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5-ばかしあい(13)
食事を楽しんだあとは、三人で片付けだ。
取り皿に、大皿に、お箸に、グラス。
調理はほとんどしてないから、洗い物は比較的少ない。俺が食器を洗って、灰谷が布巾で拭いて、遊馬さんが食器棚に戻す。
そんな連携プレイをしている最中、事故が起こった。
一瞬の出来事で、その時には何が起こったのか分からなかった。
今から思うと、洗ったグラスを水切りかごに入れようとする俺の動きと、拭き終わった大皿をしまおうとした遊馬さんの動きが、不運にも重なってしまった、のだと思う。
気がついた時には、俺の手はグラスの破片を握っていて、足元には残りの破片が散らばっていた。
「! すまないしろた! 手、切ったか!?」
「割っちゃった。ごめんなさい……」
人差し指に切り傷が、とぼんやり見ているうちに、じわじわと血が滲んできた。
「握るなよ。洗い流せ」
俺の手のひらから、遊馬さんが慎重に大きな破片を取り除き、残りは水で流した。遊馬さんの手の甲にも、切り傷があるのが見えた。
「遊馬さんも、怪我、してます」
「僕は平気だ。それより足元気をつけろよ……ってなんでしろた裸足なんだ! スリッパ出しただろ!?」
破片は思うより細かくなって飛び散っている。今いる場所から動けない。
「いいかしろた、動くなよ」
遊馬さんがそう言うと、スリッパをはいた足で踏みこんできて、俺に腕を伸ばした。
ああ、遊馬さんに抱かれるの二回めだなぁとぼんやり考えていたら、遊馬さんはそっと俺を抱き上げて、大事にソファまで運んでくれた。
ふかふかしてるところに降ろしてくれて、遊馬さんが、俺の怪我の状態を見てくれた。
なんだろ?
頭骨に、脳の代わりに緩衝材を詰めたように全てがぼんやりして、ただ遊馬さんのことだけが、肌で、近くに、温かく感じられる。
「……スリッパ」
「うん?」
「苦手なんです……俺どっかで脱いできちゃって」
「うん。でも、もう大丈夫だ」
遊馬さんは優しい。
「遊馬さんも手、切ってる」
「ん? ほら、僕のは大したことない」
手の甲を返して、自分で触れて見せた。
乾いてる。かすり傷ですんだみたいだ。
「俺のだって、もう、血も止まりました」
「よかった」
遊馬さんが静かに微笑んで、俺の手を撫でた。
「あの」
「うん?」
「親以外にこんなに心配してもらったの、初めて」
「はは。ちょっと大袈裟だったな。でも、おおごとにならなくてよかった」
遊馬さんは照れることもなく、当たり前のように優しい笑みを浮かべる。
「遊馬さん」
「うん」
「床に破片散ったから、掃除機かけなきゃ」
「あとでやっておくよ」
遊馬さんは、耳も、頬も赤くならなくて、怒った様子もなくて、優しく静かに俺を見つめてる。
「あの」
「うん」
「遊馬さん。ありがとう。好きです」
そう言ったら、体が自然に動いて、片手で遊馬さんに抱きついて、キスをしていた。
「好き」
「うん」
二回、遊馬さんと、触れるだけのキスをした。
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