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War44:Las Vegas②

 「さぁいっぱい食べて!」  『まだ撮影終わった訳でもないのに随分と豪華ですね…』  「景気付けだよ!美味しい物食べて明日からの撮影が上手く行くようにってね。しかも僕は明後日の夜には帰らないとだから、なかなかみんなと食事する機会もこうゆう時くらいだし。」    戸川の声掛けでホテルから近い高級レストランでメンバーとスタッフ全員集まって夕食。  「うわっ!全部英語で何書いてんのか分かんないよー」  「180ドルっていくら?」 ここはラスベガス。なかなか普段入る事もないような豪華なレストランに全文英語メニューでますます困惑気味の6人。  料理が次々と運ばれて広いテーブルに所狭しと置かれれば大人スタッフ達も目を輝かせる。    「さぁそれでは!何事なく無事に撮影が終わりますように!そしてこっちにいる間は色んなモノ観て、経験して感じて刺激を受けて欲しい。今回の目的地はそれもあるんだから 。」  戸川は根っからのエンターテイナーだ。 その言葉の中に様々な意味が込められていて、まだ幼い産まれたてのアイドル達へ背中を押す。  「だけど基本的には一人での外出は禁止だからね。どこか行きたい場所あってもホテルを出るならスタッフに言って付き添いしてもらう事!」   《はーい! 》  |杭《くい》を指すように言った那奈に対し声を揃えて返事するメンバー達を微笑ましく聞いていた戸川。  「那奈ちゃんはすっかりマネージャーを通り越してお母さんだな〜」  「ちょ、お母さんってまだそんな歳じゃないです!」  初めて出会った時と別人のようにしたのはメンバーだけではなく那奈も同じ。ここにいる全員がまるで家族のように支えあい励まし合って成長している。    「じゃみんないい?グラス持って!乾杯!!」  初日の撮影成功祈願の食事会はアメリカの雰囲気に飲まれるように無礼講で、何でも(さら)け出して仕事で来た事も忘れそうだ。社歴も立場もない雰囲気に美味しい食事の箸も進む。  「これお酒ですか?」 千遥の隣に座った奏はグラスを指さした。  『まさか、ジュースだよ。さすがに初日から酔い潰れるワケには行かないからね』  「ですよね!ラスベガスまで来て酔っ払いの介抱とか勘弁ですから」 奏がニッコリと少し意地悪な顔を近づけて千遥を見るとバツが悪い表情に変わった。  『……奏くんにはそうゆう姿を何度も見られてるからね』  「もう慣れましたけど」  『でも今日はみんな仕事を忘れて楽しそうだし。あっ、もし事務所への不満とかあれば聞くよ。言うなら今がチャンス!ってね』  千遥がグラスを手に取ろうと差し出した瞬間、奏がぎゅっとその手を掴んだ。このモヤモヤしたままここでの数日間を過ごしたくない、咄嗟に出た手。  「それなら言っていいですか?」  『あ、うん。何でも、、』  「千遥さんって好きな人とかいるんですか?」 ザワザワしたレストランの雑音でかき消されそう声も千遥にははっきりと聞こえた。  『えっ、?突然……何?』  「知りたいんです。好きな人いるんですか?」  『そ、それは……』  「ちょっと奏〜来て!!」 静寂を打ち破る声。そちらに目をやると5人が集まってカメラを構えていた。  「SNSに6人の写真アップするから早く!」  『、、ほらっ行って来なよ』 掴まれた手をすっと引いてグラスを持った。奏は後ろ髪を引かれるように席を立って呼ばれた方に歩いて行く。    "好きな人?"自分でも分からない。  "いない"とも言い切れない。  "いる"としても彼には言えるはずがない。  さっきまで戸川と話していた那奈が一人になった千遥に近寄ってくる。  「どうしたんですか?」  『あー…いや別に何でも』  「大庭さん、明日の撮影スケジュールの確認したいんですけどこの後いいですか?」  『あ、はい。分かりました。それじゃ後から日高さんの部屋に行きますね!』  2人のやりとりを耳だけ(かたむ)け聞いていた奏。何もないと分かっていても目の前でそんな約束を聞かされたら気が気じゃない。   "ホテルの部屋で2人きり…" 良からぬ考えが頭の中で渦巻いてやけに生々しい。一緒にいればいるほど欲張りになるこの気持ちを今は抑える事しか出来ない。  そしてラスベガスの一日目が終わった。

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