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8-往きはよいよい帰りはこわい(1)
ストライキ後の週末。
遊馬さんと一緒に、近所のインドカレー屋さんでお昼を食べてる。
「遊馬さんっ。辛い? 美味しい?」
「ん。美味しい」
ようやく遊馬さんが少し笑ってくれた。額に微かに滲んだ汗をぬぐってもう一口。
休みの日は遊馬さんの家に行って、近場に出て昼食を摂るのがいつもの流れだ。
今日は朝に顔を合わせてからずっと、遊馬さんは沈んだ顔をしてた。
無理もないと思う。
昨日の午後、遊馬さんはどこかに呼ばれてしばらく帰ってこなかった。
ようやく帰ってきた遊馬さんに、「大変でしたね」と声を掛けようと思ったけれど、できなかった。遊馬さんは、全ての希望を失ったような、絶望に満ちた顔をしていた。
お叱りだけでは済まなかったのか、それともお叱り以上のものがあったのか、何があったのかすらも俺には訊くことはできなかった。俺にできたのは、当たり障りのない雑談を持ちかけることだけ。予想通りと言うか、分かりきっていた事実と言うか、もちろん遊馬さんの気分を晴らすことはできなかった。
ううん。遊馬さんにはいつも笑っていてほしいんだけどな。そりゃもちろん、人生いろいろだから、シリアスなモードの時もあるよ。笑ってる場合じゃないことだって当然あるよ。
でもさ、俺とお昼ご飯を食べてる今この時だけでも、気分を上向きにさせてあげたいんだ。
どこまで本当か分からないけれど、聞いたことがある。
笑うと、痛みを和らげたり、神経を落ち着かせる効果がある成分が脳から放出されるんだって。
で、なんと、作り笑いであっても同じ効果があるんだって。作り笑いでも、顔の筋肉を自然に笑った時と同じ位置にすれば、脳はそれを笑っていると認識する。そして、笑った時と同じ成分を出してくれるんだって。
にこにこ笑うなら俺にもできる。それで遊馬さんがつられて笑ってくれれば、遊馬さんの辛さの幾ばくかでも和らげられるんじゃない? そうでしょ?
だから、無理やりにでも俺は笑う。遊馬さんが少しでも一緒に笑いたくなるように、幸せに笑うんだ。
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