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#7

東京に来て3日目の朝を迎えた… 森山氏との食事は散々だった。 ギフテッドなんて言葉を聞いた俺は、自分の感情を抑える事が出来なくなって、食べたハンバーグの味すら覚えていない… 森山氏は言った。 あいつは、ギフテッドの犠牲に、家族と…人生を失くした、と。 だったら、どうしてあんなに馬鹿なのさ… 悲壮感の欠片も無いあの子の様子を思い浮かべた俺は、首を横に振りながら身支度を整えた。 今日は、都内のスタジオへ向かって…森山氏の交響曲を譜読みしながら弾いてみる。日本にいる内に、細かい打ち合わせとすり合わせを、作曲家本人と済ませておきたいんだ。 だから…バイオリンを、持って出かけなければいけない。 でも… ふと、二つ並んだバイオリンケースを見つめた俺は、どちらを持って行こうか…と、考えあぐねた。 あんな情緒的なフレーズを弾くなら…昔の俺だったら、迷いなく、まもちゃんのバイオリンを手に取っただろう。 でも… 俺は隣に置かれたベーシックなバイオリンケースを手に取って、胸の前で抱えた。 そして…彼のバイオリンケースに焼き印で書かれたイニシャルを見つめて、ため息をひとつ吐いた… まもちゃんと会うと、彼と離れたくなくなる。 それは、出会った頃からずっと…変わらなかった。 毎年…夏休みに彼の元を訪れた。 中学校3年生の時は、勉強しなくて良いのか?なんて…お客さんに心配されながら、彼のお店を手伝った。 すでに、太いコネを持っていた俺は、軽井沢の大奥様の計らいで…音楽に力を入れた私立の高校が内定していたんだ。だから、星ちゃんたちの様に…受験勉強を頑張る必要も無くて、いつもと変わらない…夏休みを過ごした。 その私立の高校は…大体の生徒が、音大を目指す様な…音楽留学をさせてくれる様な、音楽家になりたい者には、恵まれた高校だった。 家の両親は大喜びしたさ。 だって…莫大な学費を負担せずに済んだんだからね。 そして、高校1年生の夏も…まもちゃんの元へ戻った。 これから、音楽一本で生きて行かなくてはいけないのに…俺は、音楽合宿などに行く友達と違って…彼の傍に居る方が楽しかった。 自然と、落ち着くし…彼の声を聞くと…酷く、安心するんだ。 だから彼と別れる時は…出会った頃と同じ様に、ふふっ…ビービー泣いて、別れた。 高校2年の夏も…そうだった。 直生と伊織が軽井沢に戻って来ていたから、みんなで久しぶりにトリオを組んで演奏会をした…。 彼らはいつまで経っても…素晴らしいチェリストだった。 体の芯が痺れる様な素敵な音色を聴かせてくれて、イギリスのストリッパーの話を聞かせてもらった。 その時の俺とまもちゃんの感想は…世の中には凄い人もいるもんだ!だった… だって、チェロに合わせてアドリブでストリップをするなんて…最高に痺れるじゃないか。だから、ふたりで目を丸くして…ケラケラ笑って話を聞いたんだ。 そして…恒例の様に…東京へ戻る前日から、泣きべそをかき始めた… 「北斗ちゃん?泣かないんだ。去年は、頑張ったじゃないの!」 まもちゃんは、無駄にお茶らけてそう言った。だから、俺は鼻を啜りながらこう返したんだ。 「…まもちゃんも、一緒にうちにおいで…?」 彼はゲラゲラと大笑いしたけど…俺は結構、本気で、そう誘った… どうせ、うちの両親は…家に誰かが来たとしても、気付きすらしないんだから。 彼が一緒に住んでも、気が付かれないと思ったんだ。 来年も、再来年も…その先も…ずっとずっと…こんな風に一緒に過ごせると思っていたんだ。 でも、現実は…厳しかった。 まもちゃんと過ごした後、帰ってくる度に落ち込み続ける…そんな時間のロスが、自分の演奏の質に影響を与えていると気が付いたのは、イギリスの大学院に入ってから、すぐだった。 均等のクオリティーを保った演奏が出来る周りと比べて、俺は、明らかに音が鈍って、上手く弾けなくなった。 焦れば焦る程…どんどん差が開いて行く状況に、俺はそこはかとない危機感を感じた。 「北斗、ホームシックなのかい…?」 学友は、落ち込む俺を見て、鼻でせせら笑ってた… 音楽院なんて…結局は、実力社会だ。 能力の無い物は鼻で笑われて、実力のある者はとびぬけて評価される。 そんな…露骨で、厳しい、競争社会なんだ。 俺には、バイオリンしかない… それは幼い頃から全てを犠牲にして来た…俺の、プライドでもあった。 音楽院を卒業したと同時にプロにならなくては、俺は日本に帰る以外に選択肢が無くなる…。イギリスでは、アーティストビザを取るのが何より難しいんだ。 それこそ…多くの大会で優勝経歴を残す様な猛者なら、そんな心配は要らない。 でも、俺の様なちょっと凄い程度のバイオリニストでは…現地のオーケストラに入って、仕事に就く以外の選択肢は無かった。 日本に戻ったら、俺は間違いなく埋もれるだろう… そんな事、誰に言われなくても分かっていた。 理久に求められた様に…まもちゃんが期待した様に…俺の両親が望んだ様に… 俺は…何としてでも、輝き続ける必要があったんだ。 直生や伊織は…落ちぶれた俺を見たら、ガッカリするかもしれない… その程度だったのか…と、俺を見限ってしまうかもしれない。 そんな、強迫観念で…俺は、必死に、まもちゃんを頭の中から追い出した。 まず、彼の癖の強いバイオリンを弾かなくなった。 あの音色を聴くと、俺はまもちゃんを思い出して…彼に会いたくなって…涙に暮れて…弱くなってしまう。 弱くては…この世界では…生き残れないんだ。 そして、自分の中のまもちゃんの価値を下げる為に、浮気をし尽して…どんどん、荒んで行った。 その代わりに、音色だけは研ぎ澄まされて行ったんだ。 痛いくらいの鋭さを持った音色は、聴く者を切り裂くくらいに鋭利になって行った。 だからかな… だから… あなたに、あんな酷い事を言えたのかな…? 幼い頃に出していた音色とかけ離れていく自分の音を、俺は成長だと思っていた。 でも、 でも、違う… 自分で分かるんだ。 俺は、終わりに近付いてるって…分かるんだ… 音の強弱の意味が分からない… 音色の幅が、音色に乗せる情緒が、分からない… どうやって弾いていたのか…どうやって表現していたのか…分からなくなった。 だからこそ、あの子の存在が…許せない。 ギフテッド… あいまいな物の上に成り立つ物なんて…無いだろ…? まもちゃん…助けてよ… あなたを失ったのに、俺は何も手に入れられなかった。 研ぎ澄ませた音色は…今では自分を傷つけて行くみたいに、バイオリンを弾く度に痛く感じるんだ。 こんな俺では、あなたのバイオリンが弾けない。 傍らに置いたままの彼のバイオリンケースを見つめて、俺は涙を落した。 -- 「この服を着てごらんなさいよ…」 「はぁい…」 今日は、先生と一緒にお買い物に来ている。 これが終わったら…今度は先生のお仕事のお手伝いをする予定なんだ。 彼の趣味なのか…僕は、やたらフリフリの付いた服ばかり試着させられた。 「先生…?僕は男の子だから…もっと、カッコ良いのが着たいなぁ。例えばぁ…黒い革のジャンパーとかぁ…」 「黒い革を…纏いたいの…?」 目をランランと輝かせた先生がそう聞いて来た。だから、僕は頷きながらこう答えたんだ。 「そうだよ?兄ちゃんが持ってたぁ。黒い革で…ベルトみたいなのが付いてて…歩くとジャラジャラって音がしてぇ、カッコ良いんだぁ…!」 すると、先生はやけに口角を上げてこう言って来た。 「似合いそうだねぇ…首と…手首と、足に…嵌めてみようか?はぁはぁ…!そして、武骨なチェーンで繋いで、歩くたびに…ジャラジャラって音をさせてみようか?」 「うん!」 やったぁ…! こんな女の子っぽい恰好は、今の僕には…ギリギリアウトなんだ。 だって、僕は髪を伸ばしてるんだ… 惺山に会う時まで…切らない。 そんなつもりで、ずっと、あれから髪を切ってないんだ。 でも、僕の癖っ毛の髪では、彼の様な素敵な髪型にはならなかった… だから、僕の頭は…いつも、爆発してる。 「まぁ…!可愛い!これを頂こう…!!」 試着室をひとり占めした先生は、ヒラヒラの付いた服を持って来ては…僕に着せて、爆買いを続けている。 でも、カッコ良い服も買って貰えるから、僕はそれを着ようと思ってるんだ。 「もう、要らない…」 僕は、口を尖らせてそう言った。だって、もう飽きちゃったんだ。 すると、先生は、僕の目の前でもじもじと体を捩りながらこう言った。 「えぇ…!まだ、まだ、ワンピースを着てないじゃないかぁ!」 どうかしてるって…どうして誰も言ってあげないんだろう。 店員さんも、先生の仕事の人も、僕が男の子だって知っている筈なのに…みんな平気な顔をして、こんな事を続ける先生を生暖かく見守ってる。 こんなの、優しさじゃないよ… 「もう、要らないのぉ!」 僕は、頬を膨らませて、先生にそう言った。 「豪ちゃん…?このコートを羽織って行きなさいよ。」 「ん、良いのぉ…!放っといてぇん!」 「なぁんで!なぁんで!可愛いんだからぁ!ほらぁ!ん、もう!…分からずやっ!」 先生はいつもこうだ… 彼の趣味に付き合わないと…こうやってへそを曲げるんだ。 すると、先生は、僕の着ているセーターを指でつまんで、こんな酷い事を言って来たんだ。 「そぉんなセーターなんかより、こっちの方が…可愛いのに!」 キーーーーーッ! あったまに来た僕は、先生の体をバシバシと叩いて、こう言った! 「良いのぉ!放っといてぇん!」 晋ちゃんのお母さんが、僕の為に編んでくれたセーターだもんね! I LOVE N.Yって書いてあるセーターを真似して…I LOVE S.Zって書いてくれたんだ。 S.Zは…惺山って意味なんだって…!!ふふぅ…! 僕のお気に入りのセーターなんだぁ! 「おかしいよ…それ。アルファロメオが好きみたいだし…」 そんな小言を呟く先生を無視して、僕は彼と一緒に大きな建物の中へと入って行った。 「木原先生、こちらです。」 先生の仕事の人がそう言って、薄暗い廊下にある分厚い扉を開くと、先生は、案内されるままにそそくさと中に入って行った。 その時、両脇に抱えたお洋服屋さんの紙袋が、やけにガサガサと響いて聞こえて、僕はおっかしくって、クスクス笑ったんだ。 すると、すぐに先生は僕を振り返って…こう言った。 「豪…豪ちゃん、君も来るんだ…」 え…? 首を傾げた僕は、言われるままに、先生の後に続いて不思議な部屋の中へと足を踏み入れた。 「わぁ…!」 木の色が目に鮮やかな大きな部屋には、10人くらいの大人がいた。先生に立ち上がって挨拶をしたその人たちは、僕を見つめて首を傾げてみせた。 わぁ、みんな…外人だぁ… 「豪ちゃん、ここに居たら良い…」 ガサガサと音を立てながら先生がそう言って、大きな紙袋をスタジオの隅に置いたから、僕は言われた通りに、紙袋と一緒に床に座って、先生の後姿を見ながら首を傾げ続けた。 何をするんだろう…? 10人の大人は、みんな外人さんだった。 2人は、大きなコントラバスと言う楽器を持っていて、もう2人は、チェロを持ってる。そして…4人の人が、バイオリンを持っていて…残りのふたりは、ピアノに並んで腰かけていた。 先生は、そんな彼らとフランス語で何か話してるみたいだけど…僕は、それよりも…上から聴こえて来る、先生の声に首を傾げていたんだ。 だって、とっても不思議なんだ… 先生はあそこで話してるのに…まるで、上から声が聴こえて来るみたいなんだもん。 不思議だぁ…。 「豪ちゃん、こっちにおいで…」 突然名前を呼ばれた僕は、慌てて先生の元に駆け寄った。 すると、先生は目の前の大きな男の人に僕を紹介しているみたいだった。だから、僕は少しだけ頭を下げて、あいさつをしたんだ。 「…はじめましてぇ…」 僕はフランス語なんて、話せない。 音楽の様に聴けば分かるかと思ったのに、言語は違かった…。 音と違って、言葉には意味が伴うから、違うのかもしれないね!…なんて、惺山は手紙に書いていた。 でも、僕は、その内容よりも…その隣に書かれたビックリマークの下の点が星マークだった事に、少しだけ驚いた事を覚えてる。 なんか、ダサいなって…少しだけ、思ったんだ。 「豪ちゃん。バイオリンを借りて…シシリエンヌを弾いてごらんなさい。」 「えぇ…?!」 突然の先生の指示に、僕は表情を歪めて嫌がった。 だって、知らない人の前なんだもん。 嫌なんだ。 「ん、やぁだぁ!」 「…ぷっ!や、ヤダじゃないんだよ?ほら…先生が伴奏をするから…いつもみたいに、弾いてごらんなさいな!ずっと曲を弾きたかっただろ?良いんだよ?ほら?」 先生を睨みながら口を尖らせた僕は、地団駄を踏んで怒った。すると、ひとりの女の人が、僕にバイオリンを差し出して首を傾げたんだ。 だから、僕は、ペコリと彼女に会釈をして、バイオリンを受け取った。そして、すぐにピアノの元に駆け寄って…先生を睨みつけながら言った。 「なぁんだぁ!」 「良いから…良いから…」 怒った僕を宥める気なんて毛頭ない先生は、すぐに“シシリエンヌ”の伴奏をピアノで弾き始めた。 僕は、渋々…バイオリンを首に挟んで、先生を見つめたまま自分だけの“シシリエンヌ”を弾き始めたんだ。 「わぁ…」 僕と先生の紡いだ音色が…まるで頭の上から落ちて来るみたいに聴こえて…僕は不思議な気持ちになりながら、上を見上げて、弓を動かした。 「豪、ゆったりと…」 そんな優しい先生の声に頷いて、僕は、そっと瞳を閉じた。そして、耳に聴こえて来る自分の音色に、うっとりと体を揺らして…自然と流れていく旋律に身を任せた。 この曲は…大好き。 ほっくんが素敵な情景を見せてくれた…この曲が…大好き。 伸ばしていく1音を…掠れさせたり…透き通らせたりさせると、まるで…歌声がフェードアウトして行く様な…残り香の様な…余韻を残す。 それが…誰かを思って、泣きながら歌っているみたいな、胸が締め付けられる切なさを感じさせてくれるんだ。 美しいよ… ほっくん… あなたは、美しい…! 朝霧の中で…誰かを待つ、そんなあなたの“シシエンヌ”が…最高に好きなんだ。 でも、僕は…自分の“シシリエンヌ”を弾こう。 それは…彼を思って、彼の声が聴きたくて、彼の傍に居たくて…でも、出来ない。 そんな、恋しい彼への気持ちを乗せた…僕だけの“シシエンヌ”だ。 「…トレビアン!」 「オーラ―ラー!」 コットンから糸をつむぐ様に絶対に途切れさせない音色は、僕の体の周りを包んでいくみたいに…じんわりと、温かくしてくれる。 それは…まるで、誰かに背中を抱きしめられている様な…そんな錯覚を覚えさせた。 …惺山…会いたいよ… 「運指の練習の効果が出てるじゃないか…」 ”シシリエンヌ”を弾き終えた僕は、そんな先生の言葉に瞳を開いて、じっと彼を見つめて言った。 「…わぁ、本当だぁ。」 自分でも驚いた… 今までの様に指が絡まりそうになる事が無くなって…実に効率よく、無駄なく…曲が弾けたんだ。 そのお陰か…僕はもっと音色に集中する事が出来た。 運指って…すげぇ… とっても優しい10人の大人たちは、僕の演奏に拍手をくれた。 だから、僕はペコリとお辞儀をして…そそくさと、女性にバイオリンを返したんだ。 「…あ、ありがとうございましたぁ…」 何か僕に話しかけてくれたけど…良く分からなかった。でも、とっても優しい顔をしていたから、きっと…良い言葉だって思った… 紙袋の位置に戻った僕は、再び腰を下ろして、首を傾げながら上を見上げた。 不思議だな。 音が上から降って来た。 そして、それは…先生のピアノの音色と、僕のバイオリンの音色が混じった、ひとつの音色だった。 まるで…音色で、織物を織ったみたいだなって…僕は思ったんだ。 縦の糸と横の糸…その二つが交差して…大きな生地をこさえていく様に、先生の音色と、僕の音色が重なって…ひとつの音色を紡いだんだ。 ここで気を付けなくてはいけないのは…どちらが強くても、どちらが弱くても、駄目って事なんだ。 生地を作るのと同じだとすれば、縦の糸も横の糸も同じテンションで織って行く必要があるんだ。そうしないと、出来上がった生地が…醜く歪んでしまうからね。 だとしたら、何も考えずにバイオリンを弾いた僕に、先生が同じテンションでピアノを弾いてくれた事になる。 それって…凄いカッコいい…! そんな思いに至った僕は、今までよりも…熱い視線で先生を見つめたんだ。 すると、先生の掛け声と共に、10人の大人たちが演奏を始めた… 僕は彼らのひとつになった音色を頭の上から浴びながら聴いたんだ。 とっても、綺麗だぁ… コントラバス…チェロ…バイオリン、ピアノ…ひとつひとつの音色が重なって…ひとつになった。 彼らは、僕がさっき気が付いた事なんて織り込み済みみたいに、素敵な音色を紡いで行った… そして、それは…イヤホンやヘッドホンで聴く音と、全く違かった。 体中を震わせる…強烈な振動を伴った音波の様だ… 「あれを…合奏って言うんだ。アンサンブル…なんてザックリよんだりもする。それぞれのパートが別れているのは…重奏と呼ぶんだよ。それも、アンサンブルだ。今度、聴かせてあげるね…」 先生はそう言いながら車に乗り込んだ。 僕は、まだ夢見心地の気分で、頷いた事さえ分からないまま…助手席のシートに座った。 まだ、体がジンジン痺れて…手が震える… 「…どうだった…?」 「素晴らしかったぁ…」 たった一言、そう言った… 窓の外を流れる景色は、異国の風景を映し出しているのに…僕の頭の中は全く違う所に行ってしまった様に、そんな美しい風景を味気ない物に感じさせた。 素敵だった… 音の振動が体中を覆い被せて…押し潰されそうになったんだ。 とても…迫力があって…そして、同時に美しかった… 「はぁ…」 思わずため息を吐いた僕は、窓におでこを付けて瞳を閉じた。そして、うっとりとこう呟いたんだ。 「先生…体が…ジンジンする…」 「はっ?!そ、それは…それは…いけないねぇ…?!」 「体の中が…フルフルって細かく、震えて来るんだぁ…」 「はぁはぁ…へえ…はぁはぁ…」 「あんな音色…素敵すぎる…」 うっとりと瞳を細めた僕は、先生を横目に見て言った。 「先生…素敵だったぁ…」 「はぁはぁ…うん。先生は、素敵だろうね…はぁはぁ…ゴクリ…」 きっと、うっとり…なんて言葉は、こんな気持ちを表しているんだ。 それ程までに…沢山の楽器で奏でられた合奏に、僕の体は芯までトロけた。 惺山… あなたの言った通り、音楽って…楽しいね… 僕は、すっかり…虜になってしまいそうだ。

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