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2-雨降りパーティナイト(10)
灰谷に無理やり深呼吸させて落ち着かせた。
まだちょっとにやにやしてるけど、だいたい落ち着いたんじゃないかな。
「おい、鍋もういいぞ。これで最後だからな。好きなもの食べろ」
城崎さんが鍋の蓋を開ける。
「ねぎ! とろとろのねぎ食べたいです!」
「本当に好きなんだな。いっぱいあるからたっぷり食べろ。ああもう、取るの下手か。ねぎの真ん中抜けてるじゃないか。ほら、皿貸せ。取ってやるから」
あああああ! そんな、城崎さん自らそんな! ありがとうございます……うふ。器受け取った時に手が触れちゃった。城崎さんもあったまってて、手はあったかかった。
「きのぴー、俺もー。俺豆腐食べたい」
「これでいいか?」
「ありがとー」
戻ってきた灰谷が、白い塊をふーふーして冷ましてる。もう落ち着いたみたいだ。いや、頭の中では後で語るメールの文面を考えているのかもしれない。
締めのうどんを入れて蓋を閉じ、しばらく待つ。
待っていると城崎さんが口を開いた。
「どうにも気になることがあるんだ。白田、こっちに来い」
城崎さんが手招きして呼んでくれたから、俺は喜んで城崎さんのすぐ隣に飛んでいった。
「なんですか! なんですか城崎さん」
ぺたんと座って、長すぎる袖をそのままに、両手を前につく。
甘えるような上目遣いで城崎さんににこっと笑顔を見せた。必殺・萌え袖スマイル。シンプルではあるけれど、足の角度、手の置き方など基本をしっかり踏まえることで、超ド級の破壊力を得られる。
この技には派生技もあって、萌え袖状態のまま両手をさりげなく胸のあたりに持ってきて、やり過ぎないあひる口とうるうるな瞳で小首を傾げて相手の視線を奪い取る、僕をいぢめないでホールドなんてのも可能だ。相撲で例えれば、寄り切り、といったところか。萌え袖スマイルはすくい投げだな。うん。なぜすくい投げの派生技が寄り切りなのか? そんなことは気にしちゃいけない。
しかし城崎さんには俺の必殺技は通じなかった。
そうなんだ。いつだってそう。どんなに可愛く装っても、俺が好きな人だけには届かない。
城崎さんは眉間にしわを寄せて、厳しい目で俺を見つめていたかと思うと、こう言った。
「……あざとい。あざといな白田」
うっ。
そう言われちゃったら返す言葉がないじゃないですか……。
あざといのは承知の上でやってるんです! わざとあざとくやってるんです!
あざと可愛いのを狙ってるんです!
心の中では主張したけど、口には出さない。
「あざといって、何の話ですか?」
そう言いながらさりげなく正座にする。
「白田は演技派だなって話だ。まあいい。僕も人のことを言える立場じゃない。……そんなことより、だ。何だ、コレは」
城崎さんは俺の頭上に手を伸ばすと、むんずと髪を、いや、アホ毛を、根元から掴んだ。
「わーっ! ちょっと、ちょっときのぴー何するの! 乱暴にしちゃ駄目だって!」
なぜか掴まれてる俺よりも、横で見てる灰谷の方が慌ててる。
わたわたして、城崎さんの腕をぺしぺし叩いてる。
「だ、駄目だって! 取れちゃうって!」
「取れるのか?」
城崎さんに訊かれた。
「いえ、地毛なので取れないです」
城崎さんが灰谷を振り返る。
「大丈夫だそうだ」
「大丈夫じゃないって、駄目だよ! ほら……ほら、しろやんが痛いでしょ!」
首を傾げて城崎さんが俺に訊く。
「痛いのか?」
「いえあの、城崎さんだったら痛くないです」
「しろやん! いくら好きだからって、そこまできのぴーに優しくしなくていいんだからね! 嫌な時は嫌って言わなきゃ駄目だよ!」
灰谷が慌てて俺をかばってくれる。でも。
「嫌じゃなくて、むしろ嬉しい……です。あの、」
「なんだ」
俺の頭上に手を伸ばしたままの城崎さん。掴んだ毛束を微かに左右に揺らしてる。きっと天使の輪はその先で浮かれてほよんほよんと揺れてるんだろう。でもたぶんもうちょっと、もうちょっと下の方を掴んだ方が、よりよく揺れられる。
「もうちょっと、痛くしても大丈夫です、よ」
途端にいつかのように灰谷が嘆き始めた。
「しろやん……しろやん、いくらきのぴーが好きだからって、そこまでいっちゃったらアウトだよぉ。違う世界に足踏み入れちゃってるよぉ……」
でもさぁ。こんなに城崎さんから近寄ってくれるの初めてだし、たぶん滅多にないことだし、別にアホ毛くらい犠牲にしたっていいかなって。そう思うじゃん?
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