＃１２ いてもたってもいられないとは、この事だ！ 俺は豪ちゃんのスコーンを口に咥えながら、少ない荷物を鞄の中に詰め込んで、バイオリンケースをふたつ抱えて、ホテルをチェックアウトした。 そして…向かうのは…空港だ…！！ あぁ…まもちゃん、早く会いたいんだ…！ 耳に聴こえて来るのは…“カプリス第24番”…情熱的で、俺にピッタリな選曲に、自分でもうっとりしてしまうよ。 あぁ…！ こんな激情を、俺は久しぶりに感じてる…！！ まるで、要らないゴミを一掃された様に、目の前がクリアになったんだ。 自分の欲する物を…すぐに見つける事が出来た。 俺がこんなに悶々と過ごしていた理由…それは、あなただったんだ。 音楽院時代、周りの生徒と自分を比べて、後れを取るまいと必死に食い下がった。 その結果…俺が切り捨てたのは、自分の一番大切な物だった。 それに気が付いた筈なのに…気付いていた筈なのに… 俺は…自分の意地に雁字搦めになって、引き返せなくなっていた。 馬鹿だった… 馬鹿だったよ… もっと、早くにあなたに会いに行けば良かったんだ…！！ そうすれば… こんなに苦しい思いなど、しなくて済んだのに… いや、こんな思いをしたからこそ… あなたが大切だと…心の底から気付く事が出来たのかもしれない。 豪ちゃんのタッパーの中身を確認した俺は、残り少ないスコーンに眉を顰めて、キッシュに手を伸ばした。 「ん～…これも、美味い…」 …はずれが無い。 あの子の料理には、はずれが無い！！ 良いコックを見つけた…！！ そうだ！ あの子がバイオリンを弾かなくなったら、俺の専属コックとして雇ってやろう！ 「うしし…それが良い！」 俺を乗せたタクシーは乱暴運転の限りを尽くして、空港までかっ飛ばした。 フランスの運転はこうでなくっちゃな！ 「メルシー！」 散々大きく開いた窓を閉じてタクシーを降りた俺は、急いで東京行きのチケットを取った。 「まもちゃん！まもちゃん！まもちゃん！」 早く会いたいよ…！！ 俺が来るなんて思って無いでしょ…？ 俺が、まさか…戻って来るなんて、思って無いでしょ…？ 急に不安に襲われた俺は、豪ちゃんのタッパーからスコーンを取り出してもしゃもしゃと食べ始めた。 まもるは…ほっくんを待ってる。 そう、天使が言った。 だったら、まもちゃんは…俺を待っててくれるはずだぁ！ 「よし！」 再び気合を入れ直した俺は、さっさと出国の手続きを済ませた。 早く！早く！早く！ 気ばかり焦るのに…飛行機は時間通りに出発して…時間通りに東京へと到着した。 無慈悲だなんて思わない。 ただ、長時間のフライトをこんなにもイライラして過ごしたのは…きっと、初めてだ…！ 羽田に付いた俺は、すぐにタクシーを拾って運転手に言った。 「あ、赤ちゃんが生まれるから！早く、早く、東京駅へ向かって！！」 「えぇ？！そ、それは一大事だ！」 日本のタクシーは安全運転だからね。こうでも言わないと無理してくれないんだ。 俺は、後部座席の窓を少しだけ開いて、ビュンビュンと風を切って走り抜けて行く車に瞳を細めた。 まもちゃん… あなたの、トロトロ運転の車に、早く乗りたい…！！ 安全運転を悠に超えたあなたの運転は、いつも周りの車をイライラさせた。 「ちんたら走ってんじゃね～よ～！」 そんな暴言を吐かれた事は、一度や二度じゃない。 なのに、あなたは平気な顔をしていつもこう言うんだ… 「…多分、あの人は、うんこが漏れそうなんだ。」 「ぐふっ！」 思い出し笑いをした俺は、訝しがる運転手に、咳ばらいをして慌てて取り繕った。 彼といると…笑いが絶えなかったな… イケメンなのに、笑いのツボを数多く持っている男。それが、まもちゃん… いつもする変顔は、バリエーションが多くて…俺を飽きさせないんだ。 キャンプが大好きで、自由が好き…そんなあなたは、俺の事が大好きだった… まもちゃん。 ごめんなさい… 早く会いたいよ… 東京駅へ着いた。そして、そのまま…俺は、切符を買って、新幹線のホームへ向かったんだ。 護！護！俺が…俺が、会いに行くぞっ！！ そんな逸る気持ちは、自然と体の中から熱い思いを溢れさせて…俺は思わず、両手を握り締めて天に向かってシャウトしたんだ。 「ふぉ～～～～～っ！」 ホームのベルが鳴るタイミングと同時で、助かった… それでも、すぐ傍に居た人たちは、美しい俺がシャウトしたのが衝撃的だったのか…少しだけ距離を取った。 遠距離恋愛…通い慣れたホームに、乗り慣れた新幹線。 そして、俺は…愛するまもちゃんに、会いに行く…！！ どうして… どうして…こんな風になるまで、俺は素直になれなかったんだろう… 新幹線に乗り込んだ俺は、目の前を走り抜けて行く景色を眺めながら、残り２つになってしまったアップルパイを一口、かじった。 「美味い…」 そうだ。 今度…まもちゃんの調理器具をひとつかっぱらって…豪ちゃんにプレゼントしよう。 そうしたら、もっと、うまい物を作ってくれるかもしれない… そんな期待を胸に抱いて…俺はアップルパイをもぐもぐと頬張った。 そして…帰って来た… 軽井沢… 胸が苦しいよ。 息が荒くなるんだ。 目の前にある…あなたのレストランを見上げたまま、俺は、足がすくんだ様に固まって動けなくなってしまった… 今更、帰って来て…謝ったって…あなたは、許してくれないかもしれない。 あんなに、酷い事を言って…傷つけて、姿を消した俺を… 許してくれないかもしれない。 もしかしたら…誰か良い人を見つけているかもしれない… 項垂れていく頭を持ち上げる事が出来なくて、俺は手のひらをギュッと握ったまま、目を硬く瞑った… 「まもるは、ほっくんを待ってる…」 すると、豪ちゃんの笑顔が瞼の裏に現れて…あの子の弾いた”愛の挨拶“が耳の中で流れ始めたんだ… まるで…立ち止まってしまった俺の背中を、ポンと…押す様じゃないか… 天使の最高の演出だ… カラン… いつもの様に…俺は、レストランの扉を開いた。 すると、厨房に立っていた彼が…振り返って、俺を見つめて、目を点にした。 どうして…？ どうして…そんな顔をするんだよ… 「…ま、ま、まもちゃぁん！！」 顔を歪めて涙を堪える彼に、俺は大きな声でそう言った！ そして、両手を広げて、地団駄を踏みながら言ったんだ… 「まもちゃぁん！！ギュってしてよ～～～！！」 「北斗ぉ～～～～～っっ！！」 ドタドタと足音を立てながら厨房から飛び出したまもちゃんは、店の入り口で立ち尽くす俺に駆け寄って、思いきり両手を広げて…抱きしめてくれた…！！ 久しぶりに感じた彼の大きな体は…変わらず…最高に温かかったんだ… 俺は、溢れてくる涙を自然に任せて…落とし続けた。 まもちゃんの泣き声も…自分の泣き声も…どっちの物か分からない位、俺たちはギャン泣きした。 そして、両手で力いっぱい…お互いの体を抱きしめ合ったんだ。 「ごめん…ごめんなさいぃ…！！ま…ま、まもちゃぁん…！！」 「北斗…！！お…お、お帰り…！お帰り…！！」 お帰り… そう言ってくれた… 豪ちゃん…まもちゃんは、俺を、抱きしめてくれたよ… ありがとう… ありがとう…天使…！ -- 「…先生、一緒に寝たい。」 自分の枕とパリスを抱えた僕は、寝室でベッドに横になった先生にそう言った。すると、先生は、自分の隣を空けて…ポンポンとベッドを叩きながらこう言った。 「おいで…」 僕は未だに…少しだけ落ち込んだままでいる。 ほっくんは、きっと…まもるの所へ行っただろう。 なのに、どうして自分は彼の元へ行けないのか…そんな、愚問が…頭の中を駆け巡るんだ。 馬鹿だよね… 「いびき、かかないでね…？」 「先生は、いつも、いびきなんてかかない…」 先生の隣に腰を下ろした僕は、鼻息を吐き出してそう言った先生の胸に枕を置いて、頭を乗せた。そして、そのまま、先生にしがみ付く様に抱き付いた。 「先生…惺山は、生きてる…？」 「あぁ…生きてるよ…ピンピンしてる…！だから、誕生日プレゼントを送って来たんだろ？わざわざ、可愛いラッピングに入れてさ…！可愛いカードまで添えちゃってさ！可愛い鶏ちゃん、１６歳のお誕生日おめでとう！愛してるよ～！なんて…甥っ子にも書かない様な内容を、つらつらと…つらつらと書いてさ！はっ！」 興奮する先生の胸を撫でながら、僕は眉を顰めて、枕に顔を埋めて言った。 「…どうして、内容を知ってるの…？いつ、盗み見したの…？」 「はっ！…ぐ～ぐ～」 先生も兄ちゃんと同じ…都合が悪いと、狸寝入りするんだ。 どうやら、僕のプライバシーは守られていないみたいだ… 惺山がくれたお誕生日プレゼントは、かっちょイイヘッドホン。そこには、素敵なカードと、楽譜と、写真も一緒に入っていた。 楽譜には、彼が編曲した”お誕生日の曲“が書いてあったんだ。だから、僕はそれを先生に弾かせながら、彼のメッセージカードを読んだんだ。 ”かわいい鶏ちゃん。 １６歳のお誕生日おめでとう。 君と離れて過ごすのは、思った以上に大変だ。 早く会いたいよ。愛してる。 きらきら星より…“ 素敵でしょ…？僕の惺山が書いてくれたんだ。 「はぁ…彼はやっぱり、素敵なんだぁ…」 潤んだ瞳でポツリとそう呟いた。すると、先生は寝息を立てながら、僕の肩を抱いて撫でた。 一緒に入っていた写真には…彼の持ち帰ったパリスの卵から孵った…フォルテッシモが映ってた。 黒さつま鶏の影響を多大に受けたフォルテッシモは、黒いまだら模様の雄鶏だった。 そう、雄鶏だったんだ…！ だから、きっと、彼は、目覚まし要らずの朝を送ってる。 ふふぅ…！ 雛の頃は、胸の中に入って来たり、膝の上に乗ったりしていたのに…いつの間にか大きくなったフォルテッシモは、惺山の過保護を嫌がる様になったみたいに、反抗しまくっているそうだ… …僕も、早く、フォルテッシモに…会いたい。 素敵な、朝の鳴き声を聴かせて欲しいな… 「コケコッコ～～～…」 僕は、小さい声でそう言った。 すると、先生は、閉じた瞼を半分開いて、僕をジト目で見つめて言ったんだ。 「…お休み、豪ちゃん。」 「はぁい…おやすみなさい…」 シンと静まり返った寝室の中…窓の外は、部屋の中より明るく見えた…。 先生の顔に落ちる月の光は、彼の鼻筋を照らして、何だか…普段よりもイケメンに見せた。 僕は先生の体に覆い被さって、そんな彼の鼻筋を指で撫でながら首を傾げた。 「若い頃は、格好良かったのかなぁ…？」 「は…聞き捨てならないな…」 先生はポツリとそう言って、瞳を閉じたまま口元を緩めて笑った。 だから、僕はそんな先生の口元を指で撫でて、マッサージしながらこう聞いてみた。 「…ほっくんなら、知ってるぅ？」 「どうかな…北斗は、俺の昔を覚えてるのかさえ、怪しい…」 ふふっ！確かに…！！ 僕は、小さくクスクス笑った。そして、そのまま…先生の唇にキスをした。 理由は分からない。でも…したくなったんだ。 先生は嫌がらないで、止まったままだった… もしかしたら、寝ているのかもしれない。 そう思った僕は、そのまま…舌を入れて、先生の舌をペロペロと舐めたんだ。 「…豪、本気にするから止めて。」 すると、実は起きていた先生が、瞼を半分開いてそう言った。 でも、僕は、その意味がよく分からなくて…首を傾げて聞いたんだ。 「なにを～？」 「ん、だから…舌を入れるの止めてって言ったんだ…」 先生の少し苛立った様子に、僕は肩をすくめて、再び枕に頭を乗せた。 そして、先生の胸を撫でながら体を揺らして言ったんだ。 「怒んないで…寝るからぁ、怒んないでぇ…？」 「お休み…！豪ちゃん！」 「ちぇ～！」 先生は好き。 たまに、嫌いになるけど…もしかしたら、僕は、誰よりも、この人と仲良しかもしれない。 だからかな…時々、甘えすぎてしまうんだ。 ＃１３ 「も、今日は…店を開けない！！」 まもちゃんはそう言い切った！ そして、俺を抱きしめたまま、いつもの様に…甘くて、トロけるキスをくれたんだ… あぁ… 指に感じる彼の髪は、少しだけ白髪が増えたみたいだ。 クルクルでフワフワの髪の間に少しの硬さを感じて…白髪の増えた彼に、俺は思わず口元を緩めて笑った… 月日はしっかり流れていた… でも、俺の思いは…紆余曲折を経て…再び、あなたの元へと戻った。 この温かい体も、頬に感じるシャツの張りも、低くて…良く響く声も…ずっと、欲しくて欲しくて、堪らなかった物なんだ…。 俺は、まもちゃんの肩を両手で抱きしめると、彼の胸に頬ずりしながらこう言った。 「ま、まもちゃん…したい…したいの…！」 「はっ！…ほ、北斗…！！」 まもちゃんはそう言うと、俺からゆっくりと離れて…踵を返した。 そして、急にダッシュして厨房へと向かうと、冷蔵庫の中に下ごしらえをした食材を放り込んで、再び駆け戻って来た。 そして、俺の荷物を両手に抱えて、爽やかな笑顔でこう言ったんだ。 「行こう！北斗！２階で…愛し合おう…！」 あっふふ！おっかしい！ 彼はやっぱり、リミッターを振り切ってる。 俺はそんなまもちゃんが…大好きだ。 「行こう～！」 一緒になってそう言った俺は、彼の為にレストランの扉を開いてあげた。そして、鍵をかけて…いつもの外階段を上ったんだ。 カンカンと階段を踏みながら前を歩いて行く彼のお尻を見つめて、馬鹿みたいだけど…そんな懐かしい光景に、思わず目頭が熱くなって行くのを感じた… ガチャリ… そして、いつもの部屋に入った瞬間、何も変わっていない光景に…俺は胸の奥が詰まって苦しくなった。 「あぁ…ふふ、懐かしい…」 思わずそう言った俺は、まもちゃんに抱き付いて、彼の胸で涙を拭った…。 そして、彼を見上げて…彼の唇を奪って…激しく求める様に…彼の服を乱暴に脱がせ始めたんだ。 するとまもちゃんは、クスクス笑いながら俺を抱きしめて、こう言った。 「北斗…可愛いね…愛してるよ。」 知ってる… …でも、あなたが待っていてくれるなんて、俺は、思ってなかったんだ。 「ごめんね…まもちゃん…。あなたの事が、大好きなんだ…！」 まもちゃんの大きな体をベッドに押し倒した俺は、涙を拭う事もなく、自分の服を脱ぎながら彼に言ったんだ。 「まもちゃん…。俺は…天使に会ったんだよ…？」 そんな俺の言葉に、目を丸くしたまもちゃんは、ケラケラ笑って体を起こした。そして、俺の服を脱がせながら囁く様に、こう言ったんだ。 「北斗が、天使じゃないの…」 ふふ…！ 相変わらず、馬鹿なんだから… 「馬鹿…」 ふざけて笑う彼に、ねっとりと熱いキスを贈った俺は、自分の服を脱いで…久しぶりの彼の体を全身で感じた。 あぁ…まもちゃんが、一番、良い… 馬鹿だな… そんな事、初めから分かっていた筈なのに。 まもちゃんの首筋に舌を這わせた俺は、彼の吐息を耳に聴きながらパンツ越しに彼のモノを撫でて、擦って、握ってあげた。 すると、まもちゃんは俺の太ももをナデナデしながら、体をフルフルと震わせて…滾って言ったんだ。 「あぁ…北斗ぉ…！北斗ぉぉ…！！」 ウケる… そんな可愛いまもちゃんに、俺は口元を緩めて笑った。 そして、彼の目を見つめながら挑発する様に、こう言ったんだ。 「ねえ、スンスン…して欲しい…？」 「はぁっ！！」 リミッターを振り切ったまもちゃんは、俺をベッドに沈めてこう言った。 「お、俺がぁ…スンスンしてやんよぉっ！」 …どういう事だ！ …下から見上げるまもちゃんは、とっても、素敵だった… クルッと癖の付いた髪の毛は、豪ちゃんの様にフワフワとは揺れない。でも、確かにうねりのある毛は、指にいくばくかの跳ね返りを感じさせて…可愛らしい。 そんな彼の髪が俺の頬を撫でて掠める中…耳元に聞こえる熱い吐息に、鳥肌を立てて、彼の背中を強く抱きしめた… 舌で舐められる首筋を仰け反らせて、自然と開いた口から熱い吐息が漏れると、まもちゃんはすかさず俺にキスをして…舌を絡めた。 あぁ…まもちゃん… 久しぶりに感じる彼のくれる快感は…俺の胸の中を熱くトロけさせた… 彼の全てが嬉しくて…彼の全てが懐かしくて… 俺は思わず、しゃくりあげながら、まもちゃんに頬ずりして言ったんだ。 「愛してたのに…どうして、あんな事、言ったんだろう…！」 すると、彼は俺の唇に優しくキスをして…にっこり笑うと、可愛いウインクをして言ったんだ。 「北斗…？俺は…いつか、帰って来るって、分かってたから…全然平気なのに…」 あんなに泣いていた癖に…！ 俺を見た瞬間、目を丸くして…その後、どんどん顔を崩して…泣き出した癖に！！ 俺は、彼の大きな背中に両手でしがみ付いて、まもちゃんを抱きしめた。そして、うっとりと瞳を潤ませて…こう言ったんだ。 「愛してる…あなたなしじゃ…俺は、駄目だった…」 「…北斗。俺も…お前なしじゃ…駄目だった。もう…どこへも行くな…」 彼の大きな手で持ち上げられた俺の腰は、クッタリとしなだれて…彼の素敵な声で囁かれる甘い言葉に、ただ、クラクラと頭の中を揺らした… 俺の股間に顔を埋めて行く彼を見送りながら、柔らかい髪を撫でて、瞳を細めて、快感に首を伸ばして、口から自然と漏れてくる喘ぎ声を出した。 「あぁあ…まもちゃん…はぁはぁ…気もちい…！」 堪らないんだ。 彼の手も、彼の声も、彼の視線も…全て… まもちゃんは俺の太ももをがっちりと掴んで逃げられなくすると、ねっとりと口の中で、俺のモノを気持ち良くしてくれた… 彼の温かい舌が俺のモノを撫でるだけで…電気が走ったみたいに、腰が震えて…イキそうになってしまう。 「んん…っ！ま、まもちゃぁん…気もちいの、もっとしてぇ…！」 ４年も、会わなかったんだなんて、信じられないよ… 彼の素敵な手のひらが、指先が、俺の体を撫でて…乳首をいやらしく捏ねて回して、転がした。 感じる快感に体をのけ反らせたまま…俺は喘ぎ声と一緒に…よだれを垂らして、まもちゃんに言った。 「ま、まもちゃん…挿れて…北斗に挿れて…！」 すると、まもちゃんは瞳を細めて笑って言ったんだ… 「ゆっくりやりたいんだ…久しぶりだから、もっと、じっくりと、ゆっくりと、たんまりと…愛させてよ…」 はぁ…？ 駄目だぁ！俺が…持たない！！我慢できない…！ 俺は、まもちゃんの首に両手を回して、彼の頬に頬ずりしながら、おねだりする様に、めちゃんこ可愛い声で言ったんだ。 「駄目…駄目ぇ…！早くしてぇ…早く、あなたが欲しいのぉ…！！」 「は、はぁあ…！！北斗ちゃん！！」 余裕ぶっていたまもちゃんは、可愛い俺のおねだりに、あっという間に化けの皮がはがれたみたいに、顔を真っ赤にして、熱いキスをくれた。 俺は、体の中に入って来る彼の指を受け入れる様に、腰を浮かせて…いやらしくうねらせると、堪らない快感に身を捩りながら…まもちゃんの胸に頬ずりをした。 「はぁはぁ…あぁ…まもちゃぁん…まもちゃ…あぁっあ…気もちい！」 「気持ちいの…？北斗…気持ちいの…？はぁ…可愛い！」 まもちゃんはそう言うと、俺の唇をペロペロと舐めて、キスを焦らす様に俺の下唇だけ食んで吸った… だから、俺は、彼の頭を乱暴に引き寄せて…彼の口ごとキスをしたんだ。そして、逃げられない様に、貪り付く様に、舌を絡ませて…吸ったんだ。 俺の中に入って来る指が増えて…快感が増して行くと、どんどん理性が無くなって行く様に、快感に素直になって行くんだ… もっと、もっとしてって…おねだりする事も、催促する事も、躊躇しなくなって行く。 「ん、も…早く…挿れてぇ…っ！」 俺はまもちゃんの髪をガシガシとかき混ぜながら、半分キレてそう言った… すると、まもちゃんは、そんな俺を見つめて…吹き出して笑ったんだ。 「ぐふっ！ぐほほ！」 そして、体を起こして自分のモノを手で扱きながら、俺を見つめて、どや顔でこう聞いて来た。 「まもちゃんの…スペシャルコースと…ナチュラルコース…あと、モダンコース…どれにしますか…？」 ぐほっ！ウケる…！！ そんな彼の問いに…俺は必死に笑いを堪えて、同じ様にドヤ顔をして答えた。 「…も、もちろん…モダンコースで…」 「うっそ付けっ！北斗は、スペシャルコースだろっ！」 そうだ！ だって…俺は、スペシャルだもんね。 首を横に振ったまもちゃんは、ため息を吐いてこう言った。 「まぁったく…悪い子ちゃんなんだからぁ…！」 焦らして来るまもちゃんに眉を上げた俺は、体を起こして、彼のモノを手で握って扱きながら言ったんだ。 「きっと…まもちゃんがいけないんだ…」 「ぶほっ！お、俺が…いけなかったのか…」 動揺する彼の頬にキスをした俺は、自分のモノと彼のモノを一緒に握って扱きながら、いやらしく腰をユラユラと揺らして…ひとりでどんどん気持ち良くなって行った。 「はぁはぁ…あぁ…気もちい…これが欲しいのに、俺は…意地悪されてる…」 「あぁ…北斗…意地悪じゃないさ。焦らした方が気持ちいだろ？」 汗ばんだ髪の向こうで、まもちゃんが素敵な瞳を向けて俺にそう言った。そんな彼の瞳に興奮した俺は、体をのけ反らせて…自分のモノを扱きながら派手に喘いだ。 「あぁあ！イッちゃいそう…！はぁはぁ…気もちい！あっああ…イッちゃう！」 そんな俺の様子に、急に焦ったのか…まもちゃんは俺の中に大きくなったモノを当てて、ゆっくりと挿入して来た。 「はぁはぁ…あぁっ！！まもちゃ…ん、あぁ…あっああ…気もちい！」 「はぁはぁ…北斗、北斗…愛してるよ…可愛い俺の北斗…」 俺は、彼が…大好きだ。 それは…あの夏から、何も変わってなかった… 星ちゃんよりも、直生や、伊織なんかよりも…理久よりも。 俺は、まもちゃんが…大好き。 この優しくて…あったかい…彼が、好き。 俺を甘やかすだけ甘やかしてくれて…いつまでも愛し続けてくれる…彼が好き。 そして、最高のバイオリンを作って…最高のハンバーグを作ってくれる、彼が…大好き。 俺の帰る場所は…きっと、彼だ。 -- 「コッコッコッココココ…」 僕の体の上で…パリスがトコトコと歩いている。でも、僕は…まだ起きない… 元気が無い訳じゃない。 ただ、目の前で…先生がオナニーしてるから、動けないんだ。 きっと、今、瞼を開いたら…先生と目が合うって、そう思ったから…僕は、ずっと寝たふりをしてる。 「はぁはぁ…うっ…！」 おっ！イッたみたいだ！！ やっと動ける安ど感に、僕は思わず瞳を開いて、目の前で項垂れた先生の髪を掻き分けながら、こう声をかけてしまった。 「…先生…随分、かかったね？」 「…」 無言で僕を見つめる先生は、オナニーしたばかりのせいか…息が荒くて、妙に色っぽくて、素敵に見えた。 だから、僕は…そっと瞳を閉じて、再び、寝たふりを始めたんだ。 「なぁんだよ…いつから起きてたの！全く！」 そんな先生の荒ぶる声と、揺れるベッドを体で感じながら、僕は寝た振りを続けた… 「コッコッコココココ…」 バタン… 先生がパリスと一緒に部屋を出たのを確認した僕は、予想外にも反応してしまっている自分の股間を両手で押さえながら、フルフルと体を震わせた。 惺山… 僕は、先生に…良からぬ思いを抱いた…！！ きっと、あんな風に…僕を見つめながらオナニーされたせいだ。 先生は変態だって…ほっくんが言ってた… だから、僕の寝顔なんかをおかずにして、抜いたんだ。 「…パリス～？パリスゥ～？ご飯だよ？ん、もう…どこに行っちゃったのぉ…？！」 テラスに出た僕は、パリスのご飯と、ポンポンのご飯を両手に抱えながら、途方に暮れた… 先生と一緒に部屋を出たパリスの姿が、どこにも見当たらないんだ。 「はい…ポンポン、どうぞ？」 チッコリータさんのお家のワンちゃん。ポンポンはグルテンフリーの餌しか食べないんだって。だから、僕は、チッコリータさんに渡されたご飯をあげてるんだ。 「ねえ、先生？パリスを見なかった…？」 「えぇ…？さっき一緒に階段を降りてったけど…？」 コーヒーを片手に持って新聞を小脇に抱えた先生は、ガウンを羽織りながらテラスへやって来た。そして、僕の頬にチュッとキスをして…テラスの椅子に腰かけて、いつもの様に…新聞を読み始めた。 「パリス…お部屋で、迷子になったかもしれない…」 「探してきたら良い…」 庭の畑を見つめながら先生がそう言った。 だから、僕は、彼女の餌をテラスに置いて、首を傾げながら部屋の中を探して回ったんだ。 多分…パリスは、先生の後を付いて回ってたんじゃないかな…？ だとしたら… ガチャリ 「コッココココココ…！！」 僕の顔を見たパリスは翼をバタバタと動かしながら、興奮した様に部屋の外へと走って逃げて行った… やっぱり。 先生は、パリスを書斎に閉じ込めたまま…出て行っちゃったんだ。 ため息を吐きながら扉を閉めようとした時、ふと、書斎のデスクの上に置きっぱなしのカップを見つけた。 「もう…飲んだら片付けて欲しいのにぃ…！」 口を尖らせながら、僕はカップを手に取った。そして…その下に置かれた書類を見つめて…目を点にした。 「…僕の事が、書いてある…」 “豪…１６歳。男児。バイオリン。ギフテッドである事は間違いない。表現力が類稀。聴き耳は左。奏者の情緒を読む事が得意。オーケストラのソリスト、独奏が向いている。合奏への適性は未確認。その他の楽器への適性は、随時更新予定。” そんな、箇条書きであげ吊られた僕の特徴を見つめながら、先生が、れっきとした目的を持って…僕と一緒に居るという事実を思い出した。 …そっか。 先生は、僕をバイオリニストにする為に一緒に居る…先生なんだ。 気が合うからって…優しいからって…甘ったれすぎてはいけないんだ。 踵を返した僕は、そのまま書斎を出て…台所へ向かった。 「…さて、今日の朝ご飯は、もう決まってる！」 腕まくりをした僕は…さっそく、朝ご飯作りに取り掛かった。 新調されたアイランドキッチンは、前のキッチンと比べると、とっても使い勝手が良かった。 だからかな…僕は、料理を作り過ぎてしまう時がある。 「…はぁい、どうぞぉ？」 「わぁ…いい香りだね…？」 今日は天気も良いし、気分も良いので、テラスで朝食を取ろう。 そう思った僕は、先生の目の前にランチョンマットを敷いて、ガレットを出した。 これは、ジェンキンスさんのおばあちゃんが教えてくれた料理なんだ。 そば粉で作った生地に、目玉焼きとか…ベーコンを乗せて、フライパンの上でクルッと四方を折り畳んで行く。そんなフランスのお料理なんだ。 先生にドヤ顔をした僕は、ナイフとフォークを手渡して言った。 「ジェンキンスさんのおばあちゃんが教えてくれたんだぁ。ガレットだよぉ？ボナペティ？」 すると、そんな僕の顔に瞳を細めた先生は、クスクス笑って言った。 「あぁ…ふふ。ほんと…豪ちゃんは、すぐに人と仲良くなれるね…？」 そんな事ない。 僕の努力では、どうしようの無い時だってある。 世の中には、取り付く島もない人だって…いるんだ！ 「コッココココ…！」 パリスは、いつもの様に庭に出て、畑の耕された土に喉を鳴らした。 「パリスどこにいた…？」 そんな彼女を見つけた先生は、伏し目がちに僕を見てそう聞いて来た。だから、僕は肩をすくめて答えたんだ。 「先生の書斎…」 「なぁんで、そんな所に居るんだ！」 あなたが閉じ込めたんだ！ 「先生？コーヒーも良いけど…麦茶も飲んでね…？」 「はいはい…」 まったり…のんびり…こんな風に、僕と先生の朝が始まる… 「ガレット、美味しいね…」 「ほんと？良かったぁ…」 ポツリポツリと話す…先生の、テンポが気に入ってる。 「運指の練習と…今日は少し、他の楽器も触ってみようか…」 そんな先生の言葉に、僕は、さっきの紙の存在を思い出した。 “その他の楽器への適性は、随時更新…” きっと、先生は、これを試したいんだろう… すると、胸の奥に微かな引っ掛かりを感じて…僕はなぜか少しだけ…悲しくなった。 「はぁい…」 仕方が無いよ。だって…先生には目的があるんだ。 だから、僕と一緒に住んでるんだもん。 そうじゃなかったら…僕となんて、居たくないよ。 ＃１４ 「まもちゃん…？豪ちゃんって知ってる…？」 大好きなまもちゃんの背中に頬を付けた俺は、あの子の話を…彼にした。 でも、まもちゃんは、いまいちピンと来ていない様子で、首を傾げてこう言った。 「ん～…誰だろう…アイドル？ひろみゴーみたいな…ぷぷぷ！」 俺は、グフグフ笑って小刻みに震えるまもちゃんの背中を引っ叩いて、ニヤけた彼の顔を覗き込んでこう言ったんだ。 「…フィッシュアンドチップスを、まけてあげたんだろっ？」 「はぁ…？」 どうも、まもちゃんは、覚えていないみたいだ… 俺は、彼の大きな背中から転がって、仰向けに寝転がった。そして、見慣れた天井を見つめながら口元を緩めてこう言ったんだ… 「天使だよ…。俺を、ここに。あなたの元に…引き戻してくれた天使なんだ。」 「はは…天使って言ったら、マモ～ルしか思い浮かばない…」 本当、まもちゃんは、自分の事が大好きなんだ… そう言ったっきり…彼はクッタリと項垂れて俺に抱き付いて来た。 だから、俺は彼を大事に抱えて抱きしめてあげた。 胸の中に感じる温かくて、優しい気持ちを言葉で表すと… 幸せ…だ。 あんなに鋭くなっていた心が…嘘みたいに、穏やかに変わった… 彼に会った途端、俺は…再び、自分を取り戻したみたいに…落ち着きを取り戻したんだ。 それは、自分が思った以上に彼に依存していたと言う事なのか… それとも、戻るべき場所へ…戻ったからなのか… どっちにせよ…俺は、もう…彼無しでは生きていけない。 まもちゃんは、幼い頃から習って来た…チェロや、バイオリン…ピアノの様に、俺からは、切っても切り離せない存在へと…形を変えていたんだ。 まもちゃんの柔らかい髪に顔を埋めて、俺はクスクス笑って言った。 「…まもちゃん…愛してるよ…」 すると、彼は俺を見つめて、チュッとキスして…こう返してくれた… 「…俺もあなたを愛してるよ…」 んふふ… 俺は、デレデレとニヤけて行く顔をそのままに、まもちゃんを見つめてにっこりと笑った… ねえ…俺がこんな風にあなたの元へ戻るのに、どれだけの葛藤を繰り広げたと思う…？ それは、今となっては、バカバカしいだけの事なのに…その時には、気が付けなかったんだ。 意地を張って…意固地になって、自分の気持ちを蔑ろにした… そして、馬鹿みたいに、ひとりになった… まるで自分で選んでそうしているみたいに、ひとりになって行ったんだ… そんな時…天使に会った。 その子は、俺がどれだけ酷い扱いをしても…俺を嫌ったりしないで、優しく包み込んでくれた。 あなたを思って…あなたを恋しんで泣くなんて…俺は、素直に出来なかったんだ。 振り返ったり、引き返すなんて…そんな事を、自分自身に許さなかった。 だって…それは、負けだと思っていたから… そんなピンと張った俺の弦を緩めてくれたのは…間違いなく、あの天使なんだ。 「…会えば良いんだよ。まもるは、ほっくんを待ってる…」 そんな言葉と共に、鼓膜を揺さぶった”愛の挨拶“は、今まで聴いたどんなバイオリンよりも、俺の胸の奥を揺さぶって…頑なな心を一気に溶かしたんだ。 目なんて逸らせない。 誤魔化す事も、逃げる事も、耳を塞ぐ事も出来ない。 そんな天使のバイオリンは、俺の心の奥まで沁みて、からっからに枯れてしまった心に…少しの水場をくれた。 すると、あっという間に緑の草が生え始めて、美しい花なんて咲かせたオアシスが出来たんだ。 豪ちゃん…ありがとう… 次に会う事があったら…俺は君に、頭が上がらないだろう。 自分のバイオリンの音色が怖かった… 鋭くて、痛くて、汚い…そんな音色を奏でる度に、俺の心はズタズタになっていった。 でも…今なら… まもちゃんに再び会えた今なら…俺は、とっておきの良い音色が出せる自信があるんだよ。 弾いている自分が思わずうっとりしてしまう様な…そんな最高の音色が紡げそうな気がするんだ。 不思議だね… ふと、あの子の笑顔を思い出して、自然と笑顔になった俺は、まもちゃんの肩を指で撫でながら、クスクス笑ってこう言った。 「豪ちゃんは…可愛いんだ。顔が…天使みたい。そして…バイオリンを弾く…。とっても…柔らかくて、温かい…そんな音色を出して…」 「はぁっ？！ご、ご、豪ちゃん！！」 突然大きな声を出したまもちゃんは、ムクリと体を起こして、俺を見つめたまま…ワナワナと唇を震わせて言った。 「陰気な男と一緒に居た…体が細くて…お尻が柔らかそうな、顔が小さい、モデルさんみたいな可愛い顔をした…ベリーショートの、あの、豪ちゃん？！」 どこを見てんだよ… でも、確かに…何度か叩いた体は、女の子みたいにフニフニに柔らかかった… 「多分…そうだ。でも、ベリーショートでは無いけどね…。フワフワの頭だ。歩くたんびに…フワッフワッて揺れて面白いんだ…。そして、料理が超絶に美味い！俺は、あの子に胃袋を掴まれちゃったんだ。」 まもちゃんを見つめてそう言うと、彼は眉間にしわを寄せてこう言った。 「なぁんだ！北斗！俺のハンバーグが一番好きだろ…？！」 全く！ 鼻息を荒くするまもちゃんの頬を両手で包んだ俺は、彼の顔を覗き込んでこう言った。 「問題はそこじゃない。その、豪ちゃんが…俺に言ったんだ。まもるは、ほっくんを待ってるって…。」 「え…？」 目を丸くするまもちゃんを見つめたまま…俺は、続けてこう言ったんだ。 「…まもちゃん。俺は、その言葉を信じて…ここへ、戻って来たんだ。」 すると、まもちゃんは俺の髪を撫でて…ジッと、瞳を潤ませて言った。 「…そうか。」 「あなたと別れてから…俺は散々だった…。どんどん音色は鋭くなって行って…思う様な情緒を表現出来ないでいた。そんな俺の音色に、あの子が…駄目出しをしたんだ。ふふ…！おっかしいよね…」 俺の肩を撫でながら…まもちゃんは黙って話を聞いてくれている。だから、俺は…溢れて来る涙をそのままベッドに落として、クスクス笑ってこう言ったんだ。 「…全然上手に弾けなくなって…もがき苦しんだんだ…。もう、駄目だって思った。きっと、全てを失うって…思った。今まで犠牲にして来た全てを無駄にするって…焦って、こじれて、暴れた。でも、あの子は…俺に言ってくれたんだ。あなたは、美しい人だよ…って。そして、優しく包み込んで、温めてくれた…」 「…あの子が…？」 まもちゃんはそう言って、俺の頬を撫でながら流れ続ける涙を拭ってくれた。 俺は、そんな彼の手の甲に頬ずりしながら、頷いて…こう言った。 「間違いない。あの子は…俺の、天使だ。」 天使のお導きのお陰で…俺は、まもちゃんの所へ戻れた。 そして…癒される様に、どんどん、頑なになった心がほぐれて行くのを感じた。 あの子が言った通り…人は、強いままでは生きていけないのかもしれない… 俺が強くあり続けるためには、まもちゃんが必要だったのかもしれない。 前髪を揺らすまもちゃんの鼻息に口元を緩めた俺は、彼の首に両手で抱き付いて、彼の胸に顔を埋めて…クッタリと全身を脱力させて、甘えた。 すると、彼は…俺を抱きしめて、低くて素敵な声でこう言ってくれた。 「北斗…お帰り…」 微かに震える彼の声を聞いた俺は、同じ様に…声を震わせて、こう答えた。 「ただいまぁ…まもちゃぁん…」 -- 「ギターって…ポロンポロンって音が鳴るね？」 「どれどれ…」 ソファに腰かけた先生は、ギターを膝の上に置いて…上手に弾き始めた。そんな様子を見つめたまま、僕は首を傾げて聞いたんだ。 「その弾き方は何…？」 だって、兄ちゃんの好きなバンドのギターを持っている人は、三角のおにぎりせんべいみたいなものを握って演奏していた。 でも、先生は…指先だけで弾いてるんだ。 「ん？アルペジオだよ。つま弾いたり…指の背で払ったりして…弦を鳴らしてるんだ。」 へぇ… 「なぁんだか、それで…弾いて欲しい曲を思いついちゃったぁ！」 先生に前のめりになった僕は、体を揺らしながら…一曲、リクエストした。 「…“タランテラ・ナポリターナ”を弾いて？僕は、バイオリンで合わせるからぁ！」 「はぁ…駄目だよ。豪ちゃん、今は…そういうんじゃないんだ。」 首を横に振る先生を無視した僕は、自分のバイオリンを首に挟みながら言った。 「惺山さん？“タランテラ・ナポリターナ”を弾けないんですって！」 「はっは～！先生は大した事が無い！」 そんな惺山の声真似をしながら、僕は弓を掲げた。 そして、先生の事なんて無視して、のっけから弦の上を弾ませる様に弓を動かして…“タランテラ・ナポリターナ”を弾き始めたんだ。 「さあさ、理久さん、僕と一緒に弾いて下さいな？」 僕は、先生の目の前でバイオリンを弾きながら、小踊りを踊ってそう言った。すると、先生はムスッと頬を膨らませてギターを膝の上から下ろしてしまった。 知らない… 知らないもん… そんな先生から顔を背けた僕は、テラスへ出て、庭を回りながら…”サッキヤルベンポルカ”をバイオリンで弾き始めた。 「パリス～！おいで～！」 ひょこひょこと足を動かして踊っていると、ポンポンが楽しそうにジャンプして喜んで、パリスは遠くでそれを眺めていた。 「わぁ～！！」 クルクル回りながら、左手の指先を動かしてポルカを奏でていると、運指の練習のお陰か…僕のポルカは、余裕のある音運びをする様になっていた。 「ミミ～！トレ～ビア～ン！」 「メルシ～！」 庭を覗き込んだジェンキンスさんとおばあちゃんが、僕のポルカに手拍子をくれた。だから、僕は、嬉しくなって…もっと上手に弾いてあげた。 「豪ちゃん！！」 テラスで先生が怒っても、僕は知らない。 音色に夢中になった僕は、体を揺らしながら、そのまま畑の中を行ったり来たりした。そして…”愛の夢“を演奏し始めて…すぐにやめた。 「…ふんだ！」 どうしてか…僕の心は、苛ついていた… 先生はすっかり怒り心頭になって…僕を部屋から閉め出した。 だから、僕は…テラスに腰かけたまま…庭を眺めて、頬を膨らませた。 惺山…僕は、少し悲しかったんだ。 先生が、僕に優しくしてくれるのは、仲良しだからだと勘違いしてしまっていた。 彼は…目的があるからそうしていただけなのに… 僕は、勘違いして、甘ったれて、仲良しだと、思ってしまっていた。 それが…悲しかった。 だから、彼の言う通りになんて…何もしたくなくなったんだ。 「…ん、もう！出てくもん！」 鼻息を荒くしてそう言った僕は、バイオリンを手に持ったまま…先生の家を後にした。 ギフテッドってやつだから… バイオリンが上手に弾けるから… そんな理由が無かったら、きっと、先生は僕なんて知らん顔するに決まってる。 うんこ眼鏡マン…！！ 大っ嫌いだぁ！！ お金もない！靴も無い！ 僕はサンダル履きのまま…バイオリンを首に挟みながら歩道をテクテクと歩いていた。上を見上げれば、街路樹が僕の頭を日差しから守るみたいに日陰を作ってくれているというのに…僕の心は晴れなかった。 このまま歩き続けたら…日本に帰れるかな… 村に…帰れるかな… 「こんにちは。どこへ行くの…？可愛いバイオリニストちゃん。」 そんな声を横目に見て、僕は顔を歪めて言ってやった。 「うるさい！ミジンコ！ふん！」 すると、真っ赤なスポーツカーに乗ったその人は、目をまん丸くしてゲラゲラ笑いだした。だから僕は、もっと怒って言ったんだ。 「ばぁ～か！ばぁ～か！うんこ垂れぞう！」 「ぎゃっはっはっは！」 大笑いする男の人に一通りの知っている罵声を浴びせた僕は、そのまま肩で息をして言った。 「ねえ、お兄さん？僕が一曲弾くから、その代わりに…僕を日本まで連れて行って？えっとぉ…東京の…えっとぉ、世田谷区の、三軒茶屋まで連れて行ってぇ？」 そこに…惺山がいる。 だから、僕は、真っ赤なスポーツカーの男性にそう持ち掛けた。すると、彼は再び大爆笑しながらこう言ったんだ。 「だ～はっはっはっは！！ＯＫ！良いよ？可愛い子の言う事は聞かないと…罰が当たる。で…何を弾いてくれるの？」 そんな彼を見つめた僕は、ニヤリと口端を上げてこう言った。 「メテオを落とす…“きらきら星”を弾いてあげる！」 そうだ…！！先生の頭に、メテオを落としてやる！！ 眉間にしわを寄せた僕は、バイオリンを構えて…弓を高く掲げた。 そして、思いきり…”きらきら星”を弾き始めた。 この曲は惺山の曲…だから、とっても…楽しく弾ける。 あなたと一緒に、流れ星を沢山落とした… あなたと一緒に、沢山の星を作った… あなたと一緒に…キラキラと瞬く星を…空に掲げて、あなたと一緒に見上げた。 この音色は、あなたに届く…？ 僕は…頭に来てるんだ。 だから…遠くに見える先生の家、目がけて…今から巨大なメテオを落とすね。 それは…弓の毛を引き裂いて行く程の圧を弦に加えた…重たくて、強くて、大きな…音色だ！！ 弓を持った手に伝わる振動と、首に挟んだバイオリンが震える振動を感じながら…僕は、渾身の思いを込めて…先生の家を睨みつけた。 そして、引き切った弓の先を先生の家に向けて、言ったんだ。 「いっけーーーっ！！」 潰してしまえっ！！ 「ワァオ！君は…もしかして…」 惺山、今…目の前で…先生の家に、メテオが落ちたよ…？ 僕はそんな衝撃波を顔に受けながら…ほくそ笑んでやった！ くそ眼鏡野郎は…即死だ…！！ ”きらきら星”を弾き終えた僕は、驚いた様に口を開ける男性を見つめて、彼の口目がけて…小さな星を放った！ 「てぇい！」 すると、その人はそれをごっくんと飲み込んで、ケラケラ笑ったんだ。 この人には…僕の情景が見えるみたい… でも、驚く事も、たじろぐことも無いんだ。まるで、楽しむ様に…遊ぶみたいに、僕をキラキラした目で見つめてくる。 「あっふふ！おっかしいのぉ～！」 そんな彼の様子に、僕は楽しくなって、どんどん星を飛ばし続けた。 「ブラボーー！素晴らしいじゃないか！素敵な曲をどうもありがとう。さあさあ、どうぞ？隣にお乗りなさいな。」 「わぁ…！ありがとう…！」 そんな心優しい男性の車に乗った僕は、そのまま…先生の家に連れて帰られた… 「なぁんでぇん！！」 僕は助手席のシートに頭をぶつけて、抗議するみたいに大暴れした。すると、運転席の男性は、眉を片方だけ上げてこう言ったんだ。 「君はここの子だろ？駄目だよ。勝手に東京に帰ったら、理久がパニックになるだろ…？」 知らない！ 先生なんて…知らないもん！！ 「ふんだぁ！ふんだぁ！」 怒った僕は男性の車の中を、泥の付いたサンダルで蹴飛ばしまくってやった。 「わぁ～～～！」 「ふんだ！ふんだぁ！」 「ご、豪！何してんだぁ！」 そんな先生の怒鳴り声を、僕は、そっぽを向いて無視した。 騒ぎを聞きつけたのか…この人が連絡でも入れたのか…先生は凄い剣幕で僕を車から降ろして、運転席で半泣きになっている男性に言った。 「寄ってって…掃除はこの子にやらせるから、ちょっと…寄ってって…！」 誰がやるもんかぁ！！ 「ん、やぁだぁ！やぁだぁ！！」 僕は先生の腕に噛みついて、眼鏡を吹っ飛ばした。でも、先生は僕を抱えたまま…ズンズン歩いて行く。 先生は玄関の中に入っても、僕を下ろす事もしないで…今度は階段を上り始めた！ きっと、僕を部屋に閉じ込める気だ！ 良いもんね！僕は、窓をぶち壊して…逃げてやるからっ！！ 「なんだ…何で、そんなに怒ってるんだ…！」 そんな先生の言葉なんて、知らない！ 「やだぁ！嫌ぁだぁ！せいざぁん！せいざぁ～～ん！」 僕は…泣き叫んで、惺山の名前を呼んだ… 彼は、僕がこんな目に遭っているなんて、知らないんだ！！ 「うっ…う、うわぁああああん！！」 大泣きする僕を部屋に下ろした先生は、そのまま僕の部屋の扉を閉めて、椅子を立て掛けて逃げられないようにした。そして、怒り狂う僕を抱きしめると、興奮が早く落ち着く様に、何度も背中を撫でながら…小さい声で、こう言い続けた。 「よしよし…落ち着いて…よしよし…」 僕は…落ち着いてる… 悲しんでるんだ… うんこ眼鏡マン…