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#76~#78
#76
「…北斗?」
「なぁに?まもちゃん…」
ベッドに横になったまもちゃんは、ぼんやりと天井を見上げたまま…俺の名前を呼んだ。だから、俺は、ベッドにのぼって…彼の顔を覗き込んで首を傾げた…
すると、彼は、俺を見つめてこんな話をし始めた。
「…バイオリン職人の仕事を、閑散期にしていたんだ…。お客さんが来ない時間に、厨房に、シートを敷いてさ…木を削って…」
へえ…
初耳だった…
俺は、まもちゃんのバイオリンを始めに手に入れた物を含めて、2つ持っている…彼が作った…正真正銘の、彼のバイオリンだ。
「あのバイオリンも…そうやって作ったの…?」
彼の頬を撫でて、柔らかい癖っ毛を撫でながら、俺はクスクス笑って彼に聞いた。
すると、まもちゃんは口元を緩ませて笑って言ったんだ。
「…そうだよ。ふふ…早く作れ、早く作れって言うから…作ったんだ。愛がこもってるだろう…?」
あぁ…確かに…
俺は、にっこりと笑って…彼の唇にキスをして、頬ずりしながら言った。
「こもってる…。弾いてすぐに、あなたのバイオリンだって…分かったもん。」
そんな俺の言葉にケラケラ笑ったまもちゃんは、俺の背中を撫でながら…こう続けて言ったんだ。
「…それで、話なんだけど…。お前がバイオリン教室を開くなら…俺は、その裏で、バイオリンを作りたい…」
わぁ…
「お店は…?」
俺は、思わず目を丸くして…彼を見つめてそう尋ねた。
すると、まもちゃんは真剣な表情をして、こう返した。
「やめる…。料理上手なバイオリン職人に転職する…」
わぁ…!
彼のお兄さんは、お父さん…オジジの後を継いで、バイオリン職人になる予定だったんだ。
でも、不幸な事に…お兄さんは財閥の馬鹿げた恨みを買って…手を潰されて、自殺をしてしまった…。
それを苦に…お母さんまでも、工房で自死を選んだんだ…
軽井沢駅の近く…一等地にあった、まもちゃんの実家…バイオリン工房は、そんな理由で店じまいをして…あの土地は更地になった。
そして、オジジは…山奥に新しいバイオリン工房を、大奥様の旦那さんに援助してもらいながら作って、再起を果たした…
まもちゃんは、そんな家の…次男坊。
お兄さんの様に職人になる為の修業をみっちりと受けて来た訳でもなく、自由に…伸び伸びとバイオリンを作って来た。
だからかな…彼のバイオリンには癖があるんだ。
俺は、そんな粘り強いインパクトと、手応えに惚れ込んで、彼のバイオリンを気に入って使っている…
お兄さんの復讐を果たす為…彼が一度は諦めた道…それが、バイオリン職人なんだ。
「そうか…それは、素敵だね…」
自然に、瞳から流れて来る涙は…堪らないうれし涙。
「…本当?本当に、そう思う…?」
不安そうに眉を下げたまもちゃんは、俺を見つめて…グラグラと瞳を揺らした。
だから、俺は、彼の頭を抱いて…両手の中に抱え込んで、じっと瞳を見つめて言ったんだ。
「素敵だ!そして…あなたが、やっと…バイオリン職人に戻ってくれて、とっても嬉しい…!!」
料理人が嫌な訳じゃない…でも、彼は…職人なんだ。
凄腕の…バイオリン職人なんだ…
彼の癖の強いバイオリンは、長年バイオリニストをしている俺の母親をも魅了して、10年も工房に足繁く通わせるほどの魅力を持った…幻の一品なんだ。
素敵だろ…?
だから、とっても…嬉しいんだ!!
「まもちゃん…!良いよ!そうしよう!俺とまもちゃんで…ふたりで…一緒に…!」
あんなに散々だった時間が嘘みたいだよ。
天使の思し召しだとしたら…俺は、あの子に愛されている分、受け取り過ぎていると思う…
豪ちゃんは、大好きな俺に依怙贔屓して…幸せを、人より沢山…運んでくれたみたいだ。
--
「パリスゥ…ごめんね?一泊して来ちゃったぁ…」
僕は、庭で怒りに震えるパリスにそう言って頭を下げた。すると、彼女は僕の髪を突いて毛根を殺しにかかって来たんだ。
「あぁ…!ハゲちゃうぅ!」
両手で頭を押さえた僕は、パリスのくちばしを手のひらで受け取って…痛みに耐えた!
「豪ちゃん…卵を回収したよ。」
庭を見回りした先生は、手の中に4つ卵を抱えてそう言った。だから、僕は…パリスに新芽を差し出しながら平謝りを続けたんだ。
「ごめんよぅ…だって、惺山が来てくれたんだぁ…」
すると、パリスはくちばし攻撃を止めて…僕を見つめて首を傾げた。
「ほらぁ…匂いがするでしょう?」
僕は自分のコートの袖を彼女の鼻に掲げて首を傾げた。
すると、パリスは…嬉しそうに、コートの袖口に頬ずりしたんだ。
「あぁ…お前も…彼に、会いたかったね…?ごめんね…ごめんね…」
ボロボロと溢れて来る涙を拭いながら、僕は…パリスに謝り続けた。
「部屋に入ろう…ここは、寒い…」
先生はそう言って、僕の体を起こして…パリスにこう言った。
「パリス…お前も、部屋に入りなさい。」
「コッコココココ…!」
ふんだ!…そんな言葉を呟きながら、パリスは大人しく先生の言う事を聞いて、僕たちより先に部屋に入って行った…
僕は、未だに溢れて来る涙を抑える事も出来ないまま…必死に涙を拭って、先生と一緒に部屋へ入った…
涙の止まらない僕をピアノに座らせた先生は、フワフワの髪を掻き分けて…僕の瞳を覗き込んでこう聞いた。
「…豪、大丈夫かい…?」
だから、僕は、込み上げてくる涙を拭いながら…先生を見つめて、必死に、こう伝えたんだ…
「うっ…うう…ひっく…だ、だ、大丈夫ぅ…。でも、でもぉ…待ってて…まだ、まだ…待っててぇ…! コ、コルベールさんの…赤ちゃんが、産まれるまでぇ…待っててぇ…!」
僕は…まだ、認めたくないんだ。
だから、先生。
それまで…あの問いの答えを待っていて…
僕の考えが分かったのか…先生は、何も言わずに僕を抱きしめて、優しく髪を撫でてくれた。
僕は、きっと…神様に嫌われている…
だから、こんなひどい目に遭うんだ。
もし、そうだったら、どうするの…
僕は、愛する人の為に、どこまで出来るの…
綺麗事じゃない感情は…どうしたら良いの。
「お風呂に入って寝なさい…」
先生はそう言って、僕の髪に沢山キスをくれた。だから、僕はコクリと頷いて…階段を上った…
お風呂には入らない…だって、彼の匂いが消えてしまうから…
そのままベッドに突っ伏して、僕は、昨日感じた彼の匂いと、感覚を思い出しながら…瞳を閉じて眠りについた。
いつか、あなたの感覚も、声も、匂いも、忘れて行くんでしょうか。
だとしたら、僕は…あなたと一緒に死んでしまった方が、幸せかもしれないよ。
あなたが望んだ様に、僕の傍で死なせてあげる…
誰かとあなたが、幸せになる所なんて、僕は想像もしたくないんだ。
そんな未来を選ぶ僕を、あなたは恨んだりしないでしょう…?
「コッコッココココ…」
コツコツ…コツコツ…
パリスが、僕の部屋の扉を廊下から、突いて起こしに来た…
朝なんだ…
僕はムクリと体を起こして、着たままのコートを脱いで、ハンガーにかけた。
そして、彼の匂いが付いたブラウスだけ、引き出しの中に…そのまましまった…
服を着替えて、部屋を出て…足元のパリスを見下ろしてこう言ったんだ。
「パリス…おはよう…」
「コッココココ…」
1年ぶりの惺山は、変わらずに素敵だった。
彼の髪も、瞳も、声も、全て…大好きだ…
「にんじんは…ジュースにしても良いくらい、甘いんだぁ…。後で、餌に少し混ぜてあげるね…?」
畑の世話をしながら、実った野菜を次々に収穫して行った…。
足元を歩くパリスにお裾分けの約束をしてクスクス笑った僕は、テラスで僕を見つめて心配そうに眉を顰める先生に笑顔を向けて、こう言った。
「…先生?おはよう…!」
まだ、決まった訳じゃない…
だから、杞憂で…心を乱したり、しないんだ。
#77
チュッチュッチュッチュ…!
「よし!北斗!さっそく、新居の予定地を見に行こうじゃないかっ!」
早朝…ジョギングから戻ったまもちゃんは、ベッドで眠り続ける俺に高速キスをお見舞いしながら、気合を込めた声でそう言った…
だから、俺は…モゾモゾと布団を被って…言ったんだ。
「もう…もう少し寝てる…シャワー浴びておいで…?」
そんな俺の言葉にゲラゲラと大笑いをしたまもちゃんは、颯爽とシャワーを浴びに浴室へと向かった…
まもちゃん…良かったな…
バイオリン職人に戻る事を躊躇していた彼が…決心を付けた。
お店が無くなってしまうのは寂しいけど、彼は…本来の道へと戻ったんだ。
良かった…ぐぅ…ぐぅぐぅ…
「ほっくぅん!起きてぇん!僕のイチモツは、それなりだよぉ!」
シャワーから出た真っ裸のまもちゃんが、俺の掛け布団を思いきり引っ剥がして、豪ちゃんの物まねを始めた…
ヤバい…
そんなリミッターの外れた彼にクスクス笑った俺は、うつ伏せになって、彼の枕に顔を埋めて…ポツリと言った。
「…加齢臭がする…」
「グフッ!」
精神的ダメージを食らったまもちゃんが動揺する中、俺は再び安らかに瞳を閉じた…
大体…早起き過ぎるんだ。
いや…豪ちゃんの方が、早起きだな…
すると、大人しくなった筈のまもちゃんは、何を思ったのか…俺の上に覆い被さって、部屋着のトレーナーを捲り上げて来たんだ…
俺は特に気にもしないで、そんな彼を放ったらかしにして寝たふりを続けた。
「ほっくぅん…僕のイチモツは、それなりだよぉ?」
好きだな…そのセリフ…
俺の背中を舐めながら、まもちゃんは絶妙な豪ちゃんの物まねを入れて来る…
でも、クスクス笑う事もしないで、俺は寝たふりを強行した。
だって、一度笑うと…しつこいんだ。
「はっ…?!」
不意に、うつ伏せたお尻に当たった感触に顔を上げた俺は、後ろを振り返ってまもちゃんに言った。
「なぁんだぁ…!」
そんな事お構いなしに、まもちゃんは俺のスウェットとパンツをずり下げて、可愛い俺の桃尻に自分の滾ったモノを押し当てながら、腰を動かして来たんだ…
「ほっくぅ~ん!ほっくぅ~ん!僕、勃起しちゃったぁ~!」
最低だ…
嬉々と笑顔を見せるまもちゃんは、可愛い豪ちゃんを真似すれば、こんな粗相が許されると思ってる。
「あはは…まもちゃん、まもちゃんも…豪ちゃんに、調教してもらう…?幸太郎みたいに、犬にして貰ったら…?」
ケラケラ笑った俺は、ゴロンと寝返りを打ってまもちゃんを見上げた。すると、彼は俺に覆い被さって…唇をペロペロと舐めてこう言ったんだ。
「…豪ちゃんの犬も悪くないけど…俺は、北斗の犬になりたいな…」
え…
はぁはぁ…はぁはぁ…!!
なんだそれ!!
誘う様な彼の視線と、そんな破廉恥な言葉に…俺は激しく興奮して、思わずニヤけた顔で彼にこう言った。
「…エロいね?」
「豪ちゃんは…ナチュラルに、エロイんだ…。だから、俺はあの子に沢山勉強させてもらって…今、実践に役立てようとしてるんだ…」
ウケる…!
セクシーな視線を俺に送りながら…彼は、こんな間抜けな事を言うんだ。
面白い人でしょ…?
「あぁ…素敵すぎて、クラクラしちゃうよ…」
にっこり笑った俺は、彼の首に手を回して乾ききってない髪を優しく撫でながら、自分に引き寄せて…キスをした。
舌が絡まる度にいやらしい音が耳に聴こえて、キスの合間に漏れてくる彼の吐息が、最高にエロくて…興奮して来ちゃうよ…
色っぽいまもちゃんを見つめた俺は、うっとりと声を潜めてこう言った…
「まもるぅ…僕の体…舐めてぇ…?」
「はぁはぁ…はぁはぁ…!」
なんだろう…面白半分で、豪ちゃんの真似をしてそう言ったけど、やけにエロくて…まもちゃんが過剰に興奮している気がする…
だって、目だって…ギラギラしてるし、下半身は、ギュンギュン血流が良くなっているんだ…
イノセント…それは、究極のエロなのかもしれない…
まもちゃんは…俺の体を舐め始めた。それは、いつもよりも犬っぽくだ…
乳首を執拗に舐められて…気持ち良さに体をのけ反らせた俺は、まもちゃんの髪を鷲掴みして…こう言った。
「まもるぅ…ん、気持ちいのぉん!」
「はぁはぁ…!はぁはぁ…!!」
ヤバいな…
すっごい面白い!!
大興奮したまもちゃんは言語機能を失った様に、荒い息遣いとたまに、くぅん…くぅん…と怯えた様な鳴き声を出しながら、俺の体を舐めている…
すっかり楽しくなってしまった俺は、体を起こしてまもちゃんに言ったんだ…
「まもるぅ…僕のおちんちんを舐めても良いよぉ?」
「くぅん…くぅん…!」
ぐへっ!
眉を下げてお尻を振りながら喜ぶまもちゃんは、比喩で“犬”なんて呼ばれる羞恥プレイから逸脱し、犬そのものになり切っていた…!!
「ぐふふっ!」
吹き出し笑いしそうになる俺に、まもちゃんはジロリと鋭い視線を送って…目で言ったんだ。
”北斗…これで、どこまで出来るか…挑戦したくないか…?“
マジかよ…
顔を真っ赤にした俺は、とりあえず…コクリと頷いた。そして、自分の股を広げてまもちゃんの頭を押し付けながら言ったんだ…
「まもるぅ…!ん、舐めてぇん!…お口の中に入れてぇん!」
「グルル…!うわぁん!うわぁん!」
こんなにふざけているのに、彼のフェラチオは…最高に気持ち良かった…
「あっあ…はぁはぁ…気持ち良い…はぁはぁ…もっと上手に舐めてごらん…?」
ノリノリになって来た俺は、まもちゃんの髪を鷲掴みして持ち上げながら、彼の顔を覗き込んでそう言った。すると、彼はふざけた犬の真似を止めて、俺をじっと見つめながら…口で扱き始めたんだ。
「ああぁ…!ん…良い…気持ち良い…!はぁはぁ…イッちゃいそう…!」
まもちゃんの頭を両手で抑えた俺は、ゆるゆると腰を動かして…彼の喉の奥まで入れながら喘いだ…すると、まもちゃんはケラケラ笑って、俺の腰を片手でいとも簡単に止めた。
そして、いやらしく舌を這わせながら…意地悪な視線を送って…こう言ったんだ。
「今度は…ほっくんが、ワンちゃんになる番だよぉ…?」
なんだと…?!
本来の目的は、こっちだったんじゃないかって程に、まもちゃんは強引に俺の体をうつ伏せにして、お尻を突き出させた。
そして、クスクス笑ってこう言ったんだ…
「可愛いワンちゃん、僕がとっても良い事してあげるねぇ…?」
彼はそう言って、俺のお尻をペロペロと舐め始めた…
「あっああ…ら、らめだぁ…んっ…はぁはぁ…らめぇ…まもちゃ…やぁだぁ…!」
「ほっくぅん…お利口さんだねぇ…もっと気持ち良くしてあげるぅ!」
やる気に満ち溢れたまもちゃんは。声を弾ませながら…俺の中に指を入れて…ゆっくりと中を撫でまわした。
「ああ…あっあぁ…!」
まもちゃんの加齢臭のする枕に顔を埋めた俺は、フルフルと震える足を頑張って踏ん張って…快感に背中を捩らせて、耐えた…
「あぁ…ほっくぅん…よだれが垂れてるぅ…エッチだぁ…!僕、滾ってるよぉ?ん、も、我慢出来なぁ~い!」
もしも…豪ちゃんが、こんな事言って来たら…俺は、どうしよう…
そんな事を考えながら、俺はまもちゃんのモノを受け入れた。
「あぁ…!はぁはぁ…まもちゃぁん…気もちい!」
ねっとりと動く彼の腰は、最高に気持ち良いんだ…
クラクラしながら両手を突っ張った俺は、彼を振り返って…だらしない顔でそう言った。すると、まもちゃんは快感を堪える様に眉を顰めて…俺の体を支えながら持ち上げて、キスをした…
あぁ…堪んない…
中を突き上げられる度に俺のモノがビクビクと揺れて…今にもイキそうだ…
「んっ…ふっふぁあ…!イッちゃう…イッちゃう…!」
俺はすっかりトロけて…まもちゃんに頬ずりしながらそう言った。
すると、彼はキスを執拗にしながら、俺の胸に手を這わせて、乳首を摘んで捏ね始めた…
こんなの…駄目に決まってる!
「あぁあっ!駄目ぇ…!イッちゃう…!!はぁはぁ…あっあああん!」
…こんなに気持ち良いの…イッちゃうに、決まってる…
腰を振るわせて俺がイクと…まもちゃんは俺の中で、ドクドクと精液を吐き出しながら…一緒にイッた…
俺は、再び…加齢臭のするまもちゃんの枕に顔を埋めて…快感の余韻に浸った。まもちゃんは、そんな俺の上に乗ったまま…こう言ったんだ。
「ほっくぅん…僕、めたくそ気持ち良かったぁ…!」
「ばかやろ!」
俺は、いつまでも豪ちゃんの物まねを続けるまもちゃんを、後ろ手で引っ叩いた。
--
「あぁ…!お味噌、いい香りがするぅ…先生?ほらぁ。嗅いでみてぇ…?」
自家製の味噌を開いて、僕は鼻をクンクンさせながらそう言った。すると、先生は顔を覗き込ませて、同じ様に鼻をクンクンさせて、にっこりと笑って言ったんだ。
「あぁ…本当だ。」
そう。ひと夏を越した自家製味噌は…ちょうど食べ頃を迎えた。
今日から、このお味噌をたっぷり使ってお料理が出来るんだ!
「今日のお味噌汁は、このお味噌を使おうね?」
「やったぁ!」
嬉しそうに体を揺らした先生は、僕の前髪をひとつに縛って、クルクルのゴムで留めてくれた。
畑でとれたにんじんは、そのままぬか床へと埋められて…代わりに漬かり切った茄子ときゅうりを、包丁で切って、お皿の上に乗せた。
今日は、ジャガイモと小松菜のお味噌汁…
もちろん、お味噌は、僕の自家製のお味噌だ!
「ふんふ~ん…ふんふんふ~ん…」
僕は、上機嫌に味噌をとかして、クンクン香りを嗅いで、うっとりと首を横に振った…
「はぁ…!嬉しいなぁ!」
お味噌のお味が楽しみな先生は、テラスに向かわずに、ずっと、ダイニングテーブルで僕の調理の様子をニコニコしながら見ている…
そんな彼を横目に、僕は取れたてのお野菜を浅漬けにして、冷蔵庫へしまった。
「そう言えばぁ…先生?昨日のコントラバスのお兄さんは、だあれ?」
卵焼きと、厚揚げにオクラとじゃこのおかかを乗せた物をテーブルに運びながら、先生に首を傾げて尋ねた。すると、彼は、嬉しそうに目じりを下げて教えてくれた。
「あぁ、昔の教え子だ…。北斗みたいに、いろんな子供に音楽を教えて来たから…。偶然出会ったりして、その子がまだ音楽を続けてくれていると…ふふ、とっても、嬉しいんだよ…」
へえ…
僕は、そんな先生の話に、胸を熱くして、にっこりと笑った。
先生は、ほっくん以外にも子供たちに音楽を教えて来たんだ…
僕も、彼らや、ほっくんと、おんなじ…
「…僕も、いつか…先生から巣立つのかなぁ…?」
ふたり分のお味噌汁を置いた僕は、先生の隣に腰かけて彼を覗き込んでそう聞いた。すると、先生は…首を傾げてこう答えたんだ。
「…どうかな?」
ふふ…!おっかしい…
クスクス笑いながらいただきますをして、先生と一緒に美味しい朝ご飯を食べた…
「わぁ!全然味が違う!とっても美味しくなったね?」
僕は、自家製味噌に感動する先生に、得意げに胸を張って…こう言ってあげたんだ。
「いつもは、もっと、まろやかだけど…作る時期と、環境が違うから、今回は…少しだけ、甘くなっちゃったみたい…。でも、塩分を抑えてる分、風味の強い、美味しいお味噌が出来たぁ…うんうん。」
これで、お味噌のレシピが解禁された!
胸を張る僕を見て、先生はクスッと笑って…こう言った。
「鯖の煮つけが食べたくなっちゃった…」
だから、僕は先生を覗き込みながら、テラスを指さしてこう言ったんだ。
「テラスにプランターを置いてるでしょ?あれはね、しょうがを植えてるんだぁ。あんまり寒いと育たないから、ああして寒い時はお部屋に入れてるの。今度、そのしょうがと鯖で煮つけを作ってあげる!」
「ショウガ!」
目を大きく見開いた先生は、嬉々とした顔を僕に向けて、もう一度…こう言った。
「新ショウガ…!」
あぁ…!
きっと、先生は、新ショウガを味噌で食べたくなっちゃったんだ!
そんな先生の笑顔を見つめた僕は、コクコク頷いて彼に言ったんだ。
「今夜、出してあげるよぉ?きっと、ほのかに甘いお味噌とばっちり合うと思うもん!」
「わぁ~…!楽しみだぁ…!」
先生はワインをよく飲む。
でも、新ショウガとお味噌には日本酒だって…てっちゃんのお父さんが良く言ってたな…
#78
「おぉ…北斗、何だ、またオジジと遊びたいのか…?」
俺とまもちゃんは、朝から激しい愛のプレイを楽しんだ。そして、その後…オジジの工房へとやって来たんだ。
用件は、ひとつ。
あの土地に、建物を建てる許可を貰いに来たんだ…
なのに…
なぁのに!
まもちゃんは、さっきから不貞腐れた様に顔を逸らして、オジジと、そんな真面目な話をする気配すらないんだ!
「…うん。ちょっと…顔を見に来たんだ…」
引きつり笑いをした俺は、目の前のオジジにそう言いながら…まもちゃんのわき腹に肘鉄を入れた。
「いてっ!痛いなぁ!北斗ぉ!痛いだろぉ?」
居るだろ…親の前だと、妙に格好を付ける男。それが…護だ…
俺はまもちゃんの頭を手で抱えて、強引に自分に向けた。そして、目を思いっきり開いて…こう言ったんだ。
「まもちゃん!オジジに!話が!あるんだよねぇ!?」
「なんだ…?」
そんな俺の言葉に、一番に反応したのは、オジジだった…
急に態度を硬化させたオジジは、腕を組んで…まもちゃんを睨みつけ始めた…
居るだろ…やけに、強く、子供に絡む親。それが…オジジだ…
「はぁ!別にぃ!」
まもちゃんはいつまで経っても子供…そんな言葉を体現する様に、オジジにそんなガキっぽい言葉を投げつけて、フイッと顔をそむけた。すると、オジジは、ため息を吐きながら首を横に振って…こう言ったんだ。
「ふん!だったら、何で北斗がこんな顔してるんだ!お前は本当にだらしが無いな?北斗~言って~!北斗~やって~!って…甘ったれてんだろ!はぁ…情けない!情けない!」
やんなるね…
このふたりはいつもそうなんだ。
「…実は、まもちゃんの店は、7月、8月、9月、そして…4月にしか繁盛しない事が分かった…。だから、俺は空いた時間に…副業を始めようと考えたんだ。」
仕方が無く…
俺は、オジジにそう話し始めた。
すると、オジジは、俺を見つめて首を傾げて言った。
「へえ、良いじゃないか…それで、何をするの?」
そんな彼の言葉に、俺はじっと瞳を見つめたまま…こう答えた。
「…音楽教室を、開こうかと…考えてる。」
「ほほっ!そりゃいい!」
表情の明るくなったオジジは、ケラケラ笑ってそう言ってくれた…
さあ、ここからが…本題だ。
俺は、隣のまもちゃんをチラッと横目に見た。彼は、さっきよりも大人しくなった様子だが…相変わらず、オジジから視線を逸らし続けてる…
全く…!
オジジの工房の中…
改まった雰囲気の俺とまもちゃんが何を話すのか…職人たちは、無駄話もしなければ、イヤホンを耳に付ける事もなく黙々と作業を続けながら、興味津々に聞き耳を立てている。
そんな状況の中…
俺は、生唾を飲み込んで…目の前のオジジに切り出した。
「それで…話があるんだけど…」
すると、隣に座っていたまもちゃんが突然こう言ったんだ。
「…実家の土地に、新しく建物を建てたいんだ。北斗の音楽教室と、俺の…工房…」
「はんっ!」
オジジが…鼻を思いきり鳴らして、臨戦態勢に入った…!
俺はまもちゃんの膝に手を置いて…彼に、心の中でこう言ったんだ…
堪えてつかぁさい…!まもるはん…堪えてつかぁさいっ!
すると、まもちゃんは、膝に置かれた手に視線を落として、俺を横目に見た。
…そして、何かを決心したかの様に…オジジに向かって話し始めたんだ。
「…北斗に便乗する形になってしまったけど…俺は、こんな事でも無ければ、勇気を出して踏み出せなかった…。これを機に…店を畳んで、バイオリン職人の仕事に、身を入れて携わって行きたいんだ…」
…まもちゃん!良く言った…!
俺は心の中で…まもちゃんをべた褒めしてあげた。
腕を組んだまま押し黙ったオジジは、まもちゃんをジッと睨みつけたまま…固まった。
俺は、そんな彼に、頭を下げてこう言った。
「…音楽教室と、バイオリン工房を…あの場所に立てる許可を…下さい!」
すると、まもちゃんは…慌てて俺の真似をして、頭を下げた。
「親父…お願いします…!」
シンと静まった工房の中には…木を削る音も、やすりを掛ける音も聞こえなくなった…
きっと、みんな…固唾を飲んで見守ってくれているんだ。
「ふん!俺は、何にも手伝わないからなっ!」
すると、オジジは大きな声でそう言って、間髪入れずに、そそくさと席を立って、工房の奥の自宅へと行ってしまったんだ…
「あ…」
残された俺とまもちゃんは、オジジの立ち去った工房の奥を見つめたまま…呆然としていた…
「…ねえ。良いって事なのかな…?」
俺は、まもちゃんにそう尋ねた。すると、彼は…瞳に大粒の涙を堪えながら、何度もコクコクと頷いて…顔を背けて涙を拭った。
あそこは…まもちゃんの家族の思い出の土地…
そんな素敵な場所で、俺は、まもちゃんと一緒に新しい事を始める…
感慨深いなんて物じゃない。これは…新しいスタートなんだ!
「…母さん、兄ちゃん…親父、ありがとう…!!」
涙を拭いながら…まもちゃんがそう言った。
そんな彼の言葉に…俺は、込み上げてくる涙を止められなくなって、大きな背中に抱き付いて、彼と一緒におんおんと泣き始めた…
--
11月…
コルベール夫妻に赤ちゃんが生まれた…
先生に送られて来た手紙の中に入っていた写真には…楽しそうに笑う奥さんと、旦那さん…それに、赤ちゃんが写っていた。
いつもの様に…先生の膝に腰かけた僕は、その写真を…食い入るように見つめた。
そして…先生に、こう言ったんだ…
「女性は…出産をすると、運気が変わるとか、よく言うよね…。それは、家族にも然りの様だぁ…。」
コルベールさんの体の周りから…モヤモヤが消えていた。
なんだ…
こんな事だったのか…
それが、僕の感じた…感想だった。
そして、先生を振り返って、僕はにっこりと笑った。
「…これで、彼が助かる…」
先生はそんな僕を見つめ返して…大粒の涙を落した。
そして、何も言わずに僕の頭を抱き寄せて…優しく抱きしめてくれた…
“キラキラのきらきら星へ
今日は良いお知らせがあります。
モヤモヤを消す方法が分かったのです!!
愛する人と、赤ちゃんを作って下さい。
そうすれば、本当の天使が…あなたを助けてくれる。
僕は、あなたに生きて欲しい。
そして、素敵な曲を沢山作り続けて欲しい。
僕とあなたの曲は、長い余韻を経て…終わった。
次に会う時は、新しい楽譜に、新しい曲を、書きましょう。
そうだな…
僕は、タランテラの早いリズムも好きだけど…
あなたとは、穏やかな曲を奏でたい。
いつか隣で、バイオリンが弾ける時が来る事を心の底から願っています。
それでは、お元気で。
僕の不滅のコンポーザー…森山惺山。
あなたを愛した鶏より“
そんな手紙を書いて…僕は、先生と一緒に投函しに散歩へ出た。
「…僕は、彼に生きていて欲しい…。でも、彼が…他の誰かと幸せになる事を…喜べないんだ。だから…お別れする。」
僕より少し前を歩く先生の足を見つめながら、そう言った…すると、彼は、僕を見下ろして聞いて来たんだ。
「…本当に、良いのかい?」
「良いの…惺山は、良いの…」
…僕は、考えたんだ。
彼と愛し合って…彼を失う未来を。
そして、彼と別れて…彼が生き続ける未来を。
その結果…僕が選んだ、選択なんだ。
先生の腕にもたれかかりながら、目の前に映るほんの少しの空を、首を伸ばして仰いで見た。
「…先生?一番星は…金星?」
夕暮れなんてすっ飛ばして、空は青暗い色を帯びて既に一番星が輝いて見えた。
すると、先生は…首を傾げてこう答えた…
「…女子高生かな。」
ふふ…!
おっかしいの…
ポストにお手紙を投函した僕は、先生と手を繋いで…来た道を戻った。
こんな事なら…彼の傍に居れば良かった…
そんな後悔は、きっと…ずっと、僕の胸を痛める事だろう。
こんな事なら…彼と一緒に死んでしまえば良かった…
そんな後悔も、きっと…ずっと…僕の胸を痛めつけるだろう。
でも、確実に言える事は…
この選択によって、彼が死に怯える事無く、生きられるという事だ。
主観を取り除いて、事実だけを見たら…物事は、とてもシンプルなんだ。
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