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#4 胸のふるきず

「久しぶり。やった、隣だね」 「久しぶり! えっと、橘……」 「柚弥(ゆきや)。柚子のゆに、弓編のやつ。弥生とか。読み方が、ちょっと変わってるんだよね」 「うん……でも、良い名前だね」 「有難う。裕都君も、良い名前だよ。何か顔に合ってるし」 「そうかな……」  照れ臭くて僕は笑った。  椅子を引き、間近から改めて見ると、柚弥はやはり圧倒されるような美少年だった。  顔の部位(パーツ)一つ一つの美しさもさながら、肌の肌理(きめ)がほぼなく滑らかな艶を帯びており、顔自体の造形が明らかに小造りだ。  夏休みに見た耳の上のインナーカラーは、灰味がかった薄紫(ラベンダー)に変わっていて、思わず見入ってしまった。 「SのN高校ってさあ、進学校の、頭良い所でしょ? こんな皆んなやりたい放題の学校来て、びっくりしたんじゃない?」 「うーん……。まあでも、うちも凄い奴は、凄かったからさ……」 「へえー、実は裕都君が、その凄い奴だったりして」  怜悧そうな外見に反し、柚弥は思いの外お喋りで、色々と気さくに話し掛けてくれた。  程なくして横山先生は退室し、始業式に充てられた一時間目の後の、ニ時間目の国語が早速始まった。  教科書の確認や授業がどこから始まるのかなど、まだ慣れていない僕に対し、柚弥は都度朗らかに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。 「ねえ松原君! どこから来てるの? 家近い? 俺チャリ中!」 「趣味は?」「好きな芸能人!」 「部活入る? ここのバスケ部わりと緩いからいいよ!」「…………天文化学部」 「てか松ちゃん、()、大っきいよね、イケメンだよね!」  三時間目が終わった途端、それまでも何となく視線は感じていたが、数人の生徒達が待ちきれないとばかりに机の周りにやって来た。 「……えーと、住んでるのはM市。バスで来てる。ちょっと遠いかもね……。あと、趣味は……うーん、服とか、好きかな……」 「あーね! 何だかオシャレな感じがする!」 「あとは、ネットサーフィンとか……? ちょっと暗いかな……」 「えっ! したら俺チャンネル持ってるから、今度観て!」  質問責めに遭っている僕の隣で、柚弥は頬杖をつきながら、薄く苦笑しているような表情で遠巻きに眺めている。 「あと部活は、前はテニス部だった……」 「あー! ぽいねえ、爽やかだねえ」 「あと何だっけ、天文……?」 「それはまあいいよ! てか、好きな芸能人つーか、好きなタイプは!?」 「えっ、うーん……。そうだな、特定なのは、そんなすぐ思いつかないかも……。まあ、清潔感がある人が、好きかな……」 「もうずばりで聞けよ! 彼女は、いるんですかあー?」  ……聞かれると思った。 「……いない」 「え、本当お? でもいたことは、あったんでしょう?」 「うん……。今は、いない……」 「今は、ねー。前の学校ではいたの?」 「うん、前の学校はね……」 「あれ、前の学校はいて、今はいないって、もしかして転校するからって、別れちゃったとか!?」  ずばり当てられると、ずん、と刺さり、胸に染みのように滲み込んでいくものを感じた。  ああ。僕はやっぱり、まだそこまで立ち直ってはいないんだな。  胸の奥で泣いている彼女の、伏せた髪が顔に流れ、瞳のきらめきが隠れて、膝に握りこまれた手の筋がちらついた。  答えなければ。大したことはない。もう終わって、ふたりとも納得した、した筈だと思ってしまうしかないことだった。  これから友達になる皆の前で、この空気を壊したくない。  そう思って口を開こうとした刹那——。 「ねーえ、何かいきなり、結構プライベートなこと、ぶっ込み過ぎじゃない?」

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