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#6 いつものこと
「橘!」
横山先生の癇性な声が響いた。明らかに僕達の方を見遣りながら、苛立った様子だ。
柚弥は、物凄く不機嫌そうに瞼をもたげ、緩慢な動きでまだ机に突っ伏したまま、少しだけ頭を上げて前を向いた。
「63ページ、練習6の証明、ここ、やってるか」
「やってません」
憮然とした声で、あっさりと返した。
「ユッキー」「即答だし」
クラスメイト達の愉快がるような笑い声が、ひそやかにさざめく。
横山先生は小さく嘆息して、
「もういい。……後で職員室へ来い」
短く言い捨て、そのまま授業の続きを再開させた。
少しばかりざわめいたクラスは、程なくして元の姿に戻った。
隣の柚弥は、すっかり目も覚め、表情も冷め切った様子で窓の外を眺めている。
やっぱり、起こすべきだったか……。
寝ていたのは彼だが、うっかり彼の寝顔に見惚れてもたもたしていたのは事実で、その後の授業もどこか落ち着かず、僕はずっと申し訳ないような気持ちを拭えないままでいた。
授業が終わると、横山先生はちらりとこちらに目を向け、教室を退室しようとしていた。
柚弥は、ふうー、と長い前髪を持ち上げるように息を吹きつけ、仕方なく、といった様子で椅子を退き、立ち上がった。思わず僕は声を掛ける。
「橘君、ごめん……!」
「ん……?」
「ごめん、気付いてたんだけど、起こすのちょっと遅かった……」
「ええ……? 何でえ、裕都君が謝ることないよ! 寝てたの俺だし! てかごめんね、むしろいきなり寝ちゃって」
僕が謝ること自体全くおかしいとでも言うような、柚弥は笑い飛ばすようにけらけらと笑っていた。
そうではあるけれど、曇りが消えず僕は追及せずにはいられなかった。
「うん……。でもまさか、呼び出されるまでは思わなくて……」
「ああ……、……大丈夫! いつものことだし、慣れてるから」
気にしないで! とにこやかに告げて、柚弥は手を翻し、弾むように入り口へと駆けていった。
いつものことなの……? と思わず彼の背に問いたかったが、
「松ちゃーん、昼ご飯どうする? 買い行こうよ」付近のクラスメイトが現れて、あっという間にその姿は、活気づく人混みのなかへまぎれ込んでしまった。
*
横山の後方に一定の距離を置き、その後に続いて柚弥は廊下を歩いた。
昼休みの喧騒で湧くさなか、間もなくたどり着いた職員室を横山はそのまま通過し、柚弥もそれに倣った。
職員室を過ぎて脇の渡り廊下の先にある南校舎一階は、通常授業に使う教室は疎らで人気 もない。やがて現れた視聴覚準備室の扉を横山は開けた。
当然のように無人の室内へ、柚弥もまもなく横山に次いで入る。
机の前で止まった横山を追い越し、柚弥は窓際にもたれ、陽が差す外の景色へ気怠げに瞳を遣った。
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