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5-ばかしあい(11)

「ふふふん」 「なんだ、しろた。機嫌良いな。良いことでもあったか?」 帰りの電車。俺にもぎりぎり届く位置のつり革に頑張ってつかまりながら、俺はにこにこしていた。 それを見た遊馬さんにも、にこにこが伝染する。 二人でにこにこ。 遊馬さんの片手には、パステルカラーの可愛いショッパーが下がっている。 「お姉さんに、いいプレゼント買えたなって思って。喜んでもらえるといいですね」 「そうだな。いつか機会があったら、姉をしろたに紹介するよ。たまに一緒に食事をしてるんだ」 「遊馬さんにそっくりなんですよね? 美人さんなんだろうなー」 「はは。保証はしないぞ」 電車から降りて、人混みと一緒に駅から吐き出される。 ここから遊馬さんの家までは、五分くらいだ。 さて。無事に買い物も済ませて、後は帰るだけ……じゃないんだ。 大事な用件がまだ残ってる。 今日も、遊馬さんとの接触がほぼゼロじゃないか。 朝に怒ってる遊馬さんに腕を掴まれてた? そんなの接触にはカウントできない。このままじゃだめだ。帰れない。 俺は一計を案じた。 「バッグ、片方持ちますね!」 「え。は?」 持ち手はサテンのリボン。遊馬さんが片手に下げていたそれの、持ち手を片方だけ持った。 つまり、二人が歩いてる中央にショッパーがあって、その持ち手を一つずつ、仲良く持ってる。 「ちょっと……しろた。子どもじゃないんだぞ。恥ずかしくないのか」 辺りはまだ人気が多い。遊馬さんは耳を赤く染めた。 「遊馬さんと一緒に買ったんだから、俺も一緒に持ってもいいじゃないですか。ね?」 にこっと遊馬さんに笑いかけると、遊馬さんは困ったように、眉尻を下げた。 「それは、その通りなんだが……」 どうします? どうしますか遊馬さん? 一緒に持つのが恥ずかしいなら……俺の言いたいこと、分かりますよね? はぁ、とため息をついて、遊馬さんは降参した。 持ち手両方を右手に持ち替えて、左手を空けた。 「ほら。こうしたいんだろ」 その左手で、俺の右手を握る。 「ふふ」 「笑うな」 お店のショーウィンドウに、二人が手を繋いでいる姿がうっすら映った。 いいじゃん。すごくいいじゃん。お似合いですって誰か言ってくれないかな。 「人目があるところで、よくこんなことできるな」 おや? 人目があるところは嫌ですか? 「じゃあ人目がない方に行きましょう」 「え、ちょっと、おい!」 まごつく遊馬さんを連れて、人通りが多いマンションへの道をそれて、脇道に入った。 「ほら、こっちは人少ないから、いいですよね?」 「う、ぁ」 遊馬さんは真っ赤で、俺にされるがまま。 手も熱くなっちゃいましたね。ふふ。 遊馬さんがいつもの調子を取り戻す前に、手のつなぎ方を変えなきゃ。 指を絡めて、恋人つなぎ。二人の間も自然と近づく。 「あ! 猫です! 猫です遊馬さん!」 民家の庭から出てきた猫を見つけて、遊馬さんを引っ張って駆け寄る。 「あーあ。逃げられちゃいました」 「こんな二人がばたばた駆け寄ってきたら、猫も驚くだろ」 俺達には手の届かないところに登って、猫は毛づくろいを始めた。 「しょうがないなぁ。じゃ、こっちの道行きましょう遊馬さん」 「ちょ、ちょっと待て! そろそろ僕の手を離せ!」 「嫌です。遊馬さんちまで、手をつないで行きますから」 「なんでだ! なんでそうなる! 手をつなぐ必要はないだろ!?」 俺が無言で遊馬さんの手をぎゅっと握ると、遊馬さんは黙った。 俺は遊馬さんに言い聞かせる。 「手をつなぐ必要、あるでしょ? 俺らは今、お付き合いしてるんですよ。お試しだろうが何だろうが、遊馬さんと俺は今、恋人同士なんです。手をつなぐのは当然じゃないですか」 遊馬さんは反論しようと口を開く。でも、反論するような事は何もない。遊馬さんは口を閉じた。 「家についたら、離すからな」 「そうですね。室内では不便ですし」 「なんで、しろたはそう平然としてられるんだ」 まさか! 俺の心臓は今二倍速で脈を打ってますよ! 「いいえ、遊馬さんと手をつなげて、浮かれてます」 「いい年して恥ずかしくないのか? ……はぁ、さっさと帰るぞ」 「はい」 二人寄り添って、夕陽に照らされた道を歩く。 ああ、どうしよう。顔が笑み崩れて直らない。 マンション方面へ道を曲がろうとする遊馬さんを、優しく引き留める。 「遊馬さん、こっちです。こっちの道の方が早いです」 「いや、どう考えても遠回りだぞ、それは」 もう。遊馬さんはつれないなぁ。 俺はまだまだ遊馬さんと手を繋いでいたいんです。 そのためだったら何でもします! 「はい、渡りまーす」 「だから遠回りだって……はぁ」 駅から徒歩五分のマンションまで、三十分かけて歩いた。 差分の二十五分が、現在の二人の想いの大きさだ。

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