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3-蜂蜜たっぷり生姜湯(7)
「ん……ぅ」
眠った城崎さんが、真っ赤な顔をして寝返りをうってる。
大丈夫かな。熱が下がらない。ずいぶん酷い風邪だな。今さらしょうがないけど、やっぱ俺が着いた時鍵開けに行かせちゃったの良くなかったな。
「なんか……のむ」
目を覚ましたのか、うわごとか分からないけれど、城崎さんが掠れ声を発した。
飲み物っ! 任せてください!
「はいはいっ! えーと、これ! ストローつけたんでさっきよりは飲みやすいかと!」
実はさっきも飲み物を要求されたんだけど、コップで飲んでもらったら噎せちゃって、咳が止まらなくなっちゃった。今度はいけるはず!
城崎さんの手に俺の手を添えて、そっとコップを持たせる。
白くて小さな喉仏が、数回上下するのを見守った。
「あつ……い」
触れた手は灼けた鉄のように赤く、熱い。
「熱、下がりませんね。でもお医者さんからもらった解熱剤飲んだし、もうちょっとの辛抱ですよ城崎さん」
コップから手を離して、くたくたっと城崎さんがベッドに横たわった。
ちょうど冷えていた俺の手を、少しでも楽になればと城崎さんのほっそりとした手に重ねる。
「ぅ……ぃ」
「はい?」
「やめ、て。……僕を放っておいてくれ……」
「……え?」
想像もしていなかった言葉が聞こえて、俺は軽く目を瞠った。
城崎さんは目をつむったまま、ぐったりしている。
「どうしたんですか、城崎さん?」
「う、る、さ……。皆僕を勝手に使いやがって……誰が、誰が好き好んで……」
あ、びっくりした。看病が余計だと言われたのかと思った。
部長職をやらされていることだろうか。それとも枕営業の話か。
やっぱり部長職は本意ではないのかなぁ。
俺の少ない経験の中からの意見だけれども、城崎さんは今まで見てきた中でもダントツに優秀な人だと思う。
転職したての若造が何言ってんだって思うかもしれないけど、俺は言いきれる。
できる人ってのは、ちょっと一緒に打ち合わせでもすればすぐ分かる。
発言の質が違うもの。
例えば何気ない質問一つとってみても違う。
ことごとく質問が的を射ていて、あ! ああそれ! 気がつかなかったけど言われてみればそれ肝心じゃん! 俺も聞きたい! なんてなったりする。
もちろん、会話の内容が高度&展開速過ぎて、横で聞いてる俺が熱暴走起こして煙吐きそうになることもある。
どんな人を優秀だと思うか、その基準は人それぞれだけどさ。
それでも、城崎さんが今の地位にいるということは、一定数以上の人が、城崎さんに部長職を任せられると判断したわけだ。
それは自信に変えていいものだと思う。
しかし枕営業については……なんでこんなことになっちゃってるのか、俺には想像もつかない。
分かってるのは、社外の一部の人間に知られていること、それから、社内でも知られてるし『利用』されてるってこと。
この枕が城崎さんの本意でないといいんだけど。
ああでも、理由は分からないけど、無理やりにあんなことをずっとやらされてるなんて、想像するに耐えない。
じゃあ本意ならいいのかって言われると、あんな行為を顔色一つ変えずに、むしろ楽しそうにこなしてるのが本人の意向だなんて……それもちょっと受け入れがたい。
結論。
枕営業はもうやめてください。
俺はこれをせめて声高に主張することしかできないし、他に俺ができることも思いつかない。
ねえ城崎さん、自分の体を大事にしてください。
俺にできることは何でもしますから。
城崎さんのに重ねていた手にいつの間にか熱が移って、俺の手も温かくなっている。
同じ温度になったその手で、城崎さんの繊手をそっと壊さないように握った。
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