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5-ばかしあい(9)

この男、幼くて馬鹿っぽいのは好みじゃないと見た。 なら、そこを強調するのみ。こんなのに構ってちゃいけない。 「ホストさんなんですか?」 「ああ、まぁね。俺、洸太」 「え、ぁ、えーっと、有理です」 「有理くん。……有理くんさ、うちで待たない?」 「っえ」 洸太さんは指の背で俺の頬を撫でて仄かに笑う。 「待ち合わせの相手には、俺んちで待ってるって連絡すればいいじゃん。……本当に約束してるなら、さ」 「ぅう、その、ぉ」 うつむいて、どうすればいいか分からないふりをする。 「困ります。ほんとに、ここで待ち合わせしてるんです」 つんととがった鼻でふふん、と笑われた。 意地悪く曲げた口許も色っぽい。 「中入らないなら、ガードマン呼んじゃうよ? エントランス前に座り込んでる不審な子がいるって」 待って待って。それはまずい。遊馬さんと会えなくなっちゃう。 「うぅ。それはちょっと……困りますぅ」 幼い演技、効果ないなー。好みを読み違えたかな。 洸太さんは俺の肩に腕を回して引き寄せると、耳元で囁いた。理性を溶かす溶剤にも似た甘い香りが強く香る。 「君の魂胆は分かってるよ。幼い演技もなかなかだ。……でも俺さ、計算高い演技派な子って大好きなんだよね……だんだん俺に夢中になって、計算も演技もできないほど溺れさせるのが楽しいんだ」 洸太さんの右手が優しく、しかししっかりと俺の肩を掴む。 全部バレてるんじゃん。逃げられない……。 「おいで、有理」 ブルーグレーの瞳が俺を捉えて離さない。 まさに、蛇に睨まれた蛙。促されて、見つめ合ったまま立ち上がった。 「ふふ。可愛いね」 薄い唇を舌で湿して、洸太さんが笑う。身を屈めると俺の額にキスを……! 「待たせた、しろた。行くぞ」 待ち焦がれた遊馬さんの声! 我に返った俺は、一歩下がって洸太さんから距離をとった。洸太さんの唇は額を掠めるにとどまった。 階段を降りてきた遊馬さんに、ぐいと腕を掴まれ引き寄せられる。 「ぇ、あ、遊馬さんっ」 「あー。六階の方ですよね。どーも、三階の松原洸太です」 「どうも。城崎遊馬です。僕はコイツに用があるので、失礼します」 笑顔を崩さない洸太さん、逆に笑顔のかけらもない遊馬さん。 じゃあまたね、と俺に手を振る洸太さんを尻目に、遊馬さんに引き摺られて退場した。

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