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6-愛してほしいの(8)
やっちゃった、またやっちゃった。
定時過ぎたのに、俺ったらまだ仕事してる。
定時に終われるように準備してたのに、お客さんからの電話一本で全ておじゃんだよ。
定時十分前にかかってきて、もう三十分喋ってる。内容はすでに世間話だ。愚痴やら何やらを無理やりの笑顔で聞いてる。
遊馬さんは、もうこの部屋を出たのに、だよ。
もう一回言わせて。
遊馬さんは、もう会社を出て家に向かってるのに、だよ。
補足させて。
その家では、めくるめくラブロマンスが繰り広げられる予定なのに、だよ。
ああもう、この電話、終わりはないのかな。
困ったときは融通きかせてくれるありがたいお客さんなんだけど。今日だけは勘弁してください。
この後、最愛のひとと、初えっちなんです。
明日は水曜日だから、休みじゃないから、これから翌朝まで、時間がないんです。
お願いします。早く、一刻も早く帰らせてください。
◇ ◇ ◇
滑り込めーーッ!!
十八時三十分。ようやく電車に乗れた。
あ、滑り込めなんて言ったけど、駆け込み乗車なんてしてないよ? ちゃんと余裕をもって電車に乗りました。
なんたって、恋人が家で待ってるんだもん。
こんなところで粗相をしている場合じゃないでしょ?
遊馬さんのところまで、電車で十数分揺られる。その間もずっと、遊馬さんのことを考えてた。
どうしよう。第一声は何て言ったらいいんだろう。
インターホンではさ、「しろたです。遅くなりました」みたいなことを言うんだろうけどさ、遊馬さんの前に立った時、何て言うのがいいんだろう。
今の俺の心境だと、「遊馬さーん!」って言って駆け寄って飛びついてキスしちゃうんだけど。
それやったら絶対に遊馬さんひいちゃうよね。落ち着けよ、って思われちゃうよね。
あ、そういえば夕飯どうするんだろう。いつもみたいに遊馬さんの家の近くで外食、になるのかな。
ちょっとお酒飲んでさ、ほろ酔いで二人一緒に帰ってきて……、あ、だめだ、これ以上想像しちゃだめだ。想像したいけど、それは、後でのお楽しみなんだから。ああ、そうか、お楽しみだけど、想像もつかない展開になる可能性もあるよね。遊馬さんがやっぱり赤くなっちゃうとか。力は遊馬さんの方があると思うから、どうなっても、止まらなくなった俺が、無理やりに遊馬さんを……っていう話にはならないけど。遊馬さんがそういうのが好きならともかく、そもそも俺そんなことしないし。
さて、着いたよ。遊馬さんのマンションの前。
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