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#26 「はぁ~~~~~!つっかれたぁ!つっかれたぁ!」 羽田空港に着いたばかりなのに…まもちゃんはヘトヘトに疲れたみたい。 大きな体をユラユラと揺さぶりながら歩く様子は…ちょっとした、熊にも見える。 普通の熊じゃない…マレー熊だ。 そんな彼を見つめながら笑いを堪えた俺は、首をコキコキと動かすまもちゃんを見上げてこう言った。 「これから…リヨンまで行く。パリで一回乗り換えるから…大体、トータルで14時間のフライトだよ…?」 「はぁ~~~?!も、もう…!疲れたぁ!」 文句の多いまもちゃんを引き摺って、俺は出国ゲートの列に並んだ。繋いだ手の先を脱力させて…ダラダラと動く、マレー熊… いいや。 まもちゃんを見上げて、俺は、励ます様に笑顔でこう言った。 「飛行機の中で寝たら良いだろ…?」 移動は疲れる…でも、幼い頃からそうして来たせいか…俺は、苦に感じないんだ。 遠くの土地まで行く。 そう思ったら…こんな労力と、時間がかかるのは当然なんだ。 幼い頃は…無駄にワクワクして空港に向かったものだ。 でも…羽田までだ。成田は絶対に嫌だった。 理由は簡単さ… 電車でも、車でも、乗り物酔いをする俺には、羽田がギリギリだったんだ。 「北斗…?」 出国ゲートを抜けると、ふと、まもちゃんが俺の腕を掴んで立ち止まった。だから俺は、彼を見上げながら首を傾げたんだ。 「何…?」 すると彼は、見事に眉を下げて、情けない顔をしながらこう言ったんだ。 「俺の所まで会いに来るのに…こんなに、沢山、長い道のりを、ひとりでやって来てたんだね…。大変だったね…。疲れたね…。想像はしていたけど、これは思った以上にしんどい。」 ふふ… ニヤける俺の肩を抱いたまもちゃんは、大事そうに俺の髪に頬ずりしてキスをくれた。そして、感慨深く…こう言ったんだ。 「10年も…苦労掛けたねぇ…」 「ぷぷっ!はははっ!あ~はっはっは!」 なんだか、妙におかしくて…俺は、まもちゃんの腕を叩きながら大笑いした。 だって…まもちゃんに会いに行くのは、もう…お終いなんだ。 彼と離れる事を…苦しむ生活は終わり。 これからは…彼の元から出発して、彼の元へと帰る生活になる… 俺は、その事が…とても、嬉しいんだよ。 自分の住処を持たなかった事は、ある意味、正解だった。 だって…俺の帰る場所は、彼の元でしかないんだから。 「わぁ…飛行機が沢山並んでるねえ…!」 「うん。空港だからね…」 すっかり旅行気分のまもちゃんは、大きな窓から見える滑走路を指さして、はしゃいで言った。 「見て!北斗…!今、飛びそう!」 ふふ…!おっかしい…!! 滑走路を全速力で駆け抜けていく飛行機に、まもちゃんは、まるで少年の様にはしゃいでる。 それもそのはず…彼は、海外旅行が初めてなんだ。 可愛いだろ…?44歳にして、初めての海外なんだ… そんな記念すべき初体験を俺と向かえる彼は…昨日の夜も、ろくずっぽ眠れていないのかもしれない。だから新幹線の中でも、電車の中でも、ずっと寝てるんだ… 「あ~!どっかに…飛んでったぁ…」 満面の笑顔で飛行機を見送ったまもちゃんの手を繋いで、俺は慣れた空港の中を歩いた。 俺も…こんなに楽しい空港は、初体験だ… だって、隣には大好きな人が居て、離れ離れになる事無く一緒に飛行機に乗れるんだもん。 …なんだか、それが…とっても、嬉しいんだ。 「北斗!理久先生に…ヒヨコでも買っていくか?」 「…多分、食べないよ。…でも、豪ちゃんは喜ぶかも…あの子は鶏を飼ってるから。」 まもちゃんがヒヨコをお土産で買うのを微笑ましく見つめる中…俺は、妙な胸騒ぎを覚えて首を傾げた。 どうしたというのだろうか… まるで、幼い日の発表会前の緊張の様に、胸がドキドキするんだ。 …まさか、理久に報告へ向かう事に緊張しているの…? 俺が…? はは…!おっかしい…! 子供の頃からの大切な人なんだ…俺の選択を、否定したりはしない。 そうだよね…?理久… 飛行機に乗ったまもちゃんは、急に無口になって、大きな体をシートの中に埋めて固まった… きっと…ぷぷっ!…緊張してるんだ。 だって、体が…すっごいガチガチになってるもの…! 「…ま、ま、まもちゃん…?大丈夫だよ…?」 彼の腕をモミモミしながら、俺は一生懸命にリラックスさせようとした。すると、まもちゃんは、目をガン開きにして…こう言ったんだ。 「はっ?!…わ、わ、分かってるさぁ…!マモ~ルは天国に近付くだけだから…ちいッとも怖くない。怖くなんかない!」 そして、俺の手をギュッと握りしめて、グラグラと揺れて潤んだ瞳でこう聞いて来たんだ。 「何時間だっけぇ~?何時間、かかるんだっけぇ~?」 この変顔…おっかしい… いくらおちゃらけて見せても、いくら取り繕っても、心の動揺が、下がった眉毛と、潤んだ瞳に現れているんだ… 俺はそんなまもちゃんを直視して、口元をニヤけさせながらこう言った。 「ぷぷっ!…パリで乗り換えて…大体、14時間…」 そんな俺の返答に目を丸くした彼は、ギリギリと歯ぎしりをしながらこう言った。 「半日じゃん!半日以上、飛んでるって言うの…?!怖いぃ…!」 なんだかんだ言って… まもちゃんは、飛行機が飛び立った後…死んだ様に寝始めた。 新幹線でも寝ていたのに、飛行機でもぐっすり寝て…どんだけ寝るんだよっ!なんて、突っ込みを待っているのかと、心配になったよ…。 やっぱり、昨日の夜、興奮して寝られなかったんだ… こんなに寝たら、時差ボケも無い事だろう。 「やっと…着いた。」 リヨン空港に着いた。 俺は、ヘトヘトになったまもちゃんを横目に見て、タクシーを拾った。 「まもちゃん、リヨンからすぐだよ…もう少し!頑張って!!」 すると、まもちゃんは何も言わないまま…重たそうな大きな体を動かして、タクシーに荷物を詰め込み始めた。 ウケるっ! …もはや、彼は、文句すら言わなくなった! そうだ…! 護はやれば出来る男だ!という所を、俺に見せてくれっ! そんな気持ちを胸に抱きながら、俺は黙々と体を動かす大きな背中に向けて、ガッツポーズをした! 結婚をした後、ハネムーンに行くよね。 俺は、あれを婚約前にするべきだと思ってる。 空港をよく利用するからか、ハネムーン帰りのカップルの破局を目の当たりにする機会も多いんだ。そんな様子を横目に見て、俺はつくづく思ったね… 相手に期待し過ぎなんだよって… ピンポン… やっと、到着した理久の家。 俺を出迎えてくれたのは、天使じゃない…理久だった。 -- 「先生…?」 「この方は…ギフテッドの育成の一人者、山城先生だよ。君の特異な能力を存分に発揮させてくれる。それに…私の様に俗世界に近くない。君を、安全な場所で…守りながら、教育してくれる。」 先生はそう言って、後ろの男性を僕に紹介した。でも、僕は、先生の顔を見上げたまま、彼の手を握って…首を横に振ったんだ。 「でも…惺山は、先生にって…」 すると、先生は悲痛な顔を向けて…僕に、こう言った。 「豪ちゃん…急な話じゃないんだ。山城先生と、徐々に…徐々に仲良くなって…ゆくゆくは、彼の元で…」 「先生は、僕を、捨てるの…?!」 ただ…彼と離れる事が嫌だった。 だけど…僕は、そんな、酷い…責める様な言葉を使って…先生を詰った。 「そんな…」 僕の言葉にショックを受けた先生は…それ以上、何も言わなくなった。 いいや…言えなくなったんだ。 「良いよ…先生の目の前から、僕は消えてあげる…。ギフテッドで、不器用で、バイオリンが上手で、馬鹿みたいな僕は、あなたの元には居てはいけないんでしょう…?!面倒で…厄介で…嫌なんでしょう…?!」 こんな言葉を先生に使うのは…悲しくて…胸の奥が痛くなった。 でも、僕は…先生が、他所の人に僕を預けようと考えた事実に…酷く傷付いて、動揺して…我を忘れてしまったんだ。 自分の部屋に戻った僕は、先生のくれた服を残して…鞄に自分の物を乱暴に入れた。すると、そんな僕を後ろから抱きしめて先生が言ったんだ。 「違う…捨てるなんて…違う!…安全な場所へ、隠したいんだ!」 「もう…!良い!!もう…良いぃ!」 ダラダラと流れて来る涙は、悲しみの涙… 惺山…僕は、お父さんみたいな人に…ことごとく、捨てられる子なんだ。 僕は、先生が…大好きだった。 大好きだったんだ…!! 「…パリス、おいで…!!」 「豪、落ち着いて…少し話をしよう…」 ポンポンと離れがたいパリスは、僕が呼んでも来てくれなかった… 良いね、パリスは… 僕の腕を掴んだ先生を無視して…僕は、知らない男性の目の前に行って鼻息を荒くして、こう言った。 「豪です!お世話になります!どうぞ、下らない事を、沢山教えてください!」 ギフテッドって何… 音楽って何… バイオリンって…何? こんなに悲しくて、苦しい思いをしなくてはいけない物なの…? だとしたら、僕はこんな物…要らない。 「…落ち着いたら、木原先生と話せば良い。ね…?」 タクシーに乗ったその人は、僕の顔を覗き込んでそう言った。 僕は全てを拒絶して、全てを無視して、ただ…黙って…窓の外を睨みつけた。 傷付いた…? それすらも分からない。 ただ、僕は…先生の、彼の傍に居たかった… #27 「豪ちゃんは…?」 首を傾げる俺に、理久はボサボサになった髪をかき上げてこう言った… 「…山城先生の元へ…行かせた。」 「は?」 顔を強張らせた理久は、そう言ったっきり…押し黙って、テラスの椅子に力なく座り込んでしまった。 そんな理久の足元に寄って行くパリスは、まるで彼の傷心を心配する様に、健気に足元で丸くなって寝た。 「うわぁ~!大きいキッチンだぁ!どれどれ~?ほほ!さすが、お料理上手!タラが下ごしらえされてる!今夜のおかずは…ん~!フィッシュアンドチップスか、フライか、ソテーにするつもりだなぁ…!おぉ!自家製の味噌まで!!豪ちゃん!豪ちゃぁ~ん!まもちゃんが来たよぉ~~ん!」 KYで能天気なまもちゃんが、居なくなった豪ちゃんの名前を呼んだ…だから、俺は彼の胸を撫でて、小さい声でこう言ったんだ。 「居ないんだ…」 「出かけてる…?」 首を傾げるまもちゃんに、俺は続けて小さい声で言った。 「山城って言う…先生の元へ、行かせたそうだ…」 理久は、豪ちゃんを…守りたかったんだ。 あの子のバイオリンを聴いた強欲な金持ちから、守りたかった。 彼は今…四面楚歌だ。 書斎から聴こえて来る…今も鳴り続ける電話の音を聞けば分かる… あらゆる所から、ひっきりなしに、あの子の事を尋ねられるんだ。 ギフテッド支援関連団体は、幸太郎の次にアイコンになる人物として、あの子を神輿に乗せて担ぎたがってる事だろう… 資産家は、理久の事業への投資、寄付をちらつかせて…豪ちゃんを自宅に招きたいだの…バイオリンを聴かせて欲しいだの…どこかに同行させたいだの…そんなお誘いをしてくるだろう。 そして…あわよくば、あの子を金で売れと…持ちかけられるに違いない… そんな事態を予測して…守り切れない事を想定して、彼なりに、あの子を守った。 「…随分、落ち込んでるじゃないか…」 俺は、テラスの椅子に腰かけて、目の前の理久にそう言った。すると、彼は、青々と実りを付けた豪ちゃんの畑を見つめたまま…こう言ったんだ。 「…先生は、僕を、捨てるの…。あの子は…私を見てそう言ったんだ…。豪ちゃんの父親はね、母親の命と引き換えに産まれて来たあの子を…殺そうとして、捨てた…ろくでなしだったんだ。」 え…? 目を点にした俺は、理久の言葉に…何も言えなくなった。そして、森山氏の言葉を思い出して…眉を顰めた。 豪ちゃんが、ギフテッドと引き換えに犠牲にしたもの…それは、家族と、人生… 「どうして、そんな事をされたと思う…?酷いよな…」 そう言って俯いた理久の瞳からは…ポロポロと大粒の涙が落ちて行った。 そして、おもむろに顔を上げた彼は、俺をじっと見つめて…ため息の様な気の抜けた声を出して…こう、話した。 「…あの子はね、人の死期が分かるんだ。幼いあの子は、死に行く人を何とか助けようとした。でも…無理だった。…その事実を知った実の父親は、あの子を、悪魔だと言って首を絞めたんだ。豪ちゃんは、その時に思ったそうだ…。本当の事を言っても…良い事なんて無いって…。それ以来、自分を装う事で…あの子は、身を守って来た。賢い子なんだ…とっても、賢い子なんだ。それ故に…思い悩みやすい…」 そうか… それで、あの切ない…第一楽章の、ソナタが生まれたのか。 …納得したよ。 森山惺山は、あの子の全てを知っているんだ。 人の死期が分かる事も…父親に捨てられた理由も、母親が、自分の命と引き換えに、あの子を産んだ事も…全て、知っているんだ。 だから…あんな悲しい旋律を、第一楽章に持って来たんだ。 「…理久は、豪ちゃんを守りたかった。そうだろ…?いつか、誤解は解けるさ…」 俺はそう言って…理久を見つめた。すると、彼は、ボロボロと涙を落としながら…顔を歪めて泣き始めたんだ… そんな彼の様子に、俺は息を飲んで…戸惑った。 こんなに、脆かったのか…? こんなに、弱かったのか…? 俺の知っている理久は、あなたの一面でしかなかったみたいだ。 だって、俺は、こんなに悲観に暮れて、泣きじゃくるあなたを…見た事が無いよ。 そして、同時に…察してしまった。 彼は、天使を…愛してしまったんだ…と。 「…山城先生は、豪ちゃんの事をなんて言っていたの…?」 山城洋二…今ではギフテッド育成の一人者なんて言われているけど、もとは養護学級や、特別な支援の必要な子供の音楽教育に力を入れていた…所謂、教育者だ。 理久の様に音楽に深い造形がある訳でもない…ただ、難しい子供の扱いに慣れている…一般の教育者だ。 俺の問いかけに、理久は、グスグスと鼻を啜りながら話し始めた。 「今日、あの子と初めて会わせたんだ…。徐々に慣らして行こうと…そう…そういう段取りだったんだ…。だけど、私がペラペラと…行き急いでしまった。そして…あの子は、絶望して…心を、閉ざしてしまった…。俺の言葉なんて聞こえないみたいに、表情も変えずに…行ってしまった!」 「森山氏には…?」 「言えない…言えない…!!」 必死に首を横に振る理久は…酷く、取り乱していた… その狼狽ぶりは、預かった天使を、傷付けて、手離した…そんな罪に苛まれてる様に見えた。 「サリュー!ミミは?」 突然かけられた声に顔をあげた俺は、見知らぬ男性に近付いて用を訪ねた。 「豪ですか?ちょっと出かけていて…何の御用ですか?」 「今日、良い株を手に入れたんだ。デンドロビウムが欲しいって言ってたから…はい、どうぞ?後…うちの母さんが、きゅうりの飾り包丁をまた教えてくれってうるさくってさ…。ミミの用が終わったら、伝えて下さいな。」 男性はそう言うと、垣根越しに俺に大きな植木の株を差し出した。 「おぉっ!」 思った以上に重たい株によろけた俺は、すぐに地面に下ろして、顔をあげた。すると、男性はケラケラ笑って帰って行ってしまった… 「…豪ちゃんにって…何とかって花の株だそうだ。後…きゅうりの飾り包丁を、お母さんが教えてくれって…はぁ、いったい何の事?」 俺は、重たい植木の株を引き摺りながら、理久に向かってそう尋ねた。すると、彼は大慌てで植木の株を持ち上げて運び始めたんだ。そして、大きな穴が開いている場所にスポッとはめ込んで、土を被せながらこう言った。 「…俺がテラスに座ると…甘い香りがほのかにして…素敵だからって…。豪ちゃんが、この花を探してたんだ…。はぁ…ジェンキンスさんが見つけてくれたのか…。」 へぇ… 俺は、背中を丸めて土を被せる理久を見つめて、やれやれと首を横に振った… すっかり、あの子に感化されて…今までしなかった土いじりなんてしているんだもの。 …わらけてきちゃうよ。 肩をすくめた俺は、理久の背中に向かってこう尋ねた。 「で…山城先生は、豪ちゃんを連れて行ったの…?」 すると、理久は鼻を啜りながらこう言った… 「今日の所は…興奮しているだろうから、一旦、連れて帰りますって…」 はぁ… あの子のスコーンを補充したかったのに… 美味い物を食べさせて貰えると思ったから、頑張ったのに! 肩透かしを食ったぁ…! 両手を上げて降参した俺は、大きくため息を吐いて、夕焼けに染まった空に向かってこう言った。 「も、駄目だな!まもちゃん、今日はビールを飲んで寝よう!理久!ここに泊まるから、よろしくね!」 「北斗…何か、話があったんだろう…?」 髪を乱した理久がそう聞いて来るから…俺は、肩をすくめて言った。 「今、話したくない…!豪ちゃんが…あの子が、戻ってからだ!」 そう… 俺には、天使の助けが要るんだよ。 「北斗、見て…?凄い…下ごしらえされてる。今日はこれを使った方が良さそうだ。」 まもちゃんはキッチン周りを見渡して感心して言った。 「ちゃんと料理してるし、片付けも完璧だ…。奥さんにピッタリの子じゃないか…」 はぁ…まもちゃんは分かってない! あの子は、可愛い若奥さんじゃない…年季の入った、おばちゃんなんだ! -- 「…ここが、先生の居る所だよ。君が気に入れば…良いけど。」 そう言って見知らぬ人に案内された場所は、山の奥にある…広大な施設だった。 彼は、山城先生と言うそうだ。 小さな子供が遊ぶ庭を抜けた僕は、前を歩く山城先生の踵だけを見つめて、後を付いて歩いた。 「…今日の所は、この部屋を使ってどうぞ…?」 「…」 僕は何も言わずに部屋に入って…自分の荷物を乱暴に床に放り投げた。 惺山…僕は外国に来てまで…捨てられた。 先生の元で、頑張ろうとしたのに… 先生の元で、一生懸命やろうと思っていたのに… 先生、どうして…僕を、手離したの… 僕の事が、嫌だったの… オナニーを手伝わせたから…嫌になっちゃったの…? 「はぁ…」 夕陽が差し込む窓の外からは、子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえて来た。 てっちゃん、晋ちゃん…清ちゃん、大ちゃん… みんな…どうしていますか? 僕は、先生にも捨てられた…豪です。 寂しい…? いいや…そんな気持ちも湧いてこない… ただ、虚しくて、馬鹿みたいだって…思っている。 惺山が僕のバイオリンを褒めてくれた。 …それで、もっと上手になって、彼の隣で演奏したいと…意気込んでフランスまで来て、捨てられた… 僕は、何をしてるんだろう…そして、どこへ向かうんだろう… なんだか、先に見える物は…僕が欲しい物では無さそうなんだ。 だとしたら、これ以上…先に進みたくないよ… ギフテッドなんて要らない。 バイオリンも要らない。 音楽も、先生も、何もかも…要らない。 もう…どうでも良い…!! 僕はムクリとベッドから顔を上げて、おもむろに部屋を出た… そして、楽しそうに追いかけっこをする子供を避けながら廊下を進んで、目の前に居た大人に言ったんだ。 「…すみません。電話を、掛けさせて下さい…」 案内された事務所で、僕は…ある人に電話を掛けた。 「もしもし…?どちら様ですか?」 「…豪です。」 僕は、ぐしゃぐしゃに丸めた紙を伸ばして…そこに掛かれた電話番号を見つめながら、そう言った。すると、電話口のその人は、驚いた様に…大きな声を上げた。 「豪!この間は強烈な一発をくれたなぁ!あっはっはっは!」 そう言ってケラケラ笑う彼に…僕は単刀直入に言ったんだ。 「…迎えに、来て…くれませんか?」 「理久の所に居るの…?」 クスクス笑う彼の背後から、大勢の人の笑い声が聞こえて来た。 どこかのお店か…どこかの道を歩いているんだろうか… そんな事を思いながら、僕を首を傾げて、彼にこう言った。 「違う。…山城先生という人の所に、捨てられました…」 僕の言葉に、幸太郎さんは黙ってしまった。 そして、やっと…口を開いて、こう言ったんだ。 「すぐ行くよ…待ってて…」 そして、再び荷物を肩に掛けた僕は、バイオリンを手に持って…部屋を出た。 「豪君…どこに行くの…?君は、私が預かっているから、ここからはどこへも行けないよ?一旦、お部屋に戻ろうね…?」 山城先生は、額に汗をかきながら僕を必死に止めた。 でも、僕は…彼の制止も聞かないまま…施設の外に立って、迎えの車を待ったんだ。 「木原先生に…連絡をしようか?」 「…」 「木原先生に…迎えに来て貰おうか…?」 「…」 山城先生は、全てを無視する僕にすっかり肩を落としてこう言った… 「…誰の所へ行くのか…それは、教えてくれる?」 「幸太郎…」 山城先生にそう言った僕は、いつまで経っても来ない車に痺れを切らして、トコトコと…歩き始めた。 「豪ちゃん!木原先生は…君を捨ててなんかない!悪意を持った人に晒される事を…酷く、心配していたんだ!」 そんな山城先生の言葉に、僕は眉間にしわを寄せた。そして、逃げる様に足早に、歩き続けたんだ。 惺山…僕は、こうして…また意地を張って、人の話を聞かないで…猪突猛進して、どんな痛い目を見るのかな…? でも、もう…良いんだ。 どんな目に遭おうとも、もう良いんだ。 だって…僕は、死んでしまいたいもの。 あなたに会えない日々を送って、先生にも捨てられて、僕に何が残る…? 何もだ… もう、何も無いんだ…!! 「豪!逃げ出して来たの…?」 やっと、やって来た幸太郎さんは、車の窓を開いて僕にそう言った。 僕は彼の車に乗り込んで、シートベルトを掛けて、何も言わないまま窓の外を見た。 「あぁ…豪。可哀想に…。俺はお前を怒らせたりしないよ…?」 散々、僕は、あなたに怒ってる… でも、だからこそ…あなたを呼んだんだ。 僕を、きっと、ボロボロのボロ雑巾にしてくれるって踏んで、最悪なあなたを呼んだ。 #28 「へぇ?!ご、ご、豪ちゃぁんが…?!こ、こ、こ…幸太郎…?!ぎゃあ!」 理久の書斎から…そんな彼の悲鳴が聞こえた… 豪ちゃんの下ごしらえを済ませた白身魚を焼きながら、まもちゃんは首を傾げて俺に言ったんだ。 「あの子…野菜まで下ごしらえしてた。きっと…スープを作るつもりだったんだね。俺の店の隣に、店なんて出さないで欲しいよ…。だって、どの香味野菜も相性ばっちりなんだ。これじゃ、お客をいっぺんに取られちゃう!」 俺は、そんな彼を瞳を細めて見つめながら、いつもと違うキッチンで料理する彼の姿に惚れ惚れして言った。 「まもちゃん…カッコいい…!」 「はっ?!」 俺の言葉に顔を赤くした彼は、無駄にスカして…フライパンの中にワインを注ぎながらフランベして見せた。 「おぉ~~~!」 立ち上がる炎に歓声を上げると、まもちゃんは、得意げに地響きの様なイケボで笑った。 「はっはっはっは!」 「北斗~~~!」 そんな凄い雄叫びを上げながら、書斎から飛び出して来た理久が、俺に縋りついて、ガクガクしながらこう言って来たんだ。 「ご、豪ちゃんがぁ!施設を飛び出して…幸太郎の元へ行ったぁ!」 幸太郎… その名前を聞いた俺は、眉を片方だけ上げて顔を歪めた。 「それって…あの、幸太郎…?」 理久を睨みつけてそう尋ねると、彼はため息を吐きながらこう言った… 「そう…あの、幸太郎だ…!」 忘れもしない…あの、幸太郎… 俺は、あいつが、大嫌いだ…!! あれは、ちょっとだけ昔の話… 理久の指揮によるオーケストラコンサート。特別ゲストのソリストとして迎えられたのは…ギフテッドの幸太郎だった。 当時、俺はプロとして…バイオリンのパートで参加していたんだ。 練習の段階から、あいつは最悪だった… 「合同練習は、オケのスケジュールもあるから…そんなに組めないって言ってるのに…!何で、あんな奴にスケジュールを合わせなきゃ駄目なんだ!2時からやるって言ったら、2時からなんだ!」 そんな、コンマスの怒りを耳に聴きながら、オーケストラは、ソリスト不在の合奏を何度も練習していた。そして、そろそろ練習が終わりそうな頃に…あいつは女を連れてやって来たんだ。 「きゃ~~!すっごぉい!」 「見てて…?俺が弾いて来るから…そこに座って…見てて?」 チャラチャラした格好でやって来た幸太郎は、指揮者の理久にも、コンマスにも挨拶せずに舞台に上がって…他のチェリストのチェロをおもむろにぶんどったんだ… 「はい、どうぞ~?」 そんなふざけた合図を理久に出すから…彼は激怒して言った。 「チェロを彼に返せっ!今日、お前の練習するパートは無い!時間通りに来れない奴が、どうやって合同練習をするんだ!大概にしろっ!」 ごもっともだ… みんなそう思ったさ。 幸太郎、本人を覗いてはね… 奴は、他人のチェロを立てて、理久に噛みつくようにこう言った。 「はぁ?俺がいてなんぼだろ?俺は、有名なチェリストだぞ!ギフテッドだ!誰よりも綺麗な音色を出せる!理久なら知ってるだろ?昔からやってる仲なんだ…。仲良くしようぜ?」 糞野郎だ… みんなそう思ったさ。 呆れた理久は、楽員たちに解散を指示した…でも、それでも、幸太郎は食い下がって…自分のパートをチェロで演奏し始めたんだ。 その音色は…糞ムカつくけど…美しかったんだ。 みんな、そう思ったんだ… だから、席に座り直して…渋々演奏を続けた。すると…あっという間に美しいオーケストラと、美しいチェロの、ハーモニーが産まれた… 悔しいけど…それは、認めざる負えない事実なんだ。 日本とは違う…実力社会の舞台では…人格なんて二の次だ。 屑でも良い音を出せば…そいつは一流なんだ。 幸太郎は悪名をとどろかせたが…同時に評価も高かった… だからか… 理久のオーケストラコンサートのチケットは完売して…立ち見の客まで入ったんだ。 興行主としては…こんなに美味しい、金の生る木は無いよ。 理久も指揮者として指名された、所詮雇われの身だ…発言力も無ければ、幸太郎を外す権限もない… 結局、俺たちは、あいつの名前で…給料を弾んで支払われたって訳だ。 ムカつく…? あぁ…ムカつくさ… でも、これが現実なんだ。 「なんで、豪ちゃんが幸太郎の連絡先を知ってんだよ。それに…あの子は、幸太郎を追い払ってたんだろ?あっち行けっ!あっち行けっ!って…俺の真似してさ…」 俺は、片膝を立てて、ビールを飲みながら理久の眼鏡を指で弾いた。すると、彼の眼鏡がボロリとズレて…床に落ちて行った。 慌てて眼鏡を拾った理久は、テープを指で巻きなおしながらこう言ったんだ。 「…豪ちゃんはいつも怒っていたけど…幸太郎は無礼を詫びて、仲直りした風だったんだ。でも…この前、あの子に悪戯して…はぁ…。で、でも…もしかしたら、連れて帰ってくるかもしれない…!でも…でも…」 「はぁ…?!」 悪戯ぁ…?! 「…連れて帰って来る?んな訳無いじゃん。いよいよ食われるぞ…?」 理久の顔を見つめて、俺はそう言った。 すると、彼は顔を強張らせたまま、眉間にしわを寄せて固まってしまったんだ… 仲直り…した風…?! 理久は、詰めが甘いのか…日和ってるのか…あの子の見た目を舐めてるのか… あの幸太郎を、自由に家にあげて、豪ちゃんとふたりきりで過ごさせていたみたいだ… 「それじゃ、狼と鶏を同じ柵の中に入れて、放置しているのと同じじゃないか…」 ポツリとそう言って、俺は理久を見つめたまま呆れた様に首を横に振るしか出来なかった。 シンと静まり返った室内…しきりに吐く理久のため息と…俺がビールを啜る音だけが、響いて消えた。 バン! すると突然、まもちゃんがキッチンを叩いて、こう言ったんだ。 「理久先生、男を見せる時だ…!豪ちゃんを、奪還して来て下さい!」 そして、彼は、呆然とする理久を見つめて、意味深に深く頷いたんだ… はぁ~~~~~?! …まもちゃん!彼は…ぶっちゃけ、そういうタイプじゃないんだ! インテリで、哲学好きの、草食系おじさんだ…生きた、スナフキンだぞ…? 首を横に振った俺は、理久の肩を叩いて彼の顔を覗き込んだ。そして、こう言ったんだ。 「よし!俺が…」 「いいや!俺が…行って来る…!」 おぉ…?! 急に男らしくなった理久は、すぐに車のカギを持って…ジャケットを手に持った。そしてそのまま家を出ようとするから、俺は慌てて付いて行ったんだ。 「北斗!俺を、俺を海外で…ひとりにしないでぇぇ~~!」 そんなまもちゃんの悲鳴を背中に聞きながら、口を硬く結んだ理久を見上げて…思ってしまったよ。 俺の時も、そんな風に…してくれたら、良かったのにって… 両親に咎められても…傍に居続けてくれたら、良かったのにって。 -- 「幸太郎!馬鹿野郎!…ハウスゥ!」 僕は、バイオリンの弓を振り回して、必死に彼をけん制しながらそう言った… 彼の車に乗って、彼の家に連れて来て貰ったんだ。 それは凄い豪邸で…ライトアップされた、水色のプールが付いていた。 家を案内される中、腰に回されるいやらしい手つきに、僕は覚悟をしていたんだ。 この、うんこ垂れぞうに酷い目にあわされて…死んじゃいたいって…思ってた。 でも…土壇場で、嫌になった。 彼の家の電話が、彼の携帯電話が、しつこく鳴り始めたんだ。 そこには…先生の名前が映っていて…それを見た瞬間、僕は…自暴自棄を止めた。 「今更、なんだよ…!豪!かわい子ちゃぁん!」 「あわ…あわあわあわあわ…!!」 全裸になった幸太郎は…もう、人では無かった… 「う~!わんわん!」 そう言って飛びついた幸太郎は僕をベッドに押し倒して、僕の体を舐め回した。 「んんっ…!!き…き、嫌いになるぞ!良いのかぁ!」 僕は…強気で行った… てっちゃんが言ってたんだ。 動物相手に、弱気になっちゃ駄目だって…言ってた。 いつも、自分の方が優位だって示さないと…あっという間に狩られるって… だから、僕は幸太郎の髪を鷲掴みにして、怒って言ったんだ。 「幸太郎!駄目!」 「豪…キスしよう…?」 僕よりも体の大きな幸太郎は、僕を簡単に組み敷いた。 そして、ねっとりと…うっとりする様な…甘いキスをくれた。 幸太郎の足で撫でられる自分の股間が、勃起して行くのが分かる… 「とっても、綺麗だ…」 うっとりとそう言った幸太郎は、僕に何度もキスをして…にっこりと微笑んでこう言った。 「豪になら…豪の言う事なら…何でも聞いてあげる。」 「じゃ…止めて…!」 幸太郎は、嘘つきだ… だって、僕の言葉なんて無視して…僕のシャツを剝いで、おっぱいを舐め始めたんだもん。 ポンポンだって…こんな事はしないというのに。 「可愛いね…ちょっとだけ膨らんでる…」 「あっ…だめぇん…!幸太郎!ば…ば、ばっかぁん~~!!」 ピンポン… 呼び鈴の音が聴こえないのか…幸太郎は、がむしゃらに僕の胸を吸った… 「ああ…!だめぇん…ふっ…はぁはぁ…あぁ…んん…!」 撫でられる股間が、疼いてくる衝動が、僕の頭を真っ白にしてしまいそうだ… 「豪…?理久と、エッチしてるの?だから…あんなに、理久は豪にデレデレなの…?」 「…ん、ちっがぁう!先生は…先生は、僕に、こんな事をしたりしないぃ!!」 幸太郎の頭を引っ叩いた僕は、クラクラする頭を必死に奮い立たせてこう言った。 「幸太郎!お、お前の…チェロを…聴かせろよっ!」 「後でね~!」 くそっ! くそっ!! 「あぁ…!だめぇん!はぁはぁ…あっああ…!!ん~~!や、やぁあ!」 僕のモノは…あっという間に、幸太郎の口の中で限界に達しそうになった… 惺山…僕は、野獣に襲われている。 あなたが本気を出した時よりも、幸太郎は…しつこかったんだ… 「ん~~~!だめぇん、イッちゃう!イッちゃう~~!!」 腰をがっちりと掴まれた僕は、抵抗する事も出来ず、ひたすら彼の気持ちの良い口の中で、舌を這わされてる。 そして…僕は、あっという間に…激しく腰を振るわせてイッてしまったんだ… 「はぁはぁ…はぁはぁ…うっ…うう…!」 舌なめずりをした幸太郎は、半泣きの僕の顔を見つめながら、ボトルに入ったヌルヌルをお腹に垂らしてへらへらとこう言った。 「これ付けると…スルンと入るよ?」 「え…?」 その瞬間、彼の指が僕の中に入って来て…グリグリと僕の中を撫で始めた。 その瞬間、僕は、頭の奥が痺れて…激しい快感に襲われて…電気が走ったみたいに体をのけ反らせた。 「あっああ…!!ら…らめぇ…!はぁはぁ…らめぇ…!」 「なぁんで?こんなに勃起してるのに…豪は、嘘つきちゃんだね~?はっはっは~!」 僕のモノを扱きながら…幸太郎は、僕の中の指を動かした。そして、僕の体が跳ねる度に、クスクス笑ってキスをしたんだ。 「あぁ…豪、凄い…もう、イキそうだね…?」 快感に溺れた僕は、両手で顔を覆い隠して、必死に感じる顔を隠して…喘いだ。 「あっああ…!!イッちゃう…!!」 その瞬間、僕のモノを口に入れた幸太郎は…音を立てながら、僕の精液を啜った… 「はぁああん!!」 何これ…すっごい…気持ちいい… ピ、ピ、ピ、ピピピピ、ピンポン!ピンポン!ピ、ピンポン! 「可愛い!豪…お前はバイオリンの天使じゃなかった…エッチな天使だったぁ…!」 幸太郎はケラケラ笑ってそう言った… その笑顔は屈託ない子供の様で…行っている行為とは…真逆の雰囲気を醸し出していて…ただでさえ混乱した僕の頭を、さらに混乱させた。 僕の足を掴んで自分に引き寄せた幸太郎は、そのまま…僕の中に自分のモノを押し付けながら、ゆっくりと先っぽだけ入って来た… 「ん~~~!せ、せ…せ、先生…いやぁあ!助けてぇん!」 バリン…!ピーピーピーピー!! 間一髪の時、突然、どこかのガラスの割れる音が聴こえて…耳をつんざく警報音が部屋中に鳴り響き始めたんだ。 「ちっ!」 すると、舌打ちをした幸太郎が僕の中に入る事を止めた…代わりに、僕を布団でぐるぐる巻きにして、何度もキスをしながらこう言ったんだ。 「豪…すぐに戻って来るからね!待ってて~!」 #29 「…あぁ、多分…やられてんな。」 インターホンを鳴らしても応答の無い様子に、俺はポツリとそう言った。 すると、理久は道端に落ちていた石を放り投げて…幸太郎の家の窓ガラスを躊躇する事なく割ったんだ。 「は…?!」 バリン…!ピーピーピーピー!! 鳴り響く警報音を聴きながら…俺は唖然として、理久を見つめた。 こいつは、もしかしたら…怒らせちゃ駄目な人種かもしれない… そんな思いに眉間にしわを寄せていると、割られた窓ガラスから、幸太郎が顔を覗かせて、理久に手を振って…こう言った。 「理久~!豪は可愛いぞ~!楽しいぞ~~!」 流石、幸太郎…頭の中が普通と違う… 俺は、呆れた顔をして幸太郎を見つめた。すると、奴は、警報を止めて…こちらへ来るでもなく…トコトコと部屋の奥へと戻って行くではないか…!! 「ヨイショ…ヨイショ…」 「…はっ?!」 なれない言葉を口に出しながら…あの、理久が!幸太郎の家の門扉をよじ登って、ズボンを破りながら…中へと侵入を果たしたではないかっ!! マジか…?! 「理久!そこのスイッチを押して…!」 無事に開いた門扉を通った俺は、理久の破れたズボンを見つめて、顔を歪めた。 血が出てる…怪我してんじゃん…! スナフキンの癖に、こいつは凄い頑張ってる… 今までにない…頑張りだ!! 信号を3回無視して…車をかっ飛ばして…マルセーユ郊外まで1時間で来たんだ! イッちゃった目をした無言の理久の車の助手席に乗った俺は、何度…頭の中に、天使のマモ~ルがよぎった事か…分からない。 「ん、やぁ…!も、もう…やぁだぁ…!」 「豪ちゃん!!」 豪ちゃんの弱々しい声を聞いた理久は、耳を立てたハンター犬の如く、どんどん家の中を進んで行った。 どうやって入ったのか…は、聞かないでくれ。 警報を切る為にセキュリティーを解除した…幸太郎の負けだ… 「あぁ…!豪!さぁさぁ!いよいよ!挿れちゃうぞぉ~~!わんわん!」 そんな声を聞いた理久は…目の前のドアを躊躇する事なく蹴破った。 「わぁ…!」 エキサイティングだ! 理久の登場に目を丸くした幸太郎は、勃起した下半身をむき出しにして…振り返った。そんな幸太郎の頭を…その場にあった、バイオリンの弓で思いきり引っ叩いた理久は、布団にグルグル巻きにされて、剥き出しのお尻を持ち上げられた格好のあられもない天使の姿に卒倒しそうになって…何度も幸太郎の太もも目がけて…弓を振るっていた。 よし!俺は…この情景に合う曲を考えよう…! 目の前で繰り広げられる大乱闘に、俺は首を傾げながら…選曲をした。 革命のエチュードか…?!ぷぷっ! 楽興の時…?!ないない! これは…まさに…!! ”ハンガリー舞曲“だ!! 「あ~はっはっは!!」 あまりの選曲センスに、ひとりで大笑いをしていると…布団にグルグル巻きにされた天使が、俺を見て言ったんだ。 「ほっくん!た…た、助けてぇん!」 「ご、豪ちゃん…!ぷぷぷっ!」 笑いを堪えながら、俺は、グルグル巻きになったあの子を解放してあげた。 すると、幸太郎が凄い勢いで飛び掛かって来て、豪ちゃんを背中に隠して…俺に唸り声をあげて来たんだ! 「グルル~~!うわん!わん!」 うわ~~~~~~っ!! これが…所謂…獣人ファックってやつなのか…?! あわ…あわあわあわあわ…!! 半笑いの顔で幸太郎を見つめた俺は、理久の手からバイオリンの弓を取り上げて、豪ちゃんに手渡した。 すると、あの子は仁王立ちして…幸太郎を、弓で…何度も、折檻したんだ。 「ん~~~!も~~!ばっかぁん!ばっかぁん!!」 「きゃんきゃん!くぅ~んくぅ~ん…!きゃん!くぅ~ん…!」 理久によって回収された豪ちゃんの服を受け取った俺は、すっかり大人しくなった獣人…幸太郎を見つめて言った。 「…怒られちゃったね?」 「…ふん!豪は、俺の事が好きなんだ…!理久は、豪を、あんな胡散臭い男の元へやったじゃないか!だから、豪は…理久じゃなくて…俺の所に連絡をして来たんだぁ!邪魔さえ入らなければ、今頃は熱々のラブラブだったんだぁ!」 …懲りないね? 首を横に振った俺は、シーツにグルグル巻きにされて鼻息を荒くする豪ちゃんを抱えた理久に言った。 「行こう…」 「も、二度と家の敷居を跨ぐんじゃねえぞ!!この、クソッタレ!!」 俺の目の前で…男らしく啖呵を切ったのは…あの、理久だ… やれやれ… 人って、幾つになっても変われる物なんですね…? あの子の荷物を全て持った俺は、理久の背中を押しながら…幸太郎の獣人ハウスを後にした… 「豪!なぁんで、あんな奴の所に行ったんだぁ!」 そして…今度は、怒りのスナフキンとあんぽんたんな天使の、終わらない問答を聞くはめになるんだ。 「ん、だぁってぇ…だぁってぇ~!!」 シーツをはだけさせた豪ちゃんは理久の頭に頬ずりしながらこう言った… 「先生がいけないんだろっ!」 「なぁんでぇ!!」 はぁ… 車に戻った俺は、ため息を吐きながら理久に言った。 「…帰りは、俺が運転するよ…。も、怖くて…お前の運転は嫌だ…」 俺は、今日…朝起きて…すり鉢を買った。そして、その後…軽井沢駅から新幹線に乗って、東京まで行った。そして、羽田空港から…パリを経由して…リヨン空港まで行って…その後…暴走車に乗ってマルセーユの郊外まで来た。そこで、乱痴気騒ぎを見て…今、2時間かかるであろう…帰り道を運転しようとしてる。 …わらけちゃうだろ? 「この前…“ツィゴイネルワイゼン”を弾いただろ…?あれで、先生の所に…お金持ちから沢山連絡があって…豪ちゃんを見せろとか…豪ちゃんに演奏させろとか…そんな話ばっかり言ってくるんだよ…今日、行ったカルダンさんの所だってそうだ…。」 「ん、知らなぁい!僕は…そんなの、知らなぁい!」 「嫌だろ?嫌だと思ったから…先生は言わなかったんだぁ!」 「…ん、ばっかぁん!言って!言ってよぉ!」 そして…後部座席で繰り広げられる…こんな会話を…密室で、否が応でも聞かなきゃ駄目なんだもんな… やんなるよ! -- 僕は、ほっくんと先生の活躍により…幸太郎から解放された… 彼は先生の言った通り…子供のままの大人だった。 それは、ポンポンよりも…無邪気で、凶悪で、本能のままだった。 肩から落ちて来るシーツを直した僕は、髪の乱れた先生を覗き込んで聞いたんだ。 「…僕が、オナニーを手伝わせたから…捨てられちゃったのかと思った…」 「そんな…!まさかっ!!」 「…はぁ?」 ほっくんの声を無視した先生は、僕の肩から落ちるシーツを直しながら…こう言った。 「豪ちゃん…。何の相談も無しに…急に、知らない人に預けるなんて言って、悪かったよ。ごめんね…。正直に言うよ…俺は、君の才能に見合うだけの指導が出来るか、自信が無かったんだ…。外圧から守れる自信も…無かった。でも…守りたかった。だから…あんな決断をした…。許しておくれ…」 項垂れた先生の頬を包み込んだ僕は、すっかり疲れ切ってしまった彼の頬に頬ずりしてこう言った… 「…ギフテッド…僕は、こんな物要らない。捨ててしまいたい。そうすれば、惺山の所に戻れて、彼が死ぬ事を…仕方のない事だって思える…。そうでしょ…?」 「…はぁ?」 「豪ちゃん…そんな事言わないでおくれ…。そうだ…ジェンキンスさんが、お花の株をくれたよ…?おばあちゃんが、きゅうりの飾り包丁を教えて欲しいって…」 先生は、僕の顔を覗き込んで…眉を下げながらそう言った。 でも…僕は、もう…バイオリンなんて弾きたくないし、何も感じたくないし…ギフテッドだと言われるのも、嫌だった。 だから、何も答えないで…先生の胸に抱き付いた。 「森山惺山が死ぬって…?いつ…?」 運転席で、ほっくんがそう言った。 どうしてほっくんが惺山の名前を知っているのか、僕は分からなかったけど…彼の質問を、誤魔化す様に…首を傾げて、目を泳がせながら…眉を下げて、先生の体に抱き付き直した。 「あ…」 その時、気が付いたんだ… 「…先生!大変!血が出てるっ!!」 先生のズボンが破れていて、太ももから血が出ていたんだ。 目を丸くした僕は、自分の包まっているシーツをはぎ取って先生の足に当てた。 すると、運転席のほっくんが、少しだけこちらを振り返って…こう言った。 「あぁ…理久が張り切ってさぁ、幸太郎の家の門扉をよじ登ったんだ!その時、ビリッて破れてた!」 ほっくんの言葉に目を丸くした僕は、先生の傷口を覗き込んで…そのまま口を付けて、ばい菌を吸ってあげた。 「あぁ…はぁはぁ…」 「…血清を打たないと!破傷風になっちゃうぅ!!」 僕が必死にばい菌を吸っていると、運転席でほっくんが言った。 「海外に行き慣れてる人は…大体、ワクチンを打ってるから、大丈夫だと思うし…あいつの門扉はサビてなかったよ…?」 そ、そうなの…? 首を傾げた僕は、血色の良くなった先生を見つめて首を傾げて聞いた。 「ワクチンって…?」 「はぁはぁ…チックンするんだよ…」 「えぇ…?やぁだぁ…!ふふぅ!」 僕は、注射は嫌い…だから、顔を歪めて先生にそう言った。すると、先生は、僕のおっぱいを触ってこう言ったんだ。 「ちっぱい…」 「ん、もう…!ばっかぁん!」 家に帰ったら…まもるがいた。 ソファに横になって寝ている姿は…大きな戦艦みたいだった… 「わぁ…」 僕は両手を口に当てたまま…まじまじと大きなまもるを見つめた。すると、ほっくんは、そんなまもるに馬乗りになって、彼を揺さぶって言ったんだ。 「まもちゃん!ただいまぁ!あ~!疲れたぁ!寝よう!寝よう!」 はっ! ほっくんの言葉に、僕は慌てて寝具の用意を始めた。 「ほっくん…2階の…ゲストルームを使ってぇ…?お布団は毎週干してるから、フカフカだよぉ?でも…枕カバーが無いからぁ…タオルを巻いてあげるね…。待ってて…!」 体に纏ったシーツを持ち上げた僕は、えっちらおっちらと階段を上った。すると、先生は、僕が転ばない様に腰を押さえてくれたんだ! 「豪ちゃん…お風呂に入った方が良い…。幸太郎の馬鹿野郎に、いったい…何をされたの…?」 ゲストルームの換気をする僕に、先生がそう言った。だから、僕は首を横に振って、口を尖らせてこう答えた。 「…ん、思い出したくなぁい!」 ほっくんは寝られるけど…まもるの大きな体は、このベッドに並んで寝るには大きすぎる気がする… 「先生…?この大きさのベッドでは、まもるの体は収まらないかもしれない…」 僕は、首を傾げながらそう言った。すると、先生は鼻で笑ってこう言ったんだ。 「あんな奴、どこでも寝られるよ…!」 そうなの…? 「はっ!」 先生の破れたズボンをぼんやりと眺めた僕は、大事な事を思い出して、先生をベッドに座らせて、ズボンを下した。 「もう…!俺たちは疲れてるんだ!アブノーマルな絡みは…自分たちの部屋でやって!ほら、出てって!キリが無いんだから!このふたりは!」 「うぅ~ん…むにゃむにゃ…豪ちゃん、お帰り…。君が…まさか!あっはっはっは!」 ほっくんに肩を抱えられたまもるは、僕を指さして…鼻の頭をチョンと小突いて笑った。 そして、僕と先生は、ほっくんに部屋から追い出された… だから、僕は…先生の寝室で、彼の傷の具合を見てあげたんだ。 「あぁ…かすり傷みたい…でも、痛かったねぇ…?」 消毒を掛けて、ティッシュで拭いてあげた。 すると、先生は…僕の髪をフワフワと撫でながら、涙を落としてクスクス笑った。 「…どうして、笑うの…?」 そう言って先生のズボンを広げた僕は、開いてしまった穴を見つめて、繕い方を思案した… 「あぁ、良かった…って、安心したんだ…」 そんな先生の言葉と…震える声に…僕は、思わず先生を抱きしめて、こう言ったんだ。 「…ごめんなさい。自暴自棄になってしまったの…。ギフテッドって何だろうって、音楽って…何だろうって…。だって、僕は…先生だから、教えて欲しいと思ったんだよ?誰でも良い訳じゃない…。あなただから、傍に居るんだ。あなたが…大好きなの。だから…どうか、お願い…。僕を遠くへやらないで…!」 僕の言葉に…先生は、僕の体を抱きしめて…こう言ってくれた… 「…分かった。」

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