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#73~#75

#73 閑散期… それは、観光地には、付いて回る物だ… でもね、俺は正直…ここまでとは思ってなかったんだ。 なにせ、毎年、毎回といって良い程、俺は、繁盛期にばかり彼の元を訪れていたからね… 「…どういう事だ。誰も来ないじゃないか…」 お店のドアの前で突っ立った俺は、ポツリとそう呟いた… 「来てるじゃないの!ここに、ひとり、来てるじゃないの!」 そんな後藤さんの声を背中に受けながら…俺は、愕然とした。 胸騒ぎの原因は…豪ちゃんじゃない。 きっと…この事態だったんだぁ! 踵を返した俺は、厨房で椅子に腰かけてリラックスしまくっているまもちゃんに、こう言った! 「おい!まもちゃん!商売あがったりだぞ?!」 すると、彼は丁寧に淹れたドリップコーヒーを飲みながら、雑誌を手に持って…平気な顔をして、こんな事を言ったんだ。 「なぁ~…ん、大丈夫だよ?俺は、この、まったりする時間の為に…夏を乗り越えてんだから…。良いんだよ、毎年…こんな感じで、冬になって…春になって…そして、また忙しい夏が来るんだからさぁ…」 マジか… 「暇じゃん!」 すると、俺の言葉に続けて、後藤さんがこんな事を言った。 「暇って言うのはね、北斗ちゃん…?頑張った人に与えられる…有意義な報酬なんだ。よくやった自分を癒して、体を休める…そんな、大切な時間なんだよ?」 「良く言ったぁ!も、後藤さんには、特別!プリンをあげちゃう!」 「やったぁ~!」 そんな…ろくでもない会話を耳に聞きながら…俺は、いつもはお客さんで溢れかえる客席に座り込んで…燃え尽き症候群の様に、真っ白になった… こんな…退屈な時間を、俺はうまく過ごせるんだろうか。 そんな心配事が、頭を横切って、立ち止まって、煽って…おちょくって…アッカンベして行く… 「何かしないと…」 ふと思い立った俺は、チキンソテーを食べる後藤さんの前に座って、このお店の一年を知っている彼に…尋ねたんだ。 「こんな風に、お客さんが来ない時期は、あと、どのくらい続くの…?」 そんな俺を見つめた後藤さんは、眉を片方だけ上げてこう言った… 「今が…10月。11、12、1、2、3…4月はなんだか知らないけどお客さんが来る。そして、再び5月…6月…まで続くよ。」 はぁ…?! つまり…7月、8月、9月…そして、飛んで4月しか、あんなに店が混む事が無いって事か…?! 「…副業の選択が必要だ!」 俺は、そう、言い切った… そして、厨房のまもちゃんの所へ一直線して、彼の膝に座って…こう切り出したんだ。 「老後が心配だ…貯金は幾らあるの?」 そんな俺の問いかけに、まもちゃんは優雅に飲んでいたコーヒーを盛大に吹いた。 「だっ!なっ!そ、そぉんな事!気にしなくても良いんだぁ!俺はね、次男坊だよ?ケセラセラなノリで…生きてるんだから!」 能天気なまもちゃんの心の余裕は、こんな性格から来ているんだろう… 俺はね、そう言う所…嫌いじゃないよ? だが、これは別だ! 目に力を入れた俺は、早口でまくし立てる様にまもちゃんに畳みかけて言った。 「俺はね、これからもバイオリンを続けるよ?ただね、ハッキリ言っておく。日本での相場は低いんだ。今までの様に海外で活躍しなくなった俺に、パトロンはお金を出さないだろうし、森山氏専属のソリストになったとしても、オケのソリストなんて、そうそう無い話なんだ。と、なると…俺の空き時間が増えて、この…退屈な時間を過ごさなくては行けなくなるだろ?それは…若いやる気に満ち溢れた俺の…生殺しだぁ!」 そんな俺を…まもちゃんは、ただ…呆然と、口を開いたまま見つめるだけだった。 計画性の無い生活をするのは構わない。 ただ、この時間の使い方だけは駄目だ。 だって、全然、俺には楽しくないんだもん! 呆然とし続けるまもちゃんを横目に、ヤレヤレと首を横に振って…俺はこう提案した。 「この閑散期の時間…俺は、バイオリニスト以外の…何かをしたいと思う。そうだな、コンサートやリサイタルで時間を空けても続けられる…自分の能力を生かした、仕事をしよう。」 「SM…?SMの女王様?」 カウンター越しに厨房を覗き込んだ後藤さんが、ニヤけた顔でそう聞いて来た。 馬鹿言っちゃいけない…俺は図々しくて、態度がでかい。 でも…ベッドの上では、子猫ちゃんなんだ。 「ふん!」 鼻を鳴らして、客席へ戻った俺は、後藤さんのお会計を済ませて、彼を外の世界へと放出した… 「北斗…本気?」 そんな俺の背後に、呆然とした表情のままのまもちゃんが…立ち尽くしてそう呟いた。だから俺は、キリッと表情を男前にして彼を見上げたんだ。 「あったり前田のクラッカーだよ!このくらいの暇さなら…まもちゃんひとりで店は出来るだろ?毎日、毎日、暇な店番をするのは…俺の性に合わない!」 ハッキリと断言した俺は、客席に腰かけながら、新聞の中の求人広告に目を通して、ブツブツと吟味を始めた… そんな俺のやる気に呆然とし続けるまもちゃんは、ヨロヨロと腰を落として、俺の様子を目を大きく見開きながら眺め続けた。 「はぁ…?新聞配達…レジ打ち…塾の先生?へぇ、頭が悪くても出来るんだ…。いくら塾代払ってると思ってんだよ!バイトにやらせるなよっ!この、詐欺師っ!」 「音楽教室でも…開いて見たら良いんじゃないか…?」 は…? そんな彼の言葉に目を丸くした俺は、顔を上げてまもちゃんを見つめて言った。 「…はぁ?!」 「バイオリンを…小さい子に教えながら、バイオリニストの仕事を続ける。ここは、軽井沢…悪くないと思うけどね…」 悪くない… 悪くないよっ! 逆に、ナイスアイデアだっ!! 自然と笑顔がこぼれて、俺はまもちゃんに抱き付いて…こう言った。 「さすが、まもちゃんだぁ!俺の事、よく分かってるぅ!」 -- 僕と先生は、コルベール夫妻の豪邸を後にした。 逃げる様に手を引く僕を引っ張り寄せて、先生は厳しくこう言ったんだ。 「せめて、相手の視界から消えるまでは…そんな態度を取るんじゃない。」 だって… だって…怖いんだ… 「…」 僕は顔を歪めたまま、何も言わないで…俯いた。 去年の夏…僕は、あのモヤモヤを纏った愛する人とずっと一緒に居た。 僕が傍に居る事で、死んでしまうかもしれない…そう、思いながら…傍に居た。 目の前にチラつくモヤモヤは、見ない様になんて出来なくて、時には、愛する人の顔を覆う様に…僕の目の前を覆い隠した。 忌々しくて…腹立たしくて…恐ろしい… もう、見たくないんだ。 あの時の、胸の痛みを思い出すんだ… 惺山… あなたを失う事を思ったら…僕は、例え離れていても、耐えられる。 何年でも…耐えられる。 先生の運転した車は、来た道を戻らず…マルセイユの街の中へと向かった… 「…先生?どこに行くの…?」 「…用があるんだ。」 そう言った先生は、僕を横目に見て不安そうに、眉を顰めた… 車を降りて街を歩く先生は、僕の手を握ったまま…こう言った。 「…豪ちゃん、今朝、話した話を覚えている…?」 だから、僕は…顔を俯かせてこう言ったんだ。 「…お父さんの話…?」 「そうだよ…」 先生の足は、迷う事無くどこかへ向かっている… 僕を、どこかへ連れて行くんだ。 「ここの…606号室…」 先生は、そう言うと、ホテルのエレベーターのボタンを押して僕に言った。 「…豪ちゃん、行って来てくれる…?先生のお使いだ。」 え… 「はぁい…」 僕は眉を顰め続ける先生に見送られながら…ひとりで、エレベーターに乗った… 606号室… 僕は、エレベーターを降りて…606号室の扉の前へ向かった。 そして、呼び鈴を押して…中から出て来る人を待った… ガチャリ… 「あ…」 そこには…僕を見下ろして、顔を歪めて泣き出す彼が立っていたんだ… 「あぁ…!!」 迷う事なんてしない。 躊躇う事なんて無い。 思いきり彼に抱き付いた僕は、そのまま長い髪の中に手を入れて…彼の唇にキスして…強く抱きしめた。 「豪ちゃ…ん、会いたかった…会いたかったぁ…!!」 あぁ…こんな声だった…覚えてる…覚えてるよ… 久しぶりに聴く彼の声は…僕の耳だけじゃなく、つま先から頭のてっぺんまでを痺れさせて、クラクラにして、目の前を真っ白に変えて行く… 「うっう…うわぁああん!」 強く抱きしめられる体が、一年以上与えられなかった…彼の感触を喜ぶみたいに、止まらなくなって行くんだ。 どうして、ここに居るのか… どうして、先生がお使いに出したのか… そんな、どうしてを全て捨てて…僕は、彼を求めた。 「せいざぁん…会いたかったぁ…!!」 さっき…思ったんだ。 あなたを失うくらいなら、何年だって、耐えられるって… そんなの、僕の強がりだったみたいで、そんな物は…現実の前に脆く崩れ去って行くんだって、よく分かった。 彼の頬を撫でながら長く伸びた彼の髪を指先に通して、僕はにっこり笑って言った。 「惺山…」 「豪ちゃん…」 そう呟いた彼の唇に、僕は再びキスをして…どこかへ行ってしまわない様に、じっと彼を見つめたまま舌を絡ませた。 会いたかったんだ… とっても、会いたかった… 僕は、着ていたコートを脱いで…ジャケットを脱いで、自分のブラウスのボタンを外して…彼に言った。 「惺山…抱いてよ…僕を、抱いてよ…」 うっとりするよ… あなたの瞳も、唇も、大好きなその髪も…僕を虜にして、離さないんだ… 彼は、僕の体を抱き上げて…泣きながら、笑って…こう言った。 「…あぁ、豪ちゃん…可愛い人、俺の愛する人…とっても会いたかった…!」 僕は、彼のシャツのボタンを外しながら、何度もキスを落として、頬ずりをして…腕に感じる彼の髪の一本一本に歓喜して…自然と笑顔になっていった… どうしてかな… 彼の体のモヤモヤが、怖くないんだ… あんなに、見たくなかったのに… まるで、このモヤモヤを含めて…彼を愛してるみたいに、あって当然の様に…僕は、怖くない… 僕を抱き上げたまま、惺山はベッドに腰かけた。だから、僕はそのまま…彼を押し倒して、両手で彼の胸を撫でながら…体を屈めて、にっこりと笑いかけたんだ。 手のひらに感じる彼の素肌に鳥肌を立てて、僕は迷う事無く舌を這わせて、味わうみたいに…彼の首に吸い付いて行った。 「あぁ…豪ちゃん…」 「惺山…我慢出来ない…」 こんなに、愛しているのに…傍に居ないなんて、不自然だよね。 だから、体も心も…言う事を聞かないで、まるで悲鳴を上げるみたいに…痛いくらいに喜んで仕方が無いんだ。 惺山の耳を食みながら、彼の胸板に手を滑らせて…うっとりと瞳を細めて言った。 「…ふふぅ、変わらない…あなたは、変わらない…」 そんな僕の言葉に…彼は口元を緩めてこう言った。 「豪ちゃんは変わったね…髪が、とても…長くなった…」 僕の髪に手を伸ばして、彼が優しく撫でてくれる… 僕の長い前髪を両手で掻き分けて…僕の顔を覗き込んで、ニッコリと…あの日と変わらない笑顔で、微笑んでくれる。 たった…それだけで… 僕の心は…クラクラになってしまった… 「あぁ…惺山…あなたが大好き…」 僕は自分のブラウスから腕を抜きながら、彼にキスした。 すると、彼は…僕の体を抱きしめながらゴロンと寝転がって、僕をベッドに沈めてこう言ったんだ。 「豪ちゃん…愛してるよ…」 あぁ…神様… 込み上げてくる涙を邪魔に思った僕は、乱暴に目を拭いながら、自分のシャツを脱ぎ捨てて…ズボンのチャックを下げた。 そして、惺山がケラケラ笑う中…必死に服を脱いで、全裸になったんだ。 「ん、笑わないでぇ!」 顔を真っ赤にした僕は、素敵な彼にそう言って怒った。すると、彼は長い髪を片手でかき上げながら、自分のズボンを脱いで…僕の上に覆い被さって来たんだ。 好きなんだ… もう、離れたくないよ… 両手で彼の背中を抱きしめて、首筋を舐められる舌の感覚に背筋を震わせた。そして、彼のくれるキスに…溺れてしまうくらいに食らいついて行った… 僕の胸を撫でる手つきも、僕の体を撫で下ろしていく手つきも…間違いなく、彼なんだ。 夢でもなく…妄想でもなく…本物の、彼なんだ。 「はぁはぁ…せいざぁん…大好き、大好き…!」 冷たくて気持ちの良い彼の髪を指の間に絡ませながら、僕は惺山を強く抱きしめて、彼を足の間に入れて…両足でしがみ付いた。 「ふふ…豪ちゃん。動けないよ…」 僕のちっぱいを鷲掴みした彼は、クスクス笑ってそう言った…だから、僕はそんな彼を見つめたまま…惚けた瞳で言ったんだ。 「舐めて…?僕の、おっぱい…舐めてよ…」 口元を緩めて微笑んだ彼の顔が素敵すぎて…僕は、自分のちっぱいが彼にいやらしく舐められていく様子を、じっと見つめながら、顔を熱くして…喘ぎ声を出した。 「はぁはぁ…あっあ…気もちい、惺山…気もちいの…!」 堪らない快感に、体は仰け反って…彼を拘束していた両足は、力なくズルズルと落ちて行った…ただ、大きな背中を抱きしめる両手だけは、絶対に彼を離さないで…滑らかで肉厚な背中を撫で続けた。 「あっああ…!ん~~…せいざぁん!はぁはぁ…!」 彼の指が僕の中に入って来て、中を何度も行ったり来たりする…それが、堪らなく気持ち良くって、僕は両手で顔を覆って…首を横に振りながら快感に耐えていた… すると、彼は僕に…こう言ったんだ。 「豪…可愛い顔が見えないだろ…?手を外して…?」 あぁ…堪んない… 僕は、彼に言われた通りに両手を顔から外して…肩で息をしながら、だらしなく喘ぐ顔を見せて言った。 「はぁはぁ…ごめんなさぁい…はぁはぁ…」 だって、とっても気持ち良くって…僕は、なりふり構わない…不細工な顔になってしまってるんだ。 喘ぎ続ける口からは、よだれもこぼれるし…どんどん、汚くなって行くんだ… 「可愛いね…堪らないよ…」 そんな、彼のうっとりした声だけが…救いだ… ガチガチに硬くなった僕のモノは、彼にクスクス笑われる度に、ビクンと勝手に反応して…恥ずかしい。 でも…彼の手が僕のモノを掴んで、扱いている様子に、興奮するんだ… だから、快感に暴れる体を必死に堪えて…彼をじっと見つめた…。すると、惺山は僕を見つめたまま…口を開いて、僕のモノを舌で舐め始めた。 「はぁあ…だめぇ…ん、あっああ…イッちゃう…」 あっという間に、僕はイキそうだ… 彼の舌の感覚が、堪らないんだ。ねっとりと動いて、温かくて…気もちが良い… 「ん~~…せいざぁん…イッちゃう…イッちゃう…!!」 宣言して間もなく…僕は目の前に火花を散らしながら…イッてしまった。 あまりの快感に体中が震える僕の様子に、彼は満足げに微笑んで言ったんだ。 「可愛いね…気持ち良かったの…?」 そんな彼の言葉に、僕は…息も絶え絶えに、こう返事を返した… 「気持ちいよ…あなたがくれる物は、全て…僕は気持ち良いんだぁ…」 惚けた瞳は熱を帯びているみたいに熱くて、彼を見つめるだけで…潤んで霞んでいく。だから…僕は、必死に目を擦りながら、彼を見つめ続けたんだ。 一瞬たりとも…目を離したくなかった… 「あぁ…気もちい…」 吐息を吐きながら彼がそう言って僕の中に入って来ると、ずっと欲しかった感覚に体が仰け反って、震えた。 「あぁあ…!せいざぁん…!せいざぁん…!」 もっと…もっと、僕を激しく抱いてよ… 乱暴にしても良いし…何度もしても良い…あんな事や、こんな事をしたって良い… あなたの好きにして欲しいんだ… 「大好き…あなただけ、愛してる…」 絶え間なくキスをくれる彼の舌に、自分の舌を絡ませて…彼がくれる快感に身を震わせて…僕は、ひとりで勝手にイッてしまった… 「あぁ…豪ちゃん…イッちゃったね…」 「はぁはぁ…う、うん…でも、足らないのぉ…」 僕は、クスクス笑う彼の唇に舌を這わせて…両手で彼の髪を掴んで自分に引き寄せた。そして、彼の足をつま先で撫でながら…絡めて行った。 もっと… もっとしてよ… #74 「問題はぁ、どこでやるかだよね…?」 ランチのお店が終わった俺とまもちゃんは、2階の部屋で今後の相談をしていた。あんなに暇だったのに、彼は習慣とばかりにベッドに横になって…ゴロゴロしながら、俺の話を聞く様だ。 「軽井沢の駅前でやれば良いじゃん…」 軽々しくそう言った護のお尻を引っ叩いた俺は、ベッドに横になった彼に跨って乗って、現実的な話をしてあげた。 「まもちゃん?軽井沢駅だ…。観光地なんだ…。分かる?土地の値段も高いし、テナント料だって、都内に匹敵する価格だろう。そんな場所で、お教室を開けるほど、俺は手元にお金を持っていないよ?それにだ、日本国内で無名に近い俺が、ローンを組める保証もない。…この店を、もう…教室に変えるしかないよ。」 首を横に振りながら俺がそう言うと、まもちゃんはお腹を動かして上に乗った俺を弾ませながらこう言った。 「…うちの、実家の土地に立てたら良いじゃん!」 なんだと… 確かに、まもちゃんの実家の土地は軽井沢駅の目の前にあって、しかも、未だに更地のまま放置されている。カメラマンの、のりちゃんの実家…写真館の隣だ。 悪くない…むしろ、良い… 顎に手を当てた俺は、俺の太ももをナデナデ、モミモミするまもちゃんを見つめて、こう尋ねた… 「…あそこの名義は、誰かな…?」 まさか、護ではあるまい… 俺は首を傾げて考え込むまもちゃんを見下ろしながら…ワンチャン、俺だったわぁ!なんて答えを期待しつつ…涼しい顔で待った… …しかし、護はキラリと表情を輝かせて、こう言ったのであった。 「あぁ、親父だな~!」 駄目だぁ!! 「なぁんだよ!気を持たせるなよっ!それに…建物代だって…高いんだぞ?まもちゃんじゃローンは組めないし、俺だって、無理だ!どうする?自分たちで建ててみる?」 そんな事、冗談だと思うだろ…? だけど、まもちゃんは…違った… ぼんやりと俺を見つめる彼の瞳の奥が…急にキラキラと輝き始めて、だらしなく開いていた口元は…にっこりと微笑みを見せた。 「…自分で?それは…良いじゃないの!」 「嘘、嘘!冗談だよ!」 そんな俺の言葉なんて、まもちゃんの耳には…もう届かないみたいだ。 「…ログハウスだったら、安くて、早く、建てられるかも!いっそのこと、この店も移転して…あそこにリニューアルオープンさせようかな…?あぁ…でも、そしたら…年中忙しくなっちゃうなぁ…」 ブツブツと、ベッドの上で妄想を続けるまもちゃんを無視して、俺は彼に抱き付いて寝転がった… 目標は定まった。 小さい子供や、バイオリンを習いたい人に教える事自体、俺はいつかは携わりたいと思っていた事だ。しかも、いやらしい話、演奏会を開いた時の集客にも、認知度を高める事は…一役買う事だろう。 問題は、土地の所有者に話を付ける事と…建物を建てる…その資金を、どこから手に入れるか…だな… -- 「惺山…どうして、ここにいるのぉ…?」 彼の胸に顔を付けて…僕はそう尋ねた。すると、惺山は、僕の長くなった髪を指ですくいながらこう答えた。 「会いたくなって…来てしまった…」 彼が話すと胸から振動が伝わって、僕の頬が震えた…そんな事が嬉しくて、僕は足をバタバタさせながら言った… 「僕も、会いたかったぁ…!」 会う事が怖かった… 僕の傍に来て欲しくなかった… でも、彼を目の前にしたら、そんな事…どうでも良くなってしまった。 ただ…嬉しくて、愛しくて、全ての衝動が止まらなくなったんだ… 「髪を伸ばしている理由は何…?」 僕の髪をひとつに結びながら、惺山がクスクス笑って聞いて来た。だから、僕は彼の髪をお返しに撫でながら言ったんだ。 「あなたと一緒になれる時まで…伸ばしておこうって思ってるの…」 「へえ…とっても、よく似合ってる…。可愛いね…」 ふふ…! 惺山に褒めてもらったぁ… 僕はデレデレになりながら彼の唇をパクリと食んで、舌を入れてキスをした。 大好き… 大好きなんだ… 「お手紙どうしてくれないのぉ…?」 彼の唇に自分の唇を付けたまま、そう尋ねた。そんな僕の様子にクスクス笑った彼は、困った様に眉を下げてこう答えたんだ。 「…寂しくて、出来なかった。ごめんね…」 「そっかぁ…」 僕はそう言って、彼の首に顔を埋めて唇で食んだ。 惺山の感触が…大好き。 彼の感覚が好き。 寂しくて…お手紙を出せない、そんな彼が大好き…。 離れて行くあの日も、彼は僕に何も言わずに家を出て行った… でも、良いんだ。 だって、彼は…僕と面と向かって、お別れが出来ないくらい…悲しかったんだから。 僕は、そんな彼が…大好きなんだ。 「12月…ほっくんと一緒に、コンサート…?」 顔を上げて惺山の鼻筋を撫でながらそう聞くと、彼はムズムズと鼻を動かして、頷いて言った。 「そうだよ…藤森さんは、凄いバイオリニストだった…」 「ふふぅ…そうでしょ?僕、ほっくんが大好きなんだぁ!」 惺山の言葉が嬉しくて、僕は足をバタバタ動かして喜んだ。すると、彼は僕の髪を指先に絡めて…こう、聞いて来たんだ… 「豪ちゃん…俺のモヤモヤ、無くなってる…?」 僕は、そんな彼の言葉に…なんて答えたら良いのか、分からなかった。 ただ、冷たくて指触りの良い、彼の髪を撫でて…唇をかんだ。 「…そうか…」 そんな僕の反応を見て推し量ったのか…そう呟いた彼は、辛そうに眉を顰めて視線を僕から逸らした。 僕の髪を撫でる彼の右手には、僕が作ったピアノのミサンガが、時の流れを感じさせる様に…色褪せて揺れていた。 未だ切れる事無く…彼を守ってくれているんだ… 僕はそんな彼の右手をそっと掴んで、両手で大事にミサンガを覆い隠して、念を込めるみたいに瞳を閉じた。 もう…離れたくないよ… 傍に居たいんだ… 早く…何とかしたい… そんな一心で…僕は、こう言った。 「惺山…?今更なんだけど、離れる以外に…何か、モヤモヤが消える…きっかけが、あったのかもしれない…」 今朝…先生に尋ねられて、答えの出ないままの事を…軽々しく口走ったんだ。 すると、惺山は首を傾げて僕に尋ねた。 「例えば…?」 例えば…? そんな彼の言葉に…僕は、惺山の瞳を見つめたまま…彼の長い髪を指に絡めながら考えてみた。 そんなの…分かんないよ… 歳をとるとか…髪型を変えるとか…? 結婚して、子供を作るとか… 「は…」 僕は、思わず体を起こして、口を押えた… 自然と横に振れる首を項垂れさせて…目を見開いたまま、固まった。 まさか… 目の前の惺山は、そんな僕の様子に、体を起こして顔を覗き込んで聞いて来た。 「…どうした…?」 「…ん、鼻血が出たかと思ったのぉ…!」 僕は、咄嗟に嘘を吐いた… そして、鼻の中を覗き込んでくる惺山の髪を撫でながら…天井を見つめて、眉を顰めた… まさか… 「出てないよ…。全く…興奮し過ぎなんだ…」 惺山は、そう言ってケラケラ笑った。 だから、僕は…彼に抱き付いて、そのままベッドに押し倒して、彼の髪を撫でながら…険しくなって行く自分の顔を隠した。 まさか… 「はぁ…まだ、かかりそうだな…。早く、君と一緒になりたいよ…」 僕の背中を抱きしめた彼が、そう呟いて…髪に優しいキスをくれた… 僕は、バクバクと揺れて騒ぐ心臓を抑え込みながら、瞳を閉じて…彼に抱き付いて、甘えて、頬ずりした。 これは、杞憂だ…! だって、そんな訳無いもの… でも、もし、それで、彼が死なずに済むのなら… 僕は、どうするの…? 「…そう言えば、先生を下に置きっぱなしにしてしまったぁ…」 僕は、惺山の胸に顔を埋めて、違う話を始めた… すると、彼はクスクス笑ってこう答えたんだ。 「藤森さんが…先生に話をしてくれたみたいで、俺は、先生に言われて、マルセイユに来たんだよ…。」 ほっくんが…? 僕は惺山を見つめて、首を傾げた。すると、彼はそんな僕を見てクスクス笑って言ったんだ。 「藤森さんは、豪ちゃんの事がとっても大好きになったみたいで、俺にまで…親切にしてくれる。君の、焼き菓子を分けてくれたんだ…。最初はとっつきにくい人だったのに、今では…冗談まで言ってくれる…。君のお陰で、俺の交響曲は、素晴らしい出来になりそうなんだ…。ありがとうね。俺の天使…」 天使… 違うよ… 「…僕は、天使じゃない…」 惺山を見つめてそう言った。でも、彼は僕のふわふわの髪を撫でながら、瞳を細めて微笑んでこう言ってくれたんだ… 「ふふ…忘れたの…?誰が、何と言おうと…君は、俺の天使なんだ…」 忘れる訳ないよ… 始めて、本当の事を話した時に、あなたが言ってくれた大切な言葉を… 僕が忘れる訳ない… 「…うん。」 力なく頷いた僕は、惺山の手のひらを撫でて、彼の指の間に自分の指を入れて絡めて握った。 もしかしたら…先生は、僕と同じ事を考えたのかもしれない… だから、僕に、何度も…その話をしたのかもしれない… 「惺山と居る…」 僕はそう言って、彼の首に顔を埋めて…甘える様にクスクス笑った。 そんな僕を彼は優しく抱きしめて…両手で撫でてくれた。 僕は、夜ご飯を食べたがる彼を無視して、ずっとベッドの上で彼に甘えて、彼を求めた。それは、惺山が悲鳴を上げて逃げるまで続いたんだ。 そして…一緒に朝を迎えた… 朝、目が覚めると…目の前に、僕を見つめて涙を落とす彼を見た。 「…泣かないで…」 そう言って彼の涙を拭った…すると、惺山はにっこり笑って僕に手を伸ばした… 「…泣かないで…」 彼は、そう言って僕の涙を拭ってくれた。 僕は…再び、彼と離れなければいけないんだ。 そうしないと… 彼が、僕の傍に居ると…死んでしまうかもしれないから… だから… 離れなければ…駄目なんだ。 ずっと、そう信じてた… ずっと、そう思って疑わなかった… でも、もしかしたら…違うのかもしれない。 そんな思いが、芽生えてしまった… 「惺山…朝ご飯は、食べようね…」 彼の長い髪を撫でてそう言うと…惺山は瞳を細めてこう答えた。 「豪ちゃんの朝ご飯が…食べたいよ…」 「うん…うん、ぼ…僕も…あなたに、食べさせて…あげたい…!」 きっと、神様は僕の事が嫌いなんだ… だから、こんな事ばかりする。 服を着替えた僕は、惺山と一緒に朝のマルセイユへと出かけた。 「寒いねぇ…?せいざぁん…」 日が出て間もない時間…海風を含んだ港町の風は、薄手のコートでは歯が立たなかった。すると、惺山は自分のコートを広げて、僕を中に入れてくれたんだ。 「わぁ…!キャッキャッキャッキャ!」 嬉しくってジャンプして喜んだ僕は、勢い余って彼の顎に頭突きをしてしまった…! 「アイタ!」 「ありゃ…ごめんなさいぃ…」 イケねイケね… 訪れたお店は、朝の時間を楽しむ地元のおじちゃんとおばちゃん…それと、つんと澄ました出来る女風の女性が座っていた。 そして…窓辺に、よく知っている人を見つけたんだ! だから、僕はケラケラ笑って、彼の元へと駆けて行った。 「せんせ~い!」 「…おはよう。」 何食わぬ顔をした先生は、僕を見つめて、いつもと変わらない顔でそう言った。 だから、僕も…いつもと変わらずに、彼に抱き付いて…こう言ったんだ。 「先生?惺山がいたぁ!キャッキャッキャッキャ!」 僕の後ろを付いて来た惺山は、先生を見つめて…ペコリとお辞儀をしてこう言った。 「…木原先生、ご無沙汰しております。」 「まぁ…朝ご飯でも食べなさい…」 先生はそう言って、お店の人に僕と惺山の分の朝食を注文してくれた。 「新しいバイオリンはねぇ…すっごい強い子でねぇ…惺山にも後で聴かせてあげるねぇ…?きっとビックリするよぉ?ふふぅ!」 僕は惺山の顔を覗き込んでケラケラ笑いながらそう言った。そして、彼の口に焼いたバケッドを運んでこう言ったんだ。 「はぁい、あ~んして?」 すると、彼は僕を横目に見てクスクス笑って…口を開いて言った。 「あ~ん…」 惺山が、サクッと音を立ててバケッドをかじったから、僕はニコニコ笑って…残りの半分を自分で食べて言ったんだ。 「美味しいねぇ?サクサクだねぇ?」 「帰りの飛行機は…何時なの…?」 そんな先生の問いかけに、惺山は肩をすくめてこう答えた。 「…慌てて来たので、帰りの分をまだ買っていないんですよ。」 すると、先生は大げさに騒いでこう言った… 「往復で買ってしまった方が良いのに!はぁ~!全く!」 どうでも良い! 安くなる訳でも無いのに…至極、どうでも良い! 「惺山…パリスに会って行ってよぉ…そして、先生のお家の…僕のお部屋に、お泊りして行ったらぁ…?」 僕は先生の言葉を無視して、惺山の手をニギニギしながらそう言った。 すると、彼はケラケラ笑って…首を横に振ったんだ。 「オーケストラの打ち合わせをすっぽかしてしまった…。帰ったら、こってり怒られて…その後、12月のコンサートに向けて、頑張って息を合わせて行かないと…」 「えぇ…」 僕は、眉を下げて、惺山の腕に顔を埋めて、モゴモゴと口を動かして言った… 「なぁんで…なぁんで…」 「マルセイユ・プロバンス空港まで、送って行こう…」 先生はそう言って…コーヒーを一口飲んだ。 僕は、帰りの話をする…惺山も、先生も…嫌だった… だから、惺山の腕に口を付けたまま…モゴモゴと、言葉にならない文句を言い続けた。 「見ててね…?じゃじゃ~ん!」 チェックアウトを済ませた後、ホテルの前の広場で、先生と僕は、惺山に新しいトトさんのバイオリンを見せてあげた。 すると、彼はとっても嬉しそうに笑って…両手でバイオリンを受け取って、ニコニコ笑いながらこう言ってくれたんだ。 「わぁ、軽い…そして、とっても…綺麗な色だ…」 「ふふぅ!そうなんだぁ!弦を撫でてみて…?」 僕がそう言うと、彼は優しい手つきで弦を弾いて…思った以上に大きな音を立てるバイオリンに、目を丸くして驚いていた。 「キャッキャッキャッキャ!」 僕はケラケラ笑いながら大喜びして、惺山の周りをスキップして回ったんだ。 そして、彼の背中に抱き付いて…彼の匂いを嗅いで…両手をお腹まで回して、ギュッと抱きしめた… あぁ…離したくないよ…帰るなんて、言わないで… すると、いつの間にか…僕たちの周りに人だかりが出来ていて、みんな興味津々で僕を眺めているんだ。 だから、僕は首を傾げて言った。 「なぁに…?」 「あぁ…きっと、バイオリンを出したから…何か、演奏してくれると思ってるんだ…」 惺山はクスクス笑ってそう言った… え… 僕は、先生の持っているバイオリンを受け取って…惺山に手渡した。そして、トトさんのバイオリンを首に挟んで、彼にこう言ったんだ… 「惺山さん。一緒にひとつ、如何ですかぁ…?」 あちゃ…と言う顔をした惺山は、クスクス笑って僕に言った。 「しばらく弾いていないから…」 そんなのお構いなしに…僕は弓を軽快に動かしながら弾き始めた。 曲は、“Blue moon”だ… 僕の…青い月は、多分、あなただ… すると、惺山は驚いた様に目を見開いて僕を見つめて、にっこりと微笑んだ。だから、僕は彼の周りを踊りながら、弓を引き続けたんだ。 「フォーーー!トレビアン!」 周りのお客さんが喜ぶと、彼は、僕のバイオリンを渋々首に挟んで…リズムを取る様なバイオリンの音色を紡ぎ始めた。 だから、僕はクスクス笑って、彼のリズムの上で、美しい青い月を見上げたんだ。 「あぁ…惺山、あなたは僕の青い月…!」 彼にもたれかかってそう言うと、惺山は僕の髪にチュッと、キスをくれた。 ふふ…!嬉しい…! そして、僕は、彼を見つめたまま…しっとりと落ち着いた“Blue moon”の合間に、タランテラの巻き舌の様な独特な旋律を織り交ぜ始めたんだ… 来てよ…惺山。 僕の事、分かるでしょ…? そんな思いで彼を見つめていると…僕を見つめていた彼は、ハッと表情を変えて、ニッコリと頬を上げて笑った。 カウントなんてとらなくても、僕とあなたは、一心同体… 打ち合わせも、内緒話をしなくても… 申し合わせた様に、一緒に弾き始める事が…出来るんだ。 僕は、眉を思い切り上げて、何の掛け声も無しに…急に“タランテラ・ナポリターナ”へと、曲を変えた。 「フォーーーー!ブラボーーー!」 あぁ…!! やっぱり!! 彼は、僕と同じタイミングで、曲をタランテラへと変えてくれた…!! 小気味の良いステップを踏みながらタランテラを弾くと、周りのお客さんたちは、一緒になって踊り始めた。 音を楽しんで…誰かを笑顔にして…音楽が出来る。 だとしたら、僕と彼は…今、音楽を作っているんだ…!! 「キャッキャッキャッキャ!せいざぁん!!楽しいね!」 ケラケラ笑った僕は、彼を見つめてそう言った。すると、彼も笑顔になって…こう言ったんだ。 「楽しい…!」 やったぁ! すると、人だかりの中から、大きなコントラバスを持ったお兄さんが現れたんだ。 そして、僕の隣にドスンとコントラバスを置くと、何食わぬ顔でテンポを刻み始めた。惺山はそんな彼にケラケラ笑って、今度は僕と一緒にメロディを弾き始めた。 このお兄さんが誰かは知らない。 でも、僕の曲変について来れるなら…どうぞぉ? そんな、お兄さんを気遣う素振りも見せない…剛田の僕は、所々に“Happy”の独特のテンポを入れて、惺山にだけ分かる様にウインクして合図した… すると、お兄さんは…勝手に、僕たちの曲をジャックして来たんだ! 僕が曲を変える前に…先走って、勝手に、“Happy”の冒頭を弾きやがったぁ! 怒った僕は“Happy”を弾く事を止めて、彼のテンポの上で“Hit The Road Jack”を弾き始めた。 「フォ~~~!クレイジ~~~!」 「はぁ~?!」 お客さんの声に混じった…お兄さんの叫び声に…ゾクゾクと快感を覚えちゃう。 こんな僕は、やっぱり剛田なんだ… 「惺山…惺山に贈る曲じゃないからね…?」 眉を下げた僕は、途方に暮れてバイオリンを首から離した彼にそう言った。すると、彼のバイオリンを先生が奪って、僕に言ったんだ。 「豪ちゃんは…やっぱり、暴君だな…」 キーーーーー! 僕の“Hit The Road Jack”に合わせて、先生のバイオリンと、お兄さんのコントラバスが、美しく形を整え始めた。 僕は、それが気に入らなくって…再び、曲を変更しようと思案した。 ぼんやりと惺山の顔を見つめながら、僕は、あの、特徴的なベースの音を2小節だけピチカートして弾いて…“I wish”に曲を変えてやったんだ。 「はッはぁ~~~!やると思ったんだよ!やっぱりなぁ!」 大笑いする先生は、僕に合わせて曲を変える事に成功したみたいだ… でも、お兄さんは…もたついてやんの! 「キャッキャッキャッキャ!」 勝手に曲を変えた恨みは…強いんだ! 良く言うでしょ…?勝手に俺のカーステレオを弄るんじゃねえよ!って… まさに、それなんだぁい! 「ワァ~~~!トレビアン!」 いつの間にか、僕たちの周りには沢山の人が集まっていた。 楽しそうに笑うみんなの笑顔を見つめながら、僕は満面の笑顔になって…小躍りをしてバイオリンを奏で続けた。 「32小節後にフィニッシュだよ…」 そんな先生の声に頷いた僕は、惺山の目の前に行って、バイオリンを胸に抱えながら、ギターの様にかき鳴らして弾いてみせた。 ケラケラ笑う彼の笑顔に満足して、ムーンウォークしながら先生の隣に戻った僕は、彼がバイオリンを弓で弾く隣で、弦を指で弾いて、ピチカートならぬ…アルペジオ奏法をしながらソロを弾いた。 「フォ~~~~~!」 歓声と指笛が聴こえて、お客さんたちの声の波が僕たちを飲み込んで行くから、僕は、先生のカウントに合わせて…膝立ちしながら、誰かさんの真似をして、歯でバイオリンの弦を演奏してみた…! 「あ~はっはっはっはっは!!」 「ぎゃ~はっはっはっは!!」 そんな大歓声を受けながら、僕はロックに曲を弾き終えて…ポーズを取った! 「あ~…!決まったぁ!」 決め顔と指で作ったハート、僕の全ては…愛する惺山に…! #75 「ほっくんの…ビシバシメソッド…」 「…却下!」 「ほっくんの…遊んでる場合じゃねえよ教室…」 「却下!!」 お客さんの来ない夜の店内… 俺のバイオリン教室案にすっかり乗り気になったまもちゃんは、下ごしらえもそこそこに教室の名前を考えては、俺に却下されていた… 「まずさ、ほっくんの…って言うの、止めない?」 俺は仁王立ちして、厨房の中でゲラゲラと大笑いするまもちゃんにそう言った。すると、彼は首を傾げてこう言ったんだ。 「…こうして、親しみやすさを出してるんだよ?じゃあ、北斗はどんなのが良いって思うのさ。」 俺…? 俺だったら… もじもじと俯き加減に顔を伏せた俺は…恥ずかしそうに視線を逸らして、こう言った… 「…藤森音楽教室…」 「だっさ!」 はぁ~~~?! まもちゃんは澄ました顔をして、偉そうにこう言った… 「北斗、センスが無いよ!理久先生辺りが…洒落た名前を考えてくれるかもしれない…」 理久… 確かに… 俺は頷きながらも、興奮気味なまもちゃんを見つめて、念を押してこう言ったんだ。 「…ねえ、俺は、まだ、やるとは決めてないからね…!」 意外にも俺のバイオリン教室案に、まもちゃんはノリノリなくらいにノリノリになった… それは、本当に、明日にでも土地を開拓しそうな勢いなんだ… だから、俺は…少し、気後れしてる。 すると、まもちゃんは、俺を見つめてこう言ったんだ。 「どうして…?とっても良いのに。北斗の得意な事を生かした…副業だろ?」 「そうだけど…先立つものも、プランも無いんだ。こう言う事は、しっかりと構想を練ってから、始めないと…」 堅実で実直な俺の答えに眉を顰めたまもちゃんは、眉間にしわを寄せて…こう言った。 「…ほっくんのばっかぁん教室は…?」 駄目だ…こりゃ…! 俺はガクリと頭を下げて…ため息を吐いて項垂れた。 しばらくすると常連のお客さんがお店にやって来て…まもちゃんは、下らない教室名を考える時間を強制終了せざるを得なくなった。 いつもの様に店内は笑い声と、お客さんの俺をこき使う声で溢れた。 まさか、まもちゃんがあんなに、乗り気になるとは思わなかった。 でも、俺も…まんざらでは無いんだ… 俺に音楽を教えてくれた理久の様に…俺も誰かに音楽を教えて行く。 それは、いつか…新しい音楽家を産む事へと繋がって行くんだ。 素敵だと思わない…? ずっと、音楽に携わって生きて行けるのなら、悪くない。 「はい、北斗、フライの盛り合わせ…持ってって!」 「はいはい!」 まもちゃんの声に急いでカウンターへ向かうと、彼は俺を見つめて…嬉しそうに微笑んだ。 あぁ…全く…カッコいいんだから… 彼は、そんな…俺の事を分かってるみたいに、全力で賛成して、応援してくれているのかもしれない… 良い男だ… -- 沢山の拍手を頂いて、僕はぺこりと頭を下げて演奏に終いを付けた。 すると、いつの間にか…僕が開いて置きっぱなしにしたバイオリンのケースの中には、お金がたんまりと入っていたんだ… しゃがみ込んだ僕は、自分のバイオリンをしまう場所を探して…首を傾げて惺山に聞いた。 「…このお金、惺山の飛行機代になるかなぁ…?」 すると、彼は僕の髪をナデナデして、優しく微笑みながらこう言ったんだ… 「豪ちゃんのお小遣いにしたら良いでしょ?」 お小遣い… その言葉に興奮した僕は、お金を集めて、ポケットにグシャグシャと詰め込み始めた。 すると、惺山が苦い顔をしながら首をカクカクと傾げて…こう言ったんだ。 「…何か、何か…何か、嫌だな…。お、俺が集めてあげるよ…」 優しい惺山… 僕のお小遣いを集めてくれてる…! 僕は、目の前でお札を揃えて回収する惺山を、うっとりと見つめて目じりを下げた。 「凄い演奏だったね!びっくりした!」 コントラバスを弾いていたお兄さんが、僕に拍手をしながらそんな声をかけて来た。だから、僕は、もじもじしながら言ったんだ。 「…どうもぉ、あざぁっすぅ…!」 「ちゃんとお礼を言いなさいよ…」 そんな惺山の厳しい声とジト目を受けて反省した僕は、スクッと立ち上がって、コントラバスのお兄さんにぺこりと頭を下げて言い直したんだ。 「突然曲を変えられてすっごい嫌だったけど、一緒に演奏出来て、楽しかったねぇ?」 「あっはっはっは!面白い!理久先生が凄い子を連れてるって、噂には聞いてたんだ。君は、噂通りの凄い子だ…。特に、曲を変える時の、思い切りの良さは痺れた。可愛い見た目をしてるのに…パンチがあるね?」 僕はパンチなんて、しないのに… すると、コントラバスのお兄さんは僕に手を差し出してこう言ったんだ。 「一緒に演奏出来て光栄です!」 だから、僕は…彼の手を握り返して…こう言った。 「…こちらこそぉ…光栄ですぅ…」 先生は僕のバイオリンをしまうと、コントラバスのお兄さんと抱き合って、ごにょごにょ話していた。 何だ…先生の知り合いのお兄さんだったみたいだ。 先生たちから視線を外した僕は、惺山が回収してくれたお金をコートのポケットに詰め込みながら、彼に言ったんだ。 「凄い音色だったでしょ?トトさんって言う…バイオリン職人が作ったバイオリンだよぉ?」 すると、彼は満面の笑顔で僕にキスをして、こう言ってくれたんだ。 「凄かった!君は、俺と居た時よりも…確実に力を付けて、あんな超絶技巧を見事に弾けるようになっている!素晴らしいよ…惚れ惚れする…!」 あぁ…!ふふぅ! 惺山が、僕の歯バイオリンを…とっても喜んでくれたぁ…!! 「…嬉しい!」 思わず、僕は、彼に抱き付いて、スリスリしながら愛を叫んだ。 「惺山しか、勝たぁ~~~~~~~ん!」 そんな僕の愛は…マルセイユの街中に響いて消えた… 「…お手紙来ないの、寂しいから…僕にお手紙を頂戴よ…」 彼が帰る… マルセイユ空港に、先生の車であっという間についてしまった。 僕は、彼の手を離せないまま…涙を堪えてそう言った。 すると、惺山は僕の髪を優しく手でとかして…うっとりする様なキスをくれた。 そして、瞳を悲しそうに歪めて、涙を落として…僕に、こう言ったんだ…。 「…あの時、何も言わずに…出て行って、ごめんよ…」 あの時… きっと、早朝…1人で出て行った時の事だ… 「良いの…惺山は、良いの…」 彼の首に抱き付いた僕は、長くなった彼の襟足を指に絡めて…そう言った。 「また…会えるよ…そうだろ?」 彼は、ニッコリ笑って…僕の手を離した。だから…僕は、涙を必死に堪えながら、笑顔を作って頷いて言ったんだ… 「…ま、またぁ…会えるぅ…!」 そして、僕も…彼の手を離した… 神様、僕の事を嫌いなんでしょう…? だから…こんな酷い事ばかりするんだ。 お父さんは、僕と離れたから…死ななかった訳じゃないんでしょ…? 誰かと結婚して…新しい命…子供を作った。 だから…死ななかったんだ。 そうでしょう…? あっという間に、惺山の背中が見えなくなってしまった… 僕はボロボロと流れて落ちて来る涙をそのままにして、僕の後ろで静かに佇む先生を振り返らずに…こう言ったんだ。 「…先生、彼に会わせてくれて…ありがとう。」 「…うん。もう…帰ろう…パリスが心配する…」 先生はそう言って…僕の背中を、温かい手で撫でてくれた。 彼は…多分、僕と同じ考えに辿り着いている… でも、言わなかった。 自分で気付かせて、僕が選択するのを、待っているんだ… 「パリスゥ…」 クスクス笑った僕は、先生の差し出した手を握って、彼に涙を拭って貰いながら空港を後にした…

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