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4-用法・用量を守って正しくお使いください(8)
ようやく俺の涙が止まって、城崎さんの顔を見上げた。
城崎さんをぎゅっと抱きかえしたかったけど、まだ我慢。
「……片想いの前に、幾つか検討して欲しい事項があります。挙げてもいいですか?」
ため息をつく城崎さん。え、あれ、根負けしてくれた?
なんか告白からステップ進んだよね?
「はっ、はいっ。お願いします」
「一つめ。あなたが、私の仕事の有り様 をきちんと理解できているのか、疑問です」
はあどうしよう。いきなり何言われてるのか分からない。すみません理解できてません。
「えー……と?」
分かってない顔で首を傾げて城崎さんを見上げたら、ため息をついて言い直してくれた。
「私が部長として業務を遂行するにあたり、効果的であれば、その……性行為も交渉の手段の一つとして用いていることを、白田さんが理解してくださっているのか、ということです」
あ、あぁ。知ってます。よく知ってます。交渉の場面に立ち会いましたから。
あれ、この言い方は、俺と付き合ったとしても、枕営業は止めないよ、って言ってます?
え、言ってますよね。堂々浮気宣言? いや、浮気にはならないの?
「二つめ。私には白田さんと付き合う理由がありません」
は。さっきあんなにいい雰囲気だったのに!?
……いや、さてはこれ城崎さんが意地を張ってるだけだな。
好きじゃないなら、いつまで俺の髪を撫でてるつもりですか。
ワックス使ってるから、ごわごわして手触り悪いでしょう? それでも撫でてくれてるってことは、期待しますよ? 好きなのかなって、そう思っちゃいますよ?
「三つめ。職場内の交際は、業務にも影響する可能性があります。私が、恋人の有無で仕事の手法を変えるつもりはないからです。プラスになるのであればともかく、マイナスになるのであれば……」
「マイナスになんかしません! 必ず、必ず城崎さんを幸せにします!」
それだけは約束できる。俺は言いきった。
しかし、城崎さんは無表情に俺を見て、ちょっと眉を寄せた。
「幸せ……私が思う『プラス』はそういうことではないのですが」
むう。
「じゃあ、『プラス』ってなんですか?」
しばし城崎さんは考える。
「……『プラス』、ありませんね……。白田さんとの恋愛は業務の邪魔になるだけ、なんでしょうか……」
やだ! 困るよぉ! そっちに行かないで!
「いや、あの、気力が充実したりとか、きっとそういうのありますよ! 城崎さんが何かあって落ち込んだら、俺、全力で励ましますし!」
「励まし、ですか……」
え、それなら要らないかな、みたいな顔しないでください。二人で支え合っていけば、いずれ存在意義みたいなものも見えてきますよ。たぶん。
「あの、二人の相性みたいなものもまだ分からないわけですし、まずお試しで付き合ってみませんか? とりあえず一か月くらい。ね? どうですか?」
「そう、ですね……怪しい勧誘みたいになってきましたけど、そうしてみましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
少なくない課題を抱えつつも、とうとう城崎さんとの交際がスタートした。
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