42 / 120

3-灰谷九次のよた話

『灰谷さん!!』 わぉ。仕事終わりに私用の電話がかかってきたから反射的に取ったんだけど、ちょっと勢いすごいよ。思わず耳から電話離しちゃった。 怒ってんの? 俺なんかやっちゃったのかなー。 ていうか誰よ、あんた。画面に出てるはずではあるけど、名乗るのが礼儀ってもんでしょ。 「灰谷九次でーす。どちら様ですか」 『あ、ああ。すみません。城崎です』 深呼吸して落ち着いてから、名乗ってくれた。 「どしたのきのぴー」 こんな取り乱したきのぴー初めてだよ。 「なんかあったの?」 『い、いえ、別に。大したことじゃないんです』 いやー。この取り乱しっぷりは緊急事態起きてるでしょ。赤ランプぐるぐる回ってるでしょ。 ま、いいや。話を聞いてあげましょ。 「俺に何の用?」 『あ、う、そのですね、あの……白田さんの、』 ほうほう。きのぴーがしろやんに何のご用かな? にやにや。 『自宅の住所を、知ってますか?』 「んふっ、ふふっ」 『ちょっと、笑ってないで教えてください。私は真剣に聞いてるんです』 「ふふ、ふ。ごめん、ちょっと大好物が転がってきたから」 きのぴー、しろやんにご興味がおありなのね? こういうの大好き。好きなんだよぉ。映画やドラマじゃよくあるけど、まさか現実で遭遇できるとは思わなかった。おいしい第三者ポジション、来たよぉ。 きのぴー、しろやん、本当にありがとう。楽しませてもらうね。 『灰谷さん? 知らないんですか?』 おっと。焦らしすぎるときのぴーがよそに行っちゃう。こんな美味しい状況、逃しちゃいけないよ。んふ。 「知ってるよ」 『どこですか! 今すぐ教えてください!』 ぷふー! もうダメ、浮き浮きしすぎて顔面の制御ができない。 「ちょっと、灰谷さん、顔がキモイです」 向かいに座ってる後輩に言われちゃった。 「ごめんごめん。見逃して」 「普通の顔できないんですか」 「無理」 『灰谷さん! 私は急いでるんです!」 「そうなの? ちょっと待って。グルグルマップのストリートビューで見せてもらっただけだから、すぐに住所は出てこないんだよ」 『そ、そうですか』 きのぴーが少し落ち着いてきた。聞いちゃお。 「しろやんになんかあったの?」 『い、いえ別に。何も』 「何もないのに人んちの住所聞かないでしょ」 あぁあー! なに? なに? きのぴーとしろやんの関係にどんな進展があったの? 『……その、今日ですね、白田さんが体調不良でお休みなんです』 「へ! そうなの。どうしたんだろ。風邪でもひいたのかな」 住所を探しながらにやにや続行。 『た、たぶん』 「心配だねぇ。看病しに行ってあげるの?」 『そ、れは』 「うん」 あえてつっこまずに、一歩引いて聞いてみる。 本人の口から言わせた方が盛り上がるじゃん。 『その、そうですね』 「ん?」 ここは待て! 重要なところだよ! 「何しに行くの?」 いや、しろやんのお見舞い、いや看病に行きたいのは分かってるよ? でも、きのぴーがここまで取り乱したこと、今まで一回もなかったじゃん。 ずっとフリーで、特定の誰かと仲良くしたりもなかったじゃん。強いて言うなら、一番仲良いの、俺でしょ? さあ言ってきのぴー! 正直になって! 『気になるので、よ、様子を見に、行くんです』 「様子見? 様子を知りたいんだったら、わざわざ行かなくても、メッセージでも送ればいいじゃん」 『そ、それじゃ、何かあった時に対処できないじゃないですか! 始めは風邪でもこじらせたら大変なんですよ!?』 ああ。良い。良いよきのぴー。もっと素直になって。 『それに、白田さん一人暮らしでしょう? こういう時一人だと心細いものじゃないですか。誰か一緒にいた方が』 「そうだねぇ。きのぴーが看病してあげたら、しろやん、きっと喜ぶよ」 『い、いえ。それは別に私じゃなくても同じでしょうけど』 んふふふふ。つついてみよっか。 「そう? それじゃ、俺行くよ。きのぴーより俺の方が家近いし。きのぴーまだ忙しいでしょ?」 『いえ! 私が行きます』 ぃやっはー! 決定的な一言だよこれは! 「きのぴーって、そんなにしろやんと仲良かったっけ」 『別に、気になるだけです! 焦らさないで早く住所を教えてください!』 「はいはい」 ああ、今回はこれくらいにしておこうか。 高嶺の花、きのぴーの恋の行方はいずこに! 次回もお楽しみにね!

ともだちにシェアしよう!