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7-灰谷九次のよた話
どうも。この度とうとう本編で出番がなくなった灰谷九次です。
いいんだ。別に一回や二回出番がなくても、みんなに忘れられちゃう訳じゃないもんね。……忘れないよね?
今回は、きのぴー大変だったね。しろやんとイチャイチャからの痴漢からのストの流れ。
俺はきのぴーの下で仕事したことないから、あまり分からないんだけど、仕事上で枕営業したって、それで不正な取引を通してるわけでもなし、ただの交渉術の一つ、っていうことでいいと思うんだ。
まあね、そんなことしてまで、自分の意見を通したいのかって言われると、困っちゃうんだけどさ。
『そんなこと』かどうかはきのぴーが決めることだよね。
まあまあまあ、そんなことがありつつも、きのぴーとしろやんは今回も仲良くしてたわけだ。ねえきのぴー?
「話しかけるな。僕はここにいないことになってるんだから」
「ひとんちの居間を占領してんのに、いないふり? それはないでしょ。そのぶん喋ってよ」
きのぴーはほっこりとあったかい緑茶を飲みながら、日の当たる場所で背中を丸めてのんびりと憩っている。
せっかくの美人さんが! なんか違う!
お茶うけにお煎餅出しちゃったけど、これもミスった!
スーパーで安かったからたくさん買ってきたんだけど、きのぴー気に入っちゃったみたい。
普通の醤油味の薄焼き煎餅、ずっと食べてる。
「お煎餅美味しい?」
「ん? ああ。久しぶりに食べたが、こんなに美味しいものだったんだな」
「それはよかった」
がさがさと袋を眺めてる。きのぴーって、辛くないものにはめったに興味を示さないけど、これはお気に召したみたい。
「製造元……丸焼製菓か。どこの会社なんだ?」
あらら、調べだしちゃったよ。
「……近いじゃないか!」
「そうなの? どこ?」
「会社から電車で……一時間半かな」
「遠いじゃん」
「何か仕事くれないかな。製造ラインの制御システム構築とか、どうだろう」
「きっと、もうあるでしょ」
「より効率よく更改するんだ。うーん、じゃあ、オンラインショップシステムの構築・管理」
なんかきのぴー楽しそう。
「言いたくないけど、パッケージでよくない?」
「いや、フルオーダーだからこそのメリットをなんとかして生み出すのが、僕らの仕事じゃないか」
そう言いながらお煎餅をばりり。
「話が変わるが、しろたなんだが」
来たよ? お楽しみが来たよ?
「最近、お菓子作り……というか、既存のお菓子のアレンジが楽しいらしいんだ」
ああもう、きのぴーったらにこにこしちゃって。
しろやんが何やってるか知らないけど、絶対きのぴーの方が楽しんでるよ。
「この間は、お菓子の家を作ったんだ。クッキーの土台だけ焼いて、後は市販のお菓子を組み合わせてさ」
この笑顔を、会社にいるアンチきのぴー派に見せてやりたい。こんなに幸せそうににこにこ笑う子が、自分の利益だけ考えて枕営業なんてするわけないじゃん。
きのぴーは教えてくれないけど、何か理由があるんだよ。きっと。
「板チョコで壁作ったりして、最初は普通だったんだ」
「きのぴーも一緒に作ったの?」
「いや。僕は見てた。作ろうかとも思ったけど、しろたを見るので忙しかったからやめた」
俺は、できることならそのしろやんときのぴーを、陰からこっそり見守りたかったよ。絶対癒されるじゃん。
「しろた、だんだん内装に凝り始めちゃって、お菓子の家っていうか、ジオラマになったんだ。屋根のない家みたいなやつ」
「楽しそうじゃん」
「うん。見てるのも楽しかったんだ」
思い出してるきのぴー見てるだけでも楽しいけどね。
「それで、だんだん家具とか充実してきて」
「うん」
「部屋数も増えて」
「うんうん」
お。だんだんきのぴーの顔が赤くなってきたよ?
クライマックスかな?
「なんか熱心に作ってるなぁと思ってたら、しろたが聞いてきたんだ」
お?
「ベッドはシングル二台くっつけて置くのと、ダブルベッド一台置くの、どっちがいいですかって」
「んふ」
「しろたが作ってたの、しろたと僕の家だったんだ」
むふふふふ。良いじゃない。良いじゃない。
もっと赤くなりなさい。
真っ赤になった顔を押さえたきのぴーは、それでも話し続ける。
「えっ、て思って玄関見たら、外に『あすま・しろた』って小さく書いてあって……」
「良いんだよきのぴー。存分に惚気て良いんだよ」
「だって、それにしたって。僕はもう何て言ったらいいのか分からないんだよ。幸せになりすぎて、なんか病気になりそうなんだ。しろたがにこって笑った時とか、ぶわぁーってなって、僕は脳溢血になりそうになるんだぞ」
きのぴーは幸せすぎて戸惑ってるんだね。
まあね。今まで、枕営業なんかしてるー、とか、あいつは枕で出世したんだ、とか、冷たい目で見られてばっかりだったもんね。
しろやんは一途だから、きのぴーが今まで相手にしてきた人たちとは違いすぎるもんね。
「幸せすぎて困ることはないよ、きのぴー。しろやんの思いを全部受け止めてあげてよ」
「う、うん」
お茶を一口飲んで、きのぴーはぎこちなく頷いた。
「で、ベッドはどうしたの」
最後までしっかり聞いとかないとね。
真っ赤なきのぴーが目をそらす。
「適当に何か答えたんじゃないか。覚えてない」
「あのね、覚えてないならそんなに真っ赤にならないでしょ。教えて」
「……、ダブルベッドの方が狭くてくっつけるから、ダブルが良いって、言った」
言い終わったきのぴーは照れ隠しにお煎餅をばりばり食べてた。
可愛いなーもう!
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