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2-雨降りパーティナイト(13)

「いやです」 考えるまでもなく、返事が口をついて出た。 城崎さんは困った顔をする。困らせてしまうことは分かってた。それでも、この想いを断ち切ることなんて俺にはできない。 そうするのに充分なほど、城崎さんは俺にとって魅力的だった。 「私は白田さんに好かれていいような人間じゃない。知っているでしょう? 見ていたでしょう?」 あの日、と城崎さんは続けたけれど、声になっていなかった。 代わりに俺が続けた。 「竹田さんと武藤さんのことですか」 「はい。……それに、あのお二人だけじゃないこともお分かりでしょう?」 いわゆる枕営業ですよ、と城崎さんは優しく言った。 そのまま、その優しい声音で続ける。 「もちろん、あのお二方だけじゃありません。入社した年から今日に至るまで、ずっと続けているんです。何人の方を相手にしたか、失礼ですけどもう覚えていません」 それはなんとなく分かっていた。入社時からとは思っていなかったけど、それなりの数をこなしているんだろうなとは思っていた。 「それに、もう一つ。……私、社内にいても打ち合わせばかりで席にいないでしょう?」 確かに。それは気にはなっていたけれど。 「打ち合わせなんかじゃありません。快楽を提供して見返りがあるなら、誰とでも……職位なんて関係ありません。私がそれに見合う利益を得られると思ったら、たとえ相手が新入社員だろうと、」 城崎さんは最後まで言わずに言葉を切った。手に持ったカップに視線が落ちる。 「社屋って、人目に触れない場所が意外とあるんですよ。お手洗いなんかより、狭くて利用者の少ない会議室の方がよっぽど、交わりやすい」 やめ、やめて。 「もちろん時には女性だってお相手しますよ」 もう、いいから。 「ふ、ふ。ひどいでしょう? みっともない話だ」 分かったから、分かりましたから。 やめて。 「使えるものは何だって使う……にしても、限度ってものがありますよね。ふふ」 自棄気味になんて嗤わないで。 こんなに、綺麗なのに。精巧にカットされたダイヤモンドみたいに、その命の煌めきだけで見る者すべてを魅了できるのに。 なんで、そんな。 ミルクたっぷりのつもりだったラテが、思いの外苦い。でも飲みこめば、ミルクで和らいだ、しかし芳ばしくいい香りが上に抜けていく。 「こんな訳あり物件じゃない、良い人は他にたくさんいますよ」 城崎さんは俺が諦めるのを待っているかのように、カップで手を、コーヒーで体を温めながら、俺の目を見てる。お願いだからそんなに見つめないで。俺は、あなたが。 「どうすればいいですか、城崎さん」 間を遮る湯気をふっとふいて散らして、俺は城崎さんに正面を向いてスツールに座り直した。 「は?」 城崎さんは少し構えた。こいつ何言いだすんだろうって警戒してる。 大したことは言わないですよ。俺は単純だから。 「枕してても、不特定多数と関係持ってても、訳あり物件でも関係ない。俺は、城崎さんが好きです」 聞くなり、城崎さんはくるりと俺に背を向けた。 しばらくそのままでいたけれど、やがて途方に暮れたように大きくため息をついた。

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