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#17 宵闇 *
その後も、柚弥は代わるがわる体を侵され、狂った宴は終わりの兆しを見せることなく、欲望の泉を溢れ出させるままにしていた。
柚弥の淫らさは繋がる度に濃密さを増し、少年達を悦ばす言葉を何度もくれて、乞われるまま水の中でくねる魚のように彼等の上で踊った。
先端に雫がついた華奢な鎖型のピアスが律動に合わせて揺めき、乱らな光を反射させる。
泣き出しそうにも見える、悦楽にふるえるほてった瞳。悩ましく半開いた紅い唇。
少年の肩を強く掴んだ指の、色鮮やかなネイルアート。
爪先を引き攣らせ、揺さぶられる足首に光ったアンクレットの残像がいつまでも消えない。
こんな事はおかしい。間違っている。
そう思っていたはずだ。そう思っていたはずなのに、僕の脚は動かなかった。映写機を見せられるように、目の前の映像を流れるまま瞳の中に映したままでいた。
——違う、そうじゃない。見せられていた訳じゃない。
そうだ。見ていたかったのだ。
見ていたのは、僕自身の意思によるものだ。
おかしいのなら、止めれば良かった。拒絶するなら、立ち去れば良かった。彼の身を案じるのなら、無理矢理にでも連れ出せば良かったんだ。
そうしなかったのは他でもない、僕が見ていたかったからだ。
犯される柚弥は、美しかった。
ただただ、美しかった。
犯される彼を見て、彼を奪う少年達が感じているもの、視覚、触覚、嗅覚までもそのまま僕のものにしてしまおうと、忘我のなか夢中でそれをむさぼっていた。
あの白い脚を顔につくまで折り曲げて繋がった心地はどんなのだろう。
突き動かすたびに、「もっと、ねえもっとお」とあの胸をくすぐる声でねだられたら、どんなに恍惚を感じるだろう。
彼の蕩 けた肉のなかでともに極まって見る光景は、どんなものなのだろう。
そこまで夢想したのを自覚した瞬間、浸っていた悦楽が冷えるように、初めて僕は、ぞっとした。
同じじゃないか。結局、僕も。
金を払ってまで欲望のままに彼を貪った、少年達と。
彼は、友達だった。友達になる筈だった。
今日から始まったばかりで、これから楽しく過ごして行けたらと思っていたのに、屈託ない笑顔を向けてくれた彼を、直接触れたわけではない、でも確実に、いともたやすく僕はもう、——犯していた。
自分の醜さに戦慄し、ようやく僕の脚は震えるように動いた。
「やっべ、ユッキーの奥 まじどうなってる……! 止まんね、あああそんな絞めてこないで、また中に出しちゃうよ、気持ち悦 すぎるっ……!」
教室では彼等の行為がまだ続いていたが、逃れるように僕は扉から後ずさった。
動き始めた脚は感覚を取り戻したのか、踵を返して足早に廊下を進んだ。そのまま音を立てないように、階段をとにかく駆け降りて行った。
早くこの場から立ち去りたかった。
教室から逃れれば、消えると思っていたのだ。この身に巣食って暴れ回る、抑えようのない熱情が。
息苦しさを感じて、僕は駆け降りた階段の先にあった柱の影に潜り込み、そのまま背を預けてずるずると崩れ落ちた。
二色の対比 をなしていた校舎は、宵の濃紺を液体のように流し込み、四方の景色を闇の粘膜で完全に不鮮明にしている。
それは、そのまま僕の行 く先をなおも塞いでいるかのように見えた。
苦しい。肩が上下して息苦しいのは、駆けてきたからではない。
消えないのだ。熱情が。
頭の中で、僕の壊れた何かが先ほどまでの柚弥の姿を、鮮々 と呼び起こそうとしている。
忘れないように、彼の淫らさを焼きつけておこうとして離さないのだ。
そして、『本当の僕』も、それを希 んでしまっている。
いやだ。どうして。出来たばかりの友達なのに。隣なのに。明日から、隣でずっと過ごしていくことになっているのに。
彼を汚したくない。彼を、僕の汚 れた夢想の渦に引き摺り込んで、一緒に汚れ合って溶けさってしまいたい。
その二つがない交ぜになって、激しくせめぎ合っている。
溺れそうだ。口を開けば抑えきれない熱情が溢れ出そうで、かぶりを振って僕は口を覆う。
彼等みたいに、思うまま彼のことを味わって、奪い尽くしてしまえたならどんなにか悦いだろう。
でも、僕の中の微かな残像が、どうしても譲れなかった。
昼間の、机に頭を預けてほそい腕の中から見えた彼の柔らかい眼差し。僕を優しいと言って向けた、無邪気な笑顔。
どれも大した意味はない、きっと些細なことばかりだったと思う。
最後の光みたいに、だけどそれが僕の脳裏で瞬いていたのだ。
自分のからだを使ってまで、僕はどうしても彼を汚したくなかった。
身体を覆う滾 りは一層衰えを知らない。
彼が欲しい。彼の淫らさの中に埋 もれて、尽き果ててしまいたい。
その熱に抗うように、僕は強く、自分の脚に指を食い込ませるようにして、ひどく掴んだ。
fin.
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