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4-用法・用量を守って正しくお使いください(7)

存分に話して、笑った。 終電までは十二分に時間があったので、城崎さんの提案で、川沿いの道を選んでゆっくり駅へ向かう。川向うの窓の明かりと月が水面に映って揺れている。幻想的な光景。 「ねえ城崎さん、間宮と羽田、最後に笑って手を取り合ってましたよね。あの後、キスしたと思いますか?」 斜め前を歩く城崎さんの髪が、風に揺れた。 「どう、したでしょうね」 「俺は、したと思います。それで、くっついたと思います。間宮は強いけど……、たまには、羽田みたいなやつが、心を(たゆ)ませてやることも必要だと思うんです」 「……」 あ、今だ。ふと、そう思った。立ち止まって深く深く息を吸った。 「城崎さん! 貴方が、好きです。付き合ってください!」 風にかき消されないよう、精一杯声を張った。 城崎さんが足を止めて俺を振り返る。 「……冗談は顔だけにしてくださいって、言ったでしょう?」 いやそれ、二度目は結構酷くないですか。意味疑っちゃいますよ。 ま、負けるな俺。こんなところでくじけるな。 「冗談なんかじゃないです。本気です。真剣に言ってます」 「……私と付き合って貴方に何の得が? 言っておきますが、便宜ははかりませんよ」 「そんなのじゃない、損得じゃないでしょう。俺はただ、城崎さんが好きなんです。片想いだけじゃなくて、報われたいと思うのはおかしいですか?」 「報われる、とは?」 俺の方に一歩一歩戻って来つつ、小首を傾げる。その顔には何の表情もない……いや、何らかの感情を押し殺してる顔だ。何かを、我慢してる。 「俺は城崎さんが好きです。城崎さんにも、俺のことを好きになってもらいたいんです」 あ、やばい。俺、早くも気持ちが盛り上がってきちゃった。 「ただの、俺の、勝手な願望ですけど。――城崎さんと、両想いになりたいです」 城崎さんの顔を見上げた。だめだ、力入れすぎて目がうるうるしてきてる。 城崎さんは視線を合わせてくれない。上の方に視線をさ迷わせて、困ったように両手を握ったり開いたりしてる。 「……私が、白田さんを好きにならなかったら、どう、するんですか」 ようやくちらりと俺の目を見てくれた。 涙が溢れてしまいそうなのを見てとって、慌ててまた目をそらす。……けど、心配そうに、時々ちらっと白田ダムの様子を見てくれている。 すみません。ダムの貯水量が早くも限界に近いので、一時放水します! 目頭から力を抜いたら、ぼろぼろぼろっと大粒の涙が頬を伝った。 「ああもう、なんですか、涙なんてずるいです」 城崎さんは慌てたように俺を引き寄せた。 人差し指で俺の目にたまった涙を拭って、それが止まらない様子を見ると、ぎゅっと、その胸に抱きしめてくれた。 「白田さんはずるい。涙はずるい。放っておけるわけないじゃないですか」 城崎さんは俺の髪を優しく撫でてる。え。え。どうなってるの。どっちなの。だめなの。それともOKなの? 苦しいくらいに抱きしめられる。 予想外の展開だけど、城崎さんの温もりを享受した。 「城崎さんに、俺のことを好きになってもらえないならしかたないです。このまま片想いします。……片想い、得意ですから」 嘘だ。こんな長い片想いなんてしたことない。いつもすぐに忘れてしまうから。 でも城崎さんのこれは違う。 忘れることなんてできない。きっとこの先いつまでも、白田有理を構成する重要な要素として、抱きしめて生きていく。

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