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War 8:Encounter⑥

 『なんだ別に番号交換くらい言ってくれればするよ」  「……他のメンバーには教えないで下さいね」  『えっどうして?』  奏はその問いかけには答えず黙り込む。ほらまた黙る。ずるい、肝心な質問にはいつもスルーだ。千遥がもう一度聞き返そうとした時だった。  「右!さっきの信号右です」  『えっ嘘っ!?あっ、どうしよっ』  気を取られていてカーナビの音声も聴こえてなかった。慌ててUターンして戻ろうとするが禁止区域の標識が見える。  『あー…ここはUターン禁止だから少し先まで行ってもいい?』  「大丈夫です」 少し進んだ先で急いでUターンをして車を進めた。隣で見えた少し彼が笑ってたのは気のせいか。    「着きました、ここです」  『わぁ、、大きい家なんだねー』  奏の家の前に停車すると千遥は窓から覗くように家を見てつい声を上げた。誰もが憧れる様な、まさにお屋敷と言う言葉がぴったりな家。まさかおぼっちゃまだったとは!?  「……ありがとうございました。わざわざ家まで送ってもらって」  『ううん、全然これくらい。少し遠まわりしちゃったけどね』  「あのー…千遥さんって呼んでもいいですか?」  『えっ、、もちろんいいけど』  「なんか大庭さんって呼びにくいから」  『ああ、、そうだね。全然かまわないよ』  少し嬉しそうな笑みでこくりと頷いてシートベルトを丁寧に外した奏。  『さっ、もう時間も遅いし家に入って』    カバンを肩にかけてドアから降りようとする彼に向かって"あっ"っと咄嗟に声が出た。"ん?"といった表情で立ち止まりドアを閉める手を止めて千遥を見つめる。  『いや……お疲れ様。それじゃまた。』  少し不思議そうな顔をしながら奏はドアを閉めた。大きな扉の家の前でゆっくりを歩をゆっくり進めて一度振り返って家に入った。    『はぁー…』  大きな声が漏れる。何を言おうとしたのか自分でも分からない。ふとダッシュボードのスマホに手を伸ばして見ると"栗栖奏"の文字が登録されている。今後幾度となく見るであろうこの三文字が一番近く感じたのは今かもしれない。  それから事務所までの道のり。少し身軽になった様な脱力感とひとりになった車内は少し寂しさを覚えた。赤信号に差し掛かって停止するとスマホが鳴る。  "さっきの質問の答えはいつか言います。" "おやすみなさい、千遥さん"  彼からのメッセージ、、質問の答え? どこまでも不思議な彼はまだ高校生。10歳も歳が離れていればやはり理解不能だ。これは高校生だからというより彼・栗栖奏という人間がそうなのかもしれない。 だけど何故か気になるのは確かでもっと知りたいと思わせる何かが彼にはある。  "おやすみ"  色々考えた結果その言葉しか浮かんでこず送信ボタンを押した。信号が青に変わってアクセルを踏むとメッセージはすぐ既読になった。 ◆◇◆◇◆  さすがに若いとはいえ、デビュー準備とテストの両立に奏の身体はだいぶ疲労が見えていた。決して目覚めは悪くない方なのだが、最近は起きれないこともしばしばあった。  「あっ、奏やっと起きてきた!ちゃんと一回で起きなさい。アラームずっと鳴ってたわよ」  階段から降りてくる奏に母親がキッチンで手を動かしながら言った。コーヒーを一口飲んで奏の顔をチラッと見た父親がカタンッとコーヒーカップを置く。    「奏、昨日も帰りが遅かったのか?」  「友達と勉強してた」  「今期末テスト中じゃないのか」  「だから勉強してたんだって」  父親と顔が会えば口論ばかりの奏。嫌いなわけじゃない、だけど好きでもない。 奏の父親は内科医で母親は看護師。職場恋愛で結ばれた二人を子どもの頃から見ていると当然 "将来の夢は医者"だとなるだろう。  「あれれ、また二人やってるの?」 姉の(あおい)がキッチンに降りてくるなり母親に呆れてた口調で言った。  「最近ずっと奏の帰りが遅いから心配してるのよ。もっと優しい言い方すれば良いのにいつもあんな感じだから」  「ふーん」  朝の栗栖家の見慣れた光景。年頃の男の子の父親とはこんなもの。その後はただ黙ってご飯を食するだけ。  「奏!ちょっと待ってよ!駅まで一緒にいこうよ」  玄関で靴を履いてる奏に碧が背後から声をかける。手には大きなバッグにヴァイオリン。いつも大荷物の碧は音楽大学に通う奏の4歳年上。何でも話せるいい関係だ。  「いいけど」 家を出て一緒に駅までの道を歩き続けた。顔に当たる冷気をマフラーで覆いながらポケットに手をいれた奏。  「ほんと毎日よく飽きないでケンカしてるよね、お父さんと」  「別にケンカってほどじゃない」  「ねぇ、もしかしてまだデビューする話、二人には言ってないとか?」  「……うん、、、まぁ」  「もぉ何やってんのよー!言えないなら私から言おっか?」  「いいよ自分で言うから。そのうち」    奏は親に内緒で芸能界に入りデビューを決めた。言えば絶対反対されるのは分かっていたから。いつかは言わなきゃいけない。そのタイミングを探ってるうちに今日まできた。    「あとさ昨日の車の人だれ?」  「車の人?」   「誤魔化さないでよね。昨日車で送ってもらってるの見たんだから」  「誰って事務所の人だよ」  「今まで家の前まで送ってもらったりしてなかったじゃん。しかも、暗くてよく見えなかったけどイケメンっぽかった!!」  「……知らない」    碧に見られていたのは想定外だけどあいにく親には見られて無かったようだ。 そんな話をしながら駅に着いて二人は別々の電車に乗り別れた。  テスト期間も今日で終わり、奏はカバンから教科書を出した。学校までの電車内は通勤通学の人達で混み合っていて同じように教科書を開く学生達がちらほら見える。  アイドルの前に一人の高校生、勉強もしてちゃんと卒業しないと。両親にも話さないと。 色んな事が頭の中でごちゃごちゃしながら電車はいつもの変わらぬ景色を通り過ぎた。

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