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第13話

「お風呂、ありがとうございました」  リビングルームのドアを開けると、ソファでくつろいでいた彰人はショウを認めて微笑んだ。 「よくあったまった?」  風呂を借りたり、着替えを用意してもらったり、着ていた服を洗濯してもらったことなど、この仕事をしていて初めてのことだ。途端にこの風呂上がりというシチュエーションが恥ずかしく思えてきて、ショウは顔を赤らめながら「はい」と返事をした。 「座って。少し待ってて」  席を外した彰人と入れ違いにショウはソファに腰を下ろし、貴重品用に借りていた袋からスマホを取り出してLINEをひらいた。マネージャーから心配するメッセージがいくつも来ていたが読み飛ばし、ひとまず「接客開始します」とだけ送った。  耳を澄ませば風の音が時折微かに聞こえてくるくらいで、雨が降っているのかも含めて外の様子がまるで分からない。台風が近付いているのかもう過ぎ去ったのか、夜明けになれば空の明るさで少しは知れるだろうか。  その隔絶された世界で、流れてくるグレン・グールドの奏でる硬質なピアノの音を耳が追う。今日のBGMはブラームスの間奏曲集だ。ところどころをハミングしていると、彰人がいつものカフェラテを運んで来た。 「今日は本当にごめんね。こんな嵐の夜はキャンセルすべきだって頭では分かっていたけど、今週仕事がすごく忙しくて、週末きみに会えるのを励みに頑張ってたから、どうしても会いたくて」  コーヒーカップをショウの前に置き、自分のカップは手に持ったまま、彰人は隣に腰掛けた。

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