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War50:Las Vegas⑧
『えっ?』
間宮が唐突に放った言葉をすぐに理解出来ずにただ顔を見ていた。
「そっか10年も経ってるし名前変わったから、さすがに分からないか!工藤尊。それなら分かる?」
工藤尊 。しばらくその名前を頭の中で連呼していた。10年って言った?10年前と言えば、僕がちょうどグループでデビューが決まった年。頭の中の引き出しを順番に開けていく。
『あっ!!工藤…さん!?』
ある引き出しからその時の記憶が飛び出した。
「おっ、思い出してくれた?」
『えっでも、間宮って……』
「5年前に親が離婚して苗字が母親の旧姓に変わったんだ。よかった〜思い出してくれてよかったよ。気づかれないまま帰国されたら悲しすぎるもんね!」
工藤さんは僕が10年前デビューしたグループの事務所にいた3歳年上の先輩だった。いわゆる事務所の先輩後輩の関係で、同じ練習生として一緒に練習に日々明け暮れていた。
僕がオーディションに合格し事務所で練習生を始めた時には工藤さんはもういて、みんなに慕 われていたお兄さん的存在だった。
練習生も4年間くらいの歴があり、デビュー間近とも裏で噂されていたくらい実力もあった。
練習生は大勢いてクラスにも分かれてる。全員が知り合いでもなく、仲良くなったとしても内心はライバルとしてデビューを勝ち取る下剋上の世界。
工藤さんとは一緒に練習をする機会は少なかったが次のデビューグループの候補として有名だったし、もちろんデビューすると誰もが思っていた。
しかしデビューメンバー発表で工藤さんの名前が呼ばれる事は無かった。なぜか僕は名前が呼ばれて隼斗とあと3人が呼ばれグループが誕生した。
僕達がデビューし程なくして工藤さんが事務所を退社した事を人伝 いに聞いた。それは突然で誰も工藤さんに挨拶さえ録 に出来なかったと。
「驚いた?そうだよね、こんな所で再会なんて。10年も経ったし、お互い大人になったね」
『……はい、、すごく驚いてます』
「SIRIUS見てたよ〜」
SIRIUS とは僕が活動していたグループ名で語源は、全天21の1等星の1つで太陽を除けば地球上から見える最も明るい恒星。"つまりアイドル界で最も輝くようにと言う意味で事務所が名付けた。
『ありがとうございます。でも知ってると思いますけどすぐ解散しちゃって…』
「うん、知ってるよ。その後、千遥くんが今の事務所に就職した事も知ってた!」
『えっ、そうなんですか!?って事は会ったのは偶然じゃなくて……』
「そう。戸川さんからこの製作会社に依頼が来てうちの子達を頼むよってね!」
それなら辻褄 があう。10年ぶりの再会を仕事で、しかもラスベガスでなんてそんなドラマのような事はあり得ない。
『もしかして……今の仕事も戸川さんが?』
「That’s right!」
聞けば事務所を退社の後アメリカに留学し語学や演技や歌を学んでいた時、戸川さんに今の会社紹介されたらしい。
「初めは断ったんだよ。僕はまだ表舞台に立ってたくてね……でもそう甘くなかった。留学を終えて日本に戻ってオーディションもいくつも受けては落ちて、気づけば居場所は無くてね。表舞台への諦めがついた時にまた戸川さんから話を持ちかけられて、この仕事やろうって決めた!」
『、、そうだったんですね』
かく言う僕も戸川さんに拾われた身だけどまさか工藤さんまで。それにしてもラスベガスの製作会社まで顔が利くって戸川さんは一体何者なんだ。
「千遥くんは今の仕事好き?」
グラスの中の氷がコロンと音を立てた。
大人になると好き嫌いだけで判断出来ない。いつも間にか流されて"何となく"って言葉が口癖になっていた。
『それは……今だによく分かりません。自分に出来る事はこれくらいしか無いってだけでやってるかもしれません』
「そう。僕はこの仕事を初めて裏方も表舞台だって気付いたんだ。だからすごく楽しいしやり甲斐を感じてる」
心の底から発した言葉だった。やっぱり今も昔も変わってない工藤先輩のままだ。いつだって前向きで周りを巻き込む力があり、いつだって過去ではなく今を生きている。
それからもアメリカでの生活の話やSIRIUSの時代の話をお酒を交えて語った。10年後こんな風に話せる日が来るなんて思わずに。
「あっ、そろそろホテル戻ろうか。今日は僕の奢り!」
『あっ、いやそれは悪いです!』
「いいの!最後まで先輩でいさせてよ!」
そう言ってお金を支払いバーを出た。
宿泊先のロッジは広く一部屋ずつが離れている。
「じゃ僕こっちだから。明日最後の撮影頑張ろうね」
『はい。頑張りましょう!』
そう言えば10年前疑問に思っていた事。
"あの時、何も言わずに退社したのはどうして"と喉まで出かかって飲み込んだ。
何となくSIRIUSの話はタブー思っていたが全くそんな事はなく、陰ながら応援していてくれた事がとても嬉しかった。
だからもうそんな事はどうでもよくなっていた。
「それじゃ、Good night. Sweet dreams!」
『はい。おやすみなさい』
肌寒い風が上着の隙間から入り込むのを手で抑えながら工藤さんの後ろ姿を見送り自室に急いだ。
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