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2-雨降りパーティナイト(9)

鍋が煮えるまでの間、箸休めに、灰谷が用意してくれた漬け物やらきんぴらやらをつまんでポリポリする。美味しい。 このリビングは八畳くらいだろうか。もうちょっとあるかな。三人集ってもまだ少し余裕がある感じだ。 何インチか知らないけど、俺のより大きいテレビ。周囲の壁に据え付けられた飾り棚には凝った意匠のスチールブックがいくつかディスプレイされている。 「灰谷、相変わらず映画観てるの? 前持ってたコレクションは?」 「別室にあるよー。やっぱり棚に入りきらなくて積んである」 灰谷は映画好きだ。関連グッズのコレクターでもある。 学生の時は、酒を手土産に灰谷の部屋に押し掛けて、夜更けまで映画を観たりなんかしていた。 大人数の時はコメディやカーチェイス、アクションもの、俺と二人の時は恋愛とか青春とかドキュメンタリーに傾いたチョイスだったような記憶がある。 鍋が煮えるのを待ちながら、なんとなく部屋をぐるりと見回す。 映画関連のグッズがあったり、何だか祀られている配置のトールケースやスチールブックがあったり、灰谷ワールドが展開されている。 ん? 今視界の隅に青空が見えた。雨やんだの? いや、そもそも窓にはカーテンがかかってて、ここから外の様子は見えないよ。 じゃあなに、あの青は。 「綺麗でしょ、それ。『ブルーノート』って映画のポスターだよ」 窓の横の壁に、大判のフレームに入って飾られていたのは、一枚のポスターだった。 青一色。真夏の、雲一つない青空だ。青が濃くて、まるで海の底を見ているような気分にさえなる。 「もちろん好きな作品なんだけどね……。演出に法令違反があるって難癖がついて、円盤化も、配信もしてくれないの。日本では、封切り直後に上映してた映画館だけでやって、そのままお蔵入り。でも俺は諦められなくてさ。ぎりぎりポスターだけは運よく手に入れられたんだよね」 青空。透き通った海のような青。 見上げていると頭の上に海が広がっているようにも見えてくる。 あ、これ、初めての景色じゃないや。 記憶の引き出しをいくつか開ける。うん、憶えてる。 「俺、観たことあるかも。すっごい綺麗な男の人がでてきてさ、浮気した恋人の顔面を、思いっきりグーパンしない?」 「するするする! え、しろやん観たの! うわ嬉しい、そうそう、エルフみたいな幻想的で知的なめちゃ美人なんだけど、恋人の浮気には容赦ないの」 興奮した灰谷が立ち上がってポスターのそばに行く。 そんな灰谷を見ながら、城崎さんが笑って頬杖をついた。 「ふふ、面白いな。僕も観たぞ、その映画。ラストに二人で海に飛び込むだろ。このポスター、そのシーンだ。落ちながら反転して、頭の上に海が広がるんだ」 「あ、これやっぱ空じゃなくて海なんですね」 うんうん、それなら納得。 「そう。だから下側の色が薄い部分が空だと思う」 「きーのぴーー!! なに君ら、最高なんだけど!! 映画好き? 実はファンなの?」 「いや、ただの偶然だ」 「俺も。映画館の近くで友達と待ち合わせしててさあ。ドタキャンされたんだよね。ただ帰るのも寂しいから、たまたま目に入った映画館に行ってみただけ」 灰谷の興奮は冷めない。 「いちおうジャック・ゴアとショーン・ブラウンはカップルって設定で出てるんだけど、あんまり恋人してるシーンはないんだよね。しろやんが言ったショーン・ブラウンがキレるところくらいでさ。でもちゃんと想い合ってることは伝わってくるってかさ! ジャック・ゴアは十八番のクズ男なんだけど、それでもショーンのことは特別に想ってるのが絶妙に伝わってきてさ! ああどうしよう、もう一回観たかったのに、その時はもう上演中止になってて、不完全燃焼なんだよ! 映画仲間は誰も観てなくってさ! ちょっとこれから一時間くらい語ってもいい? 適当に相槌うってくれればいいから!」 熱意が質量をもって迫ってくる。 でも灰谷ごめん、思い出して。今日の目的はそれじゃないんだ。 「お願い灰谷。後でメールしてよ。どんなに長文でも読むから。それか別の日に飲みにいこ? 俺も感想言うから。だから灰谷、深呼吸して鍋パに戻ってきて?」 ジャックとショーンは恋人だ。でも俺と城崎さんはまだそこまでたどり着いてないんだよ。ごめん灰谷、俺今、映画の話どころじゃない。城崎さんのことで頭がいっぱいなんだ。

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