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4-用法・用量を守って正しくお使いください(5)

十九時三十分。 俺は軽く夕飯を済ませて、映画館にいた。 シネコンではない、乱立するビルの谷間にある小さな映画館だ。 あと十分で映画が始まる。 灰谷からは、無事城崎さんがチケットを受け取ったと連絡があった。 連絡を受けてから、俺の心臓はバクバク鳴って、うるさいくらいだ。 席は九割方埋まっていて、空席は――俺の右隣の席に、立居振舞いも美しい細身の男性が静かに座った。 「こんばんは」 城崎さんだ……。不思議なことに、城崎さんが隣に座ったら、俺の心臓はすっと落ち着きを取り戻した。 「遅くなってしまって、すみません」 それだけ言うと、城崎さんは無表情にスクリーンへ向き直った。 ◇ ◇ ◇ 城崎さんの左手は雄弁だった。 二人の席の間の肘掛けにさりげなく置かれたそれは、始めはじっとしていたものの、話が進むに連れて徐々に反応を見せ始めた。 映画の主人公は、大規模テロを企む地下犯罪組織を潰すべく派遣された有能な若いエージェント。それから偶然巻き込まれてしまった一般人の二日酔いサラリーマン。このサラリーマンがくせ者で、顔はいいのだが間が悪い。 それはもう、敵対組織が送り込んできた邪魔者なのではないかと主人公が疑うくらいに。 細い通路に潜んで敵を待ち伏せすれば、急に吐き気がこみ上げてきて敵に気付かれ、敵対組織の幹部の密談の場に首尾よく潜り込めたと思えば、埃っぽくてくしゃみが止まらなくなるといった具合に、重要なシーンでは必ず何かやらかすのだ。 しかし、主人公も馬鹿ではない。始めこそ慌てふためいていたものの、次第にその天然の不意打ちを上手く利用できるようになり、二人の間に奇妙な連帯感が生まれてくる。 城崎さんはどうやらその抜けたサラリーマンが気に入ったらしく、彼が何かやらかす度に心配するように左手を軽く握った。 主人公がとっさにフォローして事態がおさまる、または好転すると、機嫌良さそうに指先でとんとんと軽く肘掛けを叩く。 俺は城崎さんの心中が如実に表れるその指先が気になって、スクリーンでサラリーマンがどじを踏む度に、右隣の白い手へこっそり視線を走らせた。 だって、二人がピンチに陥る度にその綺麗な手がきゅっと握られて、まるで応援するように肘掛けをごく軽く、とんとんって叩くんだよ。こんな素直で可愛い城崎さんを見ないふりなんて、できるわけないじゃん。 その手に俺の手を添えたい、どきどきを分かち合いたい、って、ずっとスクリーンと城崎さんの左手を交互に見ながら考えてた。

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