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#16 揺るがす *

   この期に及んで、まだ恐れていた。やっぱりこれは、嘘なのだと。  きっとそのうち醒める、夢なのだと。  見たくなかった。見なければ良かった。  そもそも、立ち去れば良かった。でも、脚を床から握り込まれたかのように固定されて、動かなかった。  瞳の中から、彼が発する全ての情動を、追い出すことはかなわなかった。  そうだ。繰り返されるこの情景は、まぎれもない現実だ…………。  その身に受け容れるのは、つらいのではないかと思った。  どう考えても苦痛を伴うに決まっている。そういった表情をしているようにも見えたからだ。  けれど、違った。 「あ……っ……!」  深く沈み込む机と、ひときわ切ない声が響いた。  鳴いた後、衝撃に耐えるためか、柚弥はきつく閉じた潤む眦をふるわせ、指を口で噛み、逸らされたその白い首筋も、張り詰めたように慄いていた。 「ユッキー…………っ……」  繋がった彼も、柚弥を気遣っているかと思えた。  だが、一つになった感覚を()るうちになのか、その見下ろした目と頬が、みるみる恍惚とない混ぜになった複雑な上気へ包まれる。 「ユッキー……。俺、ユッキーと一つになってる……、」 「うん……、うん……」 「…………ユッキー。動きたい……、動いていい……?」 「うん……。リョウ君の、したいようにしてくれたら、嬉しいよ……」 「ユッキー……、……ごめん、ごめんユッキー…………っ」 「あ……、あ……!? そんな……っ、リョウ君もっ……、激し……! そんなすごっ……、無理い……っ! リョウ君、凄いい、深いよお、もっとゆっくりい…………っ!」  見えてしまった。リョウ(かれ)の目の、恍惚の背後にいた、仄暗い本能が、濁った濃度に飲み込まれていくのを。  机や椅子の、木面や金具だとかがぶつかり合い、床に擦り付けられる音が響く。  そのなかに、柚弥の儚い悲鳴が、(うず)もれることなく淫らな小鳥の囀りのようにかおを覗かせ、小刻みに混ざり合う。  泣いてるようにも、助けを求めているようにも聞こえる。  だが、その声音のなかに、徐々に快楽を追った艶やかさが混ざっていくのを否定できなかった。  もっと聞きたい。もっと聞きたい。  その貪欲な望みが露わになるように、教室を揺るがす音はどんどん粗暴さを増し、呼応する柚弥の悲鳴も、蜜みたいに甘やかに響いた。 「ああ、ユッキー……っ、あったかい……。すごい、すごい締めつけてくる……っ、捻れる、食いちぎられる……っ!」 「ええ、まじかよ、もう早く代わって欲しい……っ! つうか俺我慢しすぎて、めちゃめちゃ痛いんだけどっ……!」  柚弥に指を絡めて机に押さえつけていた少年は、柚弥の前に回り込み、 「ごめんユッキー、ほんと我慢出来ない……!」  言うが早いか、柚弥の口に自身の欲望を捩じ込んだ。 「んっ……! んう……っ!」  柚弥の声がくぐもり、鼻から抜ける吐息が苦しそうに強まる。  だがやがて、息継ぎみたいに濡れたくぐもりが、決して損なわれはせず、むしろその埋め込まれた欲を悦ばせるため、どこか陶然とした淫猥の緩急にくねっていくのだ。  どこもかしこも侵されても、柚弥は拒絶の反応を示さなかった。  むしろしなやかなその肢体は、少年達の欲望をどこまでも受け止め、艶を増して濡れそぼり、熟れた花のように綻んでその内の蜜色の雌芯を、見せつけてくるばかりなのだ。  教室を揺るがす振動。少年達の荒い呼吸(いき)。  悩ましいほどの、柚弥の嬌声。  足元から崩れおちそうだ。ふらつき倒れそうな身体を、紐一本程の均衡で支えているものが何なのか、判らなかった。  そこへ、それまで何事も行われていないかのように、平然と煙草を燻らせ、窓の外を眺めたり、スマートフォンのブルーライトを顔に浴びていた梗介(きょうすけ)が、思い出したかのように目の前の狂乱に冷めた眼を向けた。 「初にしては、それなりに鳴かせられてるんじゃねえの。記念に撮ってやるよ」  彼等に向けたスマートフォン越しに、煙草を挟んだ長い指、紫の煙、薄く冷えた笑みに(かたど)られた梗介の眼と唇が見えた。  無機質なシャッター音が雑音に掻き消される。  何故、そこまで平然としていられるのか。  仮にも柚弥は、彼の、 ——じゃないのか。  もはや無慈悲ともいえるその言動が、僕に更なる衝撃を与えた。

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