやりごり押して、なんとか灰谷を納得させた。
昔から、灰谷は他人に優しいから、一所懸命お願いすればたいていのことは聞いてくれる。
無理言ってごめん、灰谷。
でも、俺はどうしても城崎さんと仲良くなりたいんだよ!
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