116 / 120
9-彼が望んだもの(3)
当初の目的を無事に果たして、俺たちは他の店も眺めながらしばらく歩いた。
「あー! あのシャツ! あのシャツ絶対遊馬さんに似合いますよ!」
店頭でマネキンが着ていたVネックのシャツに俺が引っ掛かったり。
「おい! しろた、あのシャツ試着してみないか」
「あー。遊馬さんに似合いそうですね」
「違う! しろたが着るんだ。下着だけの状態で、試しに着てみてくれ」
遊馬さんは、よほどぶかぶかオーバーサイズに生足魅せの組み合わせが好きなんですね。
言われるままに試着したら、遊馬さんから高評価をもらえた。ついでに、離れたところで俺たちを見守っていた店員さんが、赤面してどっかに行っちゃった。あはは。店員さんも、気に入ってくれたのかな?
◇ ◇ ◇
買い物したバッグをたくさん提げて歩いていた。
「結構買い物しましたね。遊馬さん、気は晴れました?」
「うん? 心配してくれてたのか。ありがとう。いい気分転換になったよ」
すっきり笑顔の遊馬さん。
遊馬さんがにこにこ、俺もにこにこ。……で、終わるはずだったんだけど。
遊馬さんに、背後から知らない声がかかった。
「城崎? ……城崎か?」
遊馬さんが瞬時に硬直して、白い顔で目を見開く。
近づいてきたのは、目つきのきつい男の人だった。
身動きできない遊馬さんの肩を掴んで引き寄せ、買い物袋を眺める。
「ふぅん。なにお前、まさか幸せになってんの?」
「お久しぶりです、先輩。……ただ、買い物をしていただけです」
先輩? 確かに、言われてみれば二つ三つくらい年上に見える。
「可愛い彼氏と仲良くデート、かよ。幸せそうで結構だな。……誰かさんのせいで、俺は未だに地獄の底なんだけどなぁ? お前だけ幸せになるなんて、そんなの許されるわけないだろ、お前も一生地の底でのたうち回って苦しむんだよウジムシが」
ついでに手を伸ばして俺の頭を掴みそうだったから、遠慮なく払いのけた。
遊馬さんは先輩って呼んでたけど、そこに敬意なんて欠片も含まれてなかった。
「彼はただの仕事上の知り合いです。付き合っていません。買い物中にたまたますれ違ったので挨拶をしていただけです」
!? いや、何か理由があるんだよね。たぶん俺を庇ってくれてる。
「白田、買い物中に邪魔して悪かったな。また、月曜日に」
遊馬さんが笑顔を作って、俺に手を上げた。
「あ、い、いえ、こちらこそ、です。じゃあ会社で」
俺は遊馬さんの意を汲んで、その場を離れた。
怯えたような遊馬さんの様子は心配だったけど、遊馬さんの目は、『帰れ』とはっきり言っていた。
後ろ髪を引かれながら、駅の方へ足を向けた。
ともだちにシェアしよう!