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9-彼が望んだもの(6)
「あ、すみません。さっき遊馬さんが持ってたもの、俺が落としちゃいましたね」
ソファ近くに散らばったそれは、紙の束だった。
「……遊馬さん、これ」
拾い上げた写真に写っていたのは、ついさっきまで話していた水野だった。
水野が、誰か知らない男と親しげに笑っている。
もう一枚拾い上げた。
水野とその男が、一緒にホテルの一室に入っていくところ。
もう一枚。
車の中で、二人がキスをしているところ。
「遊馬さん!」
「ん」
「何ですか、これ!」
「ん、……うん」
遊馬さんは歯切れの悪い返事をする。
「水野が恋愛してるじゃないですか!」
「そう、みたいだな」
「みたい、じゃないですよ! もう遊馬さん、解放されていいってことじゃないですか!」
「……」
遊馬さんは何が怖いの? なぜ水野に反抗しないの?
「先輩は今、水野グループの一会社で社長を務めてる。このまま、いずれは総裁に、水野グループをしょって立つはずだって言われてる」
「順風満帆じゃないですか」
「でも、先輩の家庭はもう壊れてる。先輩は一人でマンションで暮らしてる。水野家には、実質、ご両親と、奥さんと、お子さんしかいない」
僕も身辺調査をしてみたんだ、と遊馬さんは泣きそうな顔で笑った。
「先輩が今心を許せるのは、その写真の人……先輩の秘書の青砥裕也さんしか、いないんだ」
遊馬さんの考えが分からない。
なんでそんなに水野の側に立とうとするのか。
「心を許せる恋人がいるなら、少なくとも、遊馬さんの償いはもうおしまいでいいんじゃないですか?」
「そうなのかな」
遊馬さんは俯いている。
……こうなったら、本人に言ってもらうしかない。
◇ ◇ ◇
呼び出された水野は、案の定文句を垂れた。
「こんな夜中にまで、なんだよ? 今じゃなきゃだめなのか? やっと温かい飯にありつけたところだったんだぞ」
俺はすかさず口を挟んだ。
「お食事、青砥裕也さんとですか?」
「は」
水野は不意を突かれたように、半口を開けて固まった。
「恋人さん、いらっしゃるんですね」
水野は黙って遊馬さんを見る。
「僕も、調べさせてもらいました。秘書の方と、恋仲、なんですね」
遊馬さんは俯き加減のままそう言った。
しばしの沈黙ののち、水野が口を開いた。
「うわ、盲点だったわ。馬鹿だな俺、なんでだろう、城崎は反抗しないと思い込んでた。……そうだよ、俺は裕也と付き合ってる。はぁ。それ掴まれたらどうにもなんねえわ」
腰に手を当てた水野は、ぽん、と言ってよこした。
「後は、勝手にしろ」
「え?」
「ああ、裕也の件は内密で頼むわ。もし実家にたれこんだら、今度は噂じゃ済まさねえ、生き恥曝させるからな」
「え?」
遊馬さんだけが戸惑って、右往左往してる。
「え? 先輩あの」
「もう勘弁しろよ。じゃ、俺帰るわ。二度と俺の目の前に出てくんなよ」
「水野さんこそ、もう遊馬さんに構わないでくださいね」
「分かったっつーの」
「は? え? 怒らないんですか?」
遊馬さんが水野に聞いた。
「怒るって何にだ」
水野はもう帰りたそうな顔をしてる。
「僕が、こっそり先輩の身の回りをかぎまわったこと、です」
「は。怒るっつーか、痛いとこ突かれてまいってはいるけど。何お前、まだなんかお仕置き欲しいのか」
慌てて俺は二人の間に割り込んだ。
「違いますっ! 違います。はい、もう俺達も帰りますんで。水野さんさようなら」
俺は遊馬さんを引っ張って退場した。
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