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6-愛してほしいの(5)

狭い個室にいることも忘れて、二人でしばらく抱き合っていた。遊馬さんが抱いたままゆっくり揺らしてくれるのが心地よい。 「そろそろ、戻ろう、な?」 俺はまだキスの余韻にひたっていたかったけれど、遊馬さんがそう耳元で囁いてくれたから、素直に頷いた。 トイレには誰も来なかったから、そのまま出て廊下を二人で歩いて事務室に戻った。 そうだよな、仕事中! なんて思って気合いを入れ直してたら、遊馬さんが部屋の奥への戻り際に、俺の目を見て優しくにこりと微笑んでくれた。思わず俺が足を止めて見惚れるほどに綺麗で温かい笑みだった。 ふわふわと夢見心地に席に戻って、なんとなく仕事をしている風にPCを触っていたら、しばらく席を離れていた高山さんが戻ってきた。 「しっ、白田くん! 白田くん何かした?」 座った膝に肘をついて前屈みに、深刻そうな顔で話しかけてきた。 何だか知らないけど、わりと必死だ。 「何の話ですか?」 「今さらとぼけないでよ! 白百合さんだよ! 白百合さんに何かしたでしょ!」 ひそめた声で、問い詰められる。 え、なんでバレてるんだろ。誰にも見られなかったはずなんだけど。 「あ、あの……さっきお手洗いで、その、キスとか、ちょっと体を触ったりとか、しました。ごめんなさい」 白状したら高山さんに怒られた。 「白田くん!! 仕事中に何やってくれてるの!? 大変なことになってるよ! 白百合さん覚醒しちゃったよ!」 覚醒って何? 遊馬さんがどうかしたの? 部長席を見るけど、いつも通りに遊馬さんが座っててきぱき仕事してるだけで、変わったところはない……と思うんだけど。 あ、宗さんが遊馬さんのところに行った。何か話してる。 ? 宗さん、近くにあった椅子を引っ張ってきて座った。遊馬さんに何か説明してる。 ずいぶん熱心だな。身を乗り出して話してる。 あ、終わった。宗さんが戻ってくる。 席に戻って、何かぶつぶつ言ってる。 「違う、違うぞ俺は。好みじゃないだろ。落ち着け、仕事中だぞ俺」 どうしたんだろう。頭を抱えて自分に言い聞かせてる。 「あのぅ……宗さん? どうかしました?」 俺が恐る恐る宗さんに声をかけると、宗さんは驚いたように勢いよく顔を上げた。 「ぁ、ぁあ、白田か……そうだぞ、俺。こっちだろ好みは。……いや違う! 何言ってんだ俺!」 宗さんの独り言が長い。 「ねえ、宗さん。部長おかしいでしょ?」 高山さんがそんな宗さんに声をかけた。宗さんは小さく飛び上がって顔を上げた。 「な、なんだ宗吾か。部長? 部長がどうかしたか?」 「いや、ごまかさなくて大丈夫なんで。部長、とんでもなくないですか」 高山さんがそう言ったけれど、宗さんはまだ何か隠してる。 「部長が? 何の話だ?」 「だから、言っちゃっていいって。部長、めちゃくちゃエロいでしょ? 俺、勃ったもん」 「え、高山さん、勃ったってなんですか?」 高山さんが変なことを言うから、思わず俺は口を挟んだ。 「なんですか、じゃないよ。きみは責任を感じなさい。部長が、白百合さんが、エロ方向に開花してるんだよ。もう満開だよ。花も盛りだよ」 は。……は?

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