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5-ばかしあい(8)

遊馬さんまだかなぁ。 マンション前の植え込みの縁に腰を下ろして、踵でアスファルトを無意味にひっかく。 早朝からこんなとこにずっといたら、いくら童顔の俺とはいえ、住人さんに怪しまれちゃうよ。 遊馬さん、午後に出かけるつもりだったりして! そしたら俺ピンチじゃん。 こうなったらダメもとで、今からもう一回遊馬さんにお願いしようかな。 悩みつつ空を見上げていたら、声をかけられた。 「何してるの? こんなところで誰かと待ち合わせ?」 やべー!! ほら見ろ、とうとう怪しまれちゃったじゃん! 視線を空から下げると冷や汗を隠して、そこにいた人に愛想よく挨拶をした。 「おはようございます! 知り合いと待ち合わせしてるんです」 「そう? もう三十分くらいここにいるよね、きみ? 俺が外に出た時からいたじゃん」 怪訝そうな目で俺を見ていたのは、手入れの行き届いた黒髪に、俺に勝るとも劣らないエンジェルリングを浮かべた、背の高い、目元に色気をにじませた男だった。 体にぴったり合う高価そうなブラックスーツに身を包み、眩しい陽光よりも、鮮やかなネオンサインの方が似合うひとだ。袖口から覗く腕時計が密かに高そう。仕事帰りのホストさんかな。 「あ、もうそんなに経っちゃいました? あはは。待ち合わせの時間間違えちゃったかな」 できる限り人懐こい笑顔を浮かべて頭をかく。 「俺が店から帰ってきた時からいるだろ。で、その後俺はコンビニ行って、何本か長電話してさぁ。戻ってきたらまだいんじゃん。そんなにまでして誰待ってんの?」 うー。俺のぴゅあぴゅあスマイルが効かないよ。歓楽街で生きる人には、さすがに俺ごときじゃ太刀打ちできないよね。 「会社の知り合いと会うつもりなんですぅ」 「フラれたんじゃね?」 うぅ。隣に座られちゃった。 甘くて酔いそうな香りをほのかに纏ってる。俺もその香りに包まれて、独特の雰囲気にのまれそうになる。朝なのに、夜の気分になる。 「だいたいさ、自分のマンションの前で待ち合わせって、冷たいじゃん。迎えに来いって?」 「俺がここを指定したんです」 「えぇ? こんな道端を? フン、違うだろ。約束してないんだ。出てくるのを待ってるんだろ?」 ぐさ。 「ち、違いますよぅ」 頬をふくらまして、全力の上目遣いで媚びる。 「フン。どうだか。……髪、綺麗だね。おまけも可愛い。似合ってる」 男は長い指で俺の髪をすいて、アホ毛をつついた。そりゃ、昨日は気合い入れてトリートメントしましたから! 「お兄さんだって、艶々じゃないですかぁ」 舌っ足らずに小首を傾げて男を見上げる。

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