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#54~#57

#54 「まもちゃん、ただいま~!」 「はっ?!」 厨房の中から俺を見つけたまもちゃんは、顔をギョッと歪ませて…急いで駆け寄って来た。そして、怒ったみたいに眉を上げてこう言ったんだ。 「バイクに乗ったの…?」 だから、俺は髪をなびかせる様に首を横に振って…極まった様に言ったんだ。 「んふふ~!ビュンッビュンッだったぁ…!快感だね…」 すると、アルバイトのお姉さんが、まもちゃんを押し退けて、急にこんな事を言い始めたんだ。 「分かるぅ~!トロトロ走る車より、風を切って走る、コーナー攻めちゃう位のバイクの方がカッコいいよね~!北斗も若いから…うんこみたいな車より、格好良い方が良いよねぇ?うんこみたいなおっさんよりさぁ…。かっこいい方が良いよねぇ?」 あちゃ… 俺は、彼女とも付き合いは長いんだ… 大抵こんな風に遠回しにまもちゃんをいびり始める時は、彼がお姉さんを怒らせている事が多い。 理由…? きっと、俺が怒った時とおんなじ… 忙しい時間に…勝手にイライラして…勝手に理不尽に怒り始める…アレを、お姉さんにもしたんだ… だから、彼女は…キレてる。 「そうだぁ!最近、向こうの別荘に来てる大学生とか…めちゃくちゃカッコ良かったから、今度、一緒に見に行こう?」 「…行く行く~!」 俺はお姉さんの気持ち…痛いほど分かるよ。 だから、そう言った。 すると、まもちゃんは慌ててお姉さんにこう言い始めたんだ。 「でも!でもさぁ~!やっぱりオールドクラシックカーの素晴らしさって言うのは、若さと速さだけの車より…魅力的だと思うんだよねぇ~。ね?北斗?」 「エンストばっかするくせによっ!まともに走ってから言えってんだ!」 あ~はっはっはっは!!ウケる! 吐き捨てる様にそう言ったお姉さんは、水を手に持って…お客さんの席を回り始めた… 枯れすすき… そんな哀愁漂う姿になったまもちゃんを見上げて、俺は彼の背中をナデナデしながらこう言ったんだ… 「…繁盛期だけでも…厨房に人を雇うか…アルコールはビールだけにすれば…?」 「…前向きに検討します…」 ガックシとまもちゃんは項垂れながらそう言った… 「ところで、後藤さんの話…どうするのよ、北斗ちゃん!」 急に元気を取り戻したまもちゃんは、俺の肩に両手を置いて、モミモミしながら顔を覗き込んで来た…だから、俺は彼を少しだけ振り返って、こう答えたんだ。 「…150万円、払えるなら、文句言わずに弾くってば!」 すると、彼は大きな声を上げて言った。 「はぁ~~~!俺の店の常連さんだよ?3万円にしてあげてよ!」 ははっ!幾らの値引きだよ! 俺はバイオリンを胸の前で抱えて、彼を振り返ってこう言った。 「全く…!じゃあ…その間を取って…5万円にまけてやるよっ!」 「…妥当だな。」 にっこりと笑った彼は、俺を抱きしめてこう言った。 「はぁ…さすが、俺の北斗は、優しいんだ…」 そして…熱烈で、熱い…トロけちゃうキスをくれた… だから、俺はバイオリンと一緒に彼を抱きしめて、うっとりと…彼に身を委ねた。 耳に聴こえて来るのは、ブチ切れたお姉さんの舌打ちと…お店のお客さんの笑い声… 「まもちゃん…愛してる…」 俺は、彼の胸に顔を埋めてそう言った…そして、彼の低くて良く響く声に…体を震わせてうっとりと瞳を閉じた。 「俺も、北斗を愛してるよ…」 知ってる…でも、嬉しい… 厨房へ戻るまもちゃんと別れて、俺は2階へと上がった。 そして、いつもの様に…鍵を開いて、ドアを開けて…中に入った。 たったこれだけの事なのに…帰る事を考えない今となったら、妙にこそばゆくて、妙に心地良くて、妙に…嬉しかった。 俺は、まもちゃんと…トゥギャザーするんだ。 左手の薬指の指輪を指先でまわしながら…俺はベッドに突っ伏して、嬉しくて泣いた… -- 夜のテラス…椅子に腰かけて夜空を眺める先生に、僕は聞いた。 「先生、ワインって…美味しい…?」 …畑で育てたルッコラを生ハムで巻いて、おつまみに出してあげた。 でも、僕は先生の足の間に座り込んで…気が付いたら、大半を食べてしまっていた。 …新鮮なルッコラがとっても美味しくて、止まらなくなっちゃったんだ。 「どうかな…」 僕の質問に、先生は星を見上げながらそう呟いた。 だから、僕は先生の手を持って、彼のワイングラスの中のワインを少しだけペロリと舐めてみた。 「あぁ…全然、美味しくないや…」 そう言った僕の言葉に、先生はクスクス笑った。 彼といると安心する。 それは…ずっと前からだ。 惺山の傍に居た時から…それは変わらない… 「前髪が…邪魔そうだ…」 僕の長い前髪を先生は指先で分けてくれた。だから、僕は首を傾げて先生の鼻を撫でて笑った… 直生さんと伊織さんは、僕に音楽を教えてくれると…そう言って、帰って行った。 先生なんて物じゃなくて、豪ちゃんのお友達だよ~?って言ってたけど… 僕は、少しだけ…怖いんだ。 直生さんと伊織さんに会う前…先生は、僕に…1人の女の子を紹介した… 先生のお仕事で出入りしていた“なんとか音楽院”の特待生の女の子だそうだ。 歳は僕よりも少し上…きっと、話が合うかと思って…そうしたんだ。 でも、彼女は…気高かった… 長年バイオリンを弾いて来た自負と、実力と、誇りを持っていた。 そんな彼女に、先生は…僕を、こう紹介した… 「16歳の豪ちゃんだよ?博美ちゃん。この子は、聴いた物をすぐに覚える事が出来るんだ。だから…この子に一曲弾いて聴かせてくれないかい…?」 「…え、何ですか…?それ。」 博美ちゃんと呼ばれるその子は…初めの初めから、僕が先生に特別扱いされている事を気に入らない様子だった。 明らかに…不機嫌に表情を曇らせていたんだ。 彼の…恩恵を受けていると…苛立っているみたいだった。 でも、仕方ない…と言った表情で、彼女は不服そうにバイオリンを首に挟んで、先生だけを見つめて…バイオリンを弾き始めたんだ。 めちゃくちゃ難しそうな曲だった… 僕は、彼女の雰囲気も…音色も…嫌いだった。 だから、先生の耳元で言ったんだ。 「博美ちゃん怖いね…?僕の事が嫌いみたいだぁ…。音色もトゲトゲしててこわぁい!」 すると、先生は、博美ちゃんを見つめたまま…首を傾げて僕にこう言った。 「それは…豪ちゃんの主観…?」 「ん、ちっがぁう…本当だよぉ?」 僕は、先生の耳に鼻息を吹きかけながら、そう言った。 今思えば…先生が言った通り…あれは、僕の主観に他ならない… 嫌な顔を向けられて、嫌な気持ちになったんだ。 「…豪ちゃん、今、博美ちゃんが弾いた物を、弾いてごらん…?」 先生は、博美ちゃんの演奏に拍手を送る僕にそう言って…自分のバイオリンを差し出した。だから僕は、口をひん曲げながら先生のバイオリンを受け取った。 「…理久先生。お言葉ですけど…。先生のたっかい…ストラディヴァリを使ったとしても、私の“スケルツォ・タランテラ”を、聴いただけで真似できるとは思えませんよ?こんなの時間の無駄です。それよりも…私の次回のコンクールの曲を聴いて、評価して頂けませんか…?」 完全に僕なんて無視して…博美ちゃんは、先生にそう言った。 すると、先生は、僕に弓を渡して言ったんだ。 「…さあ、弾いてごらん?」 「ふんだぁ!」 僕はムスッと頬を膨らませたまま…さっき、博美ちゃんが弾いた曲を弾き始めた。 それは、僕の好きな…タランテラの早いリズムと、穏やかに、ゆったりと、音色を響かせる部分…そんなパートに分かれた…素敵な曲だった。 そんな旋律の美しさに、うっとりとしながら曲を弾いて行くと…突然、それは起こった… 「…な、な、なによぉ~~~っっ!!」 「ひぃ!」 突然怒り始めた博美ちゃんは、手に持っていた弓で近くにあったテーブルをガンガンとぶん殴り始めたんだ… 「あわ…あわあわあわ…あわあわ…!」 僕は、すぐに顔面蒼白になって…先生の後ろに隠れた。 「…勝手に真似しないでよっ!何よぉっ!何で、弾けんのよっ!ムカつく~~~っ!!」 「あわ…あわあわ…あわあわあわ…!」 ヒートアップした博美ちゃんは、弓がバキッと音を立ててもテーブルをガンガンぶん殴り続けていた。 そんな彼女を前に…先生は怖がりもしないで、こう言ったんだ。 「…悪かったね。別に、君の演奏を真似した訳じゃない…メロディを教えて貰っただけなんだ。だから、情緒は全く違う風に表現していただろう…?そんなに、怒らなくとも…」 すると、博美ちゃんは泣きながら…先生に、こう、訴えて来た… 「先生!理久先生!!こんなの…酷い!私が、この曲を弾くのに…どれくらい頑張ったと思いますか?どれくらい、時間を使ったと思いますか?こんな風に掠め取られる為に頑張った訳じゃない!」 その言葉を聴いて…分かったんだ… 僕は人の演奏を聴いて…曲を、覚えている。 それって…つまりそう言う事なんだって… 誰かの頑張りを、無礼に…美味しい所取りしてるんだって… 剛田たけしなんだって…気が付いた。 先生は、泣きじゃくる博美ちゃんの肩をポンポン叩いて…彼女の顔を覗き込んで、こう言った… 「私だって…そんなつもりで君にお願いした訳じゃない…。でも、傷付けてしまったのなら、謝ろう…すまなかった。でも、この子の存在は…君には、無害だよ?」 「酷い…!酷い!泥棒だ!私の演奏を盗んだぁ…!泥棒!」 そんな言葉を、浴びせられた… きっと、それ程に…彼女は僕に耳コピされたのが…嫌だったんだ。 博美ちゃんは泣きながら、先生の後ろに隠れる僕を睨み続けていた… 「…博美ちゃん、ごめんね。でも…こんな風に、メロディを一度聴いただけで完コピ出来る事、普通ではありえないんだ。それに、この子に、曲を教えたとしても…君の評価には、何の影響も無いし…君には、関わりのない子なんだよ?だから…そんな風に、悲観する事自体…少し、お門違いなんだ。」 先生は、シクシクと泣き続ける博美ちゃんに、そう言った。でも、彼女は打ちひしがれた様に…泣き続けるばかりだった。 僕は…それ以来、すっかりビビってる… CDや先生の演奏を聴くのは平気だけど…誰かの演奏を聴いて、知らずのうちに…その人の弾いた物を覚えてしまう事が…“剛田”になる事が、怖い。 直生さんと伊織さんは…嫌な気持ちにならないか、不安なんだ。 僕の事を…嫌なクソガキだと思ってしまうんじゃないかと…不安なんだ。 「9月の星は…綺麗だね…?」 先生の真似をして、僕は満天の星空を見上げてそう言った。 惺山… 星を見上げると、あなたを思い出す… 会いたくて、会いたくて、堪らなくなるよ。 目から流れて落ちて行く涙をそのまま垂らして、僕は生ハムを、また一つ口に入れた。 「…いつか、また、会えるんだぁ…だから、悲しくないんだぁ…」 僕がそう呟くと、先生は優しく背中を撫でてくれた… 「…今日、一緒に寝たい…」 僕は、定期的に、寂しくなると…先生と一緒に寝る。 ポンポンが居なくなった今…パリスは僕と一緒に寝る事を再び再開したんだ。 今も、僕と先生の足元で、早く寝ようって…言ってる。 酷いよね…? 動物って、結構現金だ。 僕は簡単に手のひら返しをしたポンポンを見て、ああはなりたくないって反面教師にしてる。 「先に寝てなさい…先生は、もう少しここに居るから…」 そう言った先生を残して、僕はパリスを抱っこして…彼の寝室へと向かった。 「パリスはここで寝てね…?」 自分の足元にパリスを寝かせた僕は、大きな先生のベッドにうつ伏せて…枕を抱きしめた。そして、目の前に見える…お月様を見つめて、ウトウトと瞼を落として行った。 すると、廊下から、先生がお風呂へ向かう音が聴こえて来た… 「コッコココ…」 パリスが、寝言でも言っているのか…喉を鳴らして鳴いた。 だから、僕は布団の中の足を少しだけ動かして…彼女が悪夢なんて見ない様にユラユラと揺らしてあげた。 ガチャ… 先生が部屋に入って来た… きっともうすぐ、隣に寝転がってくれる。 先生は、僕の髪を撫でて優しくキスをくれた。そして、窓辺に立って、外を見下ろしたまま、動きを止めてしまった。 だから、僕は不思議に思って先生に聞いたんだ。 「…どうしたの…?早く、来てぇ…?」 「…起きてたの…?」 先生は窓の外を見つめたまま…僕にそう聞いて来た。 だから、僕はベッドをポンポン叩いて、こう言ったんだ。 「早く来てぇ~!」 「先に寝てなさいって…」 先生は少しだけ振り返って、僕にそう言った。だから、僕は、ベッドから起き上がって…先生が何を見ているのか、確認しに行ったんだ。 窓と先生の間に体を入れて…先生の見下ろす方向を一緒に見つめた。 「…何が見えるのぉ?」 僕がそう尋ねると、先生は、僕を無視して、僕の髪に顔を埋めた。 「…何を見てるのぉ?」 再び先生にそう尋ねると、先生は僕をギュッと抱きしめて、こう言ったんだ。 「お化けだよ…?」 「ぎゃっ!」 怖くなった僕は、窓のカーテンを閉めて、先生に抱き付いた。 そして、そのまま彼を押して…ベッドに寝かせたんだ。 「寝るのぉ~!一緒に寝るのぉ~!」 そう言って先生の上を四つん這いで通り過ぎた僕は、そのままゴロンと寝転がって、彼に抱き付いた。 すると、先生は体を僕に向けて、優しく髪を撫でながら言ったんだ。 「豪ちゃん…先生、今日は一緒に寝たく無いかもしれない…」 はぁ…?! 「ん、もう…わがまま言わないのぉ!」 怒った僕は、先生のお腹をバシバシ叩いて言った。 「男は、1回良いって言ったら、途中でそんな事言い出さないんだよぉ?これは性差別じゃない。心意気の問題なんだぁ。」 すると、先生はケラケラ笑って、僕の上に覆い被さって来たんだ。 カーテンを閉めたせいか…僕は、先生の表情が薄ぼんやりとしか、分からなかった。 だから、両手で彼の顔を撫でながら、首を傾げて聞いたんだ。 「…怒ってるの?」 「いいや…」 「泣いてる…?」 「いいや…」 「じゃあ…どんな顔してるの…?」 「豪ちゃん…愛しい人…」 先生はそう言って僕にキスをした。それは、たまに、不意にしてしまう…舌を絡めたキスだった。だから、僕は…首を伸ばして、先生の口に一緒にキスをした。 でも…今日は、いつもと違った… 先生は僕の体を撫でて、そのまま…首に舌を這わせ始めたんだ。 どうしてかな… 僕は、嫌じゃなかった… だから、彼の背中を抱きしめて、受け入れたんだ… 「先生…」 僕は…そう言って、先生の髪を撫でて…抱きしめた。すると、彼は僕の部屋着の中に手を入れながら、こう言った… 「豪ちゃん…ごめんね…」 謝らないで… だって、好きなんだ。 「先生…ごめんね…」 僕は、そう言って…先生の体を両足で挟んで、自分に引き寄せた。 自分の体に舌を這わせられる事を、こんなに気持ち良く感じるのは…どうしてだろう… 自分の股間を撫でられて、こんなに気持ち良く感じるのは…どうして。 僕は、先生の背中を抱きしめながら、彼の肌に顔を埋めて言った。 「…先生、大好き…」 それは、惺山とは…違う。大好き… 今の、あなたにだったら… 「豪ちゃん…俺を、許して…」 先生は優しい瞳で僕にそう言った。だから、僕は彼の唇にキスをして…こう言った。 「先生…大好きだよ…」 彼の繊細な手つきで、滑らかに撫でられる体が…どんどん熱くなって行って…僕は、堪らず先生にしがみ付いて、彼をベッドに押し倒した。 惺山…ごめんなさい。 あなたが心配した通り…僕は、彼が大好きになってしまった。 絶対に…先生とは、あんな事をするな。 そう、言われたのに… 僕は、あなたとの約束を、破ってしまった。 先生のシャツを捲り上げた僕は、大好きな彼の肌に舌を這わせて…キスをした。そして、大きくなった彼のモノを感じながら、ゆるゆると腰を動かして言ったんだ。 「…したい…」 彼が欲しい… この、美しい人を、自分の物に…したい。 僕は、先生に覆い被さって…彼にキスしながら自分の背中を撫でる彼の手に…気持ち良くなって腰を震わせた。そんな僕に頬ずりしながら、先生はこう言ったんだ… 「可愛いね…」 うっとりと色付いた声も、僕のお尻を撫でる手も、ギラ付いた目も、素敵な音色を奏でられる指も、色々な事を知っている頭の中も、全部、僕に頂戴。 僕はすっかり陶酔したみたいにうっとりして、先生に頬ずりしながら彼の耳にキスをして、少しだけ食んでみた。 彼とは違う… すると、先生は凄い勢いで体を起こして、体に跨った僕の腰を掴んだ。そして、頭を屈めると僕のちっぱいを舐め始めた。 体に電気が走ったみたいに、ビクビクと腰が震えて…僕は、快感に体をのけ反らせながら彼の頭を抱きしめた。 「はぁはぁ…あぁ…先生、好き…大好き…」 惺山…ごめんなさい… ごめんなさい… 彼が、欲しいんだ… お尻に直に触れる先生の手のひらを感じながら、僕は、彼の髪をグチャグチャにして、うっとりと瞳を潤ませて唇にキスをした。 「もっと…キスしたぁい…」 すぐに唇を外したがる先生に、僕はそんな注文を付けた。すると、彼は、惚けた表情を向けて…すぐに、僕に熱烈なキスをくれたんだ。 そして、そのまま僕をベッドに沈めて…パンツをズボンと一緒に脱がせた。 既に勃起していた僕のモノが立ち上がると、彼はそれを優しく手のひらで撫でながら…口の中に入れて行った… 「あっああ…せんせ…はぁはぁ…気もちい…はぁはぁ…」 彼とは違う… 先生の髪を鷲掴みした僕は、快感に体をのけ反らせて…足をもがく様にベッドの上を掻いた。 先生は、僕のちっぱいを優しく撫でながら…先っぽの乳首を指先で転がした。 それがとっても気持ち良くって…僕は、クラクラしてくる頭を横に振りながら、喘ぎ声を漏らしたんだ… 「あっああ…はぁはぁ…先生、気持ちい…!好き…好き…大好きぃ…」 「どうしよう…豪ちゃん。君がとっても大切なのに、愛しているのに、こんな事をしてしまう…。こんな…俺を、許してね…」 そう言った先生の声は…色っぽく色付いているのに、少しだけ、苦しんでいる様に…聴こえた。 僕は、自分の胸に置かれた彼の手の上に手を乗せて…彼の指の間に自分の指を絡めた…そして先生の腕を撫でながら、ゆっくりと体を起こして、僕のモノを舐める先生の顔を両手で持ち上げた。 …目の前にいる人は、僕の大好きな人。 「…僕は、あなたが、大好きだよぉ…?」 僕がそう言うと、先生は惚けた瞳で僕にキスをしながらこう言ったんだ。 「…愛してるよ。愛しい人…」 丁寧にベッドに寝かされた僕は、隣に寄り添って寝転がる先生の胸に顔を埋めて、彼の胸をペロペロと舐めて、頬ずりした。 下半身に感じる違和感に眉間にしわを寄せて先生を仰いで見上げると、彼は僕の唇にキスをしながら、息を荒くして行った。 僕の中を撫でる指先も、僕の足を撫でる先生の足の感触も、どれもとっても気持ち良くって、僕は堪らなく興奮してしまった… 「はぁはぁ…きもちい、先生…もっと、キスしてぇ…」 頬ずりしながらおねだりした僕は、彼の唇をいやらしく食みながら…気持ちの良い感触に口元を緩めて微笑んだ。 中に感じていた違和感があっという間に快感に変わって…僕は、ゆるゆると腰を動かしながら先生のくれる快感にどっぷりと浸かって行った… それはまるで、曲の中の旋律に身を任せている様な…心地良さ。 彼の奏でる曲の中に…入ってしまったかの様な…陶酔感だ。 「はぁ…可愛い…」 うっとりと瞳を潤ませた先生が、僕を見つめて…そう言った。 快感に翻弄された僕の体は熱を帯びて…トロけた。 そんな僕の中に先生がゆっくりと入って来て…彼を中に感じた僕は、あまりの快感に悲鳴を上げて、イッてしまったんだ… 「はぁはぁ…も、もう…イッちゃったぁ…」 僕は、肩で息をしながらそう言った。 そして、フルフルと震える自分のモノの先っぽを指で撫でながら、先生を見上げて眉を下げたまま首を傾げた… …だって、こんなにすぐにイクと思わなかったんだ… 彼はそんな僕に甘くて…優しくて、力強くて…溺れてしまいそうなキスをくれた。 ゆっくりと中を行ったり来たりする先生のモノは、彼の演奏と同じで…とっても気持ちが良かった。 僕は、先生の背中を両手で抱きしめて、快感に溺れる僕を見下ろす先生を見つめた。 だって、惚けて僕を見つめる先生は…とっても、素敵だったんだ。 だから、彼がもっと僕にトロけてしまう様に…喘ぎ声の合間に…何度も言った。 「先生…大好き…先生、大好き…」 彼の全てが欲しいんだ… #56 早朝… 「直生と伊織には正直…がっかりした!俺には早々に手を出した癖に!豪ちゃんにはガチ惚れしてるんだ!失礼だと思わない?幼かった俺に、失礼だと思わない?」 俺はベッドの上で着替えをしながら、まもちゃんにそう言った。 すると、彼は肩をすくめて顔を歪めながらこう言ったんだ。 「そ…そんな事を、お前にガチ惚れしてる俺に聞くんじゃないよっ!」 確かに… しかしながら、真正のロリコンであるが故なのか…直生と伊織は、天使の様な豪ちゃんにメロメロなんだ… 俺は、手元の携帯電話を弄って、彼らから送られてくる豪ちゃんの盗撮写真をまもちゃんに見せて言った。 「チェロも弾かないで…こんなの、送って来るんだ!!」 それを見たまもちゃんは…顔を歪めたまま、言葉を失った。 豪ちゃんが、ご飯を食べる所… 豪ちゃんが、パリスと戯れて…襟元から背中が見える所… 豪ちゃんが、伊織の髪の毛をゴムで縛っている所… 俺は、そんな盗撮写真を1枚、1枚、指でスライドさせながら、まもちゃんと一緒に顔を歪め続けた。 そして、1枚の写真を見て…眉を顰めて…指を止めた。 それは、豪ちゃんが、椅子に座った理久に抱き付いて甘えている…そんな、彼らにとっては…日常的で、俺たちも見慣れた光景の写真だ。 でも、このふたりは…妙だ。 森山氏が言っていた…このふたりは、この距離感なんだと… でも…理久を昔から知って居る俺は、そうは思わないよ。 彼はこの子を…愛してる。 だから、心の内を見せる事を許して…だから、この子を傍に置いている。 自分の妻にした女にだって…物理的にも、心理的にも距離を取る様な男なのに… 俺は心配になって来るよ…理久。 「ロリコンの先生は、お膝に豪ちゃんを乗せて、幸せそうだね…?」 そんなまもちゃんの声に我に返った俺は、口元を緩めた。そして、クスクス笑いながら…こう言ったんだ。 「ふふ…本当。こんな顔、見た事ない…」 あなたが俺の幸せを願ってくれた様に…俺も、あなたの…幸せを願うよ、理久。 たとえ、それが…森山氏の元へ、あの子が戻る…その日までの期間限定だとしても、あなたが幸せなら…それで良い。 「北斗ちゃぁ~ん!今日のおすすめランチはぁ~?」 いつもの様に…開店と同時に後藤さんがやって来た。そして、いつもの様に情けない声を出しながらそう聞いて来た。 だから、俺は彼にお水を出しながら、こう言ったんだ。 「今日はね…ハヤシライスだよ?完熟トマトのハヤシライス!」 「あぁ…じゃあ、チキンソテーのランチにする~!」 後藤さんは、そう言うと俺の姿を上から下まで舐める様に見て、ニコニコ笑った… まもちゃんは、ハヤシライスとか…ビーフシチューとか、お米に掛ける汁ものが楽ちんで…よく”お勧めのランチ“に使うんだ。 でも、そんな彼の不精を分かっている常連客は、ことごとく…それを避けて通る。 ウケるよね…? 「はいはい…チキンのソテーね…」 「所で、北斗ちゃん…?」 姿勢を直した後藤さんは、急に、俺に、こう切り出して来た。 「もうすぐ、結婚記念日で…このお店でお祝いしたいんだけど…その時、ヴァイオリンで…一曲弾いてくれないかな…?」 ヴァ… 「良いよ…?5万円で。」 眉を下げておねだりする後藤さんを見下ろして、俺はにっこり笑ってそう答えた。すると、彼は目を丸くしてこう言ったんだ。 「た…たかぁい!」 「高くない!!」 だって…初めは、150万円だったんだから… 悲痛な表情を見せる後藤さんの頭をメニューで叩きながら、俺はトクトクと説明してあげた。 「あのね…後藤さん?音楽、絵画、最近は…手芸もそうだ。それらには、技術料だったり、工賃という物が発生する。受け取る物には、そんな目に見えない物も加味されているんだ。つまり、その価値が分からないなら、手を出すな…そう言う事だよ?」 安く済ませたいなら…CDを使えば良い。 生演奏が欲しいなら…その価値分の対価を支払うのは当然だ。 目に見えない物は、安易に、ないがしろにされやすい。 でも…そんな物を生業としている身からしたら…こういう考え方は、勘弁してほしいね。 「わ、わぁかったよ~!なけなしのお小遣いから…捻出する~!それで、それで、弾いて欲しい曲なんだけどね…!」 すると、後藤さんは内ポケットからメモを取り出して、たどたどしく言った。 「…ベートーベンの…交響曲…第…9番、歓喜の歌…だよ?出来る?」 それは、壮大な…結婚記念日になりそうだ…! 俺は後藤さんを見下ろして、ニッコリ笑って言った。 「少し、強い曲だから…優しい雰囲気に編曲して、バラードっぽくしてみようか…?」 「あぁ…!良いねえ…!」 きっと、メンヘラの奥さんも喜んでくれる事だろう… なんてったって、俺が編曲してやるんだからな。 でも、俺だったら…そんな記念日には、こんなめでたい曲よりも、しっとりと美しい旋律が歌声の様に流れて行く…”私のお父さん“がBGMで欲しい所だけどね。 にっこり笑って後藤さんに頷いた俺は、注文を持って、カウンター越しにまもちゃんに言った。 「チキンソテーひとつだよ。」 「ほいきた!」 今日も元気に、まもちゃんは後藤さんのランチを作り始めた… そんな彼の背中を見つめたまま、俺は、頭の中に流れ始めた…”私のお父さん“にうっとりと瞳を細めて聴き入った。 -- 「コッコココココ…!」 パリスが、ベッドにうつ伏せた僕の上を行ったり来たり歩き始めた… 彼女は、早く起きろって…僕に、言ってるんだ。 「んん…も、分かったぁ…!」 僕はもぞもぞと動いて、転げる様にベッドから抜け出た。 そして、彼女の後ろを、いつもの様に階段を降りたんだ。 「はぁ~~!眠い~~!」 両手を上げて伸びをした僕は、パリスの餌を手に持って、彼女と一緒にテラスへ出た。 「パリス?今日も、お天気だねぇ~?」 「ココッココ…」 え…? パリスの言葉に口を尖らせた僕は、彼女のエサ入れに餌を入れながらブツブツ言った。 「入れますよ、入れますよぉ~だ!」 「…おはよう…」 すると、先生が起きて来て…僕にそっとキスをした。そして、いつものテラスの椅子に腰かけて、眩しい朝日を眺めながら…細い瞳を細めてる。 僕はパリスの餌を手に抱えたまま、彼に言ったんだ。 「先生?きゅうりとトマトは大盛況だったのに…キャベツが駄目だったの…どうしてぇ?」 すると、彼は肩をすくめて…こう答えた。 「…さあねぇ。」 首を傾げながら部屋に戻った僕は、朝食の支度をしながら、先生にコーヒーを淹れて、持って行ってあげた。 そして、いつもの様にラジオ体操を始める先生に、熱烈な指導をして…緩み切った老体に鞭を打ったんだ。 「そう言えば…昨日、エッチをしちゃったね?」 朝ご飯の最中…僕は、隣で味噌汁を飲んでいる先生の顔を覗き込んで、そう言った。 「あぁ…そうだなぁ…」 先生は遠い目をしながら、そう答えた。 どうしてかな… あまりに自然過ぎて、不自然じゃないんだ。 あの時、確かに…僕は、先生の全てを手に入れたいって…彼を自分の物にしたいって、そんな激しくて止め処ない欲にまみれていたのに…。 今、目の前にいる先生を見ても、僕はいつもと変わらない日常を送ってる。 昨日の事が嘘みたいだなんて思わない。 無かったことにしたいとも思わない。 でも、僕と先生は…そんな物を、一緒に見送ったみたいに…普通に過ごしてる。 変なの。 だから、僕は、浅漬けを指で摘んで、先生の口に運んでこう言ったんだ。 「あ~んして?」 「あ~ん、ポリポリ…ちょっと、しょっぱい…」 漬けて3日も経つきゅうりは、しょっぱくなってしまったみたい… ため息を吐いた僕は、先生の腕にもたれかかりながら、こう言った。 「きゅうりってさ、水分が多いんだってぇ…だから、沢山食べても太らないんだって!大ちゃんのお母さんがそう言ってたんだぁ…。」 すると、先生はご飯をモリモリ食べながらこう言った… 「…へえ…」 エッチをしたけど…何も変わらなかった… あんなに心の中で惺山に謝罪したけど…そんな必要もないくらい、何も変わらなかった。 不思議と、オナニーを手伝わせた時よりも、なんとも思っていない自分がいる。 …変なの。 「今日は、何を弾こうかな…」 バイオリンを首に挟む僕を見つめて、ピアノに座った先生はそう言って首を傾げた。だから、僕は同じ様に首を傾げてこう言ってみた。 「ノリノリのやつぅ…」 そんな僕の答えにクスクス笑った先生は、ピアノの鍵盤を格好良く叩いてノリノリの曲を弾き始めた!だから、僕は、嬉しくなって彼の隣に座り込んだんだ。 そして、顔を覗き込みながら聞いた。 「あ~ははは!すごぉい!…これはぁ?」 「スティービーワンダーの“I Wish”をジャズでお送りしています…」 「カッコいい!!」 先生は上手にピアノを弾いて、いつものクラシックじゃない…おしゃれでカッコいい曲を聴かせてくれた! 「…ブルーノートだ。良いだろ?この斜に流れて行くコードは、ジャズの雰囲気にピッタリ合っている。そう思わない…?」 満面の笑顔で先生がそう聞いて来るから、僕は、堪らず…バイオリンを首に挟んで、ピチカートさせながら彼の演奏に加わった。 「おわぁ…!」 驚いた先生が目を丸くして変な顔をした。僕はそんな彼の変顔を無視して、ピアノの伴奏を左の耳で聴きながら、曲展開に集中した。 惺山が教えてくれた…。 4拍は…4小節。それが、重なって…8小節になって、16小節になる。 先生のピアノで弾いている曲は…ちょうど16小節でメロディを変換して行くみたい… だとしたら…入るなら、ここだって思ったんだ! 「…なかなかいいソロだ。では、もう…16小節繋げて…元に戻してみて…?」 先生が笑ってそう言うけど…これはなかなか上手くいかない! 思った様に指が動かないんだ! 「ん~~~!」 かんしゃくを起こしながら弓を弦にあてた僕は…とぼけた顔をしながら、突然、ゆったりと“愛の挨拶”を弾き始めて、先生の大爆笑を頂いた。 「…豪、ジャズには…特定のコードがあってね。それに合わせた音選びが重要になるんだ。そこがピッタリ来れば、適当に弾いても…それっぽく聴こえる。それが…ジャズだ。」 僕の髪にキスして、先生がそう言った… 難しいよ…そんなの。 でも、僕は…すっかりジャズが好きになった! 「もっと…何か弾いてぇ…?」 椅子に座り直した僕は先生の肩に手を掛けて、左の耳で音を聴きながら、彼の笑顔を見つめ続けた。 すると、先生はピアノを見つめたまま、新しい曲を弾き始めた。 僕は、すぐに彼の肩を撫でて、こう聞いたんだ。 「…これはぁ?」 「“Take Five”だよ…さっきと少し違うけど、これも…ジャズだ。」 カッコいい…!! 「聴いてて…?さっきと同じ様なコードを踏んでるだろ…?リズムが変わっても、コードを意識すれば…ジャズだ!あらゆるジャンルの曲があるだろ…?どれも、それ独自の…セオリーの様な物がある。ジャズの場合は、裏拍だったり、コードだったり…」 「へえ…」 良く分からないや… でも、耳の奥に聴こえて来る…お洒落でカッコいいメロディは、とっても気に入った! 僕は先生の肩に顔を乗せて、クスクス笑いながら聞いてみた。 「…じゃあ、そのルールを守ったら、“愛の挨拶”も…ジャズになるの?」 すると、彼は僕の髪に頬ずりして、こう言った。 「なるよ…?なんでもなる。ジャズになったり、ロックになったり…サンバになったり、タンゴになったりする…」 わぁ…!! 「すごぉおい!」 ピアノの上を、まるで踊る様に鍵盤を踏んでいく先生の指を見つめながら、僕は胸の奥がじわじわと熱くなって行くのを感じた。 彼は、音楽の事を何でも知っていて、音楽の様に、無限なんだ。 柔軟に形や色を変えて、美しい音色を奏で続ける事が出来る… 僕は、そんな先生が…大好きだ。 …そして、そんな彼は、今日も良い事を教えてくれた。 ジャンルの持つ特性を踏めば、メロディは如何様にも変化する事。つまり、それさえ知っていれば…何でも出来るんだ。 自由… それが、音楽なんだ。 「音楽は…音を楽しむもので、自由な物だぁい!」 僕は賢そうにそう言って、先生の顔を覗き込んだ。すると、彼はとっても嬉しそうに瞳を細めて、頷いた。 #57 「忙しい…!忙しい…!」 9月…観光シーズンが終わったと言うのに…余韻の様に店は大繁盛している。 まもちゃんは開店と同時に、黙々と料理を作り続けている。 俺は、そんな彼に追い打ちをかける様に…取って来た注文を、カウンターに貼りながらこう言った。 「まもちゃん…ポークソテ2つと…ハヤシライス1つだよ!」 「…」 背中で返事をした彼を無視して…俺は、ドリンクを作り始めた。 最近、“カフェ巡り”なんて言って、若い子がやって来ては、カフェラテだ…カフェモカだと、凝った飲み物を注文するんだ。 でも、大丈夫。 俺は、作り慣れてるからね…? だてに繁盛期の店を手伝って来た訳じゃないんだ。しかも、こんなの…夜のアルコール類に比べたら、ちょろいもんだ… 「すぐに出来る様になっちゃうんだもん…俺ってやっぱり、天才だな…」 しかも…美しく、ミルクとコーヒーの層を作れるんだ。 「あぁ…今日も、冴えてる!」 自画自賛してケラケラ笑った俺は、ジト目を向けて来るまもるを無視して、おぼんの上にカフェラテとカフェモカを乗せて、格好良く、スマートに…運んだ。 「お待たせいたしました…カフェモカです…」 そして…優しい笑顔で、接客してやるんだ。 「あぁ…カッコいい…!」 知ってる。 俺は可愛さと美しさが半々の男だけど…20歳を過ぎたあたりから…若い女の子にもモテるって気が付いた。 サラサラの髪をなびかせて颯爽と歩く姿が…きっと、素敵なんだろう。 それとも、スマートな身のこなしが…素敵なのかな。 …きっと、何かしら…素敵なんだろうな。 「北斗!」 そんなまもちゃんの怒声に目を丸くした俺は、大慌てでカウンターへ向かった。そして、ポークソテーとハヤシライスをどんどんカウンターに置いて行く彼を見つめて、眉を下げて言ったんだ。 「怒鳴らないで!」 そんな俺の言葉に、彼は口を尖らせてこう言い返して来た。 「怒鳴ってない!呼んだんだぁ!」 まただ… また、まもちゃんのイライラタイムが始まった… プリプリする彼を横目に見ながら、俺は出来上がった料理を手に乗せてこう言った。 「…そんな態度すると、また、怒るよ…?」 「…」 こう言えば…大人しくなる。 思った通り、まもちゃんはプリプリしながらも、俺に気を使い始めた。 まったく、ヤレヤレだ… ランチ時の慌ただしさがひと段落着いた頃…俺は、カウンターで、のんびりとまもちゃんの詫びプリンを食べていた。 「いやぁ…今日は忙しかったねぇ…?もう、9月なのにさ。おかしいよね?」 ご機嫌を取る様に、しきりに話しかけて来るまもちゃんをジト目で見つめながら、詫びプリンを食べる。 こんな楽しいひと時は無い… 「わぁ~!お腹空いたぁ~!」 そんな時、元気な声の子供を連れた…親子連れが店にやって来た。 「いらっしゃいませ~。」 俺はすぐに接客に戻って、お店の入口へと向かったんだ。 そして、やって来たお客さんの顔を見て…ゲラゲラ大笑いして言ったんだ。 「星ちゃ~ん!!」 そう。 そこには…俺の初恋の相手…星ちゃんの姿があった。 「北斗、元気にしてた…?」 昔と変わらない…優しい笑顔の彼は、俺を見つめてにっこりと笑った。 星ちゃんは5年前…結婚したんだ。 家族の紹介でお見合いをして…そのまま、トントンと…話が進んで、あっという間に結婚をして、子供が生まれた… そんな星ちゃんの結婚式で…グスグスと鼻を啜って泣く俺に、春ちゃんは言ったっけ。 「北斗…この結婚は、政略結婚だ…!」 ってね… 真意は分からない。 だって、星ちゃんは…そんな事言わないし…俺も聞かないから。 彼のお父さんは、立派な政治家の大先生だったんだ。 だから、春ちゃんはそう言ったのかもしれない… でも、目の前で幸せそうに子供の頭を撫でる君は…そんな事を、しそうにもない… 「一番いい席に案内してあげるね?」 奥さんにぺこりと頭を下げて、俺は星ちゃんの腕を掴みながら…彼を案内した。 「…子供、幾つになったの…?」 「今、4歳だよ。」 屈託ない…そんな笑顔の星ちゃんは、俺を見下ろして優しく微笑んだ。 実は…俺は、彼とお付き合いした時期があるんだ。 それは、私立の高校に通っていた時の事… 俺は相変わらず…星ちゃんにベッタリ甘ったれていた。 一緒に餃子を食べに行ったり…一緒に映画を見に行ったり… それは、カップルと公言しても良い程に、仲睦まじく暮らして居たんだ。 そんなある日…ふたりでキャンプに出掛けた時の事だ… 突然の激しい雨に見舞われた俺と星ちゃんは…荷物を纏めて、近くのホテルに避難したんだ。 「星ちゃぁん…濡れちゃったね?」 狙って無かった訳じゃない…半分、確信犯だ。 俺は、びちょぬれになった星ちゃんに、興奮していた。 だって…濡れたTシャツが…彼のがっちりとした胸板にへばり付いて、隆々と逞しい胸を見せつけて来たんだもの… 「北斗も脱いだ方が良いよ。風邪を引いちゃう。」 そんな星ちゃんのお言葉に甘えて…俺は、自分の濡れた服を早々に脱ぎ捨てた。 そして…俺を見つめる…彼を見つめて…こう言ったんだ。 「…星ちゃん。寒いよう…温めて…?」 今では、豪ちゃんを馬鹿にして笑っているけど…俺は、当時…高校生で、それを確信犯的にやっていた… …豪ちゃんは…ブリブリの…天然だ。 俺は…養殖…よだれを垂らした下心、丸出しの頭脳犯だ。 どっちの方がたちが悪い?と聞かれたら…天然の豪ちゃんの方がたちが悪い。 だって…TPOをわきまえられないからな… だから、養殖のぶりっ子が、重宝されるんだ! 「…北斗!…ごめん。もう…我慢できない!」 そんな嬉しい言葉と共に…俺は、星ちゃんと…結ばれたんだ。 彼は…素敵だった。 まもちゃんの大人のテクニックも好きだったが…俺は、彼の若さも好きだった… しかし、ふたりの関係は…すぐに、友達へと戻った。 理由は簡単だ。 性欲を持て余した俺が、しつこく言い寄るから…星ちゃんがうんざりしてしまったんだ。 そうこうしていると、彼は…大学へ行き…お見合いをして…結婚をした。 「じゃあ…オムライスと、チキンソテー…俊太はどうする…?」 そんな思い出を思い出しながら…俺は、星ちゃんの家族の注文を取った… 「星ちゃん!わぁ~!大きくなったねぇ!あらまぁ!ボクも大きくなってぇ!なんちゃいでちゅか~?ボクは、なんちゃいでちゅかぁ~?」 フルスロットルのまもちゃんは、星ちゃんの子供が怖がるのも気にしないで、凄い圧で話しかけ続けた… すると、苦笑いした奥さんがこう言ったんだ… 「…よ、よんさいでちゅ~!」 あぁ… 星ちゃんの奥さんは…彼に似て、優しい… 俺はしんみりと瞳を細めて彼女を見つめた。 そして…ありがとう。の気持ちを込めて、何度も頷いたのであった… -- 「直生さん、ジャズ弾けるぅ…?」 先生がお出かけした後…直生さんと伊織さんが、遊びに来てくれた。だから、僕は彼らに昼食を出して…一緒に食べていたんだ。 僕の問いかけに首を傾げた直生さんは、こう言った。 「弾ける…ってどういう意味…?」 「あのノリを弾けるかって…聴いてるんじゃないか…?」 直生さんと伊織さん…ふたりの掛け合いを眺めながら、僕は首を傾げてこう言った。 「コードがあるんだって…?知ってたぁ…?」 「あぁ…そうだね…」 にっこりと笑った直生さんは、僕の作ったチャーハンを食べながらこう言った。 「…このチャーハンは、味がしない。」 なぁんだ…みんな知ってる事なんだ… 僕は首を傾げながら、伊織さんを見つめてこう言った。 「伊織さん、こっちに来て…コードを弾いてみてぇ…?」 僕はフワフワの伊織さんの手を掴んで、ピアノに座らせた。そして、彼が首を傾げて弾き始めるコードの音色に耳を澄ませた。 「豪ちゃん…ジャズバイオリンに興味があるのなら…ステファン・グラッペリを聴くと良い。」 直生さんはそう言って、僕の背中に覆い被さりながら顔を覗き込んで言った。だから、僕は彼の顔を見上げてポツリと、復唱した。 「ステファン…クランベリー…」 「グラッペリ…ね。」 直生さんは綺麗な紙を胸ポケットから取り出して…カタカナで書いて渡してくれた。 「…ん、ありがとうぅ…」 「今日は…何を弾こうか…?」 僕の顔を覗き込んだ直生さんは、長い髪をタラリと落としながらそう聞いて来た。だから、僕は、彼の髪を手で触りながら、言ったんだ。 「カ…カプリスゥ…!」 すると、テラスに居たパリスが、自分が呼ばれたのかと思って…トコトコと歩いて寄って来たんだ。 「ぐふっ!ぐふふふふふ…!」 伊織さんがグフグフ笑う中、僕はバイオリンを調弦しながら直生さんに聞いてみた。 「…ピッチを…あげたいのぉ…」 「どのくらい…?」 首を傾げる彼にバイオリンを向けて、僕は、弦を指で弾いてみせた。 「このくらいぃ…」 「…分かった。」 直生さんは、コクリと頷いてそう言った。 僕は、閃いちゃったんだ…! このカプリスを…パリスにあげるって…!! 僕は、足元に近付いて来たパリスを抱っこして、ピアノの上に置いてあげた。 彼女の事を、惺山は…“お嬢”なんて、呼んでた。 そのイメージに、この曲は…ピッタリなんだ…! 「豪ちゃん…良いよ。」 そんな直生さんの声にバイオリンを首に挟んだ僕は、弓を大きく振りかぶって、弦を切る様に動かして…弾き始めた。 “カプリス第24番” 直生さんのチェロが、低音の音色でテンポを刻むと…伊織さんのチェロが、僕に寄り添って、一緒に漂い始めた。 だから、僕は、ふたりに言ったんだ。 「ここは、鶏の舞踏会会場…パリス嬢のあまりの美しさに…雄鶏たちは恐れをなして、誰も声を掛けてこない…そんな、美しすぎて、あぶれてしまう…悲しいパリスの曲だよぉ…?」 「ぐほっ!」 吹き出し笑いをした伊織さんを見つめた僕は、にっこりと笑って…そっと瞳を閉じた… 見えてくるのは、煌びやかな…舞踏会場。 惺山と僕が隅っこでいちゃつく中…華麗に登場したのは…パリスだ… 気品が溢れる表情からは、他を寄せ付けない気高さと…誰にも汚されない美しさを漂わせている。 「あぁ…パリスゥ…とっても、綺麗だぁ!」 僕は、彼女の美しさを、心から称賛した。 彼女の周りは…キラキラと星が瞬いているんだ。 そんな詳細なディティールを、僕はピッチを上げて表現した。 切れてしまいそうな高音の音色は、繊細さと…鋭さを醸し出して…パリス嬢の孤高を表現してくれる… 弓を強く引きながら指をスライドさせて…音色を弾き飛ばして、パリスに沢山の輝きをあげよう! 「ふふぅ!とっても、美人過ぎるパリス嬢に…僕は…薔薇の花束をプレゼントしてあげるぅ!気高く咲いて…美しく散るんだぁい!」 僕はそう言うと、目力を込めてパリスを見つめた。 そして、怒涛の如く…彼女の上に薔薇の花びらを散らして行ったんだ…!! 「豪…!豪ちゃん!待って!!」 「もっと!もっと~~!!」 ピッチをあげ過ぎたせいかな…強く押し引いた途端に、弦が一本切れた。 それでも僕は、残った弦をかき鳴らして…美しいパリス嬢に、真っ赤なバラの花びらを舞い落し続けた… 伊織さんがまるでそれをフォローする様に、僕の旋律を一緒に弾いてくれている…だから、僕は、彼の音色に少しだけ伸ばした音色を加えて…薔薇が舞い落ちる揺れを表現した。 さあ、もうすぐ…美しく散っていく…クライマックスだぁ! 僕は、直生さんと伊織さんを横目に見て、あわあわと口を動かす彼らにこう言った。 「今、すぐに…!風を、巻き起こそう!それは、地面の下から湧き上がる間欠泉の様な、瞬発的な勢いを持っているぅ~!」 パリスの頭上には、青空だけが広がっていて…そんな彼女の周りをトルネードしながら薔薇の花びらが天へと昇って行くんだ。 その様は、まさに…!華麗でゴージャスで、ファビュラスな…彼女そのものだ。 「いっけぇ~~!」 僕はクルッと回転しながらバイオリンの音色で風を巻き起こした!! そして…チェロの音色と共に…パリスの周りに旋風を巻き起こして…上空へと、花びら全てを巻き上げて行ったんだ… 延々と上空へ赤い薔薇の花びらたちが美しく舞い上がって行くのを、僕は首を伸ばして見送り続けて、曲を終い良く弾き切った。 …すると、激しい音色が突然途切れた余韻の中…凛と佇むパリス嬢が、ピアノの上でプリっと粗相をしてしまったんだ…! 「あ~~!パリスゥ!だぁめぇん…!!」 「豪ちゃん!」 パリスを抱き抱えた僕は、そんな大きな声に驚いて…ギョッと顔を歪めた。 直生さんは、大慌てで僕の頬にハンカチを当てて、伊織さんは、僕をぎゅっと抱きしめた。 「怪我をした…可哀想に…怪我をした…!」 「凄かったぁ…凄かったぁ…!」 ふたりとも言っている事がてんでバラバラで…僕は…腕の中のパリスを見下ろして…彼女と一緒に首を傾げたんだ。 「共感覚の…伝道師は大げさじゃなかった…。俺たちの目の前に、確かに美しい、真っ赤なバラの花びらが舞い落ちて来た。そして…竜巻に…竜巻に巻き込まれて空に飛んでった…!恐れ入った…!」 直生さんはそう言って、僕の頬を、氷の入った布で冷やしてくれた。 演奏中に切れてしまった弦が…僕の頬を引っ叩いたみたいで、僕は、みみず腫れを作ってしまったんだ。 ふたりとも、それを見て…あわあわしていたみたい…。 でも、僕は、楽しすぎて…全然気が付かなかった… 「…どうやってやったの…?」 伊織さんが僕の手をニギニギして聞いて来るから、僕は首を傾げてこう言った。 「…わっかんない~!」 ただ、いつも、目の中に情景が浮かんでくるんだ… 僕は、その情景が…もっと、楽しくなるように…音色を奏でているだけなんだ。 「コッコココココ…」 目の前をパリスが歩いて行って…僕は、大事な事を思い出した。 「あぁ!いけね、いけね!」 直生さんのお膝の上から立ち上がった僕は、大急ぎで、ピアノの上を綺麗に拭き掃除した。 証拠隠滅…先生には、口が裂けても言えない…! 「豪ちゃぁん!駄目だぁ!まだ…まだ、頬が腫れてるぅ!」 伊織さんはそう言って、僕を抱き抱えて…一緒にソファに座り直した。そして、僕の背中にスリスリしながらこう聞いて来たんだ… 「痛いでしょ…?痛いでしょ…?」 「ん…痛くないよぉ…?」 「いや…きっと、豪ちゃんはお利口さんだから、グッと…我慢してるんだ。」 直生さんはそう言って、僕の手をニギニギと握ってくれた…

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