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4-用法・用量を守って正しくお使いください(1)
足りない。絶対に足りない。絶望的に足りない。
城崎さんも俺も、風邪から回復して通常勤務してる。
城崎さんは通常勤務にくわえて特殊勤務もばりばりこなしてる。
本人に訊いたわけじゃないけど、絶対にそう。
だって、始業の時間にすら席にいなくて、そのまま午前中は姿を見せない。午後になるとちらほら、『あれ、さっきのもしかして城崎さん?』ってくらい瞬間的に存在を確認できるようになって、定時前にようやく落ち着いてその優美な姿を愛でられるようになる。
もちろん席にいなくても、決裁その他のワークフローは滞りなく行われているし、必要な会議にも出席していて、業務はまったく問題ない。
だがしかし、だ。俺には足りないんだ。
キノサキンを主成分とするアスミン、アスマシアニンといった栄養素が、欠乏してる。
風邪ひいて、城崎さんにつきっきりで看病してもらった結果、俺の体は城崎さんがいないと生きていけないようになってしまったみたいだ。
ちなみに、栄養素欠乏による主な症状は、気力の減退。
今日何度めか分からないけど、空の部長席を確認して、俺がふ抜けていたら、高山さんが心配してくれた。
「白田くん何かあった? なんていうか……酸欠の金魚みたいになってるよ」
「だいじょぶですぅー」
ふ抜けたまま答えたけれど、高山さんはそれでも心配だったみたいだ。
「でも、ときどき窓の方見て、上向いて、ぱくぱくしてるよ」
城崎さんの席は窓の前にある。
「う、俺、ぱくぱくしてますか」
「うん」
そんなつもりはなかったけれど、無意識に口が動いちゃったのか。
「どうしたの?」
高山さんは優しく訊いてくれる。
どうしようか。人生の先輩に、相談してみる?
「あの、高山さん」
「ん?」
「今ちょっとだけ休憩時間ってことにして、俺の話聞いてもらえませんか」
高山さんはにこっと笑った。
「いいよ」
ありがたい……! なんて素晴らしい先輩なの?
『友達の話なんですけど』って他人事に偽って話そうかと思ったけど、やっぱやめた。
真っ向から高山さんにぶつかって、ちょっと慰めてもらお。な?
色白で優しげな高山さんの横顔をみつめて、切り出した。
「今、俺、恋してるんです」
――ぶっふぉ!!
高山さんは、飲んでたコーヒーを盛大に吹いた。
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