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6-愛してほしいの(1)
ねえ、見て! 不思議で綺麗なところに来たよ! なんだか明るくて、辺りはカラフルなわたあめみたい。ふわふわ、きらきら、もこもこしてる。
なんて、言ってはみたけど、実は俺は環境なんてどうでもいい。もう二十八だしね。食べられもしないふわふわにはそんなに興味ないよ。
でもでも、遊馬さんと二人きりなの! ここ重要。遊馬さんと見つめ合って、邪魔なんかひとつも入らない世界だ。
遊馬さぁん、ぎゅって、してください。
『うぅん、抱きしめるのか? 僕は髪を撫でたいんだが』
遊馬さんは俺の髪に手を伸ばして、指先で軽く撫でてくれている。
そうですか? じゃあ左手でぎゅってして、右手で撫でてください!
『ふふ。両方欲しいのか、しろたは欲張りだな。じゃあ僕の膝においで』
え、膝の上乗っちゃって大丈夫ですか? 俺重いかも……。
『気にするな、しろた。僕はそんなに華奢じゃないから』
……ほんとだ、遊馬さんちゃんと筋肉ついてる。へへ、かっこいい……っわ!
『すまない、早くしろたを抱きしめたくて……』
もーおー、遊馬さんってば……大好きですっ!
と、遊馬さんに抱きつこうとした瞬間、世界が反転して俺は落ちた。
どたっ
……。
……。
ふわふわ、きらきら、もこもこは一瞬にしてかき消えた。落ちた俺の目の前には、ただただ冷たいフローリングの床が広がってる。
……あ、なに。夢ね。夢だったのね。あ、そう。抱きつこうとして終わるとか、ありがちな目覚め方だったね。
いったいわー。遊馬さんちのいつものソファから転がり落ちたんだよ。
背中打っちゃった。もう。痛いよ。あーあーあ!
「……だ、大丈夫か? 落ちたのか?」
え?
ソファとセンターテーブルの合間にすっぽりはまり込んだ俺は、声の主を見上げた。
「しろた、ほらこっちに来い」
ソファの向こうにいた遊馬さんが、回り込んでこっちに来て、ソファに座って、落っこちた俺に手を差し伸べてくれてる。
遊馬さーん! 行きます今すぐ行きますぅ!
ちょっと状況はまだ思い出せないけど、遊馬さんの膝にのりたいです!
「え、あ、膝にのりたいのか? うん、まあ、いいけど……自分の年齢分かってるのか、しろた」
遊馬さんの手にすがって、よじよじする。遊馬さんの手は今日もひんやりしてる。
えへ。向かい合わせに膝の上に座っちゃった。
夢では座れなかったけど、現実ではうまくいったね。
遊馬さんと見つめ合う……見つめ……見つめ合う……見つめ合いたいんです! 遊馬さん! 目をそらさないで!
「遊馬さん」
「う、うん」
両手で遊馬さんの頬を左右から押さえて、むりやり俺の方を見てもらう。
「俺のことちゃんと見てください」
「見たぞ」
遊馬さんはそう言いながら限界まで右に眼球を動かしてる。正面の俺を見たのは一瞬。一瞬じゃないですか!
「遊馬さん。そっちに俺はいません。前向いてください」
「ん」
はい一瞬。一瞬だけ目を合わせた。なんで一瞬!? 俺のこと見たくないってこと!?
この間はちゃんと俺のことを見つめてくれたじゃないですか! 今日はなんで見てくれないんですか?
「遊馬さーん」
身を乗り出して、遊馬さんの視界に無理やり入る。
一瞬目を合わせて、またそらされた!
真っ赤な顔した遊馬さんが白状した。
「しろたのピュアな瞳と見つめ合うと、その、綺麗じゃない自分が恥ずかしくなってくるんだ」
「恥ずかしいことは全くないです。むしろ積極的に見つめ合っていきましょ?」
「すまないが、僕には無理みたいだ」
そんなぁ! 俺は全然ピュアじゃないのに!
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