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#49~#50
#49
午後9:00…まもちゃんのお店はまだまだ営業中だ…
店の前に送り届けて貰った俺は、直生と伊織に別れを告げて店の脇の外階段を上った。
彼らは、きっと…このまま空港へ直行する事だろう…
「はぁ…参ったね…」
玄関を上がりながら…ポツリと、そう呟いた。
誰かが、あの子を付け狙って…あんな動画を撮影して、広めた。
結果…あの子が、理久の家に居る事が、一番知られたくなかった層にバレてしまった。
…もう、隠し切れない。
俺は一張羅のワインレッドのスーツを脱いで、ハンガーにかけながら、深いため息を吐いた。
どうしたら良い…?理久。
俺は、豪ちゃんを守りたいあなたを、助けたいよ…
ふと、手元の携帯から森山氏に電話を掛けた。
「…はい。」
「ふふ…」
電話に出る声さえ無愛想な彼に、思わず苦笑いして…単刀直入に、こう告げた。
「もしもし、藤森です。あの子は…豪は、諸刃の剣のギフテッドだ。あの子の才能は…音楽に従事する者の根底を覆すだろう…。理久ひとりの手には負えない。あの子が一度、バイオリンを弾いただけで…彼の周りに集まる資産家たちは、こぞってあの子のパトロンになりたがっている…。そして、これは良い話ではない。」
そう言った俺の言葉に、電話口の森山氏は押し黙って…何も話さなくなった。だから、俺は続けてこう言ったんだ。
「…ギフテッドなんて目立つ存在を、資産家は、珍しいペットか道具の様に扱うんだ。そんな目に遭わない様に…理久は、豪ちゃんの素性も、住んでいる場所も、一切合切を隠してきた。でも…あの子が、理久の自宅にいる事がバレてしまった…。これから…あの子は激動の中に入るだろう…。」
「あぁ…やっぱり…」
随分、嬉しそうな声を出すじゃないか…
俺は、森山氏の声色に違和感を感じながら、続けて言った。
「もしかしたら、最悪の場合…東京に一旦連れて帰る事になるかもしれない…。」
「…最悪の場合とは…?」
森山氏は、俺の予想に反して冷静だった。
自分の恋人が、激動の嵐の中に突入するというのに、彼は、まるで、こうなる事を予測していたかの様に…落ち着き払っていた。
俺は眉を顰めて…森山氏の問いにこう答えた。
「…あの子の感受性は鋭敏だ。そんな汚れた物にまみれたら…最悪、心を病んでしまうかもしれない…」
「あっはっはっは!」
は…?
森山氏の馬鹿笑いを電話越しに聞きながら、俺は状況がつかめなくて…頭の上に、ハテナマークがついた。
「…な、何で笑ってんの…?」
つい、気の抜けた声でそう尋ねた。
すると、彼は、ケラケラ笑いながらも強い口調でこう言ったんだ。
「あの子は…強いんです。これしきの事で…自分を見失ったりしない。頑固者の、強情っぱりです。きっと、自分の意に介さない事は…頑として受け付けたりしないでしょう。それが、例え…ふふ、資産家でも、有名な音楽家でも…。」
は…?
森山氏は電話口で笑い過ぎて咳き込み始めた。そして、驚いて押し黙った俺を気遣う様にこう言ったんだ。
「藤森さん…あの子は、あなたが思っているより賢い。確かに、純粋で、無垢だ…。でも、だからこそ…自分の欲求に素直で、きかない奴なんです。都合が悪い時は嘘だって平気で尽くし…熱い物を人の口の中に入れて、楽しんでる。あっはっは!」
どういう事だ…
森山氏は、全く、あの子の事を心配などしなかった。
だから、俺は電話口の彼に…素朴な疑問を投げかけたんだ。
「…じゃあ、どうしたら良いのかな。森山さん。」
すると、彼は、考え込む様に押し黙った。そして、鼻からため息をひとつ吐くと、穏やかにこう話し始めた。
「…豪ちゃんは、よく…主観の話をする。それが真実を見る目を曇らせると、俺に教えてくれました。」
主観…?
俺はハンガーにかけたスーツの襟を撫でながら…ただ、森山氏の話を聞いた。
「それは事実じゃない、惺山!なんて…喝を入れられたり、それは主観だ!なんて、あげ足を取られたり…。音楽を聴く時も、あの子は主観を一切取り払って…音色だけに耳を澄ませるんです。だから…私の様な男を、気に入った。へそ曲がりの、無愛想…意地悪で、性格の悪い…私の様な男を気に入って、あなたは…とっても優しい人だなんて言ってくれた。」
「あぁ…ふふっ…」
俺は、思わず彼の話しにクスクスと笑った。
やっぱり、豪ちゃんは…森山氏の音色に恋をしたんだ。
不愛想で、仏頂面…こんな表面に見える全ては、あの子の前では無意味な飾りでしかないんだ。だって、一度演奏を聴けば…その人の人となりを察してしまうから。
あの子は演奏される音色から、知らずの内に…人の飾らない本質を見ているのかもしれない…
だから、俺を助けて…森山氏を愛した。
実に、ギフテッドの豪ちゃんらしい判断基準だ…。
クスクス笑い続ける俺に、森山氏は、声を穏やかにしてこう言った。
「あの子は、幼い頃から…誤解を受けやすかった。でも…ある事をきっかけに、その誤解を逆に利用して、自分を欺いて生きようと試みたんです。主観を取り除いてあの子を見ると…そんな、強くて賢い子なんです。だから…俺は、あの子の強さを信じます。」
あぁ…さすが、彼は豪ちゃんの愛する人なだけある…
森山氏の言葉を聞いて、俺は妙にストンと…胸の中で、納得してしまった。
すると、さっきまでの悲壮感も、焦りも、動揺も治まったんだ。
俺は口元を緩めながらクスクス笑って、こう言った。
「ふふ…確かにそうだ!あの子はね…ギザギザハートの俺に啖呵を切ったんだ!引っ叩かれても平気な顔をして、寄り添い続けた。そして…俺の心の中に強引に入って来て、無理やり…心を温めた。」
「ふふ…豪ちゃんらしい…」
そんな森山氏の声に、ニヤけて笑いながら…俺は続けてこう言った。
「犯されそうになったのに幸太郎をペットにしたし、お節介なまもちゃんを蹴飛ばして黙らせた。それに…怒り心頭の理久に立ち向かって、彼の本音を引き出してくれた…。そうだ…あの子は強い…強いんだ。」
「はぁ?!今…何て言いました…?犯されかけた…?!」
俺の言葉に動揺し始める森山氏を無視して、ケラケラ笑ってこう言った。
「いやぁ!目の前がクリアになった!!ありがとう!確かに、あなたは豪ちゃんの愛する人だ!あの子の事を良く知ってる!それじゃ!また!」
電話を切った俺は、すっかり落ち着きを取り戻して次の手を考え始めた。
俺は軍師だ。
あの子が…無事に天まで昇れる様に…考えてやろうじゃないか!
「ぷぷっ!可愛い見た目に騙された!あいつは…暴君だったぁ!」
部屋着に着替えて、ひとり…うしし!と笑いながら、俺は、ベッドにダイブした。
--
「ほっくんからだよぉ…?」
僕は、先生が無視し続ける携帯電話の表示を見て、そう言った。
「え…あぁ…本当だ…」
すると、先生はぼんやりと携帯電話を耳にあてた。
幸太郎は、ずっと落ち込んでる。
僕は、そんな幸太郎の頭を撫でて、顔を覗き込んで言ったんだ。
「悪い事しちゃったね…?」
「豪…ごめんね…ごめんね…」
僕が普通にする事が難しい様に…幸太郎も、どうしてこうなったのか、きっと分からないんだ。
だから、僕は幸太郎を叱ったりしない。
「良いよ…」
僕は、ニッコリ笑って…幸太郎を許してあげた。
「はぁ~~~~~~?!」
すると、突然、先生は大きな声を出して…僕をチラチラと横目に見ながら、そそくさと書斎へと行ってしまったんだ。
きっと…僕に聞かれたくない内容だったんだ…
僕は幸太郎をナデナデして、居なくなってしまったポンポンの代わりにこう言った。
「幸太郎…待て!」
すると、彼は眉を顰めて僕をジト目で見た。でも、僕は、床を指さして続けてこう言ったんだ。
「幸太郎…お座り!」
「座ってる…」
確かにそうだ…
クスクス笑った僕は、幸太郎の背中を撫でながらソファに横になって、彼に言った。
「…ねえ、幸太郎。先生は怖かったんだぁ…お金持ちが、僕に関心を寄せる事が、怖かったの。だから…隠したんだぁ。あなたがされた様に…無茶苦茶を言われたり、物の様に扱われてしまうんじゃないかって…彼は、怖かったんだぁ。」
「あぁ…」
幸太郎は目を大きく見開いて、何度も頷いていた。そして、僕を見つめてこう言ったんだ。
「豪は可愛いから…変な事もされるね?俺は、女を抱かされた…。」
ええ…?!
そんな話を聞いた僕は、急に自分の下半身の心配をして、幸太郎に言った。
「僕…エッチした事ないからぁ…上手に出来るか、分かんないなぁ…」
すると、彼は僕の頬を撫でてこう言ったんだ。
「じゃあ…俺が相手してあげようか…?」
ええ…?!
僕は、おじさんのお尻になんて…挿れたくないな…
幸太郎を見つめたまま顔を歪めた僕は、首を横に振って…こう言った。
「ほっくんなら良いけど…幸太郎はやだなぁ…」
「そっか…」
そうだよ…だって、気持ち悪いじゃん…
幸太郎は犬だから、そういう事が分からないんだ。
見た目って大事だって…僕は、ほっくんに会って、実感したもんね。
「ふふぅ!ん、やぁだぁ…!」
「何が…?ふふ…」
幸太郎が耳たぶをこしょぐって来るんだ。だから、僕は嫌がって足をバタバタさせた。でも、彼はそんな事お構いなしに、僕の耳の中に指を突っ込み続けた。
きっと、こういう事の積み重ねが”人に嫌われる”所以なんだろうな…って、漠然とそう思った。
一向に止まないこしょぐりから逃れる様に体を起こした僕は、書斎のドアを見つめて、眉を下げた。
きっと…先生は、しばらく出てこない…
だから、僕は、幸太郎の喉をナデナデして言ったんだ。
「ご飯作ってあげるね…?」
「わん!」
幸太郎は嬉しそうにそう言って、無い尻尾を振って喜んだ。
幸太郎は、ベンみたいに賢くない…躾のされていない、ジャーマンシェパードだ。
僕が一から仕込み直して…立派な警察犬に育ててみようかな…
僕はそんな事を考えながら、キッチンで夜ご飯の支度をした。
「…あぁ、良い香りだね…」
やっと書斎から出て来た先生がそう言って、僕ににっこりと笑いかけてくれた。
だから、僕もにっこりと笑い返して、こう言ったんだ。
「先生?幸太郎も一緒にご飯を食べてから帰るね…?幸太郎は、分からなかったんだ。どうして、先生が僕を閉じ込めたのか…何が怖かったのか…分からなかったんだぁ。でも、さっき話したら…分かってくれた。」
先生の表情を見つめながらそう言うと、彼は僕を見つめて…鼻からため息を吐いてこう言った。
「…分かったよ。」
やっぱり、先生は…優しい。
僕は…幸太郎が悪い事をして…良かったって、心のどこかで思っちゃってるんだ。
だって、あの事が無かったら…僕は、まだ…先生の思いも、自分の状況も分かっていなかっただろうから…
今は、とっても、すっきりしてる。
先生が…僕の欲しかった言葉を言ってくれたから…とっても、安心したんだ。
#50
「理久!押せ押せの特攻を仕掛けるぞ!」
俺がそう言うと、理久は大きな声を出して…電話口で叫んだ。
「はぁ~~~~~?!」
そうだ!そうだよ!
もっと、俺のこの奇想天外な作戦を…驚いて、あがめてくれ!
軍師であり、策士である俺は、良い事を思いついてしまったんだ…
あれは…ベッドにゴロゴロと寝転がって、まもるのプリンを食べていた時…ふと、布団の上にこぼしたプリンを見つめて…閃いたんだ…!!
興奮状態の俺は、電話の向こうの理久の事なんてお構いなしに、早口でこう言った。
「森山惺山は、なかなか肝の据わった良い男だった!豪ちゃんが…せいざぁん、大好き~なんて惚気てしまうのも、頷ける…。俺だって、まもちゃんに出会う前に、彼に会っていたら…はぁはぁ…!見た目だって悪くないし、何よりも…無愛想な顔に、時折見せる笑顔が…はぁはぁ…!そんな彼に、さっき、ヒントを貰ったんだ!」
すると、電話の向こうで理久がため息を吐いた。
「…ふぅん、で、何?」
ぶっきらぼうにそう聞いて来た理久は、森山氏を持ち上げた俺に苛ついてる様だ…
いっちょ前に嫉妬心なんて抱いてしまう理久に、俺はクスクス笑ってこう言った。
「豪ちゃんは…賢い子だって、知ってた?」
勿体ぶる様に要点を伝え無い俺に、理久は少しずつ苛立って行った。
「…ん、知ってるよ!そして…はぁ、めちゃくちゃ…頑固者だ…!全く!どうしようもないな!あれは…筋金入りの頑固者だ!」
ははっ!
あなたも彼と同じことを言うんだ!
クスクス笑った俺は、電話口の理久にこう言った。
「俺たちは、あの子を隠す事ばかり考えていた。あんなヤバい才能…急にお披露目なんてしたら、大変だ!って…。それは、音楽に従事する者たちを思ってのと…そんな輝きに集まる虫を嫌っての判断だった。そうだよね?」
俺の言葉に鼻で相槌を打った理久は、とぼけたような声を出してこう言った。
「あぁ…そうだなぁ…」
「…実は、良い事を考えたんだよ。うしし…!」
電話を耳に当てながら…俺は、自分の考えた作戦に興奮して…まもちゃんのベッドの上でボンボン跳ねた。
最大の防御が何か知ってるかい…?
…攻撃だ!
先見の明がある俺は…既に、次弾を装填済みだ…!!
俺は首を伸ばしてニヤリと笑うと、見えもしないのにベッドの上に仁王立ちして、得意気に理久に言ったんだ。
「…理久。直生と伊織が、多分…いいや、確実に。あなたの家に、尋ねに行くだろう。彼らを豪ちゃんの為に、利用しようと思う。彼らと一緒に、どんどん弾かせて…どんどん楽しませて…あの子の怖がって委縮した翼を、思いきり広げさせてあげるんだ!」
そう…
まだ、きっと…誰も一緒に行った事の無い場所まで…
優秀なチェリストたちに、道案内をして貰おうじゃないか…!!
「あっはっはっは!まぁ~ったく…お前の、そう言う所が好きだよ。」
俺の言葉に、理久はゲラゲラと大笑いをしてそう言った。
そして、続けてこう聞いて来たんだ。
「…で、その後はどうするんだ…!」
俺は、そんな理久の言葉に…ゴクリと生唾を飲んで…こう言った。
「唯一無二の…バイオリニストにするんだ…!」
誰かに汚されるのを避けたいなら…誰の手も届かない場所まで、空高く…自由に、飛ばせてあげれば良いんだ。
言葉を失った様子の理久に、俺は淡々と注文を付けた。
「あの子は…運指の練習よりも、誰かとセッションをさせた方が良い。…すぐに相手の技術を自分の物に出来るだろう。だから、沢山の奏者と、沢山合奏させて…楽しいままで、音楽を思いきり感じさせてあげたい。一緒に合奏をして感じたんだ。…あなたも、あの子と演奏して感じているだろ…?あの子と一緒に合奏をすると…胸の奥から感情が沸き上がって来る。それは…楽しいって…シンプルな感情だ!」
そんな俺の言葉に、理久は電話の向こうでクスクス笑ってこう言った…
「…楽しい。確かに…あの子と演奏すると、楽しい…」
そう…
音色の波に乗りながら、情景の中を一緒に泳いで…まるで、あの子と遊んでいる様な気分になる。
そして…音楽って、楽しいんだって…思えてくるんだ。
あの子のセオリーを無視した演奏も、あの子の自由な発想も、あの子の奏でる音色も…どれも、四角四面な音楽家では真似できない。
それは、ある意味…予想が付かない子供を相手に一緒に遊んでいる時の様な…意外性と、新しい発見を、俺たちにもたらしてくれる。
だから、楽しいんだ…
だから、面白いんだ…
だから、癖になる。
「豪ちゃんは、その“楽しい”感情が原動力になるんだ。あの子の無限の力を放出させるには、あの子が思いきり楽しまなくてはいけない。だから…もっと、もっと、楽しませてあげなくちゃ駄目なんだ。」
そんな俺の言葉に、理久は鼻からため息をついてこう言った。
「…あの子が心配だったんだ…。汚されたくなかった…。傷付いて欲しくなかった…。」
そうだね。俺も同感だ…。でも、森山氏は言った。
あの子は…強いって。
鼻から息を思いきり吸った俺は、目に力を込めてこう言った。
「分かってる。でも、豪ちゃんは…賢くて、強い子だ。だから…あの子の強さを信じようじゃないか。これからは、隠す事もしないで良いし、自由にバイオリンを弾かせてあげよう。」
「資産家が近付いて来たら…どうするの?」
そんな理久の質問に、俺は鼻を鳴らしてこう答えた。
「理久。あの子の演奏を聴かせる人間を取捨選択するんだ。…カースト下位の金持ちは相手にするな。いつだって、どこにだって、上には上がいるもんだ…。あの子は、上等な金持ちしか相手にしない。そう、態度で示してやれば良い。そうすれば、自ずと一番てっぺんの金持ちが、あの子を守る事になるだろう。」
すると、理久は電話口でゲラゲラと馬鹿笑いをしてこう言ったんだ。
「…あっはっはっは!さぁすが、北斗だな!さすが、バイオリンの神様だぁ…!」
いつの間に…あなたは、そんなヨイショをする男になったんだ…!
でも、そう言われて…悪い気はしない。
俺はケラケラ笑いながら理久との電話を切った…
森山惺山…豪ちゃんの恋人。
あの子の事をよく知っている彼に、連絡を入れて…良かった。
お陰で、真っ暗だった先に光が見えた!
「風はこっちに吹いてるっ!押せ押せの特攻だぁ~~っ!」
ベッドの上でハッスルしていると、ガチャリと玄関が開いて…まもちゃんが目を丸くしてこう言った。
「なんだ。北斗は…今日も、激しく、愛し合う準備が整ってるじゃないの…!」
ウケる…
俺は、こんなまもちゃんが…大好きだ!
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「幸太郎…バイバイ!」
「バイバイ!豪…大好きだよ。」
真っ赤なスポーツカーに乗った幸太郎は、凄い速さで、あっという間に見えなくなった…
部屋に戻った僕は、ピアノに腰かける先生を見つけて、思わずニッコリ笑って言った。
「久しぶりだぁ…先生が座ってるの、久しぶりだぁ…!わぁい!」
「…豪ちゃん、一緒に何か弾こうか…?」
先生はそう言って、ピアノの椅子を少しだけ座り直して…ポンポンと椅子を叩いて僕を誘ってくれた!だから、僕はとっても嬉しくなって…スキップして彼の元へ向かったんだ。
「キャッキャッキャッキャ!」
そして、すぐに先生の隣に座って…あったかくて大きな腕にもたれかかった。
なんだか、とっても久しぶりな気がして…僕は笑い顔をそのままに先生に言った。
「先生の隣、大好き!」
「ふふ…俺も…豪ちゃんの隣が大好きだよ…」
やったぁ…!
ピアノの上のバイオリンを手に取った僕は、少しだけお尻をずらして、先生を見ながら首に挟んだ。そして…ピチカートしながらこう言ったんだ。
「先生…大好き!」
「ふふっ!嬉しいね…ありがとう…」
僕は、笑顔の先生が、とっても…嬉しかった。
「“死の舞踏”は、とっても上手だったね…?」
先生はそう言うと、ピアノで“死の舞踏”を弾き始めた。だから、僕は彼に合わせて…ピチカートしながらメロディを弾いて言ったんだ。
「不協和音って言うんだよ…?あれが…僕みたいで、気に入ったの。」
僕がそう言うと、先生は、1音だけズレている音を鍵盤で弾いて僕を見つめて言った。
「…これの事…?」
だから、僕は、コクコクと頷いて言った…
「ん、そうだよ~。不愉快でしょ…?」
「不愉快じゃない…これは、こういう表現なんだよ。」
先生はそう言って、もうひとつ…僕に、違う鍵盤を弾いて見せてくれた。
「これは…ブルーノート…こうして、わざと音を外すんだ。そういう弾き方であるんだよ…。違和感を感じる音でもね…それは、曲全体を通した時にお洒落なインパクトに変わるんだ。素敵だろ…?」
確かに…
「ふふぅ…本当だねぇ?お洒落に聴こえる~!」
体を揺らして喜んだ僕は、先生を見上げながら、バイオリンの弓を構えた。そして、首を傾げて言ったんだ。
「”死の舞踏”を弾いてみようかぁ…?」
そうすると、先生はピアノで上手に伴奏を弾き始めてくれた。
僕は、そんな彼の伴奏に素敵に合う様に、バイオリンを弾いた。
「良いね…ここは伸ばしてみる…?」
「うん!」
先生のピアノと僕のバイオリンはピッタリと息を合わせて、綺麗な不協和音を奏でた。
それは、惺山と一緒に弾いていた時よりも…もっと、密で…もっと、近くて…もっと…濃かった。
「あぁ…!良いね…弱くなって行って…その後どうするの…?」
先生が、僕を見つめて、ケラケラ笑ってそう聞いて来た。
だから、僕は弓をゆったりと揺らしながらこう言ったんだ。
「…この後…骸骨のパーリーナイトが始まるんだぁ!怒涛の如く渦巻いて…吹き上がって行くから…骸骨の体を捨てて…魂だけ空まで飛んで行っちゃう~!」
「あ~はははは!よし来たぁ!」
楽しいな…
楽しいな…!
先生のピアノと、僕のピチカートしたバイオリンの音色が、あっという間に面白おかしい骸骨パーティーの情景を作り上げていくんだ。
息のピッタリ合った先生のピアノは…まるで…まるで…
エッチしてるみたいに…僕を興奮させていく…!!
「あぁ…先生!気持ちいい…!!」
「あ~はっはっは!そうだろう。そ~うだろう!」
満足そうに微笑む先生は、テクニシャンだ…
だって、僕の体は…もう、こんなに…トロけちゃってるもの!!
「先生!一緒に来て!」
怒涛の如く吹き荒れる骸骨の嵐を、バイオリンをかき鳴らす音色で表して…止めどなく繰り返される旋律のアクセントをわざとズラしていくと…僕は、先生と一緒に…魂だけになって空まで吹っ飛んで行った。
「あ~はっはっは!すごいぞ~!」
大喜びする先生を横目に僕はにっこり笑って…最後を茶目っ気たっぷりにピチカートで終わった。
「先生…」
僕は顔を真っ赤にして…惚けた瞳で先生を見つめて、頷きながら言った。
「僕たちは…とっても、馬が合うね?」
「ふふ…俺も、そう思ってた!」
ケラケラ笑った先生に抱き付いた僕は、彼の頬に頬ずりした。
すると、先生は“リベルタンゴ”の伴奏を、ゆっくり弾き始めて…僕を色っぽい目で見つめて言ったんだ。
「豪…セクシーにして…」
あ~はっはっは!!
僕は笑っちゃう目をそのままに、先生を見つめてセクシーに頷いた。そして、バイオリンの音色をかき鳴らして弾き始めたんだ。
不思議だよ…
僕の自由に弾いているのに…先生は、僕の思った通りに強弱を付けてくれるんだ。
そして、僕の思った通りに…最後を終えてくれた!
「はぁはぁ…た、楽しいね?」
僕は、ニヤける顔をそのままに先生にそう言った。すると、先生はにっこりと笑ってこう言ったんだ…
「やっぱり、北斗の言った通り…豪ちゃんは、こうして…上手になって行くのかもしれないね…」
へ…?
「ほっくん、なんて言ってたぁ…?」
僕はほっくんの言葉が気になって…先生の隣に腰かけて彼に尋ねた。すると、先生は僕を見下ろして、瞳を細めて言ったんだ。
「…豪ちゃんは、他の人と演奏を沢山した方が良いって…言ってたよ?」
「わぁ…!」
僕は、ほっくんが…僕の事を話してくれていた事が嬉しくて…顔を熱くして、もじもじした。
「…嬉しいの?」
クスクス笑った先生がそう聞いて来るから…僕はもじもじしながら、コクリと頷いた。
だって…ほっくんは、とっても綺麗な美人さんだもの。
照れない人は…いないよ。
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