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5-ばかしあい(16)

灰谷の突沸で、なんだなんだとざわつかせてしまった周囲の皆様に一通り頭を下げて、改めて俺ら四人は腰を下ろした。 「だから、」 「しろやんは黙ってて! これ以上この話を無駄にはさせないよ」 灰谷がぴりぴりしてるー、こわーい。 きょとんと、分かったような、分からないような顔をした高山さんと宗さん。 鼻息荒く座り直した灰谷。 とりあえず、俺は黙った方がいいのかな? ね? ふふ。 「土曜日に、白百合さんの家で、白百合さんとしろやんと俺の三人で、昼飯食べたんです」 「ほう」 宗さんが興味深そうに頷く。 「で、まあ、調理中とか食事中にも美味しいシーンはあったんですけど、この際思い切って割愛します」 「うん」 高山さんが子供のようにわくわくしながら先を促す。 「食べ終わって、食器を洗ってる時に、事故が起きたんです」 「事故?」 「はい。しろやんが洗ってたグラスが割れたんです」 灰谷は自分のスマホをテーブルの上に置いた。 「録音したので、聞いてください」 「録音て。灰谷、お前すごいな、気の回しようがすごい」 「ノイズリダクション済みです」 「しかも仕事が丁寧」 灰谷が高山さんたちにイヤホンを片方ずつ渡して、再生ボタンをタップする。 俺には録音の内容は聞こえないから、ここからは回想するよ。 『……手、切ったか!?』 『割っちゃった。ごめんなさい……』 まだ状況を解ってない俺がグラスを割ってしまったことについて謝る。 『握るなよ。洗い流せ』 遊馬さんが、傷口から硝子の破片を取り除いてくれた。水の音。 『遊馬さんも、怪我、してます』 『僕は平気だ。それより足元気をつけろよ……ってなんでしろた裸足なんだ! スリッパ出しただろ!?』 あああああ。そうだよそうだよ……! 俺ったら裸足で……。 『いいかしろた、動くなよ』 でも、遊馬さんが床に散った破片を越えて、俺のこと助け出してくれたんだ。 いつも遊馬さんは大事な時に助けてくれる。 それで安全なところに、ソファの上に連れて行ってくれた。 『……スリッパ』 『うん?』 『苦手なんです。俺どっかで脱いできちゃって』 『うん。でも、もう大丈夫だ』 俺はまだ頭が混乱してる。 『遊馬さんも手、切ってる』 『ほら、僕のは大したことない』 『俺のだって、もう、血も止まりました』 『よかった』 遊馬さんが俺の手を撫でてくれた。 この時、遊馬さんは何とも言えない繊細な表情をしてた。優しさと愛しさが混ざったような……。 うぁ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。 『あの』 『うん?』 『親以外にこんなに心配してもらったの、初めて』 『はは。ちょっと大袈裟だったな。でも、おおごとにならなくて良かった』 遊馬さん、優しく笑ってくれた。 『遊馬さん』 『うん』 『床に破片散ったから、掃除機かけなきゃ』 『あとでやっておくから、気にするな』 遊馬さんの穏やかな声。 『あの』 『うん』 『遊馬さん。ありがとう。好きです』 うん、って言ってくれた。きっと一生忘れない。 『好き』 『うん』 ちゅっ、て、キスをする音が聞こえたような気がした。

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