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War35:Under One Roof⑮

  「お兄ちゃん!やっと電話出た!昨日もかけたのに全然とらないんだもん」  電話は妹の美織だった。実家からの着信にキッチンから移動しソファーに腰掛ける。  『あー…ごめん、昨日はバタバタしてて』  「お父さーん!お母さーん!お兄ちゃん電話でたー!!」 受話器の後ろにいるであろう父親と母親に呼びかける美織の大声にスマホを少し離した。  「千遥?」  『あっ、お母さん?急に電話なんてどうしたの?』  「どうって元旦くらい息子と話たっていいじゃない?」  『あぁ、、まぁそうだね。元気してた?』  田舎には2、3年は帰省していない。妹とは気まぐれ程度にたわいもないメッセージはするけれど両親とはさっぱりだ。しばらく顔を合わせないでいると母親への"元気?"なんてのも(くす)ぐったい。  「仕事忙しいの?」  『うんまぁ相変わらず。今日も仕事終えて帰ってきたばかり』  「そう。忙しいのはいいけど健康には気をつけなさい。ご飯はちゃんと食べてる?」  母親らしい気遣いだ。おとなしい母親は多くを語らず見守る大和撫子(やまとなでしこ)タイプ。正直言って母親が許してくれたお陰で上京し芸能界で仕事が出来た。でなきゃ今頃まだ田舎にいただろう。  「千遥ー!彼女は出来たのか?」 電話の声が男性に変わり嫌な予感は的中する。  『お父さん。いや、いないよ、、と言うか久々の会話の第一声がそれ?』  「心配してるんだよ!お前の歳の頃にはもう美織も産まれてたんだからな。まぁ東京は美人が多いから誘惑も多いだろ」  『今とじゃ時代が違うの!』  父親には申し訳ないが"彼女"とは無縁の数年間を過ごしてる。特に結婚願望もなければ焦りもない。  「もーいいから!貸して!お兄ちゃん、まぁそうゆう事だから。また夏くらいに帰ってきてよ」  『ん、、考えとく。美織も頑張って!また連絡するよ』  久しぶりの家族の会話。短い会話の中でも家族の温かさを感じて心も満たされる。田舎を離れて10年これだけは変わらない。  『たまには会いに行かなきゃな……』  「誰に会いに行くんですか?」 いきなり背後から声がして振りかえるとぴったりと真後ろにスマホを覗き込む奏の顔があった。  『わっ、びっくりした!いつ帰って来たの!?』  「少し前ですけど」  『何か言ってよ!びっくりするだろ』 結局、部屋のスペアキーをもらって自由に家の出入りを許された奏。とはいえこの家に居られるのは家族が旅行から帰宅するまでの期限付きは変わらない。  「……それで美織って誰です?」  『誰って妹だよ』  「嘘ばっかり。妹なんて浮気した男のいい訳の常套手段(じょうとうしゅだん)じゃないですか」  『やっ、本当だって!』  ジリジリと千遥に歩み寄る。肩に掛けた鞄を床置いてマフラーを外し鞄の上に投げる。千遥は腰掛けていたソファーの角に追いやられた。ソファーに膝をついて千遥に被さり体を近づけて更に距離を縮める奏。  「妹だって証拠は?」 喰ってしまいそうなくらいの眼力を千遥に向ける奏。蛇に睨まれた蛙のように体が動かなくなる。  『証拠ってどうすれば……?あっ、写真あるから待って!』 スマホのカメラフォルダを素早く動かし画面を奏に向ける。  『ほら家族写真!隣が妹の美織!』 必死に弁解する千遥を無視してスマホを持つ手を掴んでソファに押し付けた。  「もう遅い」  天井のライトの灯りに奏が重なり目の前が奏の姿だけでいっぱいなる。キラキラと光る奏のピアノの方へ視線をずらした。    「だめ。こっち見て()らさないで」  『、、ちょ、、奏くん。』  輪郭にそっと手を置かれ前屈みになった奏のシャツから覗く肌に気をとられる。  「千遥さん……いいですよね?」  『何……が、、?』  掴まれた右手から握っていたスマホが落ちて体から力が抜けていく。徐々に顔が近づく度に感じてくる体重の重みに空いた左手は自然に奏の肩に力なく触れていた。

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