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#88
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「お前は…こっちの部屋で寝ろよ。俺は、こっちの部屋で寝るから!」
俺は幸太郎と一緒に、ただで泊まれる実家へ帰って来た…
両親は、ギフテッドの彼を見て大喜びしていたけど…当の幸太郎は、豪ちゃんと離れ離れになって…寂しそうにクゥンクゥン鳴いてた…
「北斗!彼の事知ってる…!幸太郎君でしょ…?ギフテッドで、チェロの演奏がとっても素晴らしいのよね…?はぁ…聴かせてくれないかしら…?」
そんな下心丸出しの母親を横目に見た俺は、彼女にこう言ったんだ。
「…彼は俺の言う事なんて聞かないし、今も、首輪を付けて無理やり引っ張って来たんだ。だから、チェロなんて、弾いてくれないと思うよ?」
「えぇ~~~!」
そう言ったのは狸顔の父親だ。
伊織のせいで、俺はすっかり自分の父親が狸に見えて仕方が無くなっている。
チェロ奏者の父親は、口を尖らせて文句を言う様に体を捩ってこう言った。
「…なぁんだよ!出し惜しみしてぇ!」
同じ様に、音楽を人に聴かせて報酬を頂いている癖に、人の演奏をただで聴けると思うんじゃないよ…図々しいな。誰に似たんだ!
「北斗…あの部屋は臭かった。俺は、惺山の所に戻る事にするよ…。」
「おおっと!」
幸太郎がそう言って玄関へ向かうから、俺は慌てて彼を止めて…こう言ったんだ。
「…やめてあげて!きっと、もう…しばらく、会えないふたりだから…。今日は、そっとしておいてあげて…!」
…あの子は、もう、森山氏に会わないつもりかもしれない。
今頃…彼に、お別れをしているのかもしれない。
だから…そっとしておいてあげて欲しいんだ。
俺の言葉に眉を顰めた幸太郎は、何も言い返しもしないで、肩を落として背中を丸めた。俺はそんな彼を連れだって…ソファに腰かけた。
あの幸太郎が、こんなにお利口になったのは…豪ちゃんの躾が良いからだな…
「そう言えば、俺は軽井沢に住む事になったんだ。今、音楽教室を開こうと思ってる。」
幸太郎の存在に気を良くした両親の前で、俺は、唐突に近況を報告した。すると、父親は俺を見て、こう聞いて来たんだ。
「バイオリン職人の彼と一緒になるのか…?」
「あぁ…まもちゃんね、そうだよ。彼は、俺の教室の裏でバイオリンを作る。」
俺は幸太郎が逃げ出さない様に、彼のリードを握ったままそう答えた。すると、今度は母親がこんな事を言い出した。
「バイオリニストを…引退するの…?」
「はっ!引退なんて考えてない。だけど、俺は…日本では無名と変わらない。だから、前の様な活躍も出来ないし…収入も減るだろう。そんな先を見越して…副業として、音楽教室を開くんだ…。」
そんな家族の会話に、幸太郎がぼんやりと口を挟んでこんな事を聞いた来たんだ。
「…お父さんと、お母さんが居るって、どんな感じ…?」
どんな感じ…?
俺は幸太郎を見つめて首を傾げた。そして、肩をすくめてこう言ったんだ。
「俺の両親は…あまり、参考にならないと思う。だって、子供の俺でさえ、彼らが親とは思えないんだから…ふふっ!あっはっはっは!」
そうだな…
大人になった今なら、同じ音楽家として話も出来る。
でも、子供の頃は…彼らの事が、全くといって良い程分からなかった…
唇を撫でながらニコリと笑った俺は、ヤレヤレと首を横に振る両親を見つめて、こう言ったんだ。
「でも、音楽家を目指すなら…彼らの子供である事は、有利だった。」
すると、そんな俺の言葉に、母親は瞳を細めてクスクス笑った。
笑い事じゃねえよ…!
そんな思いは、大人になった今では、下らない感情だって分かった。
だって、彼らは親ではあるけど…いわば、俺とは違う…他人なんだ。
理解出来ない他人の思いを推し量る事ほど、精神力を使う事は無い。
だから、早々に放棄するんだ。
い~らないって、手放してしまうんだ。
「…開店資金、少し出しましょうか…?」
そう聞いて来る母親に、俺は首を横に振って言った。
「要らない。何もしないで…?関わらないで欲しいんだ。」
ドライ…?そんな事ない。
子供はね、育てた様にか育たない。
ど~してこんな風になっちゃったの!なんて、思春期の子供に怒鳴り散らす親がいるけど…あんたがそう育てたんだよって…教えてあげたいね?
「そうなの…?残念!」
ケロッとそう言った母親は、幸太郎を見つめたまま…物欲しそうにウルウルと瞳を揺らし続けている…
でも、幸太郎はどんなにお願いしたって、弾かないと思うよ?
だって、彼は今、ご主人様を恋しがって…酷く落ち込んでいるからね…
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「フワフワだねぇ…」
ソファに座った僕の足元に、フォルテッシモが来たから…僕は、彼を膝の上に乗せて…背中に頬ずりをした。
すると、隣に座った惺山は僕の背中を撫でながら、こう言ったんだ。
「…毎年、一日でも良いから…会う日を決めよう…」
僕は、そんな彼の言葉に…胸の奥を痛めながらコクリと頷いて答えた。
「うん…」
…どうせ、いつか…僕、ひとり…待ちぼうけをする日が来る…
そう思ったんだ。
「そうだ。徹の実家を…この前、買ったんだ。毎年、8月の15日に…あそこで会おう…?」
徹おじちゃんの実家…
それは、僕の故郷にある…清ちゃんの元のお家だ。
惺山と僕は、去年…そこで、会って…共に、過ごした。
「…うん。」
いつか…僕だけ、その場所で…あなたを待つんだろうな…
そんな思いが胸の奥をチクチクと痛めつけるんだ。
「…どうして浮かないの…?」
惺山はそう言うと、僕の顔を覗き込んで、頬ずりして…抱きしめてくれた。
だから、僕は彼の胸に顔を付けて…こう言ったんだ。
「…杞憂だよ。」
「杞憂…?」
顔を覗き込んでくる惺山を見つめて、僕はクスクス笑って言った。
「そう。杞憂だぁ…無い事を心配してる。そんな時間の過ごし方は、建設的じゃないって…先生に教えて貰ったのに、僕は…すぐに、杞憂する。」
すると、彼は僕にキスをして…こう言ったんだ。
「…俺が来なくなるかもしれないと…心配してるんだとしたら、確かに…杞憂だね。前も言っただろ…?豪ちゃんは、いっつも最悪の事ばかり考えて、それに心を痛めるんだ。もう…良いんだよ。そんな事に、心を痛めなくても…良いんだ。」
ふふ…
彼は僕の考えている事がお見通しみたいに、そう言った。
そして、眉を下げる僕の鼻をトントンと指先で叩いて、優しく微笑みかけてくれた。
「…もう、何も、怖がらなくても良いよ…?」
惺山は、僕を安心させたくて…離れる決断を受け入れてくれた。
そして、今も…僕を安心させる為に…僕の提案を受け入れてくれた。
僕は…彼を、愛してる。
例え…彼が僕を愛さなくなったとしても、愛してる…
「ほら…もう、泣かなくても良い…」
惺山はそう言うと、僕を強く抱きしめて背中を何度も撫でてくれた。
だから、僕は…しゃくりあげる喉を堪える様に息を吸って…彼の肩に頬を乗せて、頬ずりしながら甘えた。
「はぁい…」
夜ご飯は、家にある物で彼のリクエストした、僕のチャーハンと、野菜炒めを作った。
「あぁ!ははっ!この味だぁ!あっはっはっは!うま~い!」
大喜びする惺山を見つめて頬を赤くした僕は、モジモジしながら言ったんだ。
「…良かったぁ。ふふぅ。」
東京の野菜はどれも小さくて、いつもの様に大量にお野菜が使えなかったから、僕としては、少し…不満の残る仕上がりになったけど、それでも、惺山はとても喜んでくれた。
だから、僕は…とっても、嬉しくなったんだ。
後片付けを済ませた僕は、惺山にお茶を出して、ほっくんが飲み散らかした缶ビールの空き缶を袋に詰めた。
「…ん、もう…!飲み過ぎだと思う!肝硬変になっちゃいそう!」
そんな僕の小言を聞きながら、惺山は嬉しそうに瞳を細めて笑っていた。
ほっくんは、あてがわれた書斎の使い方も、だらしが無かった…
「ん、もう~!どうして、こんな所に…!ごみを置きっぱなしにするんだろ!も~!ん、も~!」
僕はゴミ袋を片手に、ほっくんの汚したごみを回収して回った。そして、敷きっぱなしの布団を畳んで、綺麗にまとめた。
あったまに来て、首を傾げて僕の後ろを付いて来る惺山に、こう言ったんだ。
「ほっくんは、ご飯を食べる時も膝を立てたりするんだぁ…。僕は、その度に怒ってるけど、ツ~ンって澄ました顔をして無視するのぉ…!そ、それが…ぷぷっ!パリスによく似てて…!ふふぅ!とっても可愛いんだぁ…!」
「…ぷぷっ!パリス!あっはっはっは!確かに!似てる…!!」
顔を真っ赤にして大笑いした惺山は、咳き込みながら僕に言った。
「俺も、何か…どこかで見た事があるなって…ずっと思ってたんだ!」
ふふ!
「この前…カプリス~!って言ったら、パリスは自分が呼ばれたと思って、トコトコと近付いて来たんだぁ…!」
「ぐふっ!」
そんな僕の話に吹き出した彼は、ケラケラ笑って体をのけ反らせすぎて…腰を痛めそうになっていた。
可愛いね…大好きだ。
「あぁ…この写真…良いなぁ。僕は、兄ちゃんの携帯電話に入れっぱなしで、手元にないんだぁ…。惺山、これ…頂戴?」
ふと、書斎の机の上の写真立てに手を伸ばした僕は、その中に映る自分と彼の笑顔につられて…にっこりと笑った。
すると、彼は眉を上げてこう言ってくれた。
「良いよ。持って行きな…?後、これも…君にあげる。」
惺山はそう言うと、机の引き出しのカギを開いて、ひとつの箱を取り出した。そして、机の上に置いて、スッと…僕に差し出したんだ。
僕はその箱を手に取って…首を傾げながら蓋を開けた。
「わぁ…ペンダントだぁ…」
それは、綺麗な模様が刻まれている楕円のモチーフが付いた、可愛いペンダントだった。
「これは…ロケットって言ってね、中に写真が入れられるんだ…。この前、マルセイユの骨とう品屋で買ったんだ。君には…このロケットを…。」
惺山はそう言って…僕の首にペンダントをかけてくれた。
そのまま僕の背中を抱きしめた彼は、楕円の部分を手に持ってカチッと開いて見せてくれた。そして、僕の頬に頬ずりしながら、一緒に覗き込んでこう言ったんだ。
「雰囲気が出るね…あんなにふざけて撮ったのに、まるで貴族みたいじゃないか…」
ふふ…
確かに…キリッとした顔で映る、僕と惺山は、ちょっとした貴族に見える。
「本当だぁ…素敵だね。ありがとう…。大事にする…」
きっと、僕は、これを外す事は無いだろう…
だって、彼と僕が入っていて…いつでも、彼を、見られるんだもの。
「宝物にするぅ…」
僕は、そう言って…両手で、彼の手と一緒にペンダントを胸に押し当てて瞳を閉じた。
「愛してるよ…豪…」
そんな彼の素敵な声を耳元で聴きながら、僕は、彼に揺られて…ユラユラと体を一緒に揺らした。
「…ちなみに、俺は懐中時計に入れたんだ…」
そう言ってゴソゴソとズボンのポケットを漁った惺山は、小さな懐中時計を取り出して、僕の目の前でパカッと開けて見せてくれた。
すると、そこには…嫌だな。僕が海老天丼を持っている写真が入っていたんだ。
「ん…もう!」
頬を膨らませて惺山を振り返った僕は、口を尖らせてこう言った。
「もっと違うのがあるでしょ…?なぁんでこれにしたのぉ!」
すると、彼は嬉しそうに目じりを下げてこう言ったんだ。
「…この笑顔が…好きなんだよ。」
あぁ…
惺山ったら…
「ん…もう…ばっかぁん…」
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