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#5 微睡み

 それまで黙っていた柚弥の声が、その流れの中へふう、と飛んできた。 「何だよお。ユッキーは、もうその辺聞いた訳?」 「聞いてない。つっか、いきなりそんな、今日会ったばかりで聞ける訳ないじゃん。皆がっつき過ぎ」 「ユッキーは隣だからなあ。だって気になるじゃん、松ちゃんのこと」 「つか何? その松ちゃんとかいうの。俺やだ、その呼び方」 「ええ、駄目? あっ、そういえばまだ許可取ってなかった! つかユッキーの髪、紫になったね」 「うん。一応暦の上では、秋だからね」 「凄えなあ。よくそんな二次元の魔法少女みたいな色する気になって、特におかしくなってないからなあ」 「あざあす。色のチョイス、褒められてるってことにしておくよ」 「……そうだなあ。確かにちょっと、がっつき過ぎたかもね。とりあえず松原君の、好きなおにぎりの具とかを語るところから始めるかあ」 「そこからかあ」  賑やかな場の空気は崩れることなく、だけど話はわやわやと別の方向へと逸れて行った。  ……もしかして、庇ってくれた?  おにぎりの具で盛り上がる輪の中、隙間から柚弥の方を窺うと、机に突っ伏して腕に頬を乗せた瞳と目が合った。  有難う。そう伝えたかった。柚弥の瞳は、ふ、と緩み、 『何のこと』  そう言いたげにくるんと小さな頭が反転してしまい、それ以上話の輪へ入ってくることはなかった。  奔放そうに見えて、良い子なのかも知れない。  窓へ向かい、横たわった腕になびている白金の髪を見届け、その髪に伴い、彼の印象も、そんな風に僕のなかへほのかに息づいていくのを感じた。  四時間目は数IIの時間となり、担任の横山先生が戻って来た。  教科書を広げ、夏休み中の課題を確認する。  黒板に目を移しつつも、不得意科目なのもあり、朝からの緊張からか少し疲れを覚え始めていた。  ふと隣の柚弥を見ると、頬杖をついて下を向いた姿は、明らかに動きが停止している。  伏せた瞳は今にも閉じそうだ。そういえば休み時間から机に突っ伏していることが多かったし、お喋りだった口数は格段に減っていた。  一度、睫毛が閉じた。ふわ、ともう一度開く。  睨むように、緩やかに前を向いた。  が、『ほんと無理です』。  そんな心の声が聞こえた気がして、頬杖をついていた手が解かれ、ぺたんと顔が腕の中に(うず)もれた。  埋もれた顔がこちらを向く。  閉じられた瞳。すう、と頬から力が抜け、心地良さそうに表情が緩んでいき、そのまま、まさに夢の国へ旅立ってしまったがごとく、止まってしまった。 『……寝、……寝ちゃった……』  あまりにも堂々とした入眠ぶりに、僕はどぎまぎした。いや、もっとどぎまぎしたのはそこじゃない。  寝顔が可愛い。男が男に言われても嬉しくないし、思うことも気持ちが良くないだろうが、実際、正直に可愛いものは可愛い。  睫毛が長い。とにかく長くて、根元の密度が濃く、ふさ、と触れたら音がするような質感と、そこに目が惹き込まれてしまうような陰影を生んでいる。  怜悧(クール)そうな貌つきはすっかり影を潜め、あどけなさが充満している。  柔らかそうな薄紅の唇が少しだけ開いていて、人へ躊躇なく晒すのは憚られるような表情が、むき出しになっている。  整っているのは勿論だが、唐突にさらけ出されたそれはあまりにも無垢で、見てはいけないものを見てしまったような動悸がするが、目を逸らせなかった。  同性でありながら、溢れ出るような愛らしさと無防備に吸い込まれ、思わず見入ってしまう。 『……か、可愛いなあ……。まさに、こういうのを天使の寝顔って言うんだろうな……』  ついまじまじと見つめてしまったが、やがて現実を思い出した。  そうだ。今は授業中だ。しかも、先程から休み中の宿題の答え合わせを始めている。  どうしよう。起こした方が良いだろうか。でもあまりにも気持ち良さそうに寝ている……。だけど……、  そんな風に逡巡しながら、ひそかに目だけで前や隣りを交互に窺っていたら、その目が横山先生のそれに触れた気がした。

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