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5-ばかしあい(10)
「マンション前なんかで、何やってるんだ、馬鹿! あんな男に捕まって。僕が外に出るのがもうちょっと遅かったら、どうなってたか」
駅に向かって歩きながら、遊馬さんに怒られる。腕も掴まれたままだ。
「だいたい、エントランス側で待ってたって、僕が車で出掛けたらどうするんだ! 駐車場は角を曲がった向こうだぞ、絶対に気づかないだろ!」
「ごめんなさい。……遊馬さん、車持ってるんですか?」
ちらっと遊馬さんが横目で俺を振り返った。やっぱり怒ってる。
「マンションがカーシェアのサービスをやってるんだ。それはどうでもいい! 来るなら来るで、僕に連絡しろ! 昨日はうちに来るなんて、一言も言ってなかったじゃないか!」
「すみません。なんか言いそびれちゃって」
俺はもう、ただひたすらに謝るだけ。
遊馬さんが怒ってるとこ、初めて見たよ。けっこう怖いよ。
「先週は強引に約束とりつけたのに。昨日はどうした?」
ぎく。
約束メッセージ投げるのも忘れて、遊馬さんでオナってました。
なんてね。そんなこと口が裂けても言えないよ。
「あの後時間を置いてメッセージするつもりだったんです。それで、先にお風呂に入ってたら、うっかり寝ちゃって。気が付いたらもう時間も遅かったんで、スマホ鳴らすの、はばかられて……」
「風呂で寝たって……あぁ、もう! 言いたいことが多すぎて、頭が回らなくなってきたぞ僕は」
相変わらず怒ってらっしゃる遊馬さんだけど、駅が近づいてきて、手を離してくれた。
「次に遊馬さんちに来るときは、絶対連絡します。絶対します」
洸太さんも最後怖かったし。あれ、部屋に連れ込まれてたらどうなってたんだろ。……怖い怖い。
「あの、今日はどこ行くんですか?」
そぉっとそっと、遊馬さんの顔を下から覗き込んだら、ため息つかれちゃった。
「……はぁ。山手の方に行って、適当にぶらつこうと思ってる」
あ! これは俺、提案するチャンスじゃない?
「遊馬さん、お姉さんはお風呂は好きですか?」
「あぁ。何かというとすぐに風呂に入ってたな」
いいよ! いいよ! 名誉挽回の機会を逃すな!
「バスグッズはどうかと思うんですけど……。バスローブとか」
遊馬さんはちょっと目を見開いて俺を見た。
「バスローブか。いいかもな。自分ではなかなか買わなそうだしな」
「ですよね! 俺、良さそうな店探します」
「僕も探す」
電車に揺られて、俺らはバスローブ探しの旅に出発した。
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