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第9話

 杉守が帰ってからも紅茶を飲みながら、ぼーーっとしてしまう。あーーもう! 気持ちを立て直さないと個展までもう日がないのに……。  こんこん……と窓の方から音がして振り向くと兼子君の姿が見えた。慌てて玄関の扉を開けると兼子君が立っている。 「あいつが出ていったのが見えたから……殴られてませんか?」  もしかしてあれからずっと外にいた? この寒いのに! 「……話しさせてください」 「わかった。わかったから中に入って」  慌てて毛布をかけたけど触れた肩がすっごく冷たい。ストーブの前に座るように促して作ってあったスープを温めなおして渡した。 「本当にあの人と付き合ってるんですか?」 「……あ、うん。ごめんね。僕が悪いのに兼子君が悪いみたいな感じになっちゃって」 「あんな暴力的なことをいう男がいいんですか?」 「い、いや。さっきはあんなこと言ってたけど杉守は暴力は振るわないよ」 「やっぱり好きなんですね……」    兼子君は長いため息を吐いた。 「ああ、そう。そうなんだ。ごめんね」 「俺とあいつはそんなに違いますか? まだ働いてもいない男だから張り合うことも出来ないのかな? 紀伊さんが泥酔している時に抱いたことは謝ります。でも俺、紀伊さんのことが好きだから……」  ……嘘……これ現実だよね……でも……現実だからこそ、絶対ダメだ。 「……兼子君。ごめんね。ダメだよ。ちょっとの気の迷いだ。君はこれからもっともっと広い世界に出て色々な人や物に出会う。こんなところで止まるべきじゃないんだ。君の活躍を願ってるし、祈ってる」  兼子君は顔を上げると自分をじっと見ている。ほんとうにごめんね。こんなことになるなんてほんと僕はダメな人間だ。 「温まったら帰ってね」  言うと兼子君は黙ったままスープを飲んだ。  こんなことだけで良かったのにな。もうこんな姿も見れなくなるんだ。    飲み終えてしばらくすると、兼子君は立ち上がり、深く頭を下げると出ていった。  背にした扉から聞こえる足音が少しづつ聞こえなくなる。  もう、いいよね。 「……う……」  そのままずるずるとしゃがみ込むと馬鹿みたいに涙が出てきた。あーー本当に好きだったなーーあんなに綺麗で好みでしかも自分のことを好きだと言ってくれた相手なのに決して好きだとは言えない。だって無理だよ。僕も同じくらい若ければ彼との未来を考えることも出来たかもしれない。でも彼が35になった時に自分は50になるのが現実だ。ありえない。未来なんかあるわけない。残酷なその時に、彼の困った顔を見たくない。せめて今ここで綺麗に切るのが僕からの好きという言葉の代わりだ……。

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